もののけ(ヤンデレ)姫   作:トマホーク

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名誉の負傷

「クソッ、逃げろヤックル!!」

 

突進してくるタタリ神の姿に体毛を総毛立たせながら恐怖で立ち竦むヤックル。慌てて逃げるように声を張り上げるが、恐怖で声すらも聞こえていないようであった。

 

「シッ!!」

 

このままではヤックルの身が危ないと判断した俺は見張り櫓の手摺から身を乗り出しヤックルの側にあった櫓の柱に、射るタイミングを逃してつがえたままであった矢を射る。

 

カツンッと柱に矢が命中した音で我に返ったのか、ヤックルはタタリ神の突進を受ける寸前に身を翻して脱兎の如く駆け出して行く。

 

「危なかっ━━」

 

ホッとしたのも束の間。寸での所でヤックルを逃したせいなのかタタリ神は進路を変更せず直進し、そのまま見張り櫓を支える柱に体当たりを食らわせた。

 

嘘だろ!?

 

体当たりの衝撃に揺れる見張り櫓の手摺を咄嗟に握り締める。次いでミシミシミシッと木が軋み割れていく音を耳にして思わずジジイと顔を見合わせ、お互いに青ざめさせる。

 

不味いと思った時にはもう遅く、タタリ神の体当たりを受けた衝撃によって根本をへし折られた見張り櫓はゆっくりと後ろに傾いて行く。

 

しかも不幸な事に見張り櫓の背後は崖であった

 

「うおおおおぉぉぉぉッ!?」

 

「く、崩れるぞぉ!!」

 

ヤバイ!!櫓が倒れる!!クソッ、脱出!!

 

「っ……イテテ。爺さん、大丈夫か!?」

 

あっぶねー、倒れていく櫓からジジイ抱き抱えてジャンプして間一髪脱出出来た。木の上に飛び込んだから大丈夫だったけど飛んだ先が地面なら死んでたぞ。

 

「あぁ、大丈夫じゃ。お前さんが咄嗟にワシを抱えて飛んでくれたお陰でなんとかのぅ。櫓はものの見事にバラバラじゃが」

 

咄嗟に飛び込んだ木の枝の上で窮地を脱した事に安堵の息を漏らすが、バラバラになってしまった見張り櫓の事を思うとフツフツと怒りが沸いてくる。

 

あの野郎……よくもやってくれやがったな!!この見張り櫓作るの大変だったんだぞ!!それを土台からぶっ壊しやがって!!

 

この恨み、晴らさずおく――って、あの野郎!!

 

村の方に向かってやがる!!村を襲う気か!?

 

「ジジイはここにいろ!!」

 

「アシタカッ!?何をする気じゃ!!」

 

村の方へ進んで行くタタリ神の後ろ姿を視認した俺は木の上から飛び降りるとジジイを置き去りにして崖を掛け登った。

 

「ヤックル!!」

 

タタリ神から逃れる為に、一時的に側を離れていたヤックルを声とピーッと鳴らした口笛で呼び寄せる。

 

村はやらせん!!って……えぇい、クソッ!!

 

呼ばれた事を理解して駆け寄ってくるヤックルの姿を横目に自身の装備の確認をしてみれば弓の弦が切れているし、矢筒に入れてた矢も落下の衝撃であらかた折れていた。

 

弦自体は予備のモノですぐに張り直せるが……無事な矢は3本だけか。

 

この3本だけで、あの化物をやれるか?

 

まぁ、無理ならブービートラップのキルゾーンに引き込んで足止めしつつ、村の男衆と一緒に矢をしこたま撃ち込んでぶっ殺すか。

 

そんな風に思考を巡らせながらも弓の弦を張り直し、自身の元にやって来たヤックルに飛び乗る。

 

「よし、ヤックル行け!!」

 

「アシタカー!!タタリ神に手を出すな!!呪いを貰うぞ!!」

 

ヤックルに跨がり乗り駆け出した俺にジジイが声を掛けてきた。

 

呪いって、うぇ……そんな能力まであんのか、あの化物。

 

厄介な。ま、大丈夫だろ。

 

遠距離武器だけで仕留めるつもりだし。

 

というか、四の五の言ってる暇は無い。今もヤックルを走らせているが中身がイノシンなだけあってヤツの移動速度が早い。

 

このままだとすぐに村に到達してしまう。

 

ジジイの警告に警戒レベルを一段引き上げながらも手綱を弛める事なくタタリ神の追跡を続けた。

 

「っ、いた!!」

 

森の中を駆け抜けタタリ神に追い付き目前にその姿を捉える。

 

間近で見ると余計にデカく感じるな。

 

それにキモイし臭い。

 

鼻が曲がりそうな腐敗臭だ。

 

……念のため警告だけしとくか。

 

「止まれー!!止まらんと撃つ!!」

 

『……』

 

森の中を至近距離で並走しつつ、俺はタタリ神に対して声を張り上げる。

 

だが、タタリ神はこれっぽっちも気にした様子はなかった。

 

「さぞ名のある山の主と見たが、何故そのように荒ぶり我が村を襲う!?」

 

『……』

 

ガン無視かよ。

 

こちらの声にはピクリとも反応せずタタリ神はただ猛然と村に向けて進んで行く。

 

この世界の獣達はたまに人語を理解するんだが……特にデカいのは。こいつは無理か。

 

まぁ、こんな様子だしな。駆除一択だな。

 

さて、このまま引き付けて村の西にあるキルゾーンに誘導するか。

 

警告を諦め、討伐の為にタタリ神をキルゾーンに誘引しようとした時であった。

 

「ほら、付いてこい――って!?」

 

言った側から違う方に行くんじゃねぇ!!

 

木々の切れ間から開けた土地に出た途端にタタリ神が急停止し、突如右に90度方向転換。

 

「っ!?」

 

マズイ!!カヤ達に狙いをつけやがった!!

 

更に厄介な事に変更した進路上に偶然にも居たカヤ達3人に狙いを定めた。

 

「何あれ!?」

 

「お化け!!」

 

「村へッ!!」

 

明らかな敵意を剥き出しにしてカヤ達に迫るタタリ神。その姿に驚きながらも村に向かって全力で走るカヤ達。

 

その光景を目の当たりにし、このままではカヤ達にタタリ神が追い付いてしまうと思いヤックルの手綱を操りタタリ神の前に出て進路を妨害する。

 

「やめろ!!こっちに来い!!」

 

しかし、タタリ神は目前でうろうろと進路を阻み挑発行動を行う俺の事など眼中になく何故か逃げるカヤ達だけを狙い走り続ける。

 

「あぅ!?」

 

「っ!!」

 

カヤとアヤが転けた!?

 

そうしてなんとかタタリ神の気を引こうと俺が無駄な努力をしていた時であった。草に滑ったのか石に躓いたのかは定かではないが、カヤとアヤの2人が同じタイミングで転んでしまう。

 

クソ、ここで仕留めるしかない!!

 

けど触手が邪魔で急所が狙えねぇ!!

 

なら……唯一露出している目玉しかないか!!

 

転んだまま立ち上がれないカヤとアヤ、そして持っていた山鉈を咄嗟に引き抜き構えて2人を守ろうとするサヤ。

 

そんな3人の姿に俺は一か八かの大勝負に出る。

 

激しく揺れ動くヤックルの背の上で覚悟を決めて弓を引き矢の狙いをつけた。

 

「食らえ!!」

 

『プギャアアアアアッ!?』

 

日々の練習とこれまでの狩りの経験のお陰で見事にタタリ神の目玉に矢が命中したが……これ、不味くない?

 

うげっ!?触手が荒ぶりだした!?

 

ヤックルをタタリ神の顔前にまで近付け、至近距離からの射撃を成功させてホッとしたのも束の間。

 

行き足を止めて痛みに悶え縮こまっていたタタリ神の触手がハリセンボンのトゲのように四方八方にバッと突き出たかと思うと次の瞬間には触手が一本化して鞭のようにしなりながら俺に襲い掛かって来た。

 

「兄様!?」

 

「行けぇ!!カヤ!!コイツは俺が引き付ける!!」

 

格好をつけたのはいいが、触手が来る!?

 

囮となるべくカヤ達とは真逆の方向にヤックルを走らせると怒り狂ったタタリ神の触手が空中を蛇のように蠢きながら猛然と追い掛けて来た。

 

牽制に矢を放つがタタリ神は気にする様子すらない。

 

ヤバイヤバイヤバイ!!触手が伸びて来た!!

 

追い付かれ――

 

「ガッ!?」

 

右手がッ……クソ!!

 

一瞬で間合いを詰めて来た触手の予想外の早さに驚く暇もなく、右腕が触手に絡め取られた。

 

「邪魔だ!!」

 

ヤックルを走らせながら腕をひねって無理矢理に触手を引き千切り、矢をつがえてタタリ神と相対する。

 

……っ、好機!!

 

触手が伸びて本体から離れたお陰で止めが刺せる!!

 

遠距離攻撃に触手を使用した為に体に纏う触手が枯渇し大イノシンの姿を現したタタリ神を見て歯を食いしばりながら俺は笑みを浮かべる。

 

「畜生が!!くたばれ!!」

 

『ピギィイイイイッ!!』

 

痛みをこらえつつヤックルを反転させ、距離を詰めながら必殺の間合いでタタリ神に最後の矢を放つ。

 

命中ッ!!手応えあり!!

 

脳天を射ぬかれたタタリ神が大きな音と共に倒れ込んだ。

 

「しっかし、いってぇ……」

 

それを見届けた俺は落馬するようにヤックルから降りると、負傷し熱を持つ右腕に持っていた竹の水筒の水をぶっかけた。

 

仕留めたはいいが……代償もデカイなこりゃ。

 

腕がクッソ痛い。

 

出来る限りの応急処置を行いながら傷の様子を伺う。

 

ってか、なにこれ。酸?硫酸的な何か?

 

服が溶け落ちたんですけど?

 

というか、痛すぎ……ッ!!

 

ま、まぁ、カヤ達を守れたからいいけど。あと、村も。

 

とりあえずの応急処置を終えた俺は達成感に浸りながら心配そうに顔を擦り寄せてくるヤックルの鼻先を撫でていた。

 

「兄様!!」

 

「アシタカッ!!無事か!!」

 

「アシタカが手傷を負ったぞ!!ヒイ様を早く!!」

 

そうこうしているうちに武装した村の衆やカヤ達が俺の元にやって来る。

 

「あぁ……そんな……兄様が……兄様が」

 

カヤ、そんなに取り乱すんじゃない。すぐに死ぬような傷じゃないんだから、多分。

 

……ハンパなく痛いけど。

 

「カヤ、この傷に触れるなよ。ただの傷じゃないみたいだ」

 

「私の、私のせいで、兄様が兄様が……いやぁ……いやぁ!!」

 

「……」

 

うん。聞いてないね、この子。

 

婆さん早く来て!!

 

傷の手当てよりも先に錯乱したカヤを宥めて欲しいと思いヒイ婆の到着を心から願うのであった。


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