術師:天城将眞の呪難 作:頭メロンパン
……と、あんまならないのが良い所であり無常な所ですよね。
『千鬼千夜行』は確かに終息した。
しかし、それは全ての呪霊を祓えたという意味ではなかった。
呪霊は微弱な呪力しか持たず、それでいて呪力を操作出来ない一般人の負の感情が、堆積して生まれる。
人が何かを呪う限り、この世から呪霊は消えない。特に今は一般人が呪霊の存在を認知し、それに恐怖を向けてしまう事で呪霊の大量発生が続いていた。
「……あれ?」
現場に着いた将眞が、首を傾げる。
待ち合わせ場所に同行予定の術師が居ないのだ。
「おかしいですね」
将眞をドライブに連れ出した補助監督も眉を顰めた。
将眞はある三級術師の応援で呼ばれた。一人で任務を受けられるのは二級からで、三級は単独行動が許されていない。だから、将眞が呼ばれた。
情報を聞く限り簡単な任務らしく予定では危なくなるまで手を出さないで欲しいと通達された。
なんでも昇級試験も兼ねているとの事で、今回と次回、将眞を含めた二人の二級術師が問題ないと判断すれば晴れて今日のパートナーは二級へと昇格するらしい。
「先程、先に着いたとメールがあったのですが……こちらから連絡を入れます。少し待って下さい」
そう言って補助監督がスマートフォンを取り出す。
が、そこで術式を発動した将眞の『鼻』に呪霊の匂いが飛び込んで来た。
距離はそれほど遠くない。
が、感じる呪力はかなり強い。匂いは移動している。そして、強化された鼻腔に血の匂いが混じり出し、
「すいません、行って来ます」
「あ、天城くん!?」
将眞はロクな説明もせず駆け出した。
* * * * *
━━甘かった。
それが
静は呪術高専東京校の生徒だ。学年は二年で三級術師。
一人でまだ任務を受けられない彼女は二級術師の増援を待ってから呪霊討伐に当たる筈だった。
しかし、人の良い彼女は暴れ出した呪霊が人々を襲うのを傍観出来ず、つい一人で呪霊の前に飛び出してしまい……現在、命の危機に陥っていた。
「はっ、はぁ、はッ、はっ」
黒髪を振り乱して、静は逃げた。
腕の傷を押さえ、破れそうな肺を酷使し、涙を堪えて必死に走る。
必死に駆ける彼女の後ろから、呪霊達が追い掛けていた。
「どぉこいくのぉ〜」
赤い肌に巨大な両目。獅子舞と芋虫を混ぜたような巨躯が、べだべだと不快な足音を立て、静の事を追いたてる。
周囲には、獅子舞呪霊と似ているが二回り小さい、牛ほどの呪霊が三体存在しているまるで親子のようだった。
「あ゛ぞぼ、あぞぼ」
トラックほどもある腐敗した赤子のような呪霊が戯れつくように言う。
鼻を突く腐臭は吐気を齎らすほど濃く匂う。
「……ギヒ」
そして、一つ目の人と蟷螂を混ぜたような異形が三日月のように眼を歪ませた。
それほど難しくないものだと聞いていた。
昇級試験も兼ねた今回の任務は、弱めの二級呪霊一体と聞いていた。
しかし、蓋を開けて見れば呪霊は準一級に迫る強さの難敵だった。
鋭く速い鎌の斬撃、それを己の槍でなんとか凌ぎ、死ぬ思いで民間人を逃す。
そこまでまでは良かった。問題はその後、背後から別の呪霊達が襲い掛かって来たのだ。
そう、呪霊は単独ではなかった。
いや、もしかしたら運悪く情報収集後に発生したのかも知れない。
結果、静は手傷を負い逃げ惑う羽目となった。
「ギィヒ、ギィヒ、ギィヒヒッ!」
呪霊が嗤う。最初から居た蟷螂の呪霊だ。呪霊は左右の鎌を振り回し、静を斬り刻まんとする。
静は、槍を巧みに操り二本の鎌を捌いていく。
次の瞬間、背後から二体の子供獅子舞が突撃してくる。静は飛び退いてこれを躱した。
そこに赤子が手を振るう。
「━━ぐぅ」
あまりに巨大な平手打ち。静が呻き弾き飛ばされる。しかし、彼女は槍を盾にダメージを軽減。戦闘力の喪失だけはなんとか食い止める。
「はぁ、はっ……ふぅ」
静は複数の呪霊相手に善戦していた。
一体でも同格以上の難敵にだ。静の奮闘は讃えられるべきものだろう。
「…………」
だが、それは呪霊達が手を抜いてるからに過ぎない。それを静は良く分かっていた。
そもそも戦闘開始、蟷螂の呪霊相手に防戦一方だったのだ。手傷を受けた今、それを含めた複数相手に凌げる通りはない。
「…………ッ」
遊んでいるのだ。楽しんでいるのだ。奴等にはそれなりの知識がある。人を嬲る喜び。それを理解する程度の頭があるのだ。
大型呪霊三体はどれも手傷を負った静くらい簡単に殺してしまえる。それなのにまだ静が捕まっていないのは、足掻く彼女をオモチャにして愉悦に浸っているからだ。
「はぁ、はっ、はぁ」
緊張と疲労から激しく息が乱れる。肉体と精神が疲弊し動きに精彩が無くなっていく。
そこに大鎌が振るわれて、避けきれず、左耳がパックリ裂けた。
「……もう、やぁ」
流れ出す血に押され、泣き言が静の口から漏れる。
自分には才能が有ると思っていた。
子供の頃から呪霊が見えたし、友達を襲っていた呪霊を倒す事が出来た。
感謝されて「静ちゃんは呪術師になるの?」と問われて「うん」と勢いで言ってしまったのが始まりだ。
考え無しだった。それでも思った。
素晴らしい事だと。
素養のある人しかやれない。みんなから感謝されて、高級取りな職業なんて最高だと思ったのだ。
━━後悔しかない。
いい気になっていた。
自分は特別で、才能があって、みんなを助けられるんだ。っと自惚れていた。
ヒーロー気取りだった。
ヒーローになれるほどの力なんてないのに。
「はぁ、はッ…………あ」
思考が過去に飛んだ。
その時、視界に人影が映る。
ビルの影。先程、静が必死の交戦でなんとか避難させた筈の二人の男が見えた。
いつの間にか、静は最初に呪霊と交戦した場所近くに戻っていた。呪霊達に遊びがてら誘導されたのだ。
「…………」
男達はスマートフォンを構えていた。
呪霊は写真にも動画にも出来ない。なら何故、カメラを向けるのか?
それは静を取る為だ。
傷を負い、服が肌蹴け、泣きそうな静を二人は嗤って撮っていた。
逃げ惑う彼女を動画に収め、楽しそうに嗤っていた。
(……なんで?)
危ないと言ったのに。今日、呪霊の危険は誰でも知っているのに。
自分は、あんな人達を助ける為に呪術師になったのだろうか?
虚無感が静を襲う。
意識が僅かに呪霊から逸れる。足が少しだけ遅くなった。それが、いけなかった。
蟷螂呪霊が右手を振るう。
「━━い゛っ」
鋭い鎌が、右手を浅く裂いた。
バランスを崩して倒れ込む。ゴロゴロと転がり、転がっている場合じゃないと慌てて立ち上がる。
だが、痙攣する足は言う事を聞かなかった。
「もぉぉ、おわりぃ?」
赤子呪霊が手を振るう。
大した速さはない。ただ、それすら避ける余力が静にはなくて、
「あぐぅ」
彼女は殴り飛ばされてしまう。
槍が手から離れた。再び転がった彼女の視界に、男達が映る。
彼等はまだ静の事を撮っていた。
「……なん、で?」
思わず、疑問が溢れた。
人が傷つく様がそんなに面白いのだろうか?
人が苦しんでいたら、悲しんでいたら、自分も同じ気持ちにならないのだろうか?
「いぎぃ!」
痛みが意識を呪霊に戻させた。
呪霊の鎌が右腿に刺さる。血が出て、痛みに叫んで、這いつくばって静は逃げる。
それを呪霊達が嗤っていた。
男達が嗤っていた。もう抑えが効かなかった。
「……いやだよぉ」
嗚咽を漏らす。死にたくなかった。
獅子舞呪霊の子供の一体が静を押さえ付けた。隣でもう一体が前足を持ち上げる。狙いは分かった。次は左脚だ。
簡単には殺さない。
子供が虫をバラして遊ぶように、嬲り殺しにするつもりだ。
「━━あ」
それは、とても怖かった。
脳裏に少し後の自分が映る。無惨な死体と化した自分を想像してしまう。
そこまでに至る痛みと過程が走馬灯のように頭に流れる。
「助けてよぉ」
怯えて、震える声だった。
心底助けを求める声だった。
静の命乞いに呪霊が歓声を上げる。呪霊は口を歪に歪め、呪霊が前足を振り下ろす。
静は怖くて目を瞑った。
━━鮮血が舞い、悲鳴が上がる。
大きく、不快な、つん裂くような悲鳴が上がる。
「え?」
だが、静に痛みは、なかった。
代わりにあるのは浮遊感。
悲鳴を上げたのは少女ではなかった。上げたのは獅子舞呪霊の子供達だった。
「すみません。遅くなりました」
ひどく申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
恐る恐る目を開けた。滲む視界に飛び込んで来たのは一人の少年だった。
洒落っ気のない黒髪に、切長の瞳。整ってはいるが美形より精悍という言葉が似合う少年だった。
「あなた、は?」
自分を横抱きに、俗に言うお姫様抱っこするを少年に静が問う。
「二級術師の天城将眞です。増援に来ました」
それを聞いて静はようやく思い出す。
少し考えれば分かる事だ。遅れたと言った事、このタイミングで来た事を考慮すれば簡単な事、そう彼が本来二人で当たる筈だったこの任務のパートナーだ。
そこまで、思い至って、
「……ダメ、逃げて! 誤情報なの、あの呪霊は二級じゃなくて準一級なのッ!」
残った力を振り絞り、静が警告する。
元々の予定では二級一体だった。
しかし、実際は呪霊は準一級と二級、三級の群れだった。
「ああ、やっぱりですか。通りで、やけに呪力が強いと思った」
「分かったら逃げて、私は、いいから」
一瞬躊躇して、静が言う。
足手纏いを抱えて逃走出来る相手ではない。
お荷物さえなければ二級術師なら逃亡出来るかも知れない。
精神力を振り絞り、溢れる涙を引っ込めた。
「私を見捨てて、一人で逃げてッ!」
置いていかれたら絶対恨む。
そんな最低の確信を抱きながら、それでも静は将眞を生かす為に犠牲になる覚悟を固める。
しかし、涙こそ引いたが、静の顔は恐怖と絶望と諦観が入り混じった酷いものだった。
「いえ、そう言う訳にはいきません」
「いいから、気にしなくていいから!」
二人が会話していると、獅子舞呪霊の親が動いた。
ブワァっと空気が蠢く。呪霊が巨大化したかと錯覚するほど早く間合いが詰まる。
その速さは、静を追っていた時とは比較にならない。
「ッ!?」
回避出来ない。目を瞑る暇もない。
静は眼前に迫った獅子舞に恐怖する事しか出来ず、しかし、その恐れは無駄に終わった。
「大丈夫」
将眞が右脚を振り上げる。
放たれた蹴りが、獅子舞の顎を砕き、その巨躯を宙に舞わせた。
「…………え?」
一瞬、何が起こったか静は理解出来なかった。
彼女を他所に、蹴り飛ばされた獅子舞は、墜落するもよろめきながら立ち上がる。
そこでようやく将眞が蹴りを繰り出したと分かった。
それほど彼の攻撃は速かった。
「少し待っていて下さい」
唖然としている静に将眞が言う。
彼は優しく静を地に下ろすと『影』から抜き身の刀を引き抜いた。
「すぐ、終わりますから」
そう言い残し、将眞が動いた。
アスファルトを蹴り砕き、彼我の間合いを瞬時に潰す。
狙いは獅子舞、トドメを刺すつもりだ。
接近がてら、すれ違いに子供の獅子舞を斬り捨て祓う。
あっという間に呪霊との距離が消え、鈍い呪霊に白刃が振り抜かれた。
「ガァアアアッ!」
断末魔が響き渡る。沈み掛けた夕日に照らされ鮮血が火花のように迸る。
そこで蟷螂呪霊が動いた。
「ギィヒッ!」
四本足がアスファルトを高速で滑る。
攻撃後、背中を晒す将眞に大鎌が急迫した。
危ない、そう静が叫ぼうとする。が、それよりも早く決着が着いた。
将眞は僅かな重心移動で掴みかかるような斬撃を躱し、応手で太刀を閃かせる。
蟷螂呪霊が鋭い反応を示す。
だが、将眞には及ばない。
迎撃の為に振ろうとした左鎌ごと、呪霊が両断された。
「━━ギィィィッ!?」
末期の叫びが耳朶を叩き、大蟷螂が消滅する。
残るは赤子呪霊。おそらくコイツが一番強い。将眞は感じる呪力量から呪霊の等級が二級のそれではないと確信する。
「あそぼ、あそぼっ!」
赤子から呪力が迸った。
呪力が球状に収束し、直後に放たれた。
何処を狙っているのか。てんでバラバラに撃たれた呪力球が、しかし次の瞬間、弧を描いて将眞に殺到する。
『追尾術式』それが赤子の『生与術式』この呪霊固有の呪術だ。
静が息を呑む。術式の使用、それが意味するのは赤子が一級呪霊という証明だからだ。しかし、
「『領域展開』の下位互換だね」
つまらなそうに将眞が呟く。
迫る呪力球の群れを前に、彼は躊躇なく踏み込んだ。
包囲が完成するより早く。一息で攻撃の隙間を駆け抜け、呪霊を間合いに捉えると、
「━━フッ!」
鋭い呼吸を発し刀を一閃。
上段から、無造作に振り下ろした白刃が、赤子呪霊を縦一文字に斬り捨てた。
「あそ、ぼ」
「良い子になったらね」
そう将眞は答え、呪霊の最後を見届ける。
数秒後、呪霊の完全消滅を確認すると踵を返して、静へと歩み寄った。
「…………」
あっという間の事だった。
いや、静はあっと言う暇もなかった。
嘘偽りなく、本当にすぐ祓ってしまった。
「お待たせしました」
「えっと……待ってないよ?」
「それは良かった」
将眞は太刀を『影』に沈めると、代わりに救急箱を取り出した。
治療道具を目にして、静は思い出したかのように傷口が傷んだ。
止まっていた涙が、痛みと安堵から溢れて出す。それに将眞が心苦しそうな顔をした。
「すいません。遅れてしまって、本当にすいません」
「あっ、違うの、これ、は、私が、先走って」
責めるつもりなんて全くない。むしろ感謝を伝えたい。
だが、静の意思に反して涙は止まらず、嗚咽は強く大きくなった。
気不味そうに将眞が目を逸らす。
そこで彼は気付きはしたが、放置していた男二人組みを思い出す。
男達は懲りずに動画を取っていた。
「……ここは人目がありますね」
そこで将眞が目にも映らぬ早技を見せた。
ポケットから釣銭の十円二枚取り出すと呪力を込めて指で弾く。
虚空を弾丸のように走った硬貨が二台のスマートフォンを直撃。男達を傷つける事なく不快な眼をスクラップに変貌させた。
男達から叫びが上がる。それを無視して将眞は静に話しかけた。
「では、行きましょうか」
将眞が優しく、傷口に触れぬよう静を抱き抱える。
静の心臓が跳ねた。バクバクと煩い心音にあたふたしていると、そこで彼女は言っていない事を思い出す。
「あのっ、ありがとっ、ござい……ます」
羞恥と嗚咽が混じった聞き取り難い感謝。しかし、伝わったのかそれに将眞が微笑んだ。
「どういたしまして」
戦闘前に見せた鋭い瞳は何処へやら、将眞は少し眠そうな優しい眼で静の感謝に応答した。それを見て静は、
「…………」
傷口よりも熱い、どうしようもなくい火照りを顔に感じた
『問題①』
強くて顔が良くて優しそうで、多分高級取りな男の子に絶対絶命の危機を救われた際、思春期の女の子が抱きそうな感情を答えよ。
『問題②』
お前ら絶対付き合ってるだろう? と周りが思ってそうなくらい親しくて可愛い幼馴染の女の子が居るのに、初対面の女の子をナチュラルにお姫様抱っこして笑い掛ける少年が女垂らしと言われない方法を答えよ。