狩人テペスの冒険   作:ヤングフンター

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 テペスがアモールの広場にいた日と言えば、ロキの命令でピーシャとデートした時だ。

「ああ、確かにそんくらいの時にいたな。で? それがアンタとなんの関係があんだよ?」

 テペスは辺りを見回す。……何も飛んでこない。諦めたのか、それとも何か別のことを企んでいるのか。ふと、フレイヤを見ると、彼女は不愉快そうな表情で後ろ斜め上方向を見ていた。どうやら眷属に物を投げるのを止めさせたらしい。

 

「……あの時、私もいたのよ、アモールの広場に」

 フレイヤは語り始める。

「私は愛と美の女神……、恋人たちの集まるアモールの広場、そこで瑞々しい愛を眺めるのが好きなの。愛に共鳴し合う魂の輝き……綺麗なものよ」

 でも、と続ける。

「貴方を見た時、今までにない衝撃を受けたわ」

 

 フレイヤはテペスの目をじっと見つめる。

「無数の魂、無数の意志、無数の怨念、巨大な瞳。乱雑に絡み合い、寄り合い、滴らせ、蠢いている。貴方の魂は、そんなカタチをしていた」

「……何が言いたい」

 テペスの背筋に寒気が走る。彼は無意識のうちに腕を組み、そこから自らを抱くような姿勢に移りつつあった。

 

「ピンとこないかしら? そうね、わかりやすい言葉で例えるなら、肉と臓物、ケダモノの毛とナメクジを推し固めた冒涜的な生き物、それが貴方の魂だった」

「……」

「これ程醜い、いえ、悍ましい魂を持った人間がこの世にいたなんて、とても信じられなかった。余りの悍ましさに、気分が悪くなって、数日は病床に伏せていたくらい。……ふふふ、神が病床に、ですって」

 

 テペスは無言だった。これほど酷い言葉を何気なく浴びせられたと言うにも関わらず、彼の堪忍袋は冷めていた。いや、冷めるどころか凍りついている。フレイヤの言っていることが、事実無根の中傷ではないと、理解してしまっているがために。

 

 恐るべきヤーナムの化け物、凶暴なモンスターを前にした時とは異なる、自分の全てを見透かされた寒気と怖気。恐ろしい、目の前の女神と名乗る魔女が、とてつもなく恐ろしい。

 

「でも、ね」

 だがフレイヤは、

「今の貴方の魂、嫌いじゃない、寧ろ、もっと見ていたいわ」

 言葉を覆した。

「無数の魂、無数の意志、無数の怨念。あらゆる穢れが、溶け合って、混ざり合って、驚いたわ。あんなにも悍ましかった物が、美しい作品に生まれ変わろうとしている」

 

 フレイヤの目が細まり、笑みが深くなる。彼女は立ち上がり、テーブル越しにテペスの頬に手を伸ばそうとしてきた。白魚のような美しい指が、流れるように蠱惑的にねじれ、ゆっくりと向かってくる。花の香りが迫る。

 

「あら」

「フゥーッ! フゥーッ!」

 テペスは眼前でフレイヤの手首をつかみ、静止させる。右目が霞む。充血する。鼻息は荒くなり、まるで手負の獣のようだ。その手にはダンジョン・シャコガイ粉砕万力めいた力がかかっており、相当な痛みと圧迫感をもたらす筈。だが、やはり、フレイヤは笑っていた。

 

「やめろ。俺に触るな」

 テペスはフレイヤの手を押し返し、離した。彼女の白い手首は紫色に鬱血していた。テペスは椅子から飛びのいた。

「グッ!?」

 直後、テペスの座っていた椅子が粉々に粉砕された。やったのは当然フレイヤの眷属。三人がテペスに対峙し、三人がフレイヤを守るために彼女のそばにいる。

 

「め、女神様。麗しき我が女神よ」

「ああ、なんたる事! なんたる失態!」

 眷属たちは一斉に嘆き、両手を頭に当てて絶叫する。それはフレイヤの腕の痣に向けられている。

「こうなれば、我ら一同。腕を切り落とし、この不始末を清算いたしましょう」

 ギロリ。恐るべき憎しみがテペスに向けられる。

 

「だがまずは、この冒涜者を血祭りに上げてーーー」

「やめなさい」

 強く、甘く、脳を痺れさせるような香りが広がる。今にも襲い掛からんとする眷属たちが膝をついた。それはフレイヤに対する敬意からではなく、突然全身の力が抜けてしまったからだ。内股になり、膝を笑わせ、自分の得物を杖のように使っている者までいる。

 

「な、何だ? 何をした?」

 恐るべきフレイヤの眷属たちが突如、戦闘不能になってテペスが感じたのは安堵でも喜びてもなく、戸惑い。その異常事態はこの者たちだけではなく、店の外の道を通りすがった老若男女を問わず襲いかかった。

 

「……貴方、大丈夫なのね?」

 フレイヤが眷属の間を縫うように抜けて、近寄ってくる。

「く、来るな! 近寄るんじゃあねえ!」

 テペスはとうとう短銃を抜いた。今度は邪魔する者はいない。ラッパのように広がった銃口はフレイヤの眉間をガッチリと捉えていた。テペスが引き金を引くだけで、彼女は巨大な光の柱と化し、天に消えるだろう。

 

「素敵。抗ったのは、砂漠の国のあの子以来……もしかしたら、貴方こそが……」

「寄るなつってんだろ! この魔女め!」

 滝のような発汗。暑いのに冷える体、震える指、銃口。確かに狙っているはずだが、右目がぼやけ気味になり、狙いが付けられているかが定かではない。フレイヤは銃身に手を添える。

 

「なっ!?」

 テペス驚愕。

「あら? 撃たないの?」

 地上での命がかかっているというのに、フレイヤは楽しげだ。

「し、正気じゃあねえ! 本当にぶっ殺すぞ!」

「やってみる?」

 

 フレイヤは銃口に額を当てた。

「さあ。絶対に外さない距離よ。後は貴方の意思次第」

「な、舐めるんじゃあねえ! 女殺すくらい、ヤ、ヤーナムでだって……」

 テペスが口籠る。

「ヤーナム……ヤーナム? それは、何かしら? お話を、聞いてみたいわね」

 世間話でもするかのような口調のフレイヤ。

 

「フゥーッ! フゥーッ!」

「さあ。どうかしら?」

「フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ!」

「さあ」

「フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! 」

「さあ」

「フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! 」

 

「さあ」

 

「ウッ! うおおおおおおおおお!!!」

 テペスは上半身ごと銃口を下ろした。後頭部を見下ろすフレイヤ。

「ねえ。この後、どうかしら? たくさん、お話したいことが」

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 テペスはその場から逃げ出した。残されたフレイヤは目をパチクリとすると、ため息を一つ吐く。

 

「仕方がない子」

 彼女は自身の紫色の手首に一つ、キスをする。その時、視界に白い影が映った。

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