よし……もうみんな眠っただろう。
さぁて。生まれ育った故郷に別れを告げますか。
村人達が皆寝静まった頃を見計らい、旅装束に身を包んだ俺は慣れ親しんだ我が家を後にする。
「ヤックル、おいで」
お前さんには悪いが、俺の旅路に付き合ってもらうぞ。
厩舎で干し草を食んでいたヤックルを静かに連れ出した俺はヤックルに跨がると、手綱を操り村の出入り口へと向かう。
「とりあえずタタリ神の来た道を辿って行く――おいおい……」
何でカヤが荷物を持って村の正門前に居るんだ。
……凄く思い詰めてる顔してるんだが。
一先ずタタリ神がここまでやって来た痕跡を辿りながら西の国を目指そうと決めヤックルの手綱を打とうとした瞬間、村の門の柱の影から旅装束を身に纏い荷物を背負ったカヤが行く手を遮るように現れた。
「兄様」
「……カヤ。こんな夜更けにどうした?その荷物は?」
旅仕度万全のカヤの様子からしてもう事情を知ってる様だが一縷の希望に賭けて、とりあえずすっとぼけてみる。
「……アヤから全部聞き(出し)ました」
アヤさーん?何でバラしてるんだよ!?口止めしただろ!?
「なら尚更何故?見送りは禁じられているはずだぞ」
「見送りじゃありません。私は兄様に付いていきます。元はと言えば私が転けたせいなんですし」
オゥ……案の定かよ。
頭の隅でもしかしたらと危惧していた事が現実のものとなり、頭を抱えたくなるがグッと我慢してカヤと対峙する。
「カヤ……この呪いを受けたのはお前のせいじゃない」
「いえ、私のせいです。だから……絶対に付いていきます」
「いや、だから……」
「私のせいでないとしても付いていきます」
「……」
はぁ……どうすっかな。
こうなるとカヤは絶対に折れないからなぁ。
……あんまり気乗りしないが、しょうがない。
とりあえず正攻法で説得してみて、それが駄目なら少々きつめの言葉を掛けて諦めさせるか。
頑ななカヤの様子にどう説き伏せるかと思考を巡らせながら俺は内心でため息を吐いたあと、再び口火を切った。
「いいか、呪いの件は別としてもだ。お前はまだ幼い。そんなお前を宛の無い旅路に連れていくのは無理だ」
「邪魔になればその時に私を捨てて下さい。この身、この命、兄様に捧げます!!」
何か怖いこと言い出したよ、この子。
さも当然の事のように命を差し出してでも付いて来ようとするカヤの姿に気圧されながらも俺は言葉を紡ぐ。
「……分かった。はっきり言おう、お前は足手まといだ。だからここで捨てていく」
「ッ!!」
うっ、そんな傷付いた顔をしないでくれ。
あぁ、もう泣くな泣くな。
「それでも!!私はっ!!」
意識してキツイ言葉を投げ掛けたのにも関わらず、目に涙を浮かべながらも決意を曲げようとしないカヤに俺はほとほと困り果てていた。
……折れてくれないか。
どうすっか――おい、ババア。
隠れて見てんじゃねぇぞ!!
そんな時であった。ふと視線をカヤからずらして何気なく見れば側の家屋の影からヒイ婆が野次馬根性丸出しでこちらを覗いている事に気が付く。
ってか、見つかったんなら隠れる素振りぐらいしろ!!
開き直って嬉々として顔を出して来るな――村人みんな見てる!?
視線が重なって慌てて隠れるのかと思いきや、ニシャリといやらしい笑みを浮かべて先ほどよりも会話を盗み聞きしやすいようにズイッと身を乗り出してくるヒイ婆の図太さに怒りを爆発させようとした寸前、そこかしこの影という影から全村人達がこちらを隠れ見ているという事実に気が付く。
こんちくしょう、見せもんじゃねぇんだぞ!!
殺気立ちながら処す?処す?と呟く若人衆と苦笑しながらそれを押さえていてくれている男衆、若いって良いわねと溢す女衆、温かい目で酒を煽りながら黙って事の成り行きを見守るご隠居衆、互いの手を握り緊張した面持ちで息を飲み一部始終を注視するアヤとサヤ。
そんな面々の視線を一身に受けて呆れるやら怒りやらで俺は空を仰ぐのであった。
「アシタカヒコや、連れていっておやり」
とうとう出てきたよ、このババア。
「……掟はどうした婆さん。見送らないんじゃ無かったのか?」
「良い意味でも悪い意味でも、これまで村の掟を悉く破ってきたお前さんにだけは言われたくないねぇ」
「……」
倫理観と意識改革の悪弊だな、こりゃ。
誰の仕業で村がこんなに大所帯になっているんだと思うんだい?と続けながらジト目で睨んでくるヒイ婆に思わず視線を反らす。
「この子はお前を好いているんだ。そんな子を――」
「だからこそだ。大事なカヤをこの先俺1人で護りきれる保証がない」
「……そうかい」
「兄…様」
誰が慕ってくれている子の不幸を望むか。
俺の強い語気にヒイ婆はやれやれと首を振り、カヤは大事なカヤという言葉を耳にして泣き止む。
「カヤ、もう諦めなさい。アシタカヒコはお前の事を想って言っているのだよ?お前も好いた男を困らせたくはないだろう」
「でも、ヒイ様。………………分かりました」
ヒイ婆に抱き締められ、あやすように頭を撫でられたカヤは項垂れながら旅路への同行を諦めるのであった。
なんとか折れてくれたか。
「なら、せめてこれを私の代わりにお供させて下さい」
なんとか収束した事態にホッと胸を撫で下ろしているとヒイ婆の抱擁を抜け出したカヤが小走りに走り寄り、荷物の中から何かを取り出す。
「これは……お前が大切にしている玉の小刀じゃないか」
「兄様をお守りするよう息を吹き込めました。いつもいつもカヤは兄様を想っています。きっと、きっと!!(いつか兄様の元へ参ります!!)」
「そうか、ありがとう。元気でな」
何かカヤの言葉に含みがあるような気がしつつもカヤから小刀を受け取り、下ろしていた頭巾の頬当てをあげ、未練を振り切るように俺はヤックルの手綱を打った。
「兄様ーーッ!!」
あぁ、チクショウ!!
失恋?から始まる旅路なんて最悪だよ、全く。
そうして俺はカヤの声と村人全員の視線を背に住み慣れた故郷に別れを告げるのであった。
ヤンデレなら絶対付いてくるよなぁーと思ったもののカヤを連れて行くとストーリーの整合性が取りづらくなる(アシタカの腹を撃った女性がヤバイなど)のと物語が完結した辺り(たたらば復興中)に健気にも1人で長旅を経てやって来たのに知らない女"達"とイチャつくアシタカの姿を見て修羅と化すカヤの姿が見たかったのでとりあえずカヤはお留守番。
……ヤンデレじゃなくてもヤバイですが、特にヤンデレな女の子が想いを込めて贈った品を男が違う女にあげたとかバレたらどうなるんですかね(愉悦)
ちなみにTwitterで土下座するアシタカを足蹴にするカヤのイラストを見て本作のストックが1話増えていたりします(創作意欲アップ!)
ps.作者の好きなヤンデレは煮えたぎる想いを秘めて理性的に振る舞うも感情が抑えられなくなって徐々に壊れて?いくヤンデレです。