狩人テペスの冒険   作:ヤングフンター

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諸事情により感想や質問への返信はやめてしまいましたが、いただいた感想にはしっかりと目を通しており、活動の糧とさせてもらっています。
これからもよろしくお願いします。


6

 翌朝、目を覚ましたテペスは荷物を挟んで反対側で眠るクィネレイタを一瞥すると、テントをそのままに準備を整えてまず水辺へ向かった。豊富な水源から湧き出る川だ。そして他に利用者はいない。

 

 装束を脱いで冷たい水に身を沈める。熱い湯のように疲れが溶けていくわけではないが、不快な汗の跡や垢を洗い流すのだ。何が命取りになるかわからない戦いであるため、不確定要素はなるべく早く消しておきたい。それが指先のほんの少しのササクレであろうと。

 

「よし」

 十五分ほどでテペスは水から上がり、体を拭いてキャンプに戻る。焚き火で体を温めるためだ。だがキャンプが近づいてきたところで、上空に小さなノロシめいた煙が上がっているのが見えた。足早に戻ってみると、焚き火に火をかけ、何やら料理をしているパルゥムの姿が見えた

 

「あ、おはようございます」

 テペスに気がついたクィネレイタはペコリと頭を下げて挨拶する。テペスもおはようと返した。

「あの、良ければ朝ごはんどうですか?」

「飯?」

 テペスは自分で用意しておいた干し肉、乾パン、ガンバルゾーで食事を済ませようかと考えていた。

「仲間の荷物に、まだ食料がたくさんあったんです。ゴライアスに挑むのなら、少しでもお役に立てればと思って……」

 クィネレイタは人差し指同士を突き合わせながら言った。

 

「……頼むわ」

「任せてくださいよ!」

 テペスは食事の用意をクィネレイタに任せ、最後の装備点検に移った。手伝わないのは悪いとは思ったが、今はゴライアス戦に向けて準備に時間を使いたい。

 

(集めた情報によると、ゴライアスの出現はたぶん今日。これを逃せば次は二週間後。攻撃は7M……えーと、23フィートくらいか? そんくらいの巨体を生かしてのストンピングや蹴りが主体。大体は聖杯のでかい獣と同じか?)

 入念に大鉈を点検するテペス。筋繊維のほつれはないか、ひび割れた骨はパテで補強し、細かな汚れは落とす。用意した道具も一つ一つチェックし、抜かりがないようにしておく。特に火炎瓶は気をつけないと液漏れして自分が火だるまになる可能性があるので、要注意だ。

 

「できましたよ」

 しばらくしてからクィネレイタが声をかけてきた。テペスは最後の片付けをしてからその方を見ると、鍋からスープの匂いと湯気が立っていた。

「たくさん食べてくださいね」

 木の器に注がれたスープを受け取り、スプーンすくって食べる。ニンジン、ジャガイモ、肉、テペスのガンバルゾー、ごろっとした大きめの具が嬉しい。

 

「うまいな」

「ありがとうございます」

 クィネレイタはニッコリ微笑んだ。

「ファミリアの食事はお前が作ってるんだっけ?」

 テペスは昨夜の会話を思い出しながら尋ねる。

「ええと、はい。本当は交代制だったんですけど、いつのまにか私が料理当番みたいになっちゃって……でもみんながおいしい、おいしいって食べてくれて、カート様は泣くほど喜んでくれて、ついつい引き受けちゃったんです」

 クィネレイタはその時、遠い目になった。そしてテペスは見た。彼女の手が仲間の遺品を入れたサイドバッグに伸びていることに。

 

「……うまいよ、これ」

 テペスはそう言うしかなかった。話を聞く限りカートはとてつもない泣き虫のようだが、眷属の死を知ったとなれば一体どれほどの涙を流すのであろうか。偶然助けただけのテペスには慰めの言葉など出てこない。

 

 ただ、強くなろう。そして赤黒どもは見つけ次第、皆殺しにしよう。そう思うしかできなかった。

 

 ◆

 

「まだ出てきていないか」

 全ての準備を整えたテペスは階層を上り、嘆きの大壁までやってきた。中層を踏破した多くの冒険者の前に圧倒的な暴力存在が立ちはだかり、絶望を与えてきた。端から端まではおそらく1K近いだろう。長大なバトルフィールドだ。

 

「ここで一旦お別れです」

 クィネレイタはとはここで解散だ。彼女は一刻も早く地上に戻り、ダークレイスと殺された仲間たちの事を報告しなければならない。

「赤黒い奴らが来たら、全力で逃げるんだぞ」

「はい。テペスさん、また地上でお会いしましょう」

 生きて帰ってこい。暗にそう言われていることを理解する。

 

「……うまい茶とサンドイッチを出す店を知っているんだ。地上に出たら、一緒に昼飯でも食おうぜ」

「約束ですね」

 クィネレイタの小さな小指が差し出される。テペスは頭に疑問符を浮かべ、その小指を掴んでみた。

「ち、違いますよ。同じように、小指を出してください」

「あ、悪い」

 テペスは言われるままに小指を出すと、クィネレイタの小さな小指をがそれに絡みつく。

 

「指ケジメ、囲んで一万回、針一万本」

 謎めいた呪文。これはオラリオの大衆における約束事を守らせる願掛けだ。嘘つきや約束破りに対してペナルティで小指をカットし、囲んで棒で一万回殴った後に、全身の一万箇所に針を刺すということを意味している。かつての暗黒の時代の名残だ。

「指切った」これで締め括られる。

 

「それじゃあ、お体に気をつけて」

「ああ、そっちもな」

 そう、クィネレイタは走っていく。さすがレベル3のことはあり、体格からは想像もつかない凄まじい速さだ。

「さて……」

 クィネレイタを見送った後、テペスはゴライアスが生まれると言う壁に向かい、反対側の壁を背に座り込む。どの辺りから生まれるかは不明だが、どこから出てくるにせよ殺すだけだ。

 

 ……三十分ほど経っただろうか、まだゴライアスが現れる様子はない。だが狩人とは忍耐だ。獲物の出現まで気を抜くことは許されない。テペスを見よ、彼は決戦のその瞬間が訪れるまで瞑想とイマジナリーバトルを続けている。この集中力。

「スピー……スピー……」

 突然遠方から爆発音!

「フガッ!? で、出たか!?」

 飛び起きたテペスは一瞬で大鉈を右に、散弾銃を左手に持ち警戒する。

 

 だがテペスが見渡してもゴライアスの影どころか大壁には傷一つついていない。だが端の方を見た時、テペスは驚愕する。

(下の階の道が!?)

 そう、今はクリスタルが発光する朝の時間帯であり、下の階からはその光が入り込んでくるはずだが、その光は瓦礫によって遮られている。

 

「っ! おっとぉっ!」

 テペスがその場から飛び退くと、その直後にアンブッシュを仕掛けてきた者の槍が地面を穿つ! 振り向きざまに顔を見てやろうとしたが、出来なかった。襲撃者は頭の先から足の先まで全く特徴のない黒塗りの鎧を纏っていた。唯一の情報は身長で、テペスより頭一つ分は低いか。これでは性別どころか種族もわからないではないか! あからさまなアサシン!

 

「? レベル1じゃないのか?」

 声を発したものの兜に変声機能でもついているのか、現実味のないザリザリとした声! 口ぶりから男かもしれないが男の様な女かもしれないしトランスジェンダーやもしれない。やはり正体不明!

 

「だがやる事は変わらねぇ。死ね」

 槍を構えて襲いかかるアサシン! 速い! 急接近からの連続突き攻撃! 速い!

「死ぬのはテメーだッ!」

 テペスは懐から黄色く変色した人骨を取り出し、作動! 発生した風が地面の埃を吹き飛ばしたかと思うと、テペスの姿は消えていた! 加速!

 

「何!?」

 アサシンは驚愕の声を上げるも、すぐに槍を背負うように構えた。するとガラ空きの背中に叩き込まれるはずだったテペスの大鉈がインターセプトされる!

(こいつ! 目で追いやがった!)

 以前、山羊頭の悪魔との戦いでも使った古い狩人の遺骨は使用者に加速の力をもたらす。遺骨の主は生前、ステップの瞬間に姿が消えて見えるほど素早い動きの技を誇っていた。それと同じ加速を目で追跡できると言う事は、このアサシンの力は決して侮れないということだ。

 

「ハッ!」

 大鉈との接触点を中心に反転! そのまま攻撃に移行! バックステップで下がるテペスに追い縋る! さながら古代ローマ最強の兵器である蛮族殺戮突撃戦車! いや、それ以上だ!

 

「グゥーッ! ウゼェな!」

 散弾銃発砲! 細かな水銀の粒がアサシンを襲う! だが、おお、ジーザス! これは夢であろうか? 槍を捌くアサシンの腕が一瞬ブレたかと思うと、無数の水銀散弾が突然消えた!

 

 読者の皆様の中にレベル5以上の冒険者の方がおられるならば見えたであろう。アサシンは恐るべき速さを持って全ての水銀散弾を叩き落としたのだ。なんたる神業!

 

「ワッザ!?」驚くテペス!「ハァッ!」そこへ叩き込まれる砲弾のようなアサシンキック!「こんっの!」加速で回避!「ヅいてんじゃあねぇぞ!」反撃の大鉈スイング! しかし槍で防がれる!

「フンッ!」鉈が槍に絡まって動けなくなったところを見計らい、体を回転させながら飛び上がり顎下から蹴り上げるこの技は……サマーソルトキック!

「グエエエエエ!?」上空に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるテペス!

 

「ちょいと驚いたが、銃なんざに頼るお前は雑魚の中でも特に雑魚だ」

 トドメを刺すために振り上げられる槍。鋭い刃は真っ直ぐにテペスを睨みつけている。

「グゥーッ!」加速! 飛び退くテペス!

「……チッ。本当に面倒臭えな。さっさと死んでおきゃいいものを」

「クソがッ! 何モンだテメー!」

 

 テペスはオラリオに来てからの自分の身の周りを思い出す。最初の頃はほとんど他者を避ける様な生活であり、会話も彼なりに気をつけていた。と、なると、心当たりはエイナに中層の情報を尋ねに行った時に絡んできたエルフか、ダークレイス並びにそいつらが所属しているであろう闇派閥。

 エルフは除外。弱っちかったが闇討ちを仕掛けてくる性格ではなさそうだ。では闇派閥だろうか? ダークレイスではないようだが、その線が濃厚だ。

 

「これから死ぬお前が知る必要のない者だ」

 アサシンが油断できぬ槍を構える。この者の声からはテペスに対する猛烈な怒りの念が伝わってくる。まるで彼を何かの仇と言っているようだ。

「死ぬつもりは毛頭ねーな」

 迎え撃つ体制のテペス。

 

 両者が互いに向けて駆け、接触する寸前! 不思議な事が起きた! テペスの懐から光る何かが飛び出し、割って入ったのだ!

「「!?」」

 アサシンは知るよしもないがテペスは当然知っている。星空の様な透き通った体の軟体動物を。その生き物はオラリオに来てから活性化していた。緑のナメクジほどではないためテペスも半ば存在を忘れていたのだが、ゆったりとした自我を有していた。

 

 そしてそれは飼い主であるテペス、或いは自身の絶対的な危険を感じ取り、とてつもなくおかしな爆発力を発揮したのだ!

 

「ーーーーーーーー!!!」

 それは光であり、声であった。置き去りにされた娘が遥か彼方、外宇宙への呼びかけのために生み出したそれは、ただ爆発を起こすだけに過ぎなかった。何かが足りなかったのだろう。そしてその何かがオラリオ、ダンジョンにあったのかもしれない。

 欠けたピースが一つ、見つかったかのように、その声であり光である無数の曲がりくねった線は大壁に突き刺さる。すると、湖底でも突き破ったのか、大量の水が滝の様に溢れ出てくる。

 

「イヤー!」

 そして、一際大きな裂け目から、それが出てきた。

 

 ◆

 

呼応盛大 深淵隆起 多水轟々

大壁破り 現るる 巨人にあらぬ 大海主

人か魚か 嗚呼 その得体

見越す御姿 掟破りの半魚神

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