狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
「ダ・ゴーン!」
半魚神は壁から反対の壁へ飛び移る。やはり水深よりも深く沈み、高速で泳ぎ回る巨体。いかなる魔法であろうか? それを知る術も知識もテペスは持ち合わせていない。或いは偶然にも帰ってきたリヴェリアでもいればこの状況を打開できるであろうか? しかしそれがどんな結果になったとしても無いものねだりに過ぎない。
「イヤー!」
壁水面から上半身を見せたかと思うと、半魚神は大きく片腕を振るった! 距離はテペスから離れているが、その腕から何かが飛ばされた! それも数が多い!
「ジーザス!」テペスはステップ回避! 回避! 回避! しかし、投擲物の一つが彼の脇腹を掠めた!
「グゥーッ!」
痛みを堪えながら飛んできたそれを見るテペス。半透明で、水面に浮かんだ石油のような虹色の光沢を持つそれは鱗であった。だがそれは普通の魚の鱗よりも遥かに大きく、外周は鋭い刃となっていた。パルチザンの穂先をばら撒くが如き制圧攻撃! これぞ鱗ミサイル!
「イヤー!」
ダイバーめいて飛びかかってくる巨体! テペスは大鉈を大きく担ぎながら身を低くし、半魚神の下をステップでくぐり抜ける。そして行き掛けの駄賃とばかりに、鉈を立てスイングして半魚神の腹の切開を試みた!
「チッ!」
舌打ちするテペス。お察しの通り大したダメージを与えられなかった。その証拠に半魚神は悲鳴を上げていないのだ。
「イヤー!」
半魚神は水面にダイブした後に潜航、姿を消す。よもや、逃げたなどということはあるまい。前半戦の屈辱、有利なバトルフィールドの形成、おそらくまだ隠し球がある。この勝機を逃すはずもない。
(どこだ? どこにいる?)
テペスは身を低くして足を広げる警戒体制に入った。この状態で体をゆっくり回転させつつ移動すれば360度どの方向からの襲撃にも対応できる。姿を表した瞬間、今度こそ鉈を叩き込んでやると意気込んだ。
しかし半魚神は姿を表さない。余程入念にテペスの隙を伺っているのか、それとも本当に逃げたのか。水はもうテペスの膝まで来ている。その下から泡も迫り上がってくる。
(いや、待て。迫り上がってくるだと?)
地面の中に微細な空気が溜まっていたのであれば水の流入で泡として浮き上がってきてもおかしくはない。だが、今テペスの足元からは神々が好んで入浴するというバブル・バスのような巨大な泡が次々に上がってきているではないか! それも彼をを中心とした楕円環状に!
「うおおおおお!」
咄嗟に飛びのいたテペス! その一瞬後、半魚神の巨体が鯨のように飛び上がった! あのままならダンジョンベアトラップに足を踏み入れたゴブリンめいた惨殺死体となっていたであろう。
「死ね!」
テペスは露わになった腹の壁に向けて大鉈を横スイング。今度はクリティカルヒットだ!「イヤー!」しかし半魚神は素早く腕を振ってテペスを叩き飛ばす!「グエエエエエ!?」「イヤー!」吹っ飛ぶテペスに向けて鱗ミサイルを面制圧投擲! テペスの全身が切り刻まれ、腹に鱗が突き刺さる!
「ガエエエエエ!?」地面に叩きつけられたテペスは輸血液を注射しようと手を懐に伸ばすが、おお、ジーザス! 半魚神は回復などさせぬと飛びかかってくる! だが今度はテペス目がけではない。テペス左方向に離れた場所に着水すると、彼を取り囲むようにぐるぐると旋回しはじめた。
「グッ! グッ! グッ!」
足元の水が渦巻き、テペスの動きを封じる。水に足を取られることがないのが狩人だが、これは許容範囲を逸脱していた。
「イ! ヤ! ー!」
十分にテペスを封じたと確信した半魚神のダイビング攻撃! 沿岸基地破壊津波を凌駕する恐るべき質量攻撃だ! 今の状態でこれをくらえばテペスと言えどミートパイ、いや、それ以上の有様になることはま逃れない!
「イヤー!」ダイブ! 水飛沫が、砕けた地面の破片が! 爆発的に弾け飛ぶ! だがしかし、おお、見よ! テペスの身体は空中に浮かんでいた! 無論、彼が突然飛行能力に目覚めたなどと言うことはない。秘密は猿縄だ。彼は咄嗟に天井の鍾乳石に向けて猿縄を放ち、踏ん張らずに引き戻す力に身を任せ、跳んだのだ。マスタークラス!
「オオオオオオオ! ラアアアアアアアア!」
猿縄を解いて重力に身を任せなが、テペスは身体を回転させる。回転の外縁部には大鉈のギザギザした刃! 大鉈に大ジャンプが加わり三倍! 更に回転が加わり二倍! テペス自身が破壊力六倍の危険なバズソーとなり、モンスターを削ることだ!
「イヤー!?」半魚神が悲鳴をあげる! ぶちまけられる大量の血液によりテペスはリゲイン回復! トゥエンティフォー!
「ゼェッ! ゼェッ! 思い知ったか! ゼェッ!」
肩を激しく上下させながら地面に着地したテペスは後ろを向く。背中が見るも無惨な有様と化した半魚神。しかし、流石は階層主ゴライアスを押しのけて生まれてきた存在と言うべきか、まだ生きており、今度は泳ぐと言うよりは這いずるようにテペスから距離をとった。
「イ、イヤー。イヤー」
半魚神はかなり消耗した様子。身体を支える両腕が頼りなく震えている。テペスはトドメを刺すために前に踏み出ようとした。
「イヤー! イヤー! ダ・ゴーン!」
突如、半魚神が癇癪を起こしたように水面、その下の地面を殴打すると、巨大な岩が競り上がってきた。いや、ただの岩ではない。尖塔を有した尖った四角柱状のそれは明らかに人工的なオベリスク。そして、その表面には今までテペスが見たこともない、不可思議なルーンめいた文字が刻まれていた!
「イカ・ソード」「トビッコ・ガーネット」「叛逆者サーモン」「メ・デ・タイ」「シラス政治」「深きアンコウ戦車ども」「上位者のタマゴ」
「オオトロの効能と中毒性について」「タコに与える女」
「アガガガガガガガ!?!?!?」
文字から発せられるオレンジ色の直視した瞬間、テペスの脳内に様々な知識が強制インストールされる。それは本来人の世にあってはならぬ冒涜的知識。カレル文字の力がなんとかニューロンを守ろうと防衛触手を張り巡らせるが、貫通した冒涜が棘のように突き刺さり、生き物のように暴れるそれは精神と物理、両面からテペスを苦しめる!
オベリスクにはこの世ならざる知識が圧縮格納されており、文字の光を目に入れただけで知識が脳裏に刻み込まれる。幸いなことに次元を超えた場所から観測している読者の皆様はその影響を受けないが、青い力によりその表層を垣間見ることができるだろう。
しかしながら、これら知識は存在自体が冒涜でありまた誤りでもある。慈悲深い読者の皆様は、できればこの秘密を暴かないでもらいたい。
「イヤー!」半魚神はオベリスクに平手打ちをし、高速回転! ルーレットタイム! そしてピタリと止まった面が更なる冒涜的知識をテペスに浴びせる!
「マグロノミコン」「アマ・エビの乱」「外典カリフォルニア」「ジャックと枝豆」「シメサバ・セプク」「ルルイエのエンガワ」
「アガガガガガガガ!?!?!?」テペス悶絶! 知識が彼の脳に食らいつく! 感情と肉体が臨界点を迎え、テペスの頭が爆発四散した!
「アバーッ!?」
撒き散らされる血が水に溶けて消える!
「アバッ! アッ? バババ?」
テペスは背中から水面に倒れ込み、ドザエモンめいて浮かび上がる。そこへ半魚神はオベリスクに平手打ちをし、新たな面をテペスに向けようとした。
「イヤー?」
しかしオベリスクは止まっているにも関わらず、光を発する気配がない。半魚神は懐疑的な声を上げながらオベリスクを覗き込み、表面を斜め45度の角度から叩いてみせた。すると、根元の方からシナプスパルスめいた断続的な光波動が先端に向かって流れる。どうやら連続使用にはエネルギーの充填が必要なようだ。
あの恐るべき冒涜的知識光線を再び浴びれば今度こそテペスは死ぬだろう。だが、瀕死のテペスを前にしても半魚神は直接攻撃をしてくる気配がない。警戒しているのもそうだが、ダメージが重篤であり、次の攻撃を受ければ半魚神自身も死にかねないからだ。
(これは……チャンスだ!)
テペスはなんとか水底に足をつけ、溺れかけながらも立ち上がる。輸血液を一つ注射して体力を回復させる。そして、腰ベルトの取り出しやすい場所に鎮静剤を移動させようとした。あの手の知識攻撃には経験があり、鎮静剤で防ぐことができる。
(ぐっ……ブルシット!)
なんたることか、鎮静剤はあと一瓶しかない。だがオラリオに来てからも気狂いに苦しんでいたテペスの乱用を考えれば、あと一瓶残っていただけでも奇跡だ。
(チャンスは……一回!)
オベリスクの冒涜的知識光線を防げるのは一度だけ、それもほんの十秒程度だ。その間に半魚神を殺し尽くす。テペスは駆け出した!
「イヤー!」
鱗ミサイルが迫り来る! テペスはミサイル同士の隙間を的確に発見し、ステップ回避でくぐりくける!
「イヤー!」
追加の鱗ミサイルが迫り来る! テペスはミサイル同士の隙間を的確に発見し、ステップ回避でくぐりくける!
だがステップの直後、オベリスクの表面が光り始めた。
「イ、イヤー!」半魚神は咄嗟に平手打ちをしてオベリスクを回転させる。ルーレットタイム! そしてピタリと止まり、テペスに向いた面の文字群がオレンジ色の光を放つ!
「リリウム・アンド・アワビ」「インスタ・マスの影」「バニラ・アイス」「マンゴーの捥ぎ方」「シラコの落とし子」「クジラ狩り」「月光の導き」
「アッガガガガガガ! アーッ!」
脳に棘を刺されながらもテペスは足を止めない! 水を蹴り、大地を蹴り、冒涜を浴びながら、ひたすらに走る! 走る! 走る! そして、脳が爆発四散する寸前で鎮静剤を飲み干し、更に走る!
「イ、イヤー!」
半魚神は恐れ慄き、咄嗟に片手を振り上げてテペスを叩き潰そうとした。そしてこの安易な決断が半魚神の運命を分けた!
テペスは横にステップして攻撃を誘いながら、オベリスクの影に隠れる! 半魚神はオベリスクを叩いたがため、不意のルーレットが始まった。
「オラァッ!」
そこへテペスは渾身の力を込めたベースボールフォームで大鉈を叩きつけ、強制的にオベリスクを停止させる。そして光る面が向けられた先は、ジーザス! 半魚神の方向!
「上位者の正体」「暗い魂」「青ざめた血の酒」「グウィンの妻」「エルデンリング」
「イ、イヤー!?」
冒涜的知識光線が半魚神を襲う! 知識を弄ぶ者は知識に滅びる、まさに因果応報!
「イ、イヤー!? マドニー!? マドニー!?」
半魚神が今までにない情けない悲鳴を上げる! そして頭の内側から爆発四散! 占いサッカーボールめいた巨大な眼球が四方八方へと散らばりフロア中を跳ね回る!
その時テペスは? 彼は光が収まったところを見計らい、オベリスクの尖塔に向けて猿縄を放った! 巻き上げ機構に身を任せて空高く跳び、再び危険なクジラ解体バズソーへと変身する! しかも、おお、見よ! 今度は大鉈を鞭形態にしての回転攻撃!
大鉈に大ジャンプが加わり三倍! 更に回転が加わり二倍! そして鞭形態により遠心力が上乗せされ、その破壊力は百倍!
「俺は!」
「イヤー!?」
鞭のギザギザ刃が半魚神の頭に食らいつく!
「シーフードが!」
「イヤー!?」
回転は全く衰えることなく、半魚神の胸元まで引き裂く!
「大っ嫌いだァーッ!」
「マドニー!?」
そしてテペスバズソーは驚異の回転攻撃により、半魚神を尾ヒレの先まで真っ二つにして殺害! 真珠色の血が水面にぶちまけられ、悍ましい臓物がまろびでる!
こうしてテペスは、
悪夢を狩った。