狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
ダンジョン中層にテペスは再び足を踏み入れていた。前回は兎を三羽斬殺しただけで敗走という、情けない結果に終わったが今回は違う。なんと、あの夜やみに紛れ込むような黒いマントとフードは、真っ赤な生地に置き換わっているではないか。これこそサラマンダーウール。炎に対する防御では上級鍛治師の装備に匹敵するという代物だ。
「新入り。あんまり気張るなよ」
そして違うのは装備だけではない。警戒するテペスの背後から声をかけるのは、昨日テペスを誘ったロイドとニックだ。二人の後方には不満げな顔をしたエルフと犬人が一人ずつ。
「ラウル先輩から話は聞いているよ。今回は術士二人の護衛をしていてほしいんだ。それと同時に中層での立ち回りや連携の仕方を、俺たちの動きを見て勉強すればいいよ」
優しく語りかけるロイド。彼の武器はバックラーとロングソード。前衛として最適と言えよう。ニックは一見軽装のようだが、鎧の各所に何やら道具を仕込んでいるように見える。
ロイドとニックはレベル3だ。近日行われる遠征のメンバーにも組み込まれている。中層の探索に不足はないだろう。後方の二人もそれなりの実力者と見ていいかもしれない。
テペスは頷くと、ロイドとニックの間を抜けて後方の二人の近くまで寄る。エルフのほうは相変わらずの不機嫌顔、犬人は更に仏頂面を深めた。
「……改めて、よろしくお願いします。エリングリムさん、ハイマウスさん」
エルフのエーリア・エリングリンと、犬人のピーシャ・ハイマウスに対し、ぞわぞわする背筋を我慢しながらお辞儀。ロキに言われたために無視することはなくなったが、未だにテペスは獣系亜人のことが苦手だった。
「……足引っ張るんじゃないわよ」
「ふん!」
辛辣な返答。だが無理もない。粗暴で雑な態度と性格によりエルフからは疎まれ、目も合わせなかった時期があることから獣系亜人たちからはレイシストではないかと嫌われている。先輩や上級冒険者ならまだしも、テペスは新人なのだ。生意気な態度を取っていて、簡単に心を許される道理はない。
「おーい! 喧嘩すんなよー? そろそろ行くからな」
五人の探索が始まる。今回彼等はギルドを通して斡旋された仕事、クエストを受けている。目標はアルミラージの体毛二十枚、テペスが辛酸を嘗めさせられたヘルハウンドの牙が三十本。この編成ならば一日もあれば集まる数だろう。
(今度はあの犬っころがきても大丈夫だよな……?)
歩きながら内心の自問。テペスはサラマンダーウールの効果を疑わしく思っているのだろう。一応火に焼べてみたが、焦げ付き一つしなかったため、防火性は確認してあるのだが。
(煤けた装束か、骨炭の装束でもあれば……)
ヤーナムの悪夢に置いてきた火耐性に優れた装束を思い出すが、無いものねだりにすぎない。何より、臆病さ故に金属鎧であるヤハグルの装束を選んだのはテペス自身なのだから。
「ちょっと、集中しなさい」
ふと、そんな非難を後ろのエーリアから浴びせられた。どうやら別のことを考えていたのを見破られたらしい。顔を横に向けて「すんません」と一言謝る。
「シャキッとしなさいよ。そんなんじゃ怪我するわよ」
ピーシャからの叱責。
「来たぞ!」
ニックの声が上がり、全員が臨戦態勢に入る。殺到するモンスターの群れ、アルミラージとヘルハウンドの混成部隊だ! 総数数十体!
「エーリア! ピーシャ! 詠唱を始めてくれ! テペス! 二人をしっかり守ってくれよ! 行くぞニック!」
「おうよ!」
ロングソードを抜き放ったロイドと、逆手持ちの短剣を両手に構えたニックが群れに突入!
「おら!」ロイドの剣が一凪で三体を切り裂いた!
「これでどうよ!」ニックの投げたロープ付きナイフがアルミラージの一体に巻きつく。そして彼はハンマー投げ選手のようにアルミラージを振り回し、次々にモンスターの群を薙ぎ倒す!
なんたる凄まじい戦闘能力! これがレベル3か! だがこれ程までに強力な彼等でさえ遠征組では二軍に過ぎない。テペスは、改めて自分が所属するファミリアの底知れなさを思い知る。
だが、次々にモンスターが迫り来る。如何にレベル3とはいえこの数を捌ききるのは難しいのではないか?
ふと、後方より光が現れる。見ると、エーリアとピーシャの足元に光る幾何学模様が出現していた。
「【火の暴れ者 炸裂の先駆者 我は炎の代行者なり】」
「【大地貫く槍太鼓 音と光の攻撃者 天より降らせ 我らが怒り】」
二人は何やら詩的な言葉を唱えている。その手には長い杖があり、不思議な力強さを感じる。そしてテペスは悟った、これが二人を守る意味なのだと。
「しまった! 三体抜けたぞ!」
ジーザス!ついに突破された! 迫り来るのは二体のアルミラージ、一体のヘルハウンド。アルミラージたちはテペスを片付けようと、高く飛び上がる!
「ウサギは好きなんだがな!」
テペスは斧をハルバードに変形させ、アルミラージ二体を空中で切り捨てる!
「ええ!?」
「ピーシャ! 集中!」
「っ! 【穿ち 貫け 荒々しき閃光】」
テペスの斧に驚いたピーシャだったが、エーリアの叱咤により詠唱を再開。だが次に狼狽えるのはエーリアの番だった。視界の端で、赤く光る二つの目と煙が見えたのだ!
(突破してきたヘルハウンド!? 回り込むなんて!)
あからさまに火炎攻撃! この位置からではテペスが走ったとしても間に合わない! 詠唱を中断するべきか迷ったが、魔法はすでに終盤まで差し掛かっており、下手にここで止めると自分が爆発四散する恐れがある!
「クソ犬、くたばりやがれ」
だが響く炸裂音と共に赤熱発光した線が見え、ヘルハウンドの頭を貫いた!
(ラウル先輩が「あの新人は銃を持っていた」って言ってたけど、本当だったんだ)
「【戦場に響け 原始の慟哭】ロイド! ニック! 離れて!」
二人の魔法が完成した。前衛二人はすかさず後方へ飛ぶ。テペスも何かあると思い、二人の後ろに下がる。
「【エクスプロード】」
「【ライトニングピラー】」
エーリアの杖から巨大な火球が、ピーシャの杖から雷の柱が放たれ、モンスターの群れを一瞬で薙ぎ払った。まるでソドムとゴモラを焼き払った神の怒りそのものだ!
「すげぇ」
思わず声が漏れるテペス。神々の墓所に潜む巨大な番犬と、黒い骸の獣。そいつらの範囲攻撃に決して劣らぬほどの威力に思えた。
「魔法を見るのは初めてか?」
ロイドが肩を叩いてくる。
「ええ、まあ。似たようなのは見たことあるんですが、いや、すげぇですね」
「中層以降はモンスターの質、量、全て上層とは桁違いだ。パーティに一人か二人、魔術師がいれば大いに助かる。覚えておくといい」
テペスは頷く。これ程までに凄まじい威力ならば大いに助けになる。数、質、どれも関係なく吹き飛ばせる圧倒的な力。もしもヤーナムに彼女たちがいたなら、あの宇宙悪夢的な街はもう少し簡単に探索できただろうか。
「ふう、こんなものね」
魔術師二人が息をついて振り向く。魔法は凄まじい力だが精神力を消耗する。乱発は禁物だ。
「ラウル先輩の言っていた通りね。変な武器使って」
「かっこいいでしょ?」
「変よ、変! 何その斧? 伸びたの? それに銃なんて、珍しいわね」
エーリアが興味津々と言った様子で尋ねてくる。突破してきたモンスターへの対処を見て評価を改めたようだ。
だが、相変わらずピーシャは仏頂面だった。笑顔とは言わないまでも、せめて突然背中にあの雷光を浴びせないようにはなって欲しいと、テペスは願うばかりだった。
◆
その怪物は、暗い回廊の奥で、息を潜めていた。
手懐けた犬たちに、餌を与えて。
生まれを憎み、世を憎み、神を憎み、人を憎み。
同族の骨より削り出した己が得物! 血を求めている!
唸り声を押し殺しながら、その怪物は犬を連れて歩き出す。
神の子の血を、この回廊にばら撒くために。