ヤンキーと恐れられている祈里とクラスでも目立たない存在である将司。
金髪で目つきが鋭く、誰とも仲良くなろうとしない彼女と、同じクラスであること以外接点のなかった彼は、両親の再婚をきっかけに義理の家族となる。

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金髪不良少女を褒めたらなぜか仲良くなれました

「ねぇあんた、さっきから何ジロジロみてんの?」

 

 肘をつきながらボ〜ッと一点を見つめていた将司に、突然一人の少女が話しかけ……、というより文句をつけにきた。

 端正な顔立ちに綺麗な長い金髪を携えた少女、若林祈里。いかにも不良な金髪に、鋭すぎる目つき故に同級生はおろか、先生にまで怖がられているとの噂はよく耳にする。

 そんな持ち前のものすごい威圧感で文句を告げた彼女に、将司は若干ビビりながら返事をした。

 

「えっと、見てませんよ……」

 

 少し辿々しいなと自分でも思うくらいの返事をしてしまった将司だが、若林さんは鋭い眼光を閉じ、徐に踵を翻した。

 

「あっそ」

 

 そして小さな声でそう呟くと、将司が先ほどまで見つめていた先にある自席へと戻っていく。席についた若林さんは、将司と同じようにつまらなそうに、そしてどこか寂しそうに、肘をついた。

 恐喝されるのかと思ってしまった将司は、何もなかったことに安堵し、小さく肩を撫で下ろす。クラス一の不良と恐れられている若林さんとの初会話にちょっとびびってしまったのは許して欲しいと思っていた。

 

「それにしてもジロジロ見てると思われたのか」

 

 その時、将司の親友である蓮が、ひそひそ声で近寄ってきた。

 

「よぉ将司、お前朝から災難だったな、あの若林に絡まれるなんて。ご愁傷さま」

「そう思うのなら、助けて欲しかったよ」

「無理だな」

 

 自信満々で右手を振る蓮に、将司は力が抜けた姿勢で頷く。

 

「分かればよろしい」

 

 蓮の謎の上から目線に呆れつつ学生らしいバカみたいな会話を繰り広げ、将司は微笑を浮かべる。そして、蓮がふと呟いた。

 

「ああいうタイプって、家だとどんな感じなんだろうな? 漫画とかだと、意外と甘えん坊だったりするだろ」

「若林さんのこと? 想像出来ないな」

「ま、気持ちはわかるけど」

 

 その会話の途中、将司はふと若林さんを一瞥した。気づかれないよう、ギリギリ視界の隅に収まる感じで。

 クラス一の不良と恐れられているため常に一人。会話をしている光景をほとんど見ない彼女。いったい家だとどんな言動をしているのかはちょっと気になる将司だったが、確認する術などない、筈だった。

 

 

「父さんな、再婚することにしたよ」

 

 自宅に帰りリビングで一息ついていたところに、父さんが特大級の発言をかましてきた。再婚したかったらいつでもどうぞ、と言ってきた将司だが、流石に突然すぎて動揺してしまう。

 

「い、いきなりだね……。とりあえずおめでとう」

「それで、今日からその相手の女性が娘さんと一緒にこの家で住むことになったんだ」

「そういうことは前もって言えよな……」

 

 再婚すること、この家で同居すること、その人に娘がいることを矢継ぎ早に知った将司は、混乱してきた頭を抱えため息をついた。

 とはいえ、父さんには幸せになってほしいし、同居にしても、いずれ家族になるのだから同居は早い方がいいと思っていた。

 

「じゃあ、呼んでくるよ」

 

 そう言って父さんは、笑顔で立ち上がり、玄関の方へと向かっていった。まさかもう呼んでいたとは思わなかったけど、そのことに今更文句をつけてもしょうがない。

 

「そういえば娘さんって何歳なんだろ? 俺は兄さんになるのか弟になるのか……」

 

 もうここまでくると笑えてきた。そう決意した時、高揚した父さんの声と、聴き慣れない二人の女性の声が聞こえてきた。

(いや違う、一人は聞いたことがある気がする。)

 そして、その予感は的中する。

 

「いらっしゃい二人とも! 実家だと思ってくつろいで!」

「ありがとう! 祈里、挨拶して」

「お世話になります。祈里と、呼んで下さい」

 

 祈里、その名前を言い放った女性の声に、将司は聞き覚えがあった。なにせ、今朝聞いたばかりなのだから。

 靴を脱ぐ音が聞こえ、三つの足音はどんどんと将司に近づいてくる。途中聞こえてきた内容から、どうやら父さんは、自分の娘と同級生であると言うとこまでは知っているらしい。

 

「これはもう、確定かな?」

 

 脂汗をかいていることが自分でもはっきり分かるくらいになった将司の元に、そいつがリビングに顔を出した。彼女は綺麗な長い金髪を小さく揺らしながら、丁寧に挨拶と共に頭を下げる。

 

「今日からお世話になる若林祈里です。どうぞよろしく」

 

 礼儀正しくリビングに向かい挨拶を言い放つ若林さん。よろしくと同時に顔を上げた時、予想通りというか、将司の顔を見て硬直していた。

 

「あ、えっと……、よろしくお願いします。若林さん」

「あんた、今朝の! ……最悪」

 

 最後の言葉は聞き取れなかったけど、その表情で何を言いたいのかはなんとなく分かった。

 先程の挨拶からも分かったけど、家ではものすごく丁寧な良い人をやっているのだろう。それが将司の口により不良であることがバレる可能性があるのだ。それは確かに最悪だろうと思う。

 だったらまずその金髪を直したらとは言えない将司だった。

 

「蓮、君の妄想はあながち間違ってなかったよ……」

 

 小さくそう呟いた将司は、苦笑いを浮かべる。かくして、クラスメイト以上の関係などあり得ないと思っていた若林さんとの共同生活が始まったのである。

 

 

「学校では話すの禁止。家でも、お母さんとあなたのお父さんの前以外では仲良くする必要はない。互いの部屋には入らない。あたしと義理の家族になるという話も禁止。そして、学校でのあたしを家で話すのは禁止。これがあたしの提示するルール。あなたは?」

 

 突然始まった共同生活。若林さんは亡くなった母さんが使っていた部屋を自身の部屋として使うことになった。

 そして今は、その部屋の中で将司たちの決まり事、つまり簡単にいえば、これだけはするなという約束を交わしていた。

 

「そうですね、俺も若林さんにほとんど同意、です。ただその、一つ付け加えるなら、お風呂の立てかけ看板みたいなの作りませんか?」

「確かにね。分かった、お母さんに伝えておくわ。それと、あたしを家で呼ぶときは義姉さんとでも呼びなさい。若林だとお母さんと間違えるから」

 

 辿々しく話す将司に対し、理路整然としっかり話す若林さん。じゃなかった義姉、さん。リビングでも感じたことだが、この人は本当に不良なのだろうかと疑いたくなるほどしっかりしている。相変わらず目つきは怖いままだけど。

 

「わかりました。じゃあそういう感じでいきましょうか」

「話が早くて助かるわ。話はこれだけだから、もう戻っていいよ」

 

 そういうと義姉さんは椅子に座り、将司の存在などこの空間にないかのように携帯をいじりはじめた。本当に仲良くする気はないらしい。

 

「それじゃ、おやすみなさい……」

 

 なんだかモヤモヤした気分のまま将司は部屋を退出し、自室のベッドに横になった。天井を見上げながらこの数時間のことを思い出す。そして、この先うまくやっていけるのかと不安を感じながら、いつしかいびきをかいていた。

 

 

 それから数日、あの日に立てたルールはつつがなく実行されていた。

 父さんと義母さんの前ではそこそこに話し、学校はうまいこと別々に登校。学校では会話はなく、蓮にも義理の家族になった話はしなかった。

 ついでに、将司が挙げた風呂場での看板ルールもちゃんと施行されている。

 こうして微妙な距離感を保ったまま、案外上手く生活していた将司たちだったが、とある日の夕食終わり。食器を片付け、いつものように義姉さんが二階の部屋に上がろうとしていた時、義母さんがガサゴソと何かを取り出し、テンション高めに将司らに言葉を投げかけた。

 

「じゃじゃ〜ん! ゲーム買ってきたから、みんなでやらない?」

 

 義母さんが手に持っていたのは、今流行っているパーティーゲームだ。多種多様なミニゲームがあり、『家族でやれば大盛り上がり』という宣伝文句でも有名だ。

 

「おっ、いいじゃないか! みんなでやろう!」

 

 父さんは当然ノリノリでそれを了承し、義母さんとも仲良くなりたい将司も、そのすぐに了承した。

 しかし、問題の義姉さんは少し考え込んだ様子を浮かべると、微笑を浮かべながら階段の方に足を進めた。

 

「あたしはいいや。あんまりゲームとか得意じゃないし」

 

 そう言うと義姉さんは手すりに手をかける。さっきの発言が本当なのか嘘なのかはわからないが、その背中は少し悲しそうに映った。

 その足を止めたのは、彼女が最も大事にしているであろうあの人だ。

 

「えぇ〜! こうして家族でゲームなんて久しぶりだから、お母さん祈里ともやりたかったのになぁ」

「うぐっ……!」

 

 このセリフはクリティカルヒットだったらしい。落ち込む義母さんを見た義姉さんは、上に昇る足を止めざる得なくなり、面倒くさそうに唸り声をあげると、ため息を吐きながら降ってきた。

 

「はいはい、やるよやるやる! でもほんとに得意じゃないからね!」

「ほんと! やっぱり優しいね祈里は!」

「うっさいなぁ。早くやるよ!」

 

 そう言って音が聞こえてきそうなほどに勢いよくソファーに座った義姉さんは、ただでさえ鋭いその目をさらに細めながらコントローラーを握った。

 

 ゲームが起動する。軽快な音楽とキャラクターボイスが部屋に響き、他の皆もコントローラを握り始める。

 将司もこのゲームはやってみたいなと密かに思っていたので、実は内心ワクワクしている。

 

「よしそれじゃ、ゲーム開始!!」

 

 こうして、義母さんの掛け声と共にミニゲームが始まった。

 結果から言うと、このゲームをしたことで、将司と義姉さんの関係は変わっていくことになる。

 

 

 ゲームに慣れていない父さんは何度も最下位になり、一位常連は将司だった。両親は勝っても負けても楽しんでいるようで、『やった〜!』とか『今のすごいね!』など、声色から発言まで、ある種理想的な楽しみ方をしている。

 では将司と義姉さんはどうかと言うと、……ものすごくギスギスしていた。

 

「ああもう! 何であたしの邪魔ばっかすんのよ! 何? あたしのことそんな嫌い?」

「いや別に、ばっかり邪魔してるわけでは……」

 

 義姉さんは将司に一向に勝てないことでフラストレーションが溜まったのか、段々とゲームの苛立ちを将司に向け始めてきた。ボタンを押す力が増していく。

 

「あっ、もおっ!」

「ご、ごめんなさい若林さん!」

 

 義姉さんは普段よりもさらに眼光が鋭くなっていることに加え、今回はそこに眉間に皺までもが寄っている。

(やはりこの人は怖い!)

 将司はそのあまりの迫力に、両親の前だというのに素に戻ってしまった。その結果、当然のことながら父さんと義母さんに怪しまれてしまう。

 

「ねぇ祈里、将司くんとほんとに仲がいいの? まさかとは思うけど、将司くんをいじめてるわけじゃないでしょうね?」

「将司、どうなんだ?」

 

 義母さんはゲームを止め、義姉さんを問いただす。父さんも将司を静かに問いただした。

 義姉さんは冷や汗をかきながら押し黙る。このままでは誤解を生んだままになってしまうと考えた将司は、辿々しくだが弁明をする。

 

「あ、俺は別に、義姉さんにいじめられてたわけではないですよ。特に何かされたってわけでもないですし。……ただまぁ、仲は正直良くはないです」

 

 嘘は言っていない。学校でも言われない文句をつけられたが、強いて言うならそれくらい。殴られたりパシリにされたりもしない。

 

「将司くんの言っている話はほんと? 祈里?」

「……うん」

 

 義姉さんは、義母さんの問い詰めに顔を逸らしながらか細い声で答えた。

 しばらく娘を見続けていた義母さんは、小さくため息を吐くと、無音の部屋に響くほどの大きさで自身の手を叩き合わせた。

 

「よし! 仲良くないなら仲良くなればいいのよ! 互いの良いところを見つけた時、人は初めて仲良くなれるの」

 

 そう言って立ち上がった義母さんは、将司たちの前に仁王立ちすると、ほほ笑んだ。そして予想していなかった提案をしてくる。

 

「と言うわけで、今からみんなでお互いの良いところを言い合いましょう!」

 

 こうして、義母さん主導によるゲームが始まったのである。

 

 

「お互いの良いところを言い合いましょう! はいまずはお父さんから!」

 

 強引に始まった『良かった探し』。世界名作劇場を彷彿とさせる。名指しされた父さんは一瞬驚きつつも、平静を取り戻してそれぞれの良いところを述べた。

 父さんは次に義母さんに回し、義母さんは義姉にパスをする。両親から出てきた内容は、優しいとか真面目とか、そう言う内容だった。

 

「次は、あたしか」

 

 パスを回された義姉さんは、父さんと義母さんの良いところをすらすらと述べる。

 

「お義父さんは穏やかで優しい。お母さんはあたしをここまで育ててくれた。将司は……、ルールをちゃんと守ってくれて真面目」

 

 こういう場だからそういてくれているのだろうというのはわかっている。だけど、もしかしたらそういう風に思ってくれているのかと思うと、少し嬉しくなった。

 言い終えた義姉さんは無言で将司を見つめ、次はお前だと無言で促す。

 将司は義姉さんの何を褒めようか悩んでいた。無難にいくなら真面目とか優しいとか? 

 だけど将司たちが仲良くないということから始まったことだ。優しいとかは嘘くさいかもしれないと思った。

 

「父さんは俺を大事に育ててくれて、義母さんは明るくて家族を引っ張ってくれる。義姉さんは……」

 

 褒めなくちゃ、褒めなくちゃ、そう思いながら将司は義姉さんをチラチラと見渡す。とはいえいつまでも見つめているわけにはいかない。

 義姉さんに何をいうのかと全員が将司を見つめる状況に耐えられなくなった将司は、咄嗟にいつも思っていたことを口にした。

 

「えっと、髪が綺麗! ……あれ? 今のってセクハラ?」

 

 将司がその言葉を呟いた瞬間、場の空気が張り付いたのを感じた。全員が将司を驚いたような表情で見つめ、特に義姉さんは驚きのあまりか硬直している。

 

「あの、何か問題のあること言ってしまいました? だったらすぐ謝り」

「ちょっと二階まで来て」

 

 将司の言葉を遮るように、義姉さんは急に立ち上がり、将司を二階にくるように告げて去っていった。

 一体何が起こったのだろうか? 何が何やら分からず義母さんを見ると、その目は少し潤んでいた。

 

「義母、さん?」

「将司くん、あの子にその言葉を言ってくれてありがとうね。二階に上がったら、正直な気持ちを伝えてあげて」

 

 正直、義母さんが今何を思っているのかはわからない。何がどうなってその瞳が潤んでいるのか、事情を知らない将司には知る由もない。

 だけど、この瞳を見て、動揺した義姉さんの態度を見て、動かないわけにはいかない。

 

「俺、行ってきますね」

 

 ただ二階に上り、そこにいる義姉さんの話を聞く。たったそれだけのことだが、少し緊張してしまう。徐に階段を上がる将司は、義姉さんの部屋がほんの少しだけ隙間を開け、灯りが漏れているのを確認する。

 そして、そんなわずかばかり開かれた扉から、将司を誘導するように片手だけが伸び、手招きをした。

 

「入ってこい、ってことだよね」

 

 これから何を言われるのだろうか? これからの展開を考えながら一息をつき、ゆっくりと手を伸ばした。

 中に入ると、すぐ近くに義姉さんはいた。将司から目を逸らし、電光のせいだろうか? 少し顔が赤く見える。扉を閉め、無言で指し示された椅子に座ると、早速本題に入った。

 

「あのさ、あたしの髪が綺麗って言ったの、本気?」

 

 か細い声でそう呟いた義姉さんに、将司は頭の中で『?』を浮かべた。

 この質問自体は予想の中に入っていた。しかし、言われるとしても乱暴に、少なくとも儚げに言われるとは露ほども予想していなかった。

 

「本気ですけど……やっぱり言われるの嫌でした?」

「ち、違うの!! その、逆で……」

 

 前のめりに否定の言葉を述べた義姉さん。逆ということは、嬉しかったと思ったわけだ。綺麗だと思ったのは事実だが、自分で染めた色を少し褒められて、それで泣きそうな表情を浮かべるだろうか? 義母さんは泣くだろうか?

 この疑問の答えは、すぐに義姉さんから漏れ出し、将司を再度驚かせる。

 

「この髪、この金髪は、地毛なの」

「地毛!? え、もしかして義姉さんってハーフなんですか?」

 

 義姉さんは小さく首を縦に振り、自身の髪を撫でるように触れる。

 しかしこれは相当驚いた。ハーフということを知らなかったのもそうだし、若林祈里という不良のイメージにこの髪色が大きな一翼を担っていたのは否定出来ない。将司も綺麗だと思う一方、若干の恐怖を感じていた。

 

「この色さ、亡くなったお父さんの色なんだよね。ある意味形見っていうかさ。この色を消したらお父さんとの繋がりが完全に切れちゃう気がして」

 

 思い出話を嬉しそうに話す義姉さんは、口元を緩ませ、わかりやすく頬を赤らめていた。

 

「それで小学生の時、お母さんに『パパの髪の毛であたしずっといるよ!』って言ったらお母さん泣いちゃってさぁ」

 

 その様子は、地毛だと分かったからなのか、とても普通の女の子に見えた。

 

「それが嬉しくってずっと金髪だったけど、歳を重ねるごとに気味悪がられたり怖がられたりすることが多くなってさ。ただでさえこの鋭い目つきじゃん」

 

 容易に想像できる光景だった。将司ら高校生でもそうだが、他人と違うということを極度に怖がり、拒絶するきらいがある。一人だけものすごく目立つ金髪で、鋭い目つきと組み合わさり生意気に見えたことだろう。

 『そう見える』というだけで、充分な迫害対象たり得るのだ。彼らの中では理屈が通っている。

 

「何回も染めてやろうって思ったの。学校からも言われてたし。だけどさ、あの時のお母さんの顔思い出したら、やる気無くなっちゃってね。それで開き直ったの。受け入れないならあたしだって拒絶するって。怖がられてる方が楽だってさ」

 

 生まれ持った性質を受け入れられず、母親の喜ぶ顔のために誰かと仲良くなる可能性を排した。高圧的な仮面を被ることで寂しさからも逃げられる。

 それが、将司らが怖がってきた不良、若林祈里の正体だった。

「お母さんにだけ受け入れてもらえればいい。そう思ってたあたしに、あんたは髪が綺麗って言ってくれて……びっくりして……嬉しかった」

 

 目を背けながら顔を赤らめる義姉さんに、将司は申し訳なくなった。将司だって、彼女を怖がっていた一人だ。わざとそういう態度をとっていたのだとしても、金髪一つで偏見を持ってしまったことには変わりない。

 

「ゲームしてた時、睨みつけちゃってごめん。あんなんしてたら怖がられて当然だよ。それと、学校でいちゃもんつけたのも謝る」

「学校でいちゃもん……あぁ、あの時の」

 

 将司と義姉さんの初会話。ボ〜ッと遠くを見ていた将司を、『何ジロジロ見てるんだ』という言葉とともに鋭い眼光を飛ばしてきたあの日。思えばあの日に感じたどこか寂しい雰囲気は、わざと他人を遠ざけていることの後悔かもしれない。

 

「昔からジロジロ見られてたせいでね、無駄に視線に敏感になっちゃってさ」

 

 幼い頃から物珍しい目で見られ、どうせ受け入れられないという諦めから他人を拒絶した義姉さん。間接的に彼女を傷つける考えを持ってしまっていた将司がかけられる言葉は、これくらいしかない。

 将司は義姉さんに一歩離れ、距離を離した。不思議そうに見つめる義姉さんをよそに、将司は、謝罪とともに頭を下げる。

 

「ごめんなさい! 俺正直、最初は義姉さんのこと、若林さんのこと怖いって思ってました。金髪で目も怖いし、初会話があれだったし……」

「将司……」

 

 顔を上げるのが怖い。義姉さんの目を見つめるのがとても怖い。だけど、ちゃんと誠意を持って言葉を伝えないと、今回ばかりはいけないと思った。

 将司は徐に顔を上げ、義姉さんの目をじっと見つめる。一瞬ぎゅっと奥歯を噛み締め、言葉を告げた。

 

「許してもらえるとは思ってないし、これから先、もう一生仲良くもしてくれないとは思う」

 

 殴られるのだろうか? 軽蔑されるのだろうか? いずれにせよ、良くない未来が訪れるのは容易に想定できる。

 

「だけど、義姉さんの本当を知った今、これだけは伝えないといけないと思いました」

 

 声が響かぬ空白の時間が流れ、額に汗が伝った。許しの言葉で無くともいいから何か言ってほしい。その時義姉さんが口元を塞ぐ。

 

「言ったでしょ? あたしも悪かったって。要するにお互い様ってことよ」

 

 急に不安を覚え始めた義姉さんは、再び鋭い目つきになりながら髪をいじる。困り顔で眉間に皺を寄せる様子に、将司は思わず吹き出してしまう。

 

「ははっ! そこで自信なくなるかな普通! 最後はビシッと決めてよ」

「うっさいなぁ」

 

 その後将司たちは、初めて兄弟らしい会話を始めた。両親の前の取り繕った会話じゃない、自然な会話。どこを抜き取ってもしょうもなさしかないそんな話。だけど この時、ようやく家族になれた気がしたのは、将司だけじゃないではないのかもしれない。

 

「義姉さん、笑った時の目、すごい綺麗だったよ」

「なっ! どこのナンパ男よあんた? ……まぁでも、ありがと」

 

 そこでコンコン、とノックの音が鳴り、義母さんが入室。お盆にはお菓子と取り皿にコップ、そしてマグカップがある。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「私は『恵子さん』か『ケイちゃん』のどっちかでお願いね♪」

「……では、恵子さんで」

「了解♪」

「お母さん……」

 

 パワフルな義母さんの様子に将司も祈里もタジタジだ。

 

「それじゃ、後は若い二人に任せて……あ、そうそう将司くん」

「何ですか?」

「この部屋は防音バッチリだから安心して」

「お母さん!?」

「じゃ、ごゆっくり♪」

 

 義母さんは鼻歌交じりで部屋を出た。

 

「あーもう! 何でうちのお母さんは……」

 

 頭を抱えている。肉親だから耐性があるかと思ったが、流石に義姉さんにも堪えているようだった。

 

「義母さん、お茶目なんですね」

「うっさい!」

 

 口は悪かったけれど、薄く頬を赤らめながら向けられた視線は、溶けそうなほど甘く、優しい眼差しだった。

 

 

 翌日、将司たちは今日初めて、一緒に学校に行くことにした。登校途中、色々な人に視線を向けられた。特に同じ学校の人に。これが義姉さんの感じてきた感覚。確かにこれは気になるし不快だと将司は痛感する。

 教室に入ると、ざわざわと盛り上がっていた視線は、一斉に将司たちに向けられる。静寂の中、宣言するように将司は声を出す。

 

「さて、早く入ろうか? 義姉さん」

 

 その言葉を皮切りに、静寂は一気にざわつきへと変貌する。自席へと着くまでに一体何秒見られたろうか? 思わず笑ってしまうほどの視線の数だ。

 クラス一の不良を義姉さんと呼ぶ。恐らくクラスメイトは将司ごと避けるようになるだろうが、構うもんか。

 

「な、なぁ将司、お前さっきのまじ?」

 

 小さくか細い声で、話しかけてきたのは蓮だった。まさか話しかけてくれるとは思わなかったので、将司はそのことが嬉しくて口角が上がる。

 

「ほんとだよ。若林祈里は俺の義理の姉さんだ。ちょっと口調は強いけど綺麗で優しくて、お母さん思いの良い人だよ」

「口調は強いは余計だ」

 

 前方より、義姉さんの声が降り注ぐ。どうやら将司の紹介に御立腹らしい。悪意はなかったが、将司は苦笑いを浮かべながら謝る。

 そんな将司とは対照的に、ビビってのけぞる蓮。義姉さんはそんな彼をじっと見つめ、少し深呼吸をする。そして、一歩前に出ると、小さく頭を下げた。

 

「ごめん。今まで怖がらせるような態度とって。これからは気をつける。だからあたしも、その……仲間に、入れて……、くれないかな?」

 

 緊張しすぎで変な挨拶になってしまった義姉さん。口をつぐみ、耳まで真っ赤だ。恥ずかしさで目を逸らした義姉さんに、蓮は将司に視線をむけ、呟く。

 

「なんか、イメージと違って普通に良い人っぽいな。おい将司、今日三人で帰るから、ちゃんと予定合わせろよ。若林さんも、お願いしますね」

「あ、ああ!」

「蓮……、お前良いやつだな」

 

 とてもぎこちない言葉に態度。抜いてもらえてない敬語。しかし、義姉さんが勇気を出した一歩は間違いなく足跡をつけた。簡単なようで難しい第一歩。

 将司は義姉さん、いや祈里と、ほかの人たちともここから始めていこうと思った。

 

 

 季節は夏真っ盛り。じっとりと汗が滲むくらいには暑い。

 将司はよろつきながらも、何とか近くの看板に寄りかかって、口をとびきり大きく開ける。ただでさえ寝不足気味だったが、右側からかけられた声で我に返る。

 

「将司っ!! どうしたんだよ。ぼーっとして」

「……見惚れていました」

 

 将司が返すと、その声の主、若林祈里は頬を赤らめながら小突く。彼女の私服は家では見ていたものの、外で見ると、より奇麗で、美人に感じられた。

 

「ほら、『ですます』禁止!とにかく、急いで並びに行くよ!」

「分かりました、……分かった」

 

 時刻は午前八時三○分過ぎ。祈里に急かされて予定より早く開園前のエントランス前広場に辿り着くと、思わぬ眼前の光景に将司は愕然とした。広場の地面が見えなくなるほど人がひしめきあっている。

 あれから将司の父と祈里の母は再婚して義母さんの名字は変わったが、祈里の名字は「若林」のままだった。それとは無関係に、将司が祈里と一緒にテーマパークで行動しているのは、義母さんにあの高いテンションでそそのかされたからといってもいい。彼は最初躊躇したが、祈里も満更ではない様子だったのであっさり決まった。

 

 

 暫くして開園時刻になり、テーマパークが開門した。続々と人が園内へと流れ込んでいく。その門の先には大きな花壇があり、その奥には、西洋風の建物がどっしりと構えていた。初めての光景に、将司は思わず目を奪われていた。しかし、すぐに祈里は目の色を変えていた。

 

「よしっ、将司。ファストパスを手に入れる。走るよっ!」

 

 ファストパスというのは、持っていれば長蛇の列を大幅にショートカットして人気アトラクションに早く乗ることができる券のことで、その券のために走るということは良くある事だった。しかし、将司は乗り気にはなれない。

 

「え、でも、こんな暑い日に……」

「うっさい!」

「待って……!」

 

 結局将司は祈里の後を追いかけるように園内を疾走し、無事一番人気アトラクションのファストパスを手に入れた。それと引き換えに将司は膝に手をつき、息を荒くしていた。

 

「……よし、これで、大丈夫かな」

「寝言は寝てから言え。まだこの時間帯なら空いてるはずだから」

「嘘でしょ……」

「将司っ、走るよっ!」

 

 そして、祈里はまたも全力疾走した。将司の息は上がり、汗も滝のようにダラダラと流れる。彼は額や首筋をそれで拭きながら、呼吸を整えた。

 一方、澄ました顔をしている祈里の無尽蔵っぷりに驚かされた。その力はどこから生まれているのか将司には分からない。テーマパークにまで来てここまで疲れる必要はないと将司は思った。

 

「今日は楽しもう。な!」

 

 だが、満面の笑みで言われては、将司は相槌を返すしかなかった。

 

 最初のアトラクションである山岳地帯を駆け巡るジェットコースターを乗り終えた後、階段で下へと降りる途中にある店で立ち止まった。そこには遊園地でよく見られるような、ジェットコースターの途中に撮られた写真がずらりと並んでいるコーナーがあった。 

 

「ほら、さっきの写真だ! あたしたちのは……」

 

 将司は右から二番目の写真を指さす。

 

「……ぷふっ、あたしたち中々の写りっぷりだな」

 

 祈里が肩を震わせている。将司も仕返しをする。

 

「あぁ、義姉さんの綺麗な金髪がぐしゃぐしゃじゃないか」

「それを言うなら将司だって、白目じゃん」

「……見たくなかった」

 

 二人は堪えきれずに笑い声が漏れる。最近このようなやり取りも増えていたが、悪い気はしなかった。むしろ打ち解けられた証であるような気がしたのだ。

 

 その後も祈里は決まった時刻のファストパスを取るために、全力で走った。他の客の視線などお構い無しで。

 そして、コースの最後の最後で滝から落ちていくアトラクションなどの人気アトラクションを乗り倒した。が、ここで異変が起こる。

 

「……うえ」

「大丈夫、義姉さん……?」

 

 将司はふらふらとする祈里の足元を必死に支えながら、なんとか降りる。

 

「ま、将司、……すまんが、介抱して」

「とりあえず、歩けるか?」

 

 力なく頷く。二人はその近くの日陰にもなっている木製のベンチに腰を下ろした。

 二人の座るベンチの前を横切る客の顔を見ると、皆幸せそうな顔をしている。それを見た祈里は青ざめた顔で両手を合わせる。

 

「ごめん、こんなになっちゃって。……ちょっと休めば治るから」

「無理はしないで」

「……分かった」

 

 祈里が珍しくおとなしくなると、寄りかかるようにして将司の左肩にこてんと頭を乗せた。

 そして、しばらく休憩していると、将司の肩が軽くなっていた。

 

「義姉さん、大丈夫?」

「もう大丈夫」

 

 その時、祈里の目線が隣の売店に注がれていることに気付いた。そこでは様々なキャラクターのカチューシャや被り物が売られていて、そこで被せ合いっこをしている。

 

「あれに興味あんのか?」

 

 将司がそう尋ねると、虚をつかれたようで、祈里は身体を仰け反って分かりやすく慌てた。

 

「い、いや、ただ目に入っただけだ!」

 

 歯切れの悪い言葉は、祈里にしては珍しい。ただ将司は、彼女がそのように渋る理由は分かっていた。

 

「……分かった。折角来たんだし」

「……うん、そうする!」

 

 吹っ切れた祈里を見て、将司がここで待ってるからと言おうとした矢先、彼女は言い放った。

 

「じゃあ、将司も買おう!」

 

 その提案に、将司は口をぽかんと開けた。

 

「……え?」

「だって、あたしだけつけてたら、バカみたいじゃないか……」

「えぇ、別にいいだろ」

「……お願い!」

 

 将司は普段は鋭い目を潤ませながらの可愛らしい声に揺さぶられた。男の弱点が分かっているとしか思えない行動は破壊力が高い。

 

「……分かった。俺も買うから」

「やりい!」

 

 祈里が満面の笑みを浮かべた。店には商品が所狭しと並べられていて、思いのほかたくさんの種類のカチューシャがあった。

 祈里は取っかえ引っ変えに将司の頭に商品を付けていって品評会を始めていた。

 

「あははっ……! こりゃ傑作!」

「……義姉さんだって、そんな似合ってない」

「今写真撮るから見てみろ! ……あははっ!」

 

 祈里は携帯画面を覗き込むと、より一層大きな笑い声を上げた。確かに写真には、お世辞にも似合ってるとはいえない、猫耳の女物のカチューシャを付けたにやけ面の男が写っていた。

 

「次はどうしようかなぁ〜♪」

 

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、祈里はベンチに座ってマップを見ている。

 祈里はどのカチューシャを買おうか悩んでいたが、将司がリボン付きの方が似合っていると言ったら、それからとびきり上機嫌になって、ずっとこんな様子だった。

 そして、将司は、結局は王道で無難なねこキャラの被り物になった。最初は乗り気ではなかったが、単純なもので祈里に一番似合っていると言われて、購入していた。

 

 

「なぁ、義姉さん、次どこにするの?」

「次は……、って、もうこんな時間か」

 

 時刻は六時をとうに過ぎていた。そろそろ日没の時がさし迫っていて西の空には赤みがかった入道雲が悠々と浮かんでいる。

 

「確か夜のパレードは、十九時半からだから、次のアトラクション乗ったら見れなくなるよ」

「うーん、しょうがないか……」

「じゃあ、お土産買いに行けば?」

「そうか!」

 

 それから売店が集まったエリアに行って、お土産物を選んでいた。一方若林はお土産を贈る相手が、一人、二人ではないようで、随分にらめっこして決めていた。

 

「お待たせ。じゃあ、パレードに行くかっ!」

「ずいぶんお土産買っていたみたいだけど?」

「あぁ、義父さんとお母さん、あと、クラスのみんなにも、かな……」

 

 夕焼けに照らされてはっきりとは見えなかったが、祈里の口角が上がっているのは見て取れた。

 少し離れたトイレへ向かった。そして用を足して、手を洗う。洗面台の鏡を見ると、お世辞にも似合ってるとは言えない被り物を付けた男がそこにはいた。

 

「ほら、もう少しでパレードも始まる。あそこらへんがいいんじゃないか?」

「あ、あぁ……」

「よし、行くぞ!!」

 

 また祈里に強く手を引かれる。園内の少し大きな通りの歩道で人混みを掻き分けて、そのうち見つけた少し空いたちょうど二人分の隙間。そこに身を寄せるようにして、二人は座った。

 間もなく、アナウンスがかかり、お馴染みのメロディーが園内全体に流れ始める。

 観客も今か今かと待ちわびている頃、大きな帆を掲げて光り輝く巨船がその姿を覗かせた。甲板では船頭たちが楽しそうに沿道へ向けて手を振っている。それを皮切りに、次から次へと、様々な乗り物がやって来た。

 それはまさしく、夢の世界とも思わせる美しく幻想的な光景だった。 

 

「……綺麗」

 

 祈里は、うっとりとした様子で、それに魅入っている。

 たしかに綺麗だった。ただ将司には豪華なパレードよりも、灯りに照らし出された祈里の横顔のほうがよほど綺麗に見えた。

 

「今日は、ありがとう」

 

 祈里は小さく言葉を紡いだ。

 

「どうしたんだよ?」

「あたしは、この髪色と目つきのせいで、誰からも受け入れてもらえないと思ってた。だから周囲を拒絶して、壁を作って、……だけど」

 

 祈里は将司の額に優しく手を添える。そして目にこぼれそうな汗を一粒拭うと、今まで見せたことがなかった優しい笑みと、柔らかな眼差しが将司に向けられる。

 その表情には、不良少女などという肩書きは全く似合わず、ただ、綺麗だと思った。

 

「色眼鏡で見てきた人たちも、あたしという人間を出せば受け入れてくれる、……かもしれないって、将司が教えてくれたからさ。将司が謝ってくれたように、あたしも頑張って、他の人と関わってみようって思えたよ」

「祈里っ……!」

 

 その瞬間、強い風が吹いた。将司の問いかけにこちらを見つめる祈里は、目を丸めながらも優しい眼差しを向け、流れてきた風に金髪をなびかせながら、小さく微笑んだ。

 当の祈里は、立ち直ったのか、もうパレードの虜になっていて、今か今かと次の波を待っていた。そして、さらに大きな車体が曲の盛り上がりと共に、その姿をゆっくりと現していく。 

 

「将司っ、ほら、あそこっ!! ねこキャラが来たぞ!!」

「……本当だ」

 

 けれど、将司はねこキャラを見ていなかった。ねこキャラに釘付けになっている祈里の横顔を再び見ていた。

 興奮のせいか少し赤らんでいるようにも見えるその顔は、やはり絢爛豪華なパレードよりも輝いているように映った。今この場所で、そして今まで見た中で一番美しく見えた。

 いつもと違う景色が、周囲を違う空気に塗り替えていった。これから世界が広がろうとも、きっとこれはいつまでも特別であり続けると、将司は祈里の微笑んだ顔を見て感じていた。




いかがだったでしょうか。

今回、義母さんの連れ子である祈里は再婚後も苗字が変わっていませんが、これは「再婚相手の養子にせず、子供の戸籍も移さない」ケースを想定しました。

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