狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
酒場【カタリナの牧歌】。まだ太陽が高く登っているにもかかわらず開いているこの店は、しかし客足も盛んで、満員とはいかないまでもそれなりに混雑していた。
そんな酒場のテーブル席にテペスはいた。酔えもしないのにエールを飲み、ツマミのタマネギ炒めを齧りながら、テーブルの上に広げた品々を漠然と眺めていた。投げナイフ十本、籠手と一体型のクロスボウ一つにその矢が十本、南洋式の邪悪な投げナイフが一振り、そしてスリングショットが一つ。これらはテペスが遠距離手段にと、あちこち歩いて試しに買ったものだ。
だが黒いフードの下では浮かない表情だ。どれもこれもパッとしない。投げナイフは苦手だし、クロスボウでは体勢崩しはできなくて、南洋式の邪悪な投げナイフに至っては意味不明、とち狂って買ったスリングショットもまるで子供のおもちゃのようだ。
何よりテペスの気が浮かないのは、使っていて面白そうと感じる物がまるでないという点だ。ベテランの冒険者が聞けば「面白いつまらないとかくだらない理由で武器を選ぶな」と怒り出しそうな考えだが、「つまらない物はそれだけで良い武器にはなりえない」というありがたい格言もあり、テペスはそれに従っている。
元よりヤーナムの狩人とはそういうものだ。異邦人であったとはいえ、テペスも例に漏れず機械的な仕掛けと二面性のある武器を好む。それは自身が理性ある人であるという誇示なのだ。
冒険者は皆屈強な戦士たちであるが、それは同時に仕掛けなどの小細工に頼る必要がない者たちばかりだという事でもある。故に、機械的技術は戦闘においては必要とされず、より単純に、より頑強に武器を鍛え上げる事こそがオラリオ流だ。と、言うより、普通武器とはそういう物であり、ヤーナムが特殊なだけだ。
ともかく、集めた武器の数々はテペスの琴線に触れる物ではなかった。しかし安くない買い物であったことには違いないので、取り敢えず使える物は使うことにした。
「浮かない顔をしとるの、お前さん……」
ふと、テーブルを挟んだテペスの向かい側に男が来た。奇妙な風体だ。橙色のボロ布を纏った初老。汚らしい髪と、汚らしい髭面。乞食の類の物乞いだろうかと、テペスは睨みを効かせる。
「心配せんでも、何も盗りゃせんよ」
男はテペスの向かい側の席に勝手に座る。
「……俺が怒り出す前に失せやがれ」
テペスは怒気を孕んだ声色でそう威嚇するが、男はまるで応えた様子もなく、呑気に酒の注文をしていた。
「まあ、聞け。同じ異邦の者同士、そういがみ合う必要もあるまいて」
男はテペスの視線をのらりくらりと受け流しつつ、テーブルの上の品々を舐めるように流し見ると、ウェイトレスを呼んで酒を注文した。
「何故俺が他所者だと?」
「臭いでわかる。まだこの街に馴染みきっていない、他所からの臭いでな。それに、相当に血生臭い」
テペスは舌打ちをする。何もかも見透かしたようなこの男の態度が気に食わない。殴り飛ばしてやってもいいが、暴力沙汰はファミリアの迷惑になるかもしれないと、踏みとどまっていた。
「で、お前さん。大方、飛び道具を求めていたものの、お眼鏡にかなう代物は見つからなかった、といったところじゃろ?」
またも見透かされた発言だ! 聡い者ならばテペスの様子とテーブルを見ていればわかるだろう。この男、優れた洞察力を有しているようだ。
「だったら何だ? テメェみたいな小汚いジジイに何ができるってんだよ」
そこへ、ウェイトレスがやってきて、木製のジョッキになみなみと注がれたエールを二つ、震える様子で持ってきた。男は右手でそれを受け取り、豪快にごくごくと喉を鳴らして飲む。
「プッハァー! 洋酒もなかなかいけるもんじゃな。で、儂に何ができるじゃと? それにはまず、お前さんが何をしようとしているかが関わってくるの」
男はもう一つのエールをテペスに差し出した。酔えぬテペスにとって酒など苦いだけの水にすぎない。ありがたく受け取るのはロキのような恩神からの賜り物だけだ。この酒場で飲んでいるエールも格好つけのために注文した。
普通ならつっぱねる所だが、テペスはエールを受け取って口をつけ、一息に全て飲み干した。長話をするつもりはないという意思表示だ。
「ほう、中々良い飲みっぷりじゃな」
「前置きはいい。それよりも、俺が何をしようかって? テメェで言っていただろ。遠距離の攻撃手段を探してんだよ」
「なんのために?」
テペスはつまみを齧る。
「空を飛ぶモンスターを叩き落とすため」
「成程な……」
男はエールを一口飲み、皺だらけの顔で少しはにかんだ。
「儂が思うに、お前さんは飛ぶ敵に物を投げるには、向いていないように思うがな」
「ほっときやがれ」
テペスは早い所話を切り上げようと、皿を持ち上げて流し込むようにつまみを食べた。そして自分のエールのジョッキを乱雑に掴み、先程のように一気飲みしようとする。
その時、男はテーブルの上、テペスの武器の隙間に何かを置いた。ジョッキに口をつける寸前の事だったので、テペスは思わず手を止めてそれを見てしまう。そして、注目した。
縄が幾重にも巻き付けられた棒の両端がコの字型の金具に挟まれている。金具の片方、その外側には分銅が飛び出ていた。そして、分銅よりやや後ろ側からは柄と思しき出っ張りと銃のような引き金。そして、その更に後ろにはベルトがついていた。
明らかに、腕に装着して扱うなんらかの仕掛け道具。テペスの興味を引くには十分の一品であった。
「手慰みにこしらえたが、儂には無用の物じゃった」
テペスはジョッキを置き、それを手に取って見た。ずっしりとしていて、獣狩りの短銃より重たい。以前使った獣狩りの散弾銃と同じくらいだろうか。引き金を引いてみたい衝動に駆られたが、ここでそうすればトラブルが起きるだろうと察した。
「……なんでこれを俺に?」
「儂よりは必要としている者の手にあった方が良いさね」
男はそう言って席を立ち、懐から金を出してテーブルの上に置く。
「おい、あんた、これのカネは……」
「今度会った時、酒でも馳走してくれりゃいいさ」
そう言って男は去って行った。酒場のざわつきの中に紛れ込んだかと思うと、次の瞬間には見えなくなっていた。あの薄汚れ、尚目を引く橙色はもうどこにもいない。まるで、夢から覚めたように、消えてしまった。
「……ふむ」
テペスは手に持った仕掛け道具を携えると、テーブルの上の物を片付けて代金を払い、足早にバベルへと向かう。目的地は当然ダンジョンだ。
◆
ダンジョン十層。あの日、テペスに苦戦を強いていたインプの群れは現在、苦境に立たされていた。空を舞う分銅付きの縄が、インプ達を容赦なく地面へと叩き落とす。重たい分銅を避けたかと思えば、縄が蛇のようにくねり、巻き付き、あの黒い冒険者へと引き寄せられる。
黒い冒険者、テペスは一瞬で縄を解くと、斧を振り落としてインプを真っ二つに切り裂いた。
「フハハ……」
テペスは確信していた。もはや空など恐るるに足らず。自分には羽も翼もないが、羽も翼も持つ奴らを殺すための手段は手に入れた。
逃げるインプの背に向けて左手を、そこに装着したあの仕掛け道具の分銅を向け、引き金を引く。押さえつけられていたバネの力が解放され、凄まじい勢いで縄を射出した。
スナップを効かせれば縄は生きているように敵に巻きつく。そして引き金を離せば別のバネが作動して、縄を巻きつける。
複雑にして機能的、そして特徴的。これこそテペスが求めていた物だ。仕掛け武器に全く劣らないこの道具は、おそらく長く彼のパートナーとして役立ってくれるだろう。
ふと、モンスターの増援が見えた。今日のところは帰るか、否、まだこの新たな力を試したい。使って使って、使い尽くし、味わいたい。今のテペスは何にも負ける気がしなかった。
【猿縄】
見知らぬ男がテペスに渡した仕掛け道具
引き金を引くとバネを押さえつけていた力が解放され、
遠くまで縄を飛ばす
飛ばした縄は巻きつける、引き寄せる、引っ張ると、
非常に応用が効く
あの男は何者だったのか、テペスの見た白昼夢か
しかし、この不可思議な道具は、確かにここにある