狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
大壁を穿つ無数の穴から轟々と水が流れ込む。長大なフロアの床が脛まで浸かるほどの水がすぐに広がる。それ以上増える気配がないのは瓦礫の隙間を縫って18階層に流れているからだろうか。
壁を突き破り、現れたそれは水に足をつけた。しかし、脛どころか足の指の半ばにも水は届かない。ベッドマットレス二枚分はある巨大な足。脛は大木の様で、見上げなければ全身が見えない。ヒレが生えた牛を一掴みできるほどの手を広げ、テペスたちに覆い被さる様な威圧的な姿勢。
それには鱗があった。エラがあった。そしてその顔、城門のような大口には古代ローマジャベリンめいた歯がずらりと並んでいる。側面には占いクリスタルサッカーボールめいた巨大な目玉が四つもあった。
忌々しいほど人間に似た姿の巨大な魚には、名前がなかった。誰も見たことがないからだ。ここでは仮に、半魚神と呼ぼう。
「な、なんだ……こいつ……!?」
テペスは動揺する。集めたゴライアスの特徴とは全く異なる姿。共通点は7Mもある巨体というくらい。その動揺はアサシンも同じだ。テペスと同様にこの様なモンスターは見たことがなかった。
「イヤー!」
半魚神が威圧的に吠える! 全身を震わせるほどの大音量とともに、腐った魚臭い口臭が辺りに広がった!
「グゥーッ! オ、オイ! この野郎! テメー一体何をやりやがった!?」
テペスはこの異常事態の原因だと辺りをつけた星空の軟体生物に掴みかかる。軟体生物は発光をやめると、誤魔化す様に縮み上がり、空間に穴を開けてその中へと消えた。
「あ! コラ! このクソナメクジ! どこに行く!?」
テペスが手を伸ばすとその穴は消える。
「クソがッ!」
困惑から切り替えて臨戦態勢。いつの間にやらアサシンはどこかに姿を消していた。この謎めいたモンスターとの戦闘を避け、テペスにアンブッシュする機会でも狙っているのだろうか? 正面だけではなく背後にも気を配らねば。
「イヤー!」半魚神が足を振り上げた! ストンピング攻撃だ! あれ程の質量から繰り出されるストンピングに挟まれれば、アップルパイの生地よりも薄くされてしまうだろう。テペスは水をバシャバシャと蹴り上げながら三回ステップ! 遺骨の効果は切れている。
「イヤー!」地面を踏みつけるヒレ付きの足の裏! その衝撃は大地を揺るがしただけではなく、水を円形に弾き飛ばして大波を立てた!
「オボボボ!?」頭から水をかぶるテペス。一瞬水が増えたのかと肝を冷やしたが杞憂であった。彼は泳げないのだ。
「イヤー! イヤー!」テペスを追いかける様に更にストンピング攻撃を歩くように繰り出す半魚神! まるで津波だ! テペスはステップ回避! 回避! 回避! 三歩目で半魚神の動きが止まる。
「オラァッ!」
そこを狙って繰り出されるテペスの大鉈スイング! ギザギザの刃が大木の様な脛に叩きつけられる! だが浅い。表皮の鱗数枚を破り、真珠色の出血はさせたもののかすり傷程度だ。獣狩りの斧ならば骨まで達していたであろうに!
「クソがッ!」
二回目のスイング! 同じ箇所を狙い切りつける! たしかな手応え! 真珠色の血飛沫! それを浴びながらテペスは飛びのいた。
「イヤー!」一瞬遅れて扉の様に巨大な手のひらがテペスのいた場所に空振りする。ギョロリ。四つの巨大な目がテペスを睨みつけた。
「チェッコラー!」負けじと睨み返すテペス!「イヤー!」半魚神の返事は地獄めいた口による噛みつき攻撃だ! 怖気ると死ぬというコトワザにならい、テペスは前にステップして半魚神の脇の下の僅かなスペースを通り抜ける! そして鞭に変形させた大鉈を振り上げ、横腹から背中にかけて叩きつけた!
「イヤー!?」これも浅い。しかし、筋繊維が元に戻る際にギザギザした刃がノコギリめいて鱗を、肉を削り取る! 真珠色の出血!「死ね!」鞭を大鉈に戻して更に傷口に叩きつける! ダメージ中!「イヤー!?」半魚神の悲鳴!
(三回目! いけるか!)三回目のスイングを決めるために大鉈を振り上げるテペスだったが、彼はその直後クロールめいて振り戻された半魚神の平手に吹き飛ばされた!「グエエエエエ!?」イディオット! 勝利を焦るとは!
遥か後方の水面に叩きつけられ、水飛沫が上がる。至る所の骨が折れた。
「クッソ」
テペスは転がる様に起き上がると、太ももに輸血液を注射する。傷は癒えたが残り六本、大切に使わねばなるまい。
「イヤー!」迫り来る鱗の塊! 臭い! 鼻がもげそうなほどの悪臭、そしてまたの三回連続スタンピング攻撃! テペスは難なく回避して大鉈を叩きつける!
(セオリーは聖杯のでかい奴と同じだ!)
聖杯ダンジョンの経験が生きている。この半魚神の動きにはパターンがあり、その隙を突いて叩けばいい。血が出るならいつかは殺せるのだ。
「イヤー!」頭上から襲いくる噛みつき攻撃! ステップ回避! 反撃しようとしたテペスは足を止めた。半魚神は頭を下げた体制のまま右腕を振り上げていた。
「イヤー!」横からはたきつける巨大ビンタ! 咄嗟の後方ステップで回避! もしも反撃に移っていればテペスは壁に叩きつけられていたであろう。
「ホレ!」挑発的な散弾銃の発砲! ロクに効いている様子はないが半魚神の怒りを煽り、スタンプ攻撃を誘発させる。
「1、2、3! 死ね!」三回目のスタンプの直後に足を二回斬りつける! 真珠色の血飛沫! そして、脚部へのダメージ蓄積により半魚神は膝をついた。思い切り近寄ったテペスが獣の前足めいて右手を広げ、占いクリスタルサッカーボールめいた眼球を鷲掴みにする!
「イヤー!? イヤー!?」苦しむ半魚神! テペスは一切の慈悲を見せることなく、眼球を乱暴に摘出した! 真珠色の大出血! よくわからない色のよくわからない液体の大量噴出! 半魚神は大きくのけぞった!
「ハハハハハ! あと一個引っこ抜きゃ丁度いい数になるな!」
高笑いを浮かべるテペス。生臭い血の匂いに彼は興奮しているのだ。
「イ、イ、イ、イヤー!」
だが、背中から倒れた半魚神は両手で地面を掴むと、思い切り自信を後方へと押しやった! 巨体からは考えられない速度で水面を滑りながら、おお、ジーザス! 両足二本がピタリと合わさったかと思うと、それらは徐々に一体化し、広がり、一本の尾ヒレとなった!
「イヤー! イヤー!」
そして両側の壁を両手で思い切り叩くと、壁一面を覆うほどの水が流れ始めたではないか!
「ワッザ!?」
更に信じ難いことに、半魚神は壁に張り付いたかと思うと、まるでそこが平坦な水面であるかのように泳ぎ始めたではないか! しかもその身体の中ほどまでが沈んでいる。明らかにそれほどの深さがない水面下に!
「イヤー! イヤー! ダ・ゴーン!」
半魚神が吠えた。