狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
翌朝。フィンの指揮の元、アマゾネスの双子の妹が寝坊したところを姉に叩き起こされ、遠征組は滞りなく出発の準備を済ませている。
「本当に申し訳ない」
ツンっ、と顔を背けるレフィーヤに平謝りする赤マントの男が一人。テペスだ。このまま禍根を残すのは後に悪いと思い、少女の元へ頭を下げに参った次第。
「……」
レフィーヤはテペスの姿を見るなり顔を背けたが、流石に大勢の前で頭を下げる男を無視し続けるほど鬼めいた性格はしていない。故にテペスの方へ向き直る。
「許してあげます。その代わり、兜を取ってもらえますか?」
「兜?」
何のことやらと言われるままにフードを外し、兜を脱いだテペス。するとレフィーヤは2歩、彼に近づく。そして露わになった厳つい白人男性の顔の左側の頬に手を近づける。
「ふんっ!」
「グワーッ!」
瞬間、レフィーヤの手が消えたかと思うとテペスの体が5Mほど吹き飛んだ! 華奢なエルフの少女とは思えぬパワーによって繰り出された平手打ち! マスタークラス!
「今度はこれで許してあげます!」
そう言うやいなやレフィーヤは踵を返してズンズンと去っていく。ナメクジのように地面を転がるテペスの周りにロイドやニック、エーリアやティオナが集まって来た。
「大丈夫?」
ティオナが伸びたテペスを指で突きながら尋ねる。
「ふがふが」
テペスはポーションを所望した。
◆
中層。遠征組の出発に合わせてテペスたちも地上を目指して18階層から上がり始めていた。途中、階層主ゴライアスが生まれるという「嘆きの大壁」にテペスが悪童観光客めいたラクガキをしたり、ミノタウロスを見たピーシャが恐るべき身のこなしでボールブレイクを敢行したりといったことはあったものの、概ね順調に帰還できていた。
「いてて」
テペスが頬を撫でようとして格子状の兜に阻まれる。
「まだ痛むの?」
「ああ、まあ。ウィリディスさん、かなり力入れやがったな」
紅葉腫れが痛む。
「自業自得、って言いたいところだけど、本当に痛そうね。もう一本ポーション使う?」
「地上に戻ってからにしとくよ」
不測の事態に備えてアイテムは温存しておきたい。テペスは提案を断る。
「上がったら換金してシャワー浴びて、それから何か美味しい物食べて帰りましょ」
「肉にしよう、肉」
「うーん、確かバベルに新しいステーキハウスがオープンしたそうだから、そこに行ってみましょうか」
一見、雑談に花を咲かせているようにも見えるが、互いに油断なく辺りを警戒している。両者共経験豊富な戦闘者、先日の山羊頭襲撃では不覚をとったが二度同じ失態は繰り返さぬつもりだ。
だからこそ気がついた。中層も半ばに差し掛かった辺りで感じた、自分たちの背筋を覆い尽くすような、冷たい感覚に。
「……何か来たな」
二人は互いに背中合わせになり周囲を警戒する。感じたのは殺気ではないが、似たような不快感。暗い闇の底から漏れ出て来た瘴気に当てられたような、或いは深海から競り上がってくる巨大な魚の姿がぼんやりと見え始めたような、筆舌に尽くし難い悪寒だった。
「……」
ピーシャは足の裏の感覚が麻痺したような錯覚を覚える。冷や汗が額を伝う。山羊頭の悪魔のような愚直な殺意ではない。体にまとわりつくようなじめっとした感覚だ。
「あ、テペス……あれ」
ピーシャが声をかけるとテペスは肩を越すように頭を上げ、彼女の指差す先を見た。ダンジョンの闇の中を歩くものがいる。だが明らかに尋常の存在ではない。全身はエクトプラズム的な発光物質で構成されており、赤黒以外の色が存在しない。
テペスはある種の既視感を覚えたが、知っているものとは少し違うことも感じていた。そしてピーシャの盾になるように身をかえす。
「なんと、またもやお若いレディとは。近頃はついている。これもファーストレディの思し召に違いない」
段々と近づいて来たそれの姿がハッキリとしてくる。姿勢こそ人間のそれだが全身を守る鎧は恐るべき異様。モミジバフウめいた棘だらけの鎧。兜、鎧、肩パッド、籠手、脚甲、股間。棘の生えていない箇所は一つとて存在しない。いったいどうやって着脱しているのか不思議なほどに棘だらけ、故に邪悪な鎧だ。
銃声が響くと、邪悪棘存在の足元の土が吹き飛んだ。テペスが発砲したのだ。
「動くなピンクッション野郎。それ以上近づいたらそのクソ頭ぶっ飛ばす」
威圧的テペス。ピーシャはいつでも詠唱が開始できるように杖を構える。だが邪悪棘存在は足は止めたが怯む事なく、芝居掛かった動作で両手を広げた。
「失礼、勇ましい騎士殿。私の名はカーク。神々からは【
またもや芝居掛かった一礼。まるで劇場俳優だ。そしてテペスとピーシャは顔を顰める。
テペスはリヴェリアから受けた授業の中で聞いていたのだ。ランクアップした神の眷属は【神会】という神々の会合で二つ名をつけられる。それはすなわち強さを認められたと言うことに他ならない。そしてこの余裕ぶり、頭脳がマヌケなのでなければ確実にレベル3以上の力を持っているだろう。
「カーク……どこかで聞いたことがあるような……」
どうやらピーシャは邪悪棘存在改めカークの名に聞き覚えがあるようだが、いまいち思い出せない。恐らく昔、なんらかで小耳に挟んだことがあるようだ。
「おお、そこのお若いレディは私のことをご存知か。いやはや、光栄だ」
「アッソ。じゃあそのまま背中向けて失せろ。俺が怒り出す前にな」
尚も威圧的なテペス。
「そう言うわけにはいかない。私はレディに、いや、騎士殿にも頼みたいことがあってね」
「へぇ、そうかい。お望みなら水銀をくれてやってもいいぜ」
テペスの威嚇を無視するようにカークがポーズを取る。それは明らかに剣と盾による戦闘態勢。しかしカークの手には何もないように見える。
「いやいや、私が欲しいものはね……」
瞬間、カークの手に武器が出現する! ジーザス! どんなトリックか! 右手に持つのは彼の鎧と同じく邪悪なまでに棘々した肉厚ロングソード! 左手に持つのは驚異的なまでに棘々したビッグラウンドシールド!
「君たちの舌が欲しい! フォー・マイゴッデス!」
襲いかかる棘の騎士!