狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
中層において屠殺的殺戮を繰り返したロキ・ファミリア一行は、小休止と洒落込んでいた。背後には破壊された壁があるが、これは彼等がやったことだ。モンスターはダンジョンの壁から生まれてくると言う驚きの方法で誕生するが、事前に壁を破壊しておけば生まれてこない。これである程度の安全圏にいれば休憩ができる。
「アルミラージの毛皮二十枚は集まったな。後はヘルハウンドの牙が四本だけだ」
ニックが干し肉をかじりながら広げた収集品を勘定する。目標は目前であるが、だからといって急いだり油断したりすると死ぬのがダンジョンなのでしっかりと休憩は取る。テペスも兜の下から干し肉を差し込んでかじっている。
「食事の時くらい取りなさいよ」
「すんません、無理です」
ピーシャの叱責を受け流す。彼女の仏頂面が深まる。
「ふん。厳つい格好の大男かと思ってみたら、実際は臆病な坊やってわけね」
「ピーシャ、いい加減にしなさい。テペスの実力は見たでしょう? 彼はファミリアには必要な人材よ」
エーリアがピーシャを嗜めるが、むしろピーシャは牙を剥き出しにした。
「いくら力があってもねぇ! 数日前までのこいつの態度、知っているでしょう!? 獣人レイシストに違いないわ!」
立ち上がってテペスを指さすピーシャ。多種多様な種族が集まるオラリオにおいても差別の影は見え隠れしている。特にピーシャは過去、生まれ故郷において酷い差別を受けてきたため、そう言った気配には敏感だ。
「ピーシャ。百歩譲って怒るのはいいとして、今はダンジョンだ。その感情はせめて、地上に上がるまで抑えていてくれないか?」
「事前に教えてくれなかったくせに! 私がこいつみたいなの嫌いだって知っているのに! それなのに我慢しろですって!?」
ジーザス! 味方がいないことで怒りのボルテージが上がる! 更には目に涙まで浮かぶしまつ。このままではパーティ的に危険な領域に入ってしまいそうだ。
「……すんません」
「な、なによ」
テペスは干し肉を傍に置くと、両膝と両手を地面につき、ピーシャに向けて頭を下げる。
「差別しようってつもりは、微塵もないんです。ただ、ちょっとしたトラブルに巻き込まれて、その、獣っぽいものとか人とか、ちょいと苦手なんです。それがハイマウスさんや、他の獣人の気分を悪くしているって知って、その、俺なりに頑張って少しずつ直しているんで、どうか、ご容赦を」
深々と頭を下げる。
「な、なによそれ。そんなのズルいじゃない。そんな言い方されたら、私の方が嫌なやつみたいじゃない……」
怒りと共に萎んでいくピーシャの肩。それをエーリアはそっと抱いて、また座らせた。謝罪した相手に対してマウントを取るような性格ではないのだろう。
「まあ、いいじゃないか。これからゆっくり馴染んでいけばさ!」
ロイドが仕切り直す。
「それよりも、だ。テペスお前、やっぱりとんでもなく強いな! ガンガン階層下げて無傷で帰ってきているっていう噂、大分疑っていたんだぜ? でもお前の戦いぶりを見ていると、本当だったんだなって実感が湧いてくるよ!」
「ども」
「そうそう! あんた、どうしてそんなに強いのかしら? 前に別の神様のところにいたとか? でもレベル1だっけ? 不思議ね〜」
フードの下を覗き込もうとするエーリア。
「なあなあ、オラリオに来る前はどんなところにいたんだ? どうしてオラリオに来たんだ?」
根掘り葉掘り聞き出されそうな雰囲気。ヤーナムでの一夜はあまり話したくはなかった。あそこでの記憶は忌々しいものだ。フードを深く被り、「まあ、色々と」と言葉を濁して干し肉を齧る。
「オラリオには……なんで来たんですかね? 前いたところから出てボートを漕いでいたら、いつのまにか運河に出ていて」
「運河に?」
「ええ……ぶつかってボートは壊れるし、知らない場所だし、金もないわでフラフラしていたらロキ様に拾われて……」
ふと、テペスは後ろに気配を感じて振り返る。ニックも同じく感じたようで、テペスと同じ方を見る。
離れたところにヘルハウンドが二匹いた。だが襲いかかってくる様子はない。まるで一行を観察するように、遠巻きに見つめてきている。それが奇妙だった。モンスターという存在は人を見つけると狂ったように襲いかかってくる。それが、落ち着いた様子でいる。かと思うと、口に火を蓄え始めていた。
「クソが」
テペスが銃撃し、ニックがナイフを投げる。必殺の一撃と思われたが、ヘルハウンド二匹は難なく回避し、走り去っていった。
「何か……様子が変だったな」
「あたまいいかんじでしたね」
ニックの違和感にテペスが答える。
「様子を探ってみるか? 何かあるようならギルドに報告しておかないと」
「賛成よ。ヘルハウンドの牙もあと少しだし、あいつら倒しておきましょう」
ロイドの提案にエーリア、ピーシャ、そしてテペスが頷く。エーリアとピーシャは勝気な性格から、テペスは何かを感じ取ったために。だが唯一、ニックだけが難色を示す。
「俺は深追いしない方がいいと思うぜ。どうも胡散臭い」
「何よ。どうせヘルハウンドでしょ? さっとやっつけてぱっと戻って来ればいいじゃない」
「いや、そうなんだが……」
ヘルハウンドが走り去って行った方向を見るニック。足跡があるため追跡は可能だ。だが、ニックの斥候としての勘が悪い予感を察知していた。
「じゃあこうしよう。あいつらを追いかけて、何か変なことがあればすぐに引き返す。クエストは多少遅れるが、安全は取れる。どうだ?」
ロイドの提案にニックは渋々首を縦に振る。そうして一行はヘルハウンドの追跡を始めた。
「重たいのか、それとも強く踏み込んでいるのかな。随分とハッキリ足跡が残っている」
ニックの足跡分析。
「きっと私たちにビビってるのよ。何せ、レベル3が三人にレベル2が一人、もう一人もレベル2相当ですもの」
自信満々にエーリアが言う。
「だといいがな。……っと、ここで途切れているな」
一行は13階層にしては珍しい、細い道の半ばまで来た。そこから先は足跡が途切れている。
「……ニックさん、すんません。俺も嫌な予感がしてきました。まるで誘い込まれているような」
「ば、バカ言わないでよ。モンスターがそんな回りくどいことするわけないでしょ」
テペスの言葉に、不安が一気に広がる。モンスターが誘導などといった知的な行動をするとは考えにくいが、それでも万が一の可能性が脳裏をよぎる。何よりこの狭い回廊。ヘルハウンドが正面から大量に現れたら対処が難しい。
「……引き返すか。別にあのヘルハウンドたちにこだわる必要もない。他の群れを見つければ」
そう踵を返したとき、一行は驚愕した。先程まで通っていた道に、何やら白く濃い霧がかかっていた!
「おい、何だよこれ!?」
ニックが慌てて霧の近くまで来るが、そこから先へ進めない。どう見ても物理的障害足りえない霧でしかないのに、まるで頑丈な壁のように一行の撤退を妨害していた!
「この!」
ロイドがロングソードで斬りつける! だが手応えが全くない。壁となって立ち塞がっているにも関わらず、攻撃の一切が素通りされる。ジーザス! なんたる理不尽!
「新種のダンジョントラップ!?」
以前、エイナがテペスに教えたように、ダンジョンは時折まるで意思があるかのように、冒険者たちを危機に陥れる。落石、落とし穴、追い討ち的なモンスターパーティなど。だがこの壁はロキ・ファミリアの面々にとって全くの未知! 体験したことがなければこのような物があるという情報すらない!
「……」
だが、この中で唯一テペスだけはこの壁に見覚えがあった。それは忌々しいヤーナムで過ごした一夜、類稀なる恐るべき獣と相対したとき、逃走を許さないかのように現れるあの霧の壁だ。
と、すると、この壁にはそれに該当するような強敵がいる可能性が高い。テペスは壁に気を取られる他のメンバーとは逆に、回廊の奥の方を睨みつける。
すると、二匹のヘルハウンドが牙と爪をむき出しにして闇の中から現れる。だがそれだけではない。その二匹の間から、巨大な影が姿を表した。
◇
迷宮 暗がり
ちらり ちらりと 狗炎
養う主人 人にあらぬ大男
がしゃり がしゃり 双鉈掻き鳴らし
狭間に巣篭るは 山羊頭の荒武将