術師:天城将眞の呪難 作:頭メロンパン
メロンパン「まずったよなぁ、色々とヤバイよなぁ」
━━それは、悪夢のような光景だった。
もう、何年も前の事。互いの親に連れられて
夕日が沈んまんとした頃。はしゃいで迷子になってしまったその時、不意にそれは起こった。
異形の化物が現れたのだ。
数えきれないほどの怪物の群れ。最初はパレードかと思った。しかし、すぐに違うと二人は気づいた。
人の悪意を固めたような身体は、ハロウィンの仮装よりよっぽど気色悪く、嫌悪感を覚えずにはいられなかった。こんなモノが夢の国のパレードであるはずがない。
しかし、不思議な事に人々は怪物を見ていなかった。
現れた怪物達を無視して、楽しそうに遊具を回っている。
意味が分からない。自分達は幻覚を見ているのだろうか? 一瞬、二人は自分の眼を疑った。
だが、やはり幻覚ではなかった。
一組みの親子が怪物達の横を通り過ぎようとした時、二人は我が眼の正しさを知る。
ちょうど将眞達と同じくらいの男の子が、四つ目の巨人に踏み潰されたのだ。
大岩に押し潰されたかのような我が子を、子供の両親は数秒ほど呆然と見つめていて、しかし、彼等が何か行動に出る前に両親もまた怪物の餌食となった。
赤い肉塊が三つ生まれる。
そこからは早かった。甲高い悲鳴が上がり、遠巻きに三人の死体を多数の者が目撃する。直後、怪物達が動き出し……惨劇が始まった。
恐ろしい速さで、怪物達が片っ端から人を襲っていく。
微塵も容赦せず殺していく。血飛沫が遊園地を染め上げる。それは地獄のような光景だった。
しかも、いや、やはりと言うべきか二人には見えるが、人々の多くは怪物が見えていなかった。
状況が分からないのだろう。
闇雲に逃げる人間の一部は自ら怪物に突っ込み、挽肉にされた。
動かぬ事が善と思ったか、立ち尽くした一団が無抵抗で百鬼夜行に轢き殺された。
運良く、あるいは将眞達と同じく見えているのかも知れない人は怪物から離れようとしたが、嗤いながら悪鬼が追いつき、頭を握り潰した。
そんな中、将眞は逃げた。命の手を引いて必死に走った。
彼は元々クラスで一番足が速い。だが、その日は何か不思議な力が働いているように、いつもよりもずっと速く足が動いた。
命が追いつけないから、彼女を抱えて将眞は駆けた。
彼はその場の人間の誰よりも速く走り抜け、そして二人はに近くにあったお化け屋敷に突撃した。
静止するスタッフを抜き去り、暗い室内で怪物の目が届かぬ場所を探し、お化けが出てくる枯れ井戸の底に身を潜める。
少しして絶叫が響いた。スタッフの断末魔だ。
見つからないように二人は必死に息を止めた。
バクバクと心臓が煩くて、どうか静かになってくれと必死に願った。
大きな足音が響いた時、二人は怖くて目も瞑った。
それからの事は、あまり覚えていない。
気がついたら病院のベッドにいた。疲労と脱水から意識を失い、その後奇跡的に異形に見つかる事なく救助されたのだ。
━━それが『千鬼千夜行』の始まり。
化物……『呪霊』とそれを祓う『呪術』の存在が世間一般に知れ渡るきっかけ、100万体の怪物が千夜に渡り日本を蹂躙した大災害の序章だった。
* * * * *
「じゃあ、次の問題を……天城」
「━━はい」
教師に指され、天城将眞が立ち上がる。
「…………」
全く聞いていなかった。と言うか、寝ていた。目を開けて。
最近、修得してしまった技術である。
将眞はゆっくりと席を立ち、黒板に書かれた問題を確認。僅かな挙動で教師の視線を誘導する。
右手の指と指を軽く擦り、小さな音を立てた。
自然と教師の目が将眞の顔から右手に移り、その瞬間、将眞は瞳だけを動かして右隣の田中くんのノートを確認した。
「…………」
ノートにはデカデカと野球ボールの落書きがあった。
小さな傷から影までつけた無駄な高クオリティである。ふざけんなッ! と将眞は思った。
即座に対象を変える。
神速の判断。その間0.01秒。左隣の佐藤さんのノートへ視線を走らせる。
「…………」
ノートは白紙だった。
姿勢を正し、綺麗な眼で黒板を見る佐藤さんは微動だにしない。
どうやら同じ技の使い手らしい。
そこで、教師の視線が戻る。
「…………」
もう、カンニングする時間はない。
仕方ない。その場で解こう。将眞が諦めて黒板へ向かう。計算は苦手なんだよなぁ、と内心愚痴ってチョークを持とうとする。
しかし、そこで不穏な気配を感じて動きを止めた。
「……どうした?」
教師が問い掛ける。それに「いえ」と答えつつ
将眞が黒板に映った自分の『影』に手を突っ込んだ。
「!?」
彼の右手が肘まで影に潜る。それを見た教師がギョッとするが無視。
一気に引き抜き、取り出したのは……拳大の石ころだった。
そのまま将眞は窓まで歩み寄ると、
「フンッ!」
ギュィィン━━と、石ころを投げたとは思えない音と風圧が巻き起こり。
次の瞬間、グランドに侵入した怪物の頭部を撃ち砕いた。
「ナイッピー」
大リーガーも真っ青な投球に田中くんが称賛の声を送る。
それに将眞は無言でサムズアップ。とにかく平和は保たれた。満足気を頷くと、彼は何食わぬ顔で席まで戻り着席した。
「いや、問題解けよ」
しかし、教師は騙されてくれなかった。
* * * * *
━━呪霊。
それは、先のグラウンド、そして『千鬼千夜行』で現れた異形の名だ。
恨みや後悔、恥辱など、人の負の感情が積み重なって生まれる存在。呪いとも呼ばれる彼等は一部を除きコミュニケーション不可能で、総じて人間を害する悪鬼だった。
呪霊は個体差が大きくその強さもマチマチで特級を別格に1〜4までの等級がある。
四級は木製バッドで叩けば倒せる雑魚。
三級は拳銃が求められ、二級は散弾銃があっても勝てるか怪しい。
一級は戦車があっても心許ないほど強く、通常生物とは隔絶した力を持ち。
特級は、大型爆弾が必須な次元違いの超越存在である。
だが、この程度ならまだ良かった。確かに恐ろしい存在だが、進んだ人の科学力を持ってすれば対抗出来ない事もない。
問題は、この例が通常兵器が有効だったと仮定したものである事だ。
呪霊に通常兵器は効かない。
呪霊を祓うには強い呪力が必要で、視認すら一定の呪力がなければ不可能だった。故に、彼等に対抗出来るのは『呪術師』だけだ。
━━呪術師。
文字通り、呪術を扱う者達である。
幻想が否定された科学全盛の世に、喧嘩を売る異能者集団。古来より彼等が呪霊を祓い日の本の平和を守って来た。
古くからそれこそ千年以上前から呪術師と呪霊は戦っている。
だが、一般にそれは認知されていない。特に現代では致命度皆無だった。
何故なら呪霊は見えず、呪術もまた才能なくば視認出来ないからだ。
呪術師が隠蔽した事もある。政府がそれに手を貸しているのも大きい。
だが、最大の要因はやはりこれだろう。
一般人には存在の証明するのが困難だ。
呪霊は見えず、声も聞こえない。カメラにも映らない。
あらゆる事象が科学によって証明された現代。人々は見えないものを信じなくなった。また、興味を持たなくなった。
呪霊に襲われ、幸運にも生き残る事が出来た者達が話しても嘘と断じられるのが現実だった。
スマフォの仕組みを理解せぬまま、その利便さを科学として享受するように、不可思議な現象も自分が知らぬ物理法則の何かだと勝手に思い込んだ。
ただただ曖昧な科学知識の下、そんな生物はいない。見えない怪物なんてあり得ないと勝手に否定した。
だが、それもあの惨劇が起こるまでの話だ。
『千鬼千夜行』
戦後から統計が始まった年間呪霊発生数。毎年呪術師達が密かに取っていた平均値の百倍超……約100万の呪霊が一夜にして日本各地に現れた大災害である。
主要都市は機能を失い。最初の一日で70万の人命が失われた史上最悪の災害は、呪霊を唯一祓える呪術師達の許容限界を遥かに超えていた。
呪術師達は全霊で奔走したが、呪霊はあまりに数が多過ぎた。
100万体の半数以上は四級呪霊だったが、残りの五割弱は三級以上。一般人にとって武装した不可視不滅の殺人鬼が50万体解き放たれたに等しい。
三級が複数で襲って来たら対応出来ない呪術師もそれなりいて。二級、一級の集団が相手では逃げる事すら難しい。自体の終息は困難を極めた。
結局、呪霊被害は海外まで及び、日本以上に呪術師の少ない諸外国はロクな対応も出来ず、呪霊の存在を未知のウイルスと誤認し混乱からロックダウンする都市もあった。
終息までに千日の時間を要した。その間に出た死亡者数は第二次世界大戦の十倍に達し、経済損失は天文学的なものとなった。
当然、事態の究明は徹底され。結果、呪霊と呪術の存在は世間一般に明るみとなり、それが新たな時代の幕開けとなった。
* * * * *
「…………」
午前の授業が終了する。将眞が散漫な動きで弁当を取り出した。
「今日も寝不足?」
開眼睡眠術式の反動で、瞼が重そうな将眞。そんな彼に小柄な女の子が話しかけた。
━━
肩口で切り揃えられた茶髪に、人が良さそうな笑み。綺麗より可愛いとう褒め言葉の似合う少女だった。
「うん、ちょっとね」
「また緊急任務?」
「そう、応援で隣の県まで行ってきた」
「……人使い荒いよね」
机を寄せながら、命が学校へ文句を言う。
それに将眞は肩を竦め、弁当を広げた。
将眞達が通う中学校は、三年前に開校した呪術師専門の育成機関だ。
もしも再び『千鬼千夜行』が起こっても次は対応出来るよう、世界は、日本は呪術師の増員を目指した。
全国一斉に呪術師の適性調査が行われ、才能ありと認められた者達が義務教育の頃から、しっかり呪術を学べよう設立されたのがここ━━呪術高専・中等部である。
「どこも術師不足だからね。二級術師でも居ないだけマシなんでしょ」
「それにしたって、将ちゃんまだ中学生だよ? 夜中に連れ回すのはどうかと思うよ」
「……命はお母さんみたいな事言うなぁ」
「誰がお母さんか」
パシっと命が将眞の頭を叩く。本当に優しく叩く。むしろそれは叩くというより撫でるに近い力加減で、将眞は思わず笑ってしまった。
「でもまあ、確かに夜中の任務は止めて欲しいね。寝不足で身長が伸びない」
「いや、身長はいいんじゃない? 180近くあるでしょ」
「あと5センチくらいは欲しい」
「欲張りだなぁ、私なんて150ちょいしかないのに」
「命は小ちゃいからなぁ」
低身長を指摘され、命がムッとする。
悪いと思いつつその姿が可愛くて、将眞は頬を緩ませた。
そこで着信音がポケットから響く。それは、任務の通知音で、確認すれば、今から千葉までドライブらしい。午後の授業は当然休みだ。
「……はぁ〜」
将眞は重い息を吐き、弁当を掻き込んでいく。
「━━任務?」
命が心配そうに問う。それに食べながら頷く。あまり、時間がなかった。
あと十分で出発らしい。将眞は二分足らずで弁当を平らげると席を立った。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「うん、気をつけて……あ、そうだこれ」
そう言って命は思い出したかのように、小さな包みを取り出した。
「クッキー焼いたから、良かったら移動中食べて」
「ん、ありがとう。命も気をつけてね」
「はは、私は学校待機だから危険はないよ」
「それでもだよ。うちは呪霊寄せなんて馬鹿な術を垂れ流してるんだから」
そこで、教室の外から将眞を呼ぶ声がした。
迎えの補助監督が来たのだ。将眞は命からクッキーを受け取ると手を軽く手を上げて教室を出て行った。
メロンパン「……ま、なんとかなるか。期待してるよ。皆(呪霊100万体)」