空が何色かっての、アンタには大事なことかい?

サブジーと別れた以降の、まだ未熟なキリエが頑張るお話。

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赤鷲と呼ばれた男

 

 

 記憶になった男の墓は空にあった。

 

 

 私はいつものように空へ上がると、慣れた手つきで機体を動かした。雲を抜けた先にある空はただ青く、「そう、それでいいんだ」というあの男の低い声が、私の耳に聞こえた気がした。

 

 

 なぜなら、ここは空に生き、そして散った者たちの魂が還る場所だから。

 

 

 全ての戦闘機乗りたちが眠る墓。誰とも分からぬまま撃ち落とし、落とされた者たちの墓標。その下には空を飛ぶ戦闘機乗りたちがいつの時代にも必ずいた。空を飛ぶための翼。“ユーハング”と呼ばれる集団が与え、そして残していった遺物。それらは未だそのままの形で残って、私たちの日常に根付いている。

 なぜ、車ではなく戦闘機や飛行船といった航空技術が日常に根付いているか、知っているだろうか。その答えは目の前に広がる世界にある。かつてあった海と河が枯れ、大地が乾燥し、過酷な砂漠と岩場だけが残った。ほぼ全てが荒廃しきった大地にいたままでは、各地にいた人々は繋がれなかったのだ。

 

 

 だから人々は、空を目指して飛ぶことを求めた。あの空を飛べさえすれば、この過酷な世界を飛び出して、もっと遠くの、遥か彼方へだって行くことが出来ると信じて。そうして空を求めた大馬鹿野郎たちは、ユーハングの持っていた技術と知識を学んで、今の戦闘機乗りたちの原型になっていったというわけだ。

 

 

 大馬鹿野郎とユーハングたちが居たことの証明。夢の結晶(カタチ)

 調子がよくて身勝手で、スリルが好きでふわふわしてて、命知らずですぐ居なくなる、そんな大馬鹿野郎たちの魂が最後に還る場所。

 戦闘機乗りたちの墓が空にあるというのは、そういうわけだ。

 

 

 彼女の脳裏にある男もまた、空に生き、そして散った、そんな戦闘機乗りの一人として空に溶け込んでいた。世界に蓋する空のソラ色たる所以──その安らかな静謐だけが、戦闘機乗りたちの想いを表している。

 

 

 アカワシ。それがこの空に還った戦闘機乗りの男の名だった。

 

 

 誰よりも空を愛し、自由に飛んでみせた彼。強く誇り高かった彼の肉体と魂は地上に戻ることのないまま、愛機と共にこの大空へと消えていったのだ。

 

 

 それが十年前──あの日から、私は戦闘機乗りになった。

 

 

 奇しくもその時もまた、私は空を眺めていた。まだ幼かった私の前からサブジーが消え、空を見上げることしか出来なかったあの過去(じかん)と同じように。彼らが屯していた酒場があったあの町の大地に立ちつくし、置いていかれる辛さを押し殺して、その悔しさから、彼が残してくれたものから、私の戦闘機乗りとしての人生が始まったのだ。

 

 

 アカワシと呼ばれた男──彼の本当の名前を、私は知らない。

 

 

 彼の勇名とサブジーの言葉を頼りにその所在を見つけ出して押しかけ弟子となり、戦闘機の様々な事を学んだけれど、数ヶ月間共にいた私ですら、彼について知っていることは少ない。

 

 

 私もまた、かつての彼らのように戦闘機乗りとして空を飛んでいる。

 

 

 私が今から残すのは、私のこれまでの軌跡。

 

 

 空の広さを教えてくれた人。空の飛び方を教えてくれた人。私と一緒に飛んでくれる人たち。色々な戦闘機乗りたちがいて、それだけ出会いと別れがあった。

 

 

 私はそれを残したい。

 

 

 どのようにして私が、この空の世界で生きてきたのかを。

 

 

 私を導いてくれた、戦闘機乗りたちの軌跡を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤鷲と呼ばれた男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と彼が初めて会った時の話をしよう。

 

 

 私に飛び方を。空へ飛び立つための翼を与えた男の話を。

 

 

 その日、私は操縦桿を引き、コバルトブルーの空に向かって機首を向けた。蒼穹の大気の中で二機の戦闘機が巴に旋回する。濃緑色の機体──零戦が急速に接近してきた。

 

 

 来る──沸き立つ心がうるさいほど速くなった。私は操縦桿を倒し、機体を大きく旋回させる。ジュラルミンで出来た胴体や翼が軋みを上げて、その震えが操縦桿を握る私にまで伝わって来る。こういう時が一番きつい。お腹の中の物が全部出てしまいそうな気がした。心臓がバクバクと鳴り響き、体中に流れる血液がいつもの倍以上の速さで流れているような感覚に痛みを忘れる。

 

 

 ぎぃっ、と歯を食いしばった。

 

 

 次の瞬間、辛いやら恐怖やらといった感情がさっと抜けていった。眼前に、大空を舞う零戦。それに乗る男の姿が頭の中に降りてくる。

 

 

 飛行帽の中、覆われた耳に浅い呼吸音が届く。操縦桿を握る手に、籠る熱。

 

 

 私は体の熱い空気を吐き出し、冷たく乾いた空気を吸った。心臓の拍動が全身に伝わっていく。私に何度も叩き込まれた教導が、体を自然に動かし、変わっていく。

 

 

 少女の私から──戦闘機乗りのキリエに。

 

 

 今日こそ落としてやる──アクリルガラス越しに零戦を見つめた私は、小さく呟いた。

 

 

 上空へ向かう零戦、それを追いかける私。徐々に高度を上げながら飛び回る二つの戦闘機は、巨大な螺旋を描いた。ついに後ろを視界に納めた瞬間、無線機から声が上がる。

 

 

《そろそろ始めよう。俺のケツに噛り付いて見せろ》

 

 

 私は無線の声に応えず操縦桿を倒し、零戦の背後を射界に捉える。

 

 

 その時だった。零戦は私が機銃のボタンを押す前に、素早く左に横転をかけた。無茶な機動。右の翼の先端が雲を引く。撃ち出した弾は空へ消えていき、零戦の姿は一瞬で私の照準器から姿を消した。撃つ瞬間、殺気を見抜かれたのだ。あと一秒未満、気付かれなければ、私の弾が零戦に叩き込まれていたはずだった。零戦はまるで誘うようにひらひらと飛んでいく。

 

 

 私の耳に、歯ぎしりの音が聞こえた。

 

 

 零戦は再び旋回をしながら高度を上げた。私ももう一度追いかける。先ほどの瞬間の焼き増し。だが私はその状態を続けるべきだと確信していた。必要最低限まで肉を落としたスリムな胴体。零戦はあらゆる戦闘機の中でも非常に軽量で、格闘戦になれば、無類の機動を見せる。私の乗る隼も同じようなものだが、この場合、操縦士同士の力量に、どうやっても埋められない差があった。

 

「逃が、さない!」

 

 私は吠えると同時に瓦斯槓桿(スロットルレバー)を全開になるよう押し込み、操縦桿と足元の制動装置で方向舵を操って追いかけていく。隼の発動機が轟々たる叫び声を上げて、青い空の下を切り裂く様に駆け抜ける。

 

 

《着いてきてみせろ、キリエ》

 

 

 無線機から声が届く。

 

 

 私は応えれる状況に無かった。あらゆる感覚を総動員し、機体を操っていく。照準器が再び零戦の姿を捉えて、ほくそ笑む。

 

 

 機銃が火を噴いた。

 

 

 だが、またしても零戦は軽やかに避け、さらに急上昇をかける。私が感覚で整えた精密な射撃体勢が崩される。だが私は、すでに零戦の進行方向を読んで機首を上げていた。今度こそはっきりと照準器の中に捉えられる。頭に血が昇るのを感じる。滅多にない有利な状況に体中が興奮して震えていた。

 

「えっ?」

 

 思わず、間の抜けた声が出たのはその直後だった。突然、何もかもがひどくゆっくりと見えてきた。計器に目を走らせた。失速しかけている。機体に不自然な振動が起きていた。ようやく気付く。あの強引な機動は、着いてきた私を失速させるためだった。気付いた時には、零戦は射界を外れて、ひらりと軽やかに機首をこちらに向けていた。私は急いで機首を下げ、速度を取り戻そうとする。

 

《終わりだ》

 

 無線機から声が届いたのはその直後の事だった。背後を見る。ぴったりとくっ付いてくる零戦の姿。瞬間、大量の銃弾が私の隼に直撃する激しい衝撃に襲われ、そして──。

 

 

 

 

 

 鉱山町イトムカで唯一の酒場『止まり木』は、古臭い店だった。

 

 

 ウエスタンドアを開くと奥行きと左右の広さは十歩と少しある程度。カウンターには古い椅子が五つ、そして比較的新しい風に見える椅子が一つの、合計五脚が並んでいる。丸テーブルが四つ、十六人ぐらいは座れるようになっている至って普通の酒場だった。

 

 

 カウンター席の端っこには、イジツでは滅多に見かけない音響装置──曰く『レコード』なんて言う物が置かれていた。軽快な音に乗せて、人の歌う声と楽器の音が聞こえてくる。この酒場では、この歌を()()()()()()ようになって初めて常連と呼ばれるようになるのだ。

 

「マスター、酒だ」

 

 とアカワシが言った。かすれたような声だが、その力強い響きは酒場の喧騒にかき消されることなく、バーテンダーの耳に届いた。私も頼んでいい? と聞くと、アカワシが咎めるような顔をする。お前が飲むにはまだ早い、そう言われているように思えた。アカワシの無言の圧力に折れた私は結局、果実水を頼んた。

 

 

 私たちの前にグラスが置かれるのを眺めながら、アカワシがぽつりと言う。

 

「追う事に夢中になって、機体の状態を確認してなかったな……」

 

 私はうっ、と言葉に詰まった。まったく、その通りだった。座学でもしっかりと言われて、気を付けていたというのに、アカワシの姿を追う事に夢中になっていた。そのことをどう伝えたらいいか、それを今の今までまったく思いつかなかったのだ。

 

 

「だって……アカワシがひらひら避けるのが悪いじゃん」

「俺のせいかよ」

 

 アカワシはそう言って苦笑する。すでに老境に入って久しい彼は、何人もの戦闘機乗りたちを育て上げた経験を持っている。それでも教導のためにやった模擬空戦で、弾を避けた事に文句を言われたのは初めてだったらしい。

 

 

 そこで私は、聞き覚えのあるウェスタンドアの軋む音に気付く。ドスドスと重たい足音を響かせる一人の中年男性が、私の反対側の、アカワシの横に座った。

 

「よう、我らが隊長アカワシ」

 

 ガラガラ声が特徴的だった。

 

「ようやく帰ってこれたぜ。マスター、俺も酒だ」

 

 普通の男より一回りも大きい頭は熊のようで、アカワシと似たようなジャケットに包まれた短足の体躯は、まるで巨大な樽のようだった。常に浮かべる表情は、戦闘機乗りとは思えないほど、愛想が良い。

 

 

 ジョー・タイラ。アカワシの仲間であり、キリエの兄弟子だ。

 

 

「ジョー! おかえり。護衛任務はどうだった? 空賊は出たの?」

「なんだ、キリエ。また俺の仕事の話が聞きたいのか」

 

 ジョーはそういって目の前に出されたショットグラスを呷った。

 

 

 ジョーは誰にも好かれるような愛嬌があり、ノリと気前の良さは戦闘機乗りとは思えないくらいだ。だが一たび愛機と共に空に上がれば、鬼神のごとき強さで相手を撃ち落としていく強者として空で名を馳せていた。

 

 

 アカワシから全てを受け継いだ男。この空で誰が最強かを問われたら、ここ周辺の、ほとんどの人間がジョーの名前を出すだろう。

 

「あとで話してやるよ」

 

 ジョーはにやけながら言った。

 

「そういえば、キリエ。お前の隼、中々愉快な事になってたじゃないか」

 

 私は模擬戦の事を思い出して、苦い顔をした。

 

「うげっ、見たんだ……」

「そりゃあな」

 

 ジョーが肩を揺すった。乾いた吐息が彼の口から漏れる。笑っているのだ。

 

「笑い事じゃないんだからね、ジョー。死ぬかと思ったんだから」

 

 私が頬を膨らませて言う。

 

「安心しろ」

 

 アカワシは酒が入ったグラスを持ち上げると一気に喉へ放り込んだ。

 

「死なせはせんよ。死にかけるまで絞ってやるだけだ」

「アカワシの教え方がキツイのは今に始まった事じゃないぜ、キリエ」

 

 ジョーとアカワシはそう言ってひとしきり笑うと酒を呷り、つまみの豆を齧った。

 

 私は今日の悔しさや不機嫌さを果実水で流し込み、グラスを叩き付ける様にカウンターへ置いた。ジョーが、良い飲みっぷりだ、なんてからかってくる。特大のため息が出る。頭の中に浮かぶのは今日の空。いつになれば、あんな風に飛べるようになるんだろうか、と。

 

 

 




見ていただいてありがとうございます。
空戦シーン、難しいです。
どう書けばいいか分かりませんでした。
今回こういったオリジナルストーリーを書き始めたのは、アニメを見ていた時に、サブジーがさっさとフェードアウトしたのを見て、「いや、キリエに飛行機の操縦教えたの誰やねん」と思った時でした。
サブジーが師匠みたいな感じでしたが、まだ幼いキリエにそこまで教えれないだろ、と思った時に、アカワシの様な師匠キャラと、原作開始までのカバーストーリーを思いつきました。
ここからどれだけ書けるか分かりませんが、設定は練ったので、頑張って続きを書いてみます。
ありがとうございました!

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