狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
「こんにちは。良い天気ね」
ふと、二人のテーブルに近寄り、挨拶をする者があり。ふわりとした花のような香りが漂い始めた。テペスが今まで体験したことのないような、甘い香りだ。
「あん? ドーモ」
何気なく挨拶を返したテペスだったが、その人、否、神の顔を見た途端に言葉に詰まる。神は美形が多く、テペスが時折り街で見かける神々は殆どが美男や美女だった。だが、その女神は群を抜いて美しい容姿をしているように思えた。
黒のフードから覗く美貌、揺れる銀の髪、白い肌、アメジストめいた紫色の瞳。間違いなく、テペスが見てきた中では一番、いやそれどころか世界中探しても彼女ほどの美女はいないだろうと、全貌が見えていないにも関わらず確証を持ててしまった。クィネレイタに至っては同性にも関わらず、顔を赤くして見惚れている。
だが、ここでテペスは不快感を露わにし、両腕を組んで首を見せつけるように顎をしゃくり上げ、視点が低いにも関わらず見下すような目つきを女神に向ける。
「スゥーン……。いやー良い匂いですね女神様! 有名なブランドの香水かなんかつけているんです? どっかで嗅いだことがあるような気がするんだけどなー」
わざとらしく指をこめかみに当ててぐりぐりと動かし、何かを思い出そうとしているとアッピール。クィネレイタは顔を赤くして硬直。
「あら、ふふふ……。特に、これといった物はつけていないわね。強いて言えば、今朝は湯船にアロマを浮かべたくらいかしら?」
女神はクスクスと笑い、テペスとクィネレイタの間の席に腰掛けた。……どういうことだ? テペスは疑念を持つ。この席は小さい丸テーブルで席は二つしかないはず。女神が自分で持ってきた様子はなかった。まるで、椅子が突然生えてきたかのように、いつの間にかこそに現れたのだ。
(何人か……見ているか?)
至る所からの気配をテペスは察知した。屋根の上、離れたところの物陰、店の中。少なくとも三人、いや六人はいる。この女神の眷属だろうか? だとしたら危険だ。何故危険なのかはテペスは何となく察していた。クィネレイタは顔を赤くして硬直。
「そうですかい、アロマですかい。特別な物で? 今度、ダチに日頃世話になっている礼がしたいんでね、良ければ参考にさせてもらいたくて」
女神は尚クスクスと笑う。
「お相手は、恋人?」
「さてね」
テペスははぐらかした。
「そう……。残念だけど、このアロマは私の可愛い眷属が特別に調合した物だから、どこにもないの。あの子は私以外のために腕を振るう事は拒むから、譲ってあげることもできないわね」
テペスの目が鋭くなる。額に青筋が浮かぶ。
「そうかそうか、他にはない特別品。なるほどなるほど、納得したぜ。じゃなきゃ、説明がつかないからな。嘆きの大壁で、俺に闇討ちを仕掛けてきた、情けないクズが、アンタと同じ臭いだった理由がな! エエッ!」
テーブルを叩いて立ち上がるテペス! 腰のホルスターの短銃に手をかける! 「ひゃあっ!?」クィネレイタは驚いて小さく飛び上がった。
半魚神と戦う直前のアサシンとの攻防、その中でテペスは無意識であったが敵のにおいを感じ取っていた。ほんの微かなもので、今の今まで思い出せなかったほどだが、より濃い匂いの持ち主が現れたため、不意にアサシンの事を思い出したのだ。
(においが移るほど近くにいるような間柄だ! こいつが襲撃を指図したかもしれん!)
最大限の警戒を女神に向けるテペス。だが直後、冷たい感触が首筋に当てられた。いや、首だけではない。テペスはいつの間にか武装した冒険者に取り囲まれていた! しかも全員が最大級の殺意を込めた剣、槍、ハンマー、カランビットナイフ、ヌンチャク、信じられないほど邪悪に枝分かれした南洋式投げナイフを突きつけている。
「ひいっ!?」
クィネレイタは恐怖で硬直! そして失禁……は、なんとか堪えた。
「チッ!」
舌打ちをするテペスだが、指一本動かすことができない。もしも、彼らが一斉に攻撃をすればテペスはあっという間にひき肉にされ、焼き尽くされ、恐るべきハンバーグ死体にされてしまうだろう。
「あらあら。みんな、こっそりついてきていたのね」
女神の口ぶりは意外だと言いたげだが、顔はこの状況を分かっていたと言うふうに笑っていた。
「アバズレがぐへあっ!?」
テペスの腹に地獄めいた槍の柄が叩き込まれる。
「テペスさん!?」
叫ぶクィネレイタ。
「グワー! グワー!」
そして殴る蹴るの暴行!
「やめなさい」
と、ここで女神が初めて不快感を示した。するとテペスをボコボコにしていた冒険者たちが五歩分ほど下がり、膝をついて待機姿勢を取る。
「ゲッホ! ゲェーッホ!」
咳き込むテペス。そして首根っこを掴まれた彼の体は無理矢理直立させられる。
「立ったままだと疲れてしまうでしょう?」
女神がそう言うと、今度は強引に椅子に座らせられる。そして彼女が片手を優美に挙げると、店員が震えながらやってきた。
「ご、ご、ご、ごちゅっ……ごちゅっ……」
「今日のおすすめは何かしら?」
「す、す、す、す、す、ストロベリーティーが、ががが……きゅぅ」
店員は失神し、背中から床に倒れた。
「あらあら」
「ヨシコー!?」
男性店員が勇敢にも飛び出し、倒れた店員を助け起こす。
「ねえ、この子が言っていたストロベリーティー、持ってきてくれる?」
女神はかなり多めのチップを男性店員に渡して注文する。
「ハイヨロコンデー!」
男性店員は倒れた同僚を背負い、逃げるようにして去っていった。
「まったく、仕方のない子たち。ねえ、私、この子と静かにお話がしたいの。みんな、少し離れていてもらえるかしら?」
「しかし、フレイヤ様……」
冒険者の一人が抗議しようとしたが、彼は首から下がるネクタイを女神フレイヤに引っ張られ、腰を落とした。女神はその冒険者の頬にキスをする。
「お願い」
妖艶な声。
「は、はひ……」
恐るべき冒険者は腰が抜けたような格好でその場を去り、他の者たちは恨めしそうな視線を送った後に飛び上がって姿を消した。
(フレイヤ? 聞いたことがある気が……。そうだ、ロキ様が言っていた、昔共同で闇派閥を壊滅させたという、都市最強派閥の主神の名前)
テペスはフレイヤの事は名前と、強大な派閥の主神ということしか知らない。
「て、テペスさん! 大丈夫ですか!?」
椅子から飛び降りたクィネレイタがテペスに駆け寄り、背中を撫でた。
「ゲッホ! ゲェーッホ! うぐえー。大丈夫だ」
再度フレイヤを睨みつけるテペス。だが当の女神はどこ吹く風と言った具合で、勝手に二人のランチセットに手をつけていた。
「あら、おいしい」
イラついたテペスはまた立ち上がろうとしたが、飛んできたフォークが足元に刺さったのでやめた。
「何なんだよアンタいったい?」
テペスは痛む体をさすりながら茶を飲む。
「うちの子たちがごめんなさいね。ちょっと、過保護なところがあるから」
口では謝罪をしているが、やはり顔は笑っている。テペスの堪忍袋がすわ爆発四散するかといった直前、フレイヤはテーブルに一本の瓶を置いた。
「オッタルが迷惑料支払ったみたいだけど、私からも謝った方がいいかしら?」
これは嘆きの大壁で二人目の乱入者、恐るべきアトモスフィアを醸し出す大男がテペスに投げ渡したのと同じ物だ。
懐疑的な目でその瓶を見つめるテペス。だがクィネレイタは目玉が飛び出さんほどに瞼を開き、その瓶を凝視していた。
「こ、これ、エリクサーじゃないですか!? ディアンケヒト・ファミリアの!」
エリクサー! 生きているのならどんな重症も治せると言われている秘薬。更に医療系最大派閥のディアンケヒト・ファミリア製の物ならば、一本百万ヴァリスはくだらないだろう。
「フンッ」
だがテペスはその瓶を無視し、懐から自身のポーションを取り出して飲む。質は良いがエリクサーの一割にも遠い安物。だが、いきなり現れたこの女神をテペスはまるで信用していなかった。
「あらあら、いじっぱり。可愛いところ、あるわね」
しかし、テペスの挑発にフレイヤは笑うのみ。
「グダグダとウゼェんだよ。さっさと本題に入りやがれ。何故、俺を襲わせた? そのクセ何故、俺の前に現れた?」
テペスは警告のように飛んできたスプーンを頭の近くで掴み取り、飛んできた方向に向けて投げ返した。……悲鳴などは聞こえてこない。どうやら避けたか同じように掴み返されたようだ。
女神に対するあまりにも不遜な態度。茶番に付き合っていては話はいつまで経っても進まないために、致し方なし。ふと、テペスはクィネレイタを見る。小さな彼女はフレイヤに見惚れていた先程までとは異なり、完全に恐るべき魔女を前にしたように、テペスの腕を掴む小さな手は小さく震えていた。
「その子が心配? 私の眷属に送らせましょうか?」
「ざけんなボケ。尚更安心できねーわ」
テペスは警告のように飛んできたナイフを頭の近くで掴み取り、飛んできた方向に向けて投げ返した。……悲鳴などは聞こえてこない。どうやら避けたか同じように掴み返されたようだ。
「あの、テペスさん。私なら、大丈夫ですから」
クィネレイタは震えながらテペスに向けて微笑んだ。この状況、かなり無理をしているように見える。
「……いや、すまん。今日はここで解散しよう」
「えっ」
「悪いな。今度、また誘うよ」
これはテペスとフレイヤという一対一ではなく、ファミリア間の問題に発展するかもしれない。インシデント的にも派閥的に無関係なクィネレイタは巻き込めない。
クィネレイタは俯いて数秒した後、顔を上げてテペスに微笑みかけ、その場を後にした。背中越しに肩が落ちているのがわかる。
「お邪魔だったかしら?」
「言うまでもねーだろ」
ガラガラガラ。丁度その時、ストロベリーティーが運ばれてきた。
「お、お待ちしました。本日のおすすめ、ストロベリーティーにございます。こちら、サービスのクッキーです」
「ありがと」
フレイヤは男性店員にウインクをした。彼は顔をトマトのように赤くし、背中から床に倒れた。
「ジョニー!?」
先程の女性店員が飛んできて男性店員を背負うと、フレイヤに一礼をして逃げるように去っていく。
フレイヤはティーセットを指さし、
「淹れてくれるかしら?」
と、テペスに指図する。
「テメーでやれ」
テペスは警告のように飛んできたチョップスティックを頭の近くで掴み取り、飛んできた方向に向けて投げ返した。……悲鳴などは聞こえてこない。どうやら避けたか同じように掴み返されたようだ。
フレイヤとの睨み合い。いや、彼女は笑っているため、テペスが一方的に睨みつけているだけだ。
「わーったよ」
折れたのはテペスだ。これ以上平行線を辿っても不毛だと判断した故。彼は立ち上がり、ティーポットを掴んでカップにドバドバと注ぐ。
「下手ねえ」
フレイヤの挑発。テペスは無視してカップを彼女の前に置いた。甘酸っぱい香りが湯気と共に漂う。
「……いい香りね」
フレイヤはカップに瑞々しい唇をつけ、茶を一服。口の中で軽く転がしてから飲み、クッキーを一枚掴んで小さく噛んだ。
「美味しい。このサンドイッチもそうだけど、良いわねこのお店。通おうかしら?」
「チッ」
席について顔を背けるテペス。現状、テペスの中ではフレイヤに対する印象は最悪としか言いようがない。まともな話し合いになるのかどうか、剣呑な雰囲気に他の客は逃げ出してしまった。
「それで……話だけど」
ある程度ストロベリーティーを楽しんだフレイヤが、ようやく切り出した。
「先週か、先々週あたり、ね。貴方、アモールの広場にいたでしょう?」