狩人テペスの冒険   作:ヤングフンター

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 ギルドには冒険者や来客と密な会話をするための応接室があるが、ここは今や懲罰房と化していた。

「いいですか? 今から簡単な質問をします。本当に簡単です。冒険者なら誰でも答えられるってくらいに」

 ソファに腰をかけるエイナは両手両足を威圧的に組んでいる。右手の指は落ち着きなく左腕を叩いている。向かい側にはテペス。二者の間には長テーブルがあり、その上には二人分の紅茶の入ったカップ。

 

「テペス・ヴィー氏。あなたの現在のレベルはいくつですか?」

「1です」

「そうですよね。ついこの間、冒険者登録をして私が担当になったのを覚えています」

 エイナは一つ、喉を鳴らせる。

「では次の質問です。貴方、見たところダンジョン帰りでしょう? 今日は一体何階層まで降りたのかしら?」

「13階層です」

 エイナの眼鏡が光る!

 

「頭脳がマヌケですか貴方! どこにレベル1ソロで中層に挑む冒険者がいるんですか!? ただでさえ異常な速度で階層を下げているというのに!」

「んなこと言ったって……」

「言い訳無用!」

 テペスの肩が縮む。ヤーナムの夜を駆け抜け、宇宙的悪夢の根源を叩きのめしたあのテペスが怯んでいるのだ。

 

「いいですか? 先程、無法な喧嘩とはいえレベル2のフォルテスモーク氏を倒したのですから、レベル1としてはかなり凄いことです、それは認めます」

 エイナは一息ついて紅茶を一服する。そしてカップを置いた。眼鏡が光る!

 

「で、す、が! 貴方には圧倒的にダンジョンの経験が足りていない! いいですか? ダンジョンの脅威は何も腕力だけで解決できるものばかりではないんです。落石、落とし穴、弱っているところへのモンスターパーティ。まるでダンジョンそのものが殺意を持っているかのように、不意のトラブルが付き纏うんです」

 

 熱弁するエイナがテーブルの上に置いたのは分厚い紙束。その一番上を取ってテペスに渡す。ヒューマンの女性、24歳、レベル2、編成ソロ。死因、モンスターの不意打ちで穴に落ちたことによる落下死。

 

 更に一枚渡される。ボアズの男性、32歳、レベル3、編成ソロ。死因、坂道から転がってきた巨岩を避けた際に武器を落とす。その後、ミノタウロスの群れによる波状攻撃により死亡。

 

 ジーザス! もしやこの紙束全てが中層での死亡事例の報告書だと言うのか!?

 

「貴方の戦績は目覚ましいものです。深く潜りたくなるという冒険者の方は他にもたくさんいます。ですが、探索に赴く際は、せめて同行者を連れて行ってください。レベル3になっても、不慮の事故で命を落とす冒険者の方は、これだけいるのですから」

 慈しむように紙束を撫でるエイナ。彼女は冒険者に入れ込みすぎるあまり、感傷深いのだ。

 

「アー……ゴクゴク」

 テペスは誤魔化すように紅茶を飲み干す。

 時折、忘れる事があるが、テペスはもう夢を見ないのだ。以前は何らかの呪いめいた力により、死んだとしても悪い夢になるという能力を有していた。ゲールマンの介錯を受け入れ、夢から覚めた彼はもはや一度きりの命。無謀は効かない。

 

「……すんませんした」

「謝らなくていいので、次からは気をつけてください」

 さめざめと、エイナはハンカチを取り出して目元を隠し、長テーブルの下にもう片方の手を伸ばした。

 

「ところでヴィー氏。これからは中層で探索をするつもりなんですよね?」

「……ええ、まあ」

 テペスの親指がうずきだす。まるでフィンのようだ。何かがまずい。ここにいるのは非常にまずいと、脳が警告を発している。

「じ、じゃあ、俺はこれで……」

 立ち上がろうとしたテペスの目の前に、エイナが何かを突きつけてくる。分厚い本だ。中層冒険者死亡事例報告書の束の五倍もの厚さのある、辞典のような本だった。

 

「でしたらまずは中層についての知識をすべて叩き込んでおきましょう。パーティを組むにしても知識のある方がいるならば、同行者も安心できるはずですから」

「……どれくらいやるんで?」

「翌日の日が登る頃には終わりますよ」

 

 ジーザス! これはギルド名物であり、数多の冒険者から恐れられるエイナ・チュールの勉強会、通称「妖精の試練」! 覚えるまで帰らせてもらえないという地獄めいたイベントだ!

 テペスはエイナが担当に決まった日以外、ロクに彼女の元へ通っていなかったのでこの勉強会を受けていなかった。

 

「ああ、そういえば、まだ受けていない分もありましたね」

 エイナの眼鏡が光る。

 

 ◆

 

「頭がいてぇ」

 翌日の昼、テペスは噴水広場のベンチの上で横になっていた。重たい瞼が閉じようとするのをなんとか我慢していた。野外で寝たらスリや強盗に遭う。ただでさえ、近頃は小柄な窃盗団の噂があるのだから。

 朝霜が降りた頃、なんとか解放されたテペスはダンジョンに行こうとして、矢張り断念し、黄昏の館へと帰ろうとしていたところで力尽きた次第だ。

 

「とんがり耳は苦手だ」

 先のエイナ・チュールはまた別の意味で苦手だが、ファミリアの面々にいるエルフたちはどうもテペスに当たりが強い。特に髪を馬の尻尾みたいに束ねている少女エルフには常日頃から絡まれている。やれ姿勢が悪いだの、やれ食事のマナーが悪いだの、やれペットの管理ぐらいしろお尻がベトベトになっちゃったじゃないですかだの。

 

「だる……」

 好奇の目を差し置き、テペスは転がるようにベンチから降り、亡者のように立ち上がった。いっそのこと輸血液でも投与しようかとも考えたが、流石にこんなことで使っていたら緊急時になくなると諦める。

 

「それで今日はさ……って、お前」

 黄昏の館に戻ろうとしたところで、声をかけられる。眠い目を擦って見ると、なんとなく知っている顔がいくつかあった。ファミリアのメンバーだが、名前は覚えていない。短い黒髪の男と、頭にバンダナを巻いた男だ。

 

「アー……、ども」

「えっと、テペスだっけ? 昨日はホームに帰らなかったみたいだけど、どうかしたのか?」

 短い黒髪が訪ねてくる。

「……ちょっと野暮用で」

「まさか……これか? これなのか!?」

 バンダナが小指を立てて迫る。

 

「……」

 肩を落とすテペスの様子を見て、ロクな目に遭わなかったのだと二人は察した。

「まあ、いいや。それよりさ、お前今日……は疲れてそうだし、明日暇?」

「……まあ、ダンジョンにいく以外の用事はないですね」

 そう言うやいなや、二人は目を合わせた。

「じゃあさ、明日は俺たちとパーティ組まないか? あと一人くらいメンバーが欲しいところなんだよ」

 

 思わぬお誘い。反射的に断ろうとしたが、またソロで潜ってエイナに小言を言われるのは気が重い。それにまあ、ヤーナムにいた頃も必要とあれば仲間を呼んでいた。そうまで頑なになる必要もあるまいと、痛む頭で結論を付けた。

 

「よろしくお願いします」

「マジか!? 噂の新人と組むなんて、ラウル先輩以外じゃ初めてじゃないか? 俺たち」

「よろしくな。改めて、俺はロイド」

 と、黒髪の冒険者が名乗り、

「俺はニック! 期待しているぜ!」

 と、バンダナが名乗った。

 

「テペス・ヴィーです」

 こうして、テペスは初めてまともにパーティを組む約束を取り付けたのだった。

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