狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
これからも頑張って執筆を続けます。
カタリナの牧歌。テペスお気に入りの酒場。昼も人が多いが夜は尚ひしめき合っている。空席はない。全て埋まっている。冒険者や労働者がビールで満たされたジョッキを打ち鳴らし、料理に舌鼓を打つ。
「悪くないわね。いいお店知っているじゃないの」
椅子に肘を乗せたピーシャが店を見回し、楽しげに言った。反対の手のジョッキは今にも溢れそうなビールの泡が張っている。
「前にフラフラしていた時に見つけたんだ。この玉ねぎ炒めが美味いんだ」
「あら、ほんと」
躊躇なくお通しの玉ねぎを食べるピーシャ。
「ゴクゴク、プハァー! 近頃は大変だったから、今日は飲みましょ!」
「ああ」
テペスはピーシャの調子に合わせてビールを飲む。冷たく苦味のある黄金の液体がテペスの喉をバチバチと刺激し、胃袋に流れ込む。炭酸の刺激が喉を通過するのが爽快だ。
「……」
しかし酔えない。テペスが酒に強いのではなく、狩人の体質のような物なので仕方がないが、やはり誰かと一緒に飲んでいる時に酔えないのは置いていかれたような感覚がある。唯一酔うことのできる酒はもう一本しかないのでしばらく我慢だ。
「なーにぃ? 辛気臭い顔しちゃってさぁ」
半眼のピーシャが顔を赤くして言った。
「あ、いや。遠征って何でやるんだって思っていてな」
テペスは咄嗟に言い訳じみて素朴な疑問を口にする。
「レベル4以上の冒険者がいる派閥はギルドから遠征が義務づけられてるのよ。私たちの目的は究極、ダンジョンの最深部に到達してその秘密を明かすことだから」
千年以上昔、世界全土はモンスターの脅威に晒されていた。黙示録のイナゴめいた群れにより砂漠が広がり、海の魚は食い尽くされ、溶岩遊泳により噴火が多発し、空は常に雷雲に隠され、いくつもの文明が滅びた。
人類は団結し、力を合わせ、知恵を絞り、モンスターたちが這い出てくる大穴を塞ぐ蓋を作る計画に難航していた時に神々は現れた。彼らがもたらす恩恵により人類は今まで以上の力を手に入れたがそれでもなお大穴、ダンジョンの秘密は未だに解明されていない。
遠征はギルドの究極の目的であるダンジョンの秘密を明かすためにあるのだ。最深部に何があるのか、モンスターを生み出す母体か、はたまた巨万の富か。それを探ることが世界を脅かすモンスターの問題に終止符を打つことになるかもしれない。故に冒険者たちを地下へ送り出すのだ。
「命懸けだけど、経験値稼ぎやランクアップ狙いでもあるからね。やらないって言うのは、例えば幹部クラスが全員病床に伏せているって時でもないなら、選択肢にないわ」
ピーシャはビールを飲む。
「ランクアップか。ピーシャは一回しているんだったか? 何でなったんだ?」
テペスが尋ねるとピーシャは得意げな顔をした。
「エーリアとか、皆んなと偉業を積んでいったのもあるけど、決め手は17階層の嘆きの大壁、そこに出現する階層主ゴライアスを倒したことね」
ゴライアス! 全長7Mもある巨人モンスター! 相当レベルは4とされ、中層に出現するモンスターの中では間違いなく最強である。
「ステイタスの伸びに行き詰まっていた団員で集まってね、ステイタスの大幅上昇、もしかしたらランクアップも狙えるかもってゴライアスの討伐に乗り出したのよ」
顔お赤らめたピーシャはジョッキを天井に向けて掲げる。
「凄い戦いだったわ! レベル3の先輩達が前衛で押さえ込んでくれている間に、私とエーリアとレフィーヤの魔法でゴライアスにダメージを喰らわせてやったの!」
調子を良くしたピーシャはビールを飲み干すと、店員を呼びつけておかわりを注文する。
「でも大変だったわ。先輩達は打撲骨折タンコブなんて大怪我を負ったし、危うく私たちも死にかけたわ」
でも、と続ける。
「レフィーヤがね、立ち上がったの。朦朧としていて、魔法を唱えていた。あの子は覚えていないって言っていたけどね」
ピーシャはサイコロステーキをスプーンで十個放物線状に投げ飛ばし、全て口の中に落として食べた。
「モグモグ……んっ。その姿は、まるで御伽噺の英雄みたいだった。とっても輝いて見えた。だから私も立ち上がったの。立って一緒に呪文を唱えた。そして私たちの魔法で、ゴライアスを倒した」
運ばれてきたビールジョッキに口をつけ、ゴクゴクと飲む。
「ランクアップは、凄いわ。精神力は前よりも澄み渡ったし、殺人ビショップ拳法もミノタウロスを倒せるくらいまでに高まった。上層を一人で歩き回れるようになった時は、自分が無敵になったように感じた」
でも、と続ける。
「まだまだ、道半ばね。山羊のモンスターに、闇霊。一人じゃどうしようもない連中がわんさかいる」
「……」
「ゴクゴク、プハー! もっと食べましょ、飲みましょ」
二人の飲み会は遅くまで続いた。
◆
「ウゥー!」
「おいおい、大丈夫かよ」
泥酔したピーシャを背負って夜道をゆくテペス。彼が飲んでも飲んでも酔う様子を見せなかったために、ムキになったピーシャが次々にビールを飲んだのでこの酔っ払いが完成した。見ると、道のあちこちに泥酔したり千鳥足になっている人々が多く見受けられた。
「ウゥー、にゃんであたし、ふわふわしてるのー?」
「何でだろうなぁ」
赤ら顔で目を閉じたピーシャはテペスの首周りに手を回し、その背に頬を擦り付ける。
「クゥン、クゥン」
テペスは溜息を吐きながら歩く。夜の灯もまばらになったら辺りで黄昏の館が見えてきた。門番はテペスたちを見るなり「おかえり」と言いつつ笑いを堪えた。「ほっとけ」ぶっきらぼうに言い残してテペスはピーシャを彼女の部屋の前まで送り届けた。
「おい、着いたぞ。お前の部屋だぞ」
「ウゥーン……はい」
ピーシャはポケットから出した鍵をテペスに渡す。
「いや、もう自分で歩けよ」
「ンンー…イヤ。中までつれてって」
テペスの首に抱きつくピーシャ。子供じみたわがまま!
「いや、流石にまずいだろ。さっさと降りてくれって」
「ンンーッ! イーヤ!」
「グワーッ!」
ピーシャは強く首を締め付けた。
「わかった! わかった! 部屋の中に入れてやるからはなせ!」
「ンンーッ」
テペスは鍵を乱暴にひったくり、鍵穴に差し込んで回す。ガチャリという音が聞こえたので鍵を抜き取り、気まずいながらもドアを開けて入室した。夜ではあるが月明かりが入り込んでいるため部屋の様子は大まかにわかる。
八畳ほどの部屋で、窓に向かって左側に本棚とドレッサー、右側にクローゼットとベッドがある。散らかっている様子はなく、物がきちんと整理整頓されている。テペスの部屋とは大違いだ。
テペスはベッドのそばまで来ると、腰を落としてピーシャをベッドに座らせる。彼女はするりと手を離して倒れるようにベッドに沈み込んだ。
「やれやれ」
テペスは鍵をベッド横のサイドテーブルに置いて退室しようとしたが、ピーシャに手を掴まれたために叶わなかった。
「おいおい……」
「ンンー、てぺしゅー」
ピーシャは手を引き寄せて両手で包む。テペスは困ったと思ったが、その時枕が目に入ったのでそれを取り、ピーシャの顔と腕の間に潜り込ませた。寝ぼけたピーシャはテペスの手を離し、枕を強く抱きしめて深く寝入る。
「おやすみ」
ピーシャに掛け布団を被せ、頭を軽く撫でてから退室して自分の部屋へと向かう。その途中、ピーシャとの会話が頭の中で再生された。
「ランクアップか……」
苦難を乗り越えた証。器の昇華。これからテペスも遠征組に入れられてより困難な階層へ足を踏み入れたり、はたまたカークやマスクド・ジャイアントよりも凶悪なダークレイスと戦うことになるかもしれない。
力が必要だ。今よりもずっと強い力が。テペスは廊下の窓の外、ドクロめいた月を見上げながら静かに決意を固める。