狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
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オラリオの中心に聳え立つ巨塔、バベル。ダンジョンを封印するべく老いた神ウラヌスが絶えず捧げる祈祷を増幅するための建築物だが、持て余したスペースが多くある。
そこで冒険者の統括機構であるギルドは、そこへ多くのテナントを募集し、一大ショッピングモールへと変身させるという画期的なアイディアを実行した。
レストランから服装店、ホテルなどもあるが、やはり一番多いのは冒険者向けの店だ。ダンジョンで役立つ雑貨、キャンプ用品、そして何より武具。ありとあらゆる物がこの巨塔の中に揃っている。
そこへ足を踏み入れる男が一人。鎧の上から夜闇に紛れるような外套を纏い、至る所から粗縄を垂れ下げている異様な雰囲気。テペスだ。前回のダンジョンアタックで思わぬ苦戦を強いられた彼は、空を飛ぶ敵への攻撃手段を探すべく、バベルへ赴いた次第だ。
彼が携行する大口径のラッパピストル『獣狩りの短銃』は攻撃に合わせて迎撃するには最適だが、反面直接敵を撃ち殺すのには向いていない。インプ程度ならその限りではないが、それは当たればの話であり、直線的で点の攻撃であるピストルではインプのような小さな敵は狙い辛い。
これからはヤーナムにいなかった空の敵を相手にする機会が増えるやもしれない。ただでさえ10層を通過するのにインプを相手にしなくてはならないのだ。より強力な飛ぶ敵の存在に備えるのは賢明と言えよう。
テペスの希望は散弾銃だ。面攻撃である散弾ならば狙いが雑でも小さな敵に当てやすいだろう。欲を言えばルドウイークの長銃のような面攻撃と射程距離を両立した物が好ましい。だがテペスの考えは甘かった。
「銃? ウチじゃ扱ってないねぇ。というか、オラリオで銃を置いている店なんてないと思うよ、アンちゃん」
そう、オラリオでは「銃で撃つより殴った方が強い」という哲学が根付いていた。大きな音で余計なモンスターを呼び寄せる危険のある銃は、誰も使いたがらない代物であった。では遠距離手段がまったくのないのかと言えば、そうではない。
神の恩恵により凄まじい筋力を得た冒険者は弓を使う。「弓でモンスターに挑むなど」と侮るなかれ。強い筋力を持つと言う事は、その分常人が引けぬ強力な弓を使えると言うわけだ。
想像して欲しい、槍のように巨大な矢を放てる弓を使えるとして、何故銃など使う必要があるのか。素早く攻撃するため? 豆鉄砲がより深層に潜むモンスターに通用するものか。深層のモンスターを貫ける程、強力な弾頭と火薬を用意するくらいならば、回収・再利用可能な矢を一本買ったほうが経済的ではないか。
そう言うわけで、オラリオにおいて銃など見向きもされない。持っているのは余程の変わり者か狂人だけだ。
「……じゃあ、他に飛んでる奴を落とせる武器はありますかい? 片手で扱える物で」
素早く切り替えたテペスは店員に尋ねる。銃器類が手に入らないと見るや、水銀弾の節約の為、別個の遠距離手段という考え方に変えた。
「片手で対空となると、投げナイフなんてどうだい? 拾って再利用もできるぜ」
ヤーナムでは敵を誘い出す為に使っていた武器だが、それを敵を殺すために使うとなると途端に自信を無くしてしまうのがテペスだ。彼は力むとコントロールが悪くなってしまう為、物を投げるときはいつも力を抜いているのだ。殺傷能力がある程力を込めた投擲など当たる気がしない。
「……取り敢えず十本いただきますわ」
「まいど!」
しかしヤーナム以上に様々な形態の敵と戦う可能性のあるのがダンジョン。やれませんできませんは通用しない。あらゆる状況に対処できる適応力は今まで以上に養わなければならない。幸いなことに練習する時間は沢山あるし、ダンジョンに行けば的はいくらでもいる。これから慣れていけばいい。
「あ、そうそう、こんなのはどうだい? 南洋式の投げナイフで、信じられないほど邪悪な形をしているんだが、柄以外どこに当たっても致命傷を負わせられるスグレモノ……」
「また今度」
長居すると余計な物まで買わされそうだと、テペスは店を後にする。買い物はまだ続けるつもりだ。無駄な金を使う余裕などない。
◆
「んー……」
黄昏の館の一室。酒瓶、芸術品、魔道具などが雑多に散乱する部屋のベッドの上で、横向きに寝転がったロキは一枚の紙を眺めていた。片手の人差し指と親指でつまんだそれをひらひらと弄び続けているが、それで書いてある内容が変化するわけでもなかった。
【テペス・ヴィー】
【Lv.1】
力 :4
耐久:2
器用:3
敏捷:5
魔力:1
《魔法》
【】
《スキル》
【
・負傷直後、返り血を浴びる事で生きる力、その活力を取り戻す。
【意志継承】
・血を媒介として他者の意志を受け継ぐ。
【オドンの蠢き】
・内臓攻撃時、敵の内側より三つの水銀弾を見出す。
【爪痕】
・内臓攻撃の威力を高める。
【深海】
・発狂耐性を高める。
これはテペスのステイタス表だ。神と契約し、眷属と化した者たちは恩恵と共にその神のエンブレムを背に刻まれる。エンブレムにはその眷属の恩恵がどれだけ成長しているか、どんな特殊能力を有しているのかが、オベリスクの碑文めいて刻み込まれている。だがこの内容、テペスのそれはロキにとって悩みの種であった。理由は二つある。
まず成長速度の問題。ステイタスは恩恵を刻んだ後、その者の経験によって成長する。力仕事を行えば力が、全力で走れば敏捷が、魔法を使えば魔力が成長するといった具合に。そしてあらゆるステイタスを手っ取り早く、ほぼ満遍なく成長させるには戦闘が最適であり、オラリオの眷属たちが他の所よりも強いのもダンジョンという過酷なバトルフィールドを独占できているためだ。
だが、テペスの成長速度は目に見えて遅すぎる。既に彼が冒険者として活動し始めてから一月経つが、ダンジョンアタックは一日も欠かさず行っていた。そして持ち帰る上納金の額から察するに、眷属化して一月の新人がソロではありえぬような難易度の階層まで降っている。それにしては成長が遅すぎる。新人ならばむしろ、最初の成長速度は早いもののはずなのにだ。
原因として考えられるのは、テペスの素の状態、すなわち神の恩恵を脱ぎ捨てた裸の状態がそれほどまでに成熟しているということ。もう一つは他人に任せきりでダンジョン探索では何もやっていないということ。
二つ目に関してはありえない。一緒に飲むと称して行った面談で、彼の冒険の話に嘘はなかった。つまり、テペスは元々が強すぎて今の階層はステイタスを成長させるには適正ではないということだ。
「ま、この辺はみんなと相談するとして……」
もう一つの問題はスキル。恩恵を刻まれた眷属は、当人の素質や潜在的願望、生活習慣などから特殊な能力に目覚める場合がある。例えば、荷物運びに従事する物が「持ち物の重さが軽くなる」といったスキルに目覚めるように。
テペスは既に五つものスキルに目覚めていた。それだけでも異常なほどだが、問題はその内容。血や臓物に関わる物が多い上、一部のスキルからは禍々しく、触手のようにうねうねとした怪しい気配を感じる。一体どのような人生を歩んでいればこのようなスキルが現れるのか。想像するだけでロキは好奇心をくすぐられ、ヤンチャしていた時期の血が騒いでしまうという、困ったことになっていた。
「あー、あかんあかん!」
ロキは邪念を追い払うようにボフッと枕に顔を沈める。彼女は下界での生活、眷属たちとの平穏な日常にどうしようもなく染まっている。何もない状態から築き上げた大きな絆の結晶、それを損なうようなマネはしたくはなかった。
とは言え、大切な眷属の問題を放置するわけにもいかない。どうしたものかと頭を悩ませていると、そこへドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞー」
「失礼するよ」
枕から目だけドアに向けながら返事をすると、ドアを開けて一人の少年が入ってきた。金髪の美少年は、しかし常人顔負けの自信とカリスマを纏っていた。そして、こう見えてアラフォー。小人という種族の特性上、彼は幼く見えてしまうのだ。
「おう、フィン! どないしたん?」
「やあロキ。来月に迫った遠征に備えて、参加メンバーの調整をしようと思ってね」
ロキ・ファミリアのような大手派閥はギルドから遠征を義務付けられている。派閥の未到達階層へ赴き、そこでしか取れないような珍しい資源を持ち帰るといった内容だ。冒険者なりのノブリスオブリージュという訳だ。
「一応メンバーの選出はしているけど、ここ一ヶ月で遠征に同行するに相応しい程、成長した団員はいないかと相談に来たわけさ」
「せやねぇ。ウチの見立てやと、ローディとエンリケがええ感じに育ってるかな。あとは、モリくらいか……」
ふと、ロキは握りしめたままのテペスのステイタス表を見た。
「なあ、フィン。話変わるけど、テペスってわかる?」
「最近入団した新人だね? 噂になっているよ。変わった武器を使う変な新人がいるって」
フィンは部屋の端にある椅子を持ってきて腰掛ける。
「フィン的にはあの子どう思う?」
「ンー、何度か話したことはあるけど、わからない事を質問してきたり、一応の礼儀は弁えてたりはしている。でも、人と関わるのを避けている、と言うよりは、他者と自分の間に明確な一線を設けているように感じたね」
団員の中には昔の剣姫がまた現れたようだと言っている者もいたが、それは違うとフィンは考えている。剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインは自己鍛錬にのめり込むあまり他者との付き合いが疎かになっていた頃があったが、テペスの場合は自分から他者を避けている。アイズが自殺まがいのダンジョンアタックに挑戦し続けていたのに対し、テペスは引き際を心得ているようで、戦果の割に大きな怪我をしたという報告はなかった。
「遠征に同行させられたりしないかな?」
「……どういう事だい?」
フィンの目が怪訝なものになる。
「ステイタスの伸びが異常なほど遅いんや。でも成果を出しているからサボりは考えられん。もしかしたら、今の探索階層が合ってないと思うてな」
「彼のステイタス表を見せてくれるかい?」
基本的にステイタスは本人と主神以外には非公開の情報だが、フィンは全体を統括する立場にあり、団員の能力を把握しておく必要がある。彼だけは例外的に団員のステイタスを閲覧できる。
「はい」
「ありがとう。……これは、なんとも、不思議だね」
親指を抑えながらフィンは呟いた。
「とても十層をソロで、それも大した負傷もなしに往復できるようなステイタスではないね。スキルも、正直意味不明な物を除けば、確かに逸材ではあるけど、でも同じく説明がつけ辛いかな」
フィンの見解はロキと同じものだった。最前線に立つ冒険者の意見だ。それほどまでにおかしなステイタスなのだろう。
現状、テペスは適正な戦いをできていない。慎重なのは結構だが、これではレベルアップどころかステイタスランクの向上すら何年かかるかわかったものではない。故に、高難易度の階層に行ってもらい、仲間たちに守られながらより良い経験値を積ませようというのがロキの考えだ。
「申し訳ないがロキ、それはできない」
「ですよね〜」
当然、フィンは断った。ロキもダメ元で聞いただけだったので、粘ることはしなかった。
「確かに逸材ではあるんだろうね。でも彼、他の団員とあまり上手くいっていないそうじゃあないか。連携が必要な場面でそれは致命的だ」
「ケモっこたちと挨拶できるようにはなったんになぁ」
「ベートやアイズのような遊撃に回すとしても、まだ彼の実力は未知数だ。不確定要素とも言える。その状態で連れて行くのは、団長としてできないよ」
フィンの言うことは尤もだ。遠征先である深層はモンスターの数も質も恐ろしく高い上、環境が過酷でもある。そんな中でダンジョン初心者、尚且つ団員たちと不和に近い間柄である彼を連れて行くのはトラブルの元になりかねない。テペスのお留守番が決定した瞬間であった。
「まあでも、今回の遠征が終わったら、彼と一緒にダンジョンに行くのもいいかもしれないね」
「おお! テペスきゅんは【
「ああ。興味が湧いてきた。もしかしたら幹部候補かもしれないからね」
フィンはうずく親指でサムズアップした。彼は何か大きな前触れを感じると親指がうずき始めると言う、特別な勘を有していた。それが良いものか悪いものかはわからないが、とにかく彼は良い方へ持っていこうと決心したのだった。