少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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多分十話くらいで終わります。


恋愛クソ雑魚女陥落編
少年は『ラスボス』になりたい。


 

 央都セントリアの中心に聳え立つセントラル・カセドラル内で暮らすアルフォンスは、自らが凡庸とはかけ離れた異常性の塊であり、だからこそ『特別な人間』であることを覚醒したその瞬間から理解できていた。

 彼をそうたらしめる要因は大まかに分けて三つある。

 まずは『生い立ち』だ。

 今年で十一になるアルフォンスは、しかし生まれてからつい最近までの記憶が一切存在しない。

 己が何処で生まれ、誰に育てられ、どのように生きてきたのか。

 通常誰しもが忘れることの無い成長の記憶が、彼の脳内には存在しなかった。

 そんな彼を、人々は《ベクタの迷子》と呼び、それが彼が自分自身が『特別』であるのだ、という自我を芽生えさせた。

 自分は『特別』であるからして、もう生まれから凡百の者とは大きく異なるのだと、幼いながらにそう考えた。

 

 次は『記憶』だ。

 《ベクタの迷子》である彼には自分自身が生まれ育ってきた記憶はないが、しかしそれとはまったく異なる、別の記憶が存在していた。

 それは前世の記憶とも、先祖の記憶ともまた違う、別種のもの。

 あるいは、特殊と言い換えても良いかもしれない。

 彼には、自らとは全く縁も所縁もなければ、この人界で暮らす者ではない人間の生まれてから死ぬまでの短い人生の記憶を保持していた。

 一からそれを読み始めれば、それが地球という星の、日本と言う国で生まれた一人の少年の、短い人生であるということが分かるだろう。

 一般階級の家に生まれ、平凡な学生生活を送り、とある事件に巻き込まれて死んでしまった、何処にでもいるような一人の少年。

 決して、華々しい人生では無かったと言えるだろう。かといって、惨めな人生であったかと言えばそういう訳でもない。

 極々平凡、極めて一般的。

 それ自体は、アルフォンス本人も自覚していることだ。

 しかし、しかしである。

 アルフォンスにとって、()()()()()()()()()()()

 何しろ彼にとって彼以外の者の人生が平凡であることなど当然であるからである。

 自分だけが特別! 己のみが選ばれし者! それ以外は凡夫!

 そういった思考回路が構築されているアルフォンスだったが、しかしその記憶自体は酷く重宝していた。

 平凡的な人生の記憶とは言ったものの、しかしそれはその少年が過ごした世界における平凡だ。

 人界で暮らす彼にとっては全てが未知、全てが異常、全てが劇的、全てが面白い。

 その上、アルフォンスにとってもかなり有用性の高いものが、その記憶の中にはあった。

 《ソードアート・オンライン》という、小説を読んだ記憶である。

 その中でも九巻から始まる《アリシゼーション編》と銘打たれたそれは、人界で暮らす彼にとってはいわば未来の知識でもあった。

 完結までの知識は存在しなかったが、しかし最高司祭:アドミニストレータが討たれたという部分までは分かっている。

 これはこの人界で生きる上でも最も大きなアドバンテージである。

 神はこのアルフォンスをとことん愛している、そういうことなのだと彼は認識した。

 

 そして最後に『才能』である。

 とはいえ、決して、万能の天才だったという訳ではない。

 確かに、物覚えは良かったし、何事にもセンスがあった。

 一を聞けば百を知るように、基礎さえ学べば応用すらも掴んでしまう程で、教会史上最高の天才とさえ謳われるほどだ。

 だが、そうではない。

 そも、このアンダーワールドという世界は他の生命体を殺せば自動的に、システム的に人として強くなるようにできている。

 であればその程度のことを才能として語るのは間違っているだろう。

 彼を天才たらしめる所以はたった一つ。

 ──アルフォンスは、自我を持ったその瞬間から、何を成す為に生まれ、何を果たして死ぬ存在なのかを、これ以上なく明確に理解していたことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人界の頂点、人の身でありながら神の領域へと踏み込んだ現人神、最高司祭:アドミニストレータは、アルフォンスを手のかかるクソガキといったように評価していた。

 このカセドラル内では多くの少年少女が、神聖術と剣の修練の為に在籍しており、日夜研鑽に励んでおり、その全てが最高司祭である自分自身へと忠誠を誓っている。

 また、警備に当たらせている複数の整合騎士たちも同様だ。

 この人界において、最高司祭である己に逆らうものなどいるはずもない──いないように、世界を整えてきたのだから当然だと、そう思っていた。

 否、事実そうだったのだ。

 腹の内という、関りが無ければ読み解けるはずもないものは置いておくとして、取り敢えずは自分に反抗するような者はこの人界には存在しなかった。

 このクソガキを、一年前自らの手で偶然拾い上げるその日までは。

 

「今日こそ決着だ、三百歳ばあさん!」

 

 セントラル・カセドラル最上階に、少年らしい、少し高めの、それでいてどこか威厳を感じさせる大声が響き渡る。

 超高層、超巨大建築物であるそれの中でも最も小さな部屋である最上階は、基本的に最高司祭であるアドミニストレータしか入れない、彼女個人の部屋だ。

 ちょうど百階に当たるそこに行きつくまでには、多くの整合騎士が見張っている階を通り抜けてこなければいけないという、念には念を入れられている程の警備具合だ。

 しかし、しかしだ。

 今現在、アドミニストレータの眼前には他ならぬアルフォンスが立っていた。

 真っ直ぐと伸ばした右腕でビシィッと指を指している。

 アドミニストレータは痛みを訴えかけてきた頭をそっと抑えた。

 

「いやあのね、お前ね、もう来るなって言ったわよね……?」

「オレがルールだからな、アドの言うことなぞ聞く必要はない」

「自由過ぎる……ていうかアドって呼ぶなって言ったわよね? アドミニストレータ様か最高司祭様とお呼びなさい!」

「断る!」

 

 ふふん、と胸を張るアルフォンスを前に、アドミニストレータは大きくため息を吐いた。

 つい昨日もコテンパンにしてやって「二度と来るな」と蹴り出してやったにも関わらずこの始末である。

 この人界では珍しい方に分類される黒い髪を一つに纏めた彼は、同じく黒い瞳を輝かせながらドヤ顔をしていた。

 どうにも自信満々なようである。

 昨日は黒焦げで気絶したくせに。

 

「そもそも、どうやってここまで来たというの。今日はファナティオとベルクーリに警備させていたはずよ」

「ああ、その通りだ。お陰でここまで来るのにも一苦労だった」

「なっ……倒したとでも言うつもり!?」

 

 それは、アドミニストレータにとっては小さくない衝撃だった。

 なにせベルクーリとファナティオは整合騎士のトップとトップツー──つまり、この人界の中でも一番、二番の実力者だ。

 その二人が、このクソガキに敗北した……?

 信じられるような話ではない、しかし、事実アルフォンスにはそれだけのポテンシャルがあるということも彼女は重々承知していた。

 何せ、歴代最強の整合騎士になるでしょう、と誰よりも先に言ったのは他ならぬアドミニストレータなのだから。

 今すぐにでも整合騎士として仕立ててしまっても良いかもしれない、と彼女は一瞬だけ思考をそう回した。

 

「ベルクーリはチョコレートで懐柔して、ファナティオには土下座して見逃してもらった! 二人ともにこやかに通してくれたぞ!」

「あいつら……!」

 

 アドミニストレータは激怒した。

 かの脳内花畑ゴリマッチョ野郎とそれに惚れ込んでいる二番女だけは絶対に許さないと固く誓った。

 

「ベルクーリなんかはファナティオの説得まで手伝ってくれた、あいつは良いやつだ。オレが頂点に立った時も引き続き整合騎士の騎士長をやってもらおうと思う」

「何故お前はいつも私に勝てる想定しているのかしら……?」

「今日こそは勝つからだ、オレは昨日の敗北を糧に更に強くなったぞばあさん」

「そのばあさんという呼び方もやめろと昨日言ったはずなのだけれど……?」

「オレは事実は偽れない男でな」

「なるほどね──説教は後だ、ぶち殺してやる!」

 

 小さな室内に雷雲が、一瞬にして渦巻いた。

 アドミニストレータは三百年という、通常考えられないほどの年月を生きてはいるが、非常に短気であった。

 いや、あるいは長年生きているからこそ、短気なのかもしれないが……。

 兎にも角にもアドミニストレータはキレた。もうマジギレである、大人げない程に彼女はキレ散らかした。

 しかしアルフォンスは狼狽えない、動じない!

 天才である彼は煽った以上こうなることは予測済みだった、事前に術句を唱えておいた神聖術突き出し叫ぶ。

 

「ディスチャージ!」

 

 両手の指、全てに一つずつ灯った熱の素因(サーマル・エレメント)が混ざり合って唸りを上げた。

 十の火が象るは竜。

 大きく口を開き、咆哮を放つ灼熱の竜はその全身から火を散らして雷雲へと飛び込んだ。

 火の粉が、アドミニストレータのベッドへと飛び散り大きく燃え上がる。

 

「あっ、あぁぁぁぁぁ! 私のベッドぉ!」

「そんなことを気にしている場合かっ」

「そんなことって、お前ねぇ……」

 

 二人の神聖術がぶつかり合って激しく爆散する。

 アドミニストレータが咄嗟に出したそれと、入念に準備してきたアルフォンスのそれはほぼ互角だった。

 つまり、アルフォンスは神聖術ではアドミニストレータには勝てない。

 そのことを、しかしアルフォンスはしっかりと理解している。

 故に、彼の腰には一本の木剣が帯びられていた。

 その剣の名称は《白金樫の剣》──人界で製造されている木剣の中でも最も優先度(プライオリティ)が高い剣。

 量産されている木剣の中では最強の木剣だ。

 アドミニストレータが神聖術より剣術の方を苦手としていることを、アルフォンスは肌で感じ取っていた。

 だから、あの神聖術は囮であり時間稼ぎ、本命はこれによる剣術──!

 

「あら、少しは学習してきたのね」

「オレは日々成長している、今日こそ倒させてもらうぞ……!」

「そのセリフ、もう聞き飽きたわよ」

 

 虚空から取り出した剣を以て、アドミニストレータは彼と対峙した。

 両者の剣に宿るのは色とりどりの光──これを、人界では《秘奥義》と呼び、また別の世界では《ソード・スキル》と呼ぶ。

 元々の剣の強度に差があるものの、そこは天才の名を戴くアルフォンスだ。

 整合騎士達との試合から盗み学んだ体捌きと剣捌きで彼女の剣劇を逸らして、逸らして、逸らす。

 力をそのまま受け止めないよう受け流し、隙を作ってから剣を突き出す──が、届かない。

 アルフォンスが天才だとすれば、アドミニストレータはそれを超える天才かつ超人である。

 それに、そもそもの話、剣捌きにしたって彼女はアルフォンスを上回っていた。

 ガキィィ……ン、という甲高い音と共に木剣は弾かれ宙を舞う。

 アドミニストレータの足元にまである長く美しい銀の髪がふわりと舞って、剣はアルフォンスの首元へと向けられた。

 

「はい、これで終わりよ」

「ぐぬぬ……やはり年季の差が分厚いか──ぐばぁ!」

「年齢の話はするなつってんでしょ」

 

 剣の腹で殴られアルフォンスは吹っ飛んだ。

 これは彼が悪い。

 片頬を抑えながら突っ伏した彼の前へと、アドミニストレータが歩み寄る。

 

「色々と──本ッ当に色々と、言いたいことはあるのだけれども取り敢えず、ごめんなさいは?」

「…………ごめんなさい……」

「素直でよろしい、お前は本当にそうやって、しおらしくしていれば可愛いのにねぇ」

 

 げしげし、と彼女はアルフォンスの頭を足で弄ぶ。

 敗者は文句を言う資格もない。

 アルフォンスは黙ってそれを──滅茶苦茶眉間に皺をよせながら、甘んじてそれを受け入れていた。

 その目元には若干雫が浮いている、彼は毎日アドミニストレータに敗北しているが、それはそれと悔しさはあった。

 というかもう滅茶苦茶悔しい、ここが私室だったら号泣している。

 アドミニストレータはそれが分かっているからこそ浮かべている笑みを深めた。

 彼女は性格がクソだった。

 

「ほーらほらほらほら、感想は? ねぇ、負けた時の感想は無いのかしら?」

「ぐぅぅぅぅぅ……!」

 

 半泣きで唸る少年を楽しそうに(なじ)る成人女性がいた。

 残念ながら見てる人間が他にはいないので事案にはならない。

 アドミニストレータは暫しその状況を楽しんだが、やがて飽きたのかパチンッと指を鳴らして半焼したベッドを元の姿に戻した。

 天蓋付きのフカフカベッドだ。

 彼女は基本、毎日それに横たわって暮らしている。

 それが変わったのはアルフォンスがカセドラルに来てからだ。

 こうして毎日あの手この手で最上階まで辿り着いてくるのである。

 最近では整合騎士達まで全力で協力している節まであった。

 

「お前ねぇ、いい加減身の程というものが分からないのかしら?」

「身の程はわきまえているさ、だから今日も給食係のお姉さんと昇降係のお姉さんには感謝を伝えてきた!」

「いや私、私最高司祭だから。その二人よりもずっと私の方が上なの、わかる? ねぇ……」

「分かってはいるがアドはまた別のカテゴリだし……ほら、言うなればライバル枠的な」

「この私をお前如きと同じステージに上げるな──全く、ほら、来なさい」

「あい……」

 

 アドミニストレータに手を引かれてアルフォンスは立ち上がる。

 そのまま復元されたばかりのベッドへと二人並んで座った。

 アドミニストレータがそっと優しく、アルフォンスの頬を撫でる。

 先程自らが作り出してやった傷のある方である。

 

「ほら、痛みは?」

「うん、もう大丈夫だ、流石だなアドは」

「だからアドと──はぁ、今はもう良いか……」

 

 アルフォンスの怪我を治し、本日何度目かのため息を吐いた彼女は呼び方の訂正を諦める。

 どうせ何度言ってもこいつは聞かないのだ──それはそれとして、明日も来たら訂正はするのだが。

 来るなと言っても来るし、警備を厳重にしてもすり抜けてくるのだろう、悔しいことに。

 

「……今日の、火の神聖術は見事だったわ。手抜きだったとは言え私の神聖術を相殺するとは思わなかった」

「そうか!? そうだろうそうだろう、アレは結構自信作だった!」

「えぇ、でもアレを用意するのに、どれくらいの時間をかけたか教えてもらえるかしら」

「むぅ……五分以上はかかった。術句自体も長かったが、形にする時のイメージを固めるのに苦労した」

「ふふっ、それじゃあまともな戦闘になった時は使えないわね」

「そうなんだよなぁ~、そこが欠点だ、何かいい方法はないか?」

「あら、ライバルにそれを聞くの?」

「…………アドは師匠兼ライバルだからセーフだ!」

「それ今思いついたでしょ、お前……」

 

 アドミニストレータは微笑みを──彼女自身はそのことを全く意識せず──浮かべ、アルフォンスの頭へと手を置く。

 それから短い黒の髪を梳くように撫でながら、アルフォンスの話へと耳を傾けた。

 昼過ぎにアルフォンスが授業を抜け出しアドミニストレータを襲撃し。

 それをものの数秒~数分で撃退し、反省を促した後の話し合い。

 これが──ここまでが、彼と彼女の"いつも通り"である。

 彼──アルフォンスが拾われてきた一年前からできた習慣だ。

 『そのラスボスの座はオレのものだ!』と叫びながら最上階へと突貫してきた日から、毎日絶えることなく続いている日課だ。

 今日も今日とて有意義な話をして、それから「そろそろ夕食でしょう」と最上階から追い出されたアルフォンスはグッと背伸びをしてから帳面を取り出した。

 パラパラと新しいページを開いてペンを動かす。

 七の月の二十二日目、敗北。

 そう記した彼は帳面をしまい、次こそは勝つ、と意気込むのであった。

 

 

 ──通算戦績、三百二十七戦中、零勝、三百二十七敗、零分け。

 アルフォンス少年十一歳。

 将来の夢は『アリシゼーション編におけるラスボスになること』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ主:神様転生者に憑依転生されそうになったが、持ち前の自我の強さで逆に神様転生者の人格を食った。
そのせいで人格が7(オリ主):3(転生者)くらいの割合で混ざったが、そのお陰で記憶が手に入った。

アドミニストレータ:約一年かけてオリ主にめちゃくちゃ絆された。

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