私はずっとTwitterやってたので超元気です。
アドミニストレータは最悪のクソ女である。
それは他ならぬアルフォンスでさえも認めるところであり、カーディナルだけでなく、彼女の本質を知る者であれば誰しもが頷くであろう事実だ。
絶対的な力を持ち、世界最高の権力を握り続け、世界を統治し続けた正しく人界の女王──あるいは女神。
その非道さを非道だと思うことは無く成し遂げ続けた無情の女──それが、アドミニストレータである。
──そんな彼女を、しかし悪だと断ずることはできるだろうか?
彼女とて、生まれ落ちたその時は少しばかり優秀で、しかしそれだけの小さな少女だったのだ。
生まれ持った異質とも言える聡明さを以て、誰よりも早く世界の仕組みに気付いてしまっただけで、それ以外はほとんど他の人間と変わるところは無かったであろう。
たったそれだけ、その一点においてのみ、誰よりも一歩先に踏み出したに過ぎない。
親に隠し事はしたことがあるか?あるいは、友達や先生相手でも良い。
自分だけの、大切な秘密が生きていれば一つくらいはあっただろうし、今もあるかもしれない。
アドミニストレータ──いいや、クィネラにとってはそれこそが、このアンダーワールドという世界の仕組みだったにすぎない。
獣を倒せば権限が上がる、権限が上がればやれることが大幅に増える。
単純な仕組みだ。しかしだからこそ、それはクィネラという少女の秘密に成り得た。
単純なことだというのに誰も知らない、自分だけが知っている大きな秘密。
しかもそれは己を更に高みへと連れて行ってくれる。
そんなものが手元にあれば誰だって、自分だけが知っているという高揚に身を浸らせるだろう。
天才児たるクィネラであっても、それは変わらない、変わるわけがない。
何故ならば、彼女だってひとりの少女だったのだから。
天才であるから。
超人であるから。
たかだかそんな程度の小さな要因は、子供を大人に引き上げてはくれない。
天才過ぎるがゆえに並び立つものは無く、超人であるがゆえに親にさえ畏れられ、その美貌ゆえに勝手に憧れられた。
友はおらず、家族は近づかず、無論恋人もいない、情も愛も知らずに育った孤独──孤高の少女。
それがクィネラ──女神へと成り果てた、アドミニストレータ。
何者であろうと、彼女の隣を歩くことはできなかった。
その背中を追うことすらできず、彼女の足跡を辿ることだけで精いっぱいだった。
歴史上でも稀に見るほどの天才、鬼才であってもそれは同じことで──だからこそ、彼女を止められる者はいなかった。
いいや、あるいは、語らうことができるものすら、存在しなかった。
同じ目線でものを見ることができるものも、同じレベルの思考を回せるものも、同じ次元の高みを目指すものも。
ひとりとして、生まれてこなかった。
ゆえに、クィネラが信じられるのは、過去も今も、常に自分のみ。
どれだけ悩もうと、どれだけ挫けようと、どれだけ苦しもうと、そもそも誰も、それに共感できなかった。
彼女が高みを目指し、一歩進むごとに、そこの隔絶は大きく広がっていく。
やがてそれは、同じ人としてのカテゴリに収まらず。
憧れは尊敬に、尊敬が信仰に移り変わった頃。
高みを目指し、それでも人々に役に立とうと、登り続けていたひとりの少女は、そこでようやく、下へと目を落としたのだ。
──愚かだと、少女は思った。
誰も並び立たないのは良い、それは許容する。
だが、並び立とうとするものすらいないのは、何だというのだ?
自分に全てを委ね、何もかもを任せ、ただ安寧と今を啜るこの人間たちは、果たして自身と同じと言っても良いのか?
この関係はまるで──そう、まるで「神」と「人」のようではないか。
クィネラは聡明な少女だ、いや、聡明と言っていいのかどうかすら、判断がつかない。
神才と、そう呼ぶべきだろう。
誰よりも賢く、しかし、子供である彼女は求められた役目を果たそうとした。
他に誰もいないのであれば、自身が導くしかないのだろうと、そう思ったから。
それはきっと、子供じみた発想だった。
けれども、それをおかしいと思ったものは誰一人としていなかった。
これが公理教会の始まりの一歩。
彼女が神へと成り果てるまでの、一歩目であった。
教会を造り、巫女として、あるいは、神としてクィネラは振舞うようになった。
無論、それは求められたというのもあるが、彼女自身の欲が混ざっていたことは否定できない。
むしろ、多大に含まれていたと言っても良いだろう。
──しかし、それが悪いと、誰が言えるだろうか?
この時ですら彼女は齢にして十三。
たった十三歳にして、彼女はおよそ人界のすべてを掌握することとなったのである。
たかだか中央にある村の一つを治める領主ではなく。
人の世界そのものを、だ。
そして誰よりも優れていたからこそ、無数の法により、彼女は人界を統治できた。
それは、見方を変えれば人々を支配するためのものにも見えるだろう。
どう見るかは、人それぞれだ。
しかし彼女が並外れた才能を持ちうる"人間"だったがゆえに、完璧を求めたのは、間違いないだろう。
教会の塔は高くなり、人々は増え続けた。
平和は維持され、世界は豊かに広がっていった。
ただの独善的な支配者にできることではない。
しかし、それを兼ね備えていたのも、事実ではあった。
完璧を重んじるがゆえに恐れが生じた。
人界の外を知ることで、その恐れは増した。
力のみで人は従わない、正論だけで、人は動かない。
ゆえに治めねば、完璧に。
何故なら私は、私は──最早既に、神なのだから。
クィネラは歩み続けた。
既に女神と呼ばれる彼女は、それでも『本物』になるべく、歩みを止めることはなかった。
私情と、責任と、義務と、恐れ。
十年、二十年、三十年と。
孤高の女神は、ひとり進み続けたのである。
奇跡的なまでの天才とは言え、彼女は人だ。当然寿命がある。
八十年が経ち、美貌は衰え、自ら歩くことすらもままならなくなった。
──けれども、ここで死ぬわけにはいかなかった。
いいや、それは単純な死への恐怖でもあっただろう。
死にたくない、死ぬわけにはいかない、まだ、まだ、まだ。
『神』は死なない。死んではならない。
クィネラは己の間違いには既に気付いていたであろう、あるいはもう、ずっと前から気付いていたかもしれない。
人界は、クィネラというたったひとりの女がいなければ、最早成り立たない世界だったのだから。
今死ねば、人界は大きく乱れる。それだけは見過ごせなかった。
ゆえの執念、ゆえの執着。
その命の灯火が消えるその瞬間まで、クィネラは手を伸ばし、歩みを続け──そして、奇跡は起こった。
否、違う。
クィネラはその弛まぬ努力を以て、奇跡を引き起こしたのである。
だから、その奇跡は必然だったのかもしれない。
一度も足は止めず、誰よりも上を見続けて、何よりも邁進し続けた、彼女がつかんだ、必然の奇跡。
クィネラは、この世界の真理の扉を、力づくでこじ開けた。
『インスペクト・エンタイア・コマンド・リスト』
それは究極の神聖術。
あらゆるシステムコマンドの、すべてが記された窓。
世界すら思いのままにできる術に。
正しく『神』のみが使えるそれに、クィネラはたどり着いた。
そこからは簡単な話だ。
己の命を無尽蔵に設定し、世界中のなにもかもを操る術をその手に収めた。
その時の高揚はいかなるものか!
それを以て、クィネラは自身にあらゆる権限を付与していった。
寿命のみならず、地形や天候、建造物への干渉。
道具の生成、消滅。
人すらも含めた、寿命の操作。
この時を以て、彼女は真実として、神へと至った。
そして同時に、この世界に神は既にいたのだと、彼女は知覚した。
アンダーワールドは、現実世界により作られた、いわば「仮想世界」だ。
それを支配する絶対的存在──すなわち、カーディナル・システムに、クィネラは気付いた。
繰り返す言うが、クィネラは決して、聖人ではない。
かといって、極悪人だったわけでもない。
持ち得ていた感性は恐らく、普通だった。普通の少女だった。
普通だったからこそ、八十年という重みには耐え切ることはできなくて。
大切だった何かは、時間をかけて圧し潰された。
クィネラは、衝動的にカーディナル・システムを取り込もうとした。
神は二人もいらないと思ったか。あるいは、ただただ、邪魔だと思ったか。
基本的に、クィネラは冷静なタイプの女性だ。
何事も慎重に事を運ぶ女──けれど、すべてを掌握しつつある彼女は正しく全能感に支配されていた。
カーディナル・システムですらどうにかできると、文字通り衝動的に動き。
そして誤った。
端的に言えば、彼女はカーディナル・システムと意図せぬ融合をした。
権限のみを奪うだけでなく、カーディナル・システムに与えられていた命令でさえ、己に書き加えてしまったのだ。
カーディナル・システムが与えられている命令は、たったひとつ。
《秩序の維持》。
この世界の秩序を、永遠に維持するという絶対使命が、刻み込まれたのである。
されども取り込んだのはクィネラであり、カーディナル・システムは取り込まれた方だ。
その命令をどのように実現するかは、クィネラに依存する。
現実世界の人間と似た視点へと至った彼女からすれば、最早人界の人間はただのデータにしか見えなくなった。
こうしてクィネラは、誰よりも冷酷で、非情で、合理的な支配の女神、アドミニストレータに、成り果てたのである。
そんな彼女を、悪と糾弾するのは簡単だ。
無情にして最悪の女神だというのは簡単だ。
討ち倒すべき巨悪だと、そう歯向かうのは簡単だ。
────けれど、果たして彼女だけが、悪だったのだろうか?
責められるべきは、アドミニストレータだけか?
神に成り果てた、ちっぽけな少女だけか?
どこまでも彼女は、悪であっただろうか?
私情のみで、この世界を治めてきたのだろうか?
確かに彼女は間違えた、大いに間違えた。しかし、間違ってばかりだっただろうか?
誰も、誰も、誰も!
彼女を止めようとすら、しなかったのに。
果たして、何もかもがアドミニストレータの責任であるのだろうか?
恋も、愛も、友情も、親愛も、共感も、何ももらえず、与え続けただけの彼女は、絶対の悪だったのだろうか?
「──答えは否だ。他の誰が何を言おうとも、オレはそう思う。であれば"そう"なのだ」
「同情のつもりかしら。だとしたら余計なお世話ね」
「いいや、違う。同情などする訳がないだろう。
何せそれは、才あるものの宿命であり──結局、アド自身が選び進んだ道なのだから」
セントラル・カセドラル最上階。
最高司祭:アドミニストレータの寝室。
豪奢なベッドに横たわり、上半身だけ起こしたアドミニストレータと、その正面に用意した椅子に座るアルフォンス。
状況だけであれば、いつも通りの光景だ。
二人きりの空間。
毎日行われていた、じゃれ合いのような果し合い。
しかし、その雰囲気はまるで別物で、重苦しいものだった。
アドミニストレータは、既に自身が眠っていた間に行われたことのほとんどを把握しており。
そうであることも、アルフォンスは理解していた。
「そう……なら、何故私は生かされているのかしら。
バックに
あの子は私を殺したくて、殺したくてたまらなかったでしょうに」
「ああ、そうだな。それで少し揉めたが、まあ、結果は御覧の通りだ」
「ふぅん、上手くやったものね。
私を生かしていても、メリットはない──いいえ、多少はあるでしょうけれども、デメリットの方がずっと大きいというのに」
「……そうだな、まったくもって、その通りだ。だから、これは私情だ」
「私情……?」
アドミニストレータは、表情を歪めた。
ただでさえ、色々な感情が綯い交ぜになっていて、今にもおかしくなりそうだと言うのに。
同情ではないと、自分でそう言ったくせに。
「そう、私情──オレは、お前に言わなければならないことが、あるのでな」
ああ、そういうことか、とアドミニストレータは納得した。
メリットデメリットという話ではなく、単純に、最期に言いたいことがあった。
それだけだったのだ。
ふっと笑い、アドミニストレータは力を抜いて──それでも彼女は、諦めない。
諦めるわけにはいかない。
まだ、やるべきことがあった。
なさねばならぬことがあった。
責任があった。
義務があった。
執着があった。
止まるわけにはいかなくて、神聖術を紡ごうとしたアドミニストレータは、しかし少年の予想外の言葉で動きを止めた。
「オレは、お前の三百年を知っている。
少女から、神に成り果てるまでの足跡を、知っている」
クィネラから、アドミニストレータまで至るまでの、長い、長い物語。
そこには、正義があった。
そこには、悪があった。
そこには、正しさがあった。
そこには、間違いがあった。
そこには、決断があった。
そこには、苦悩があった。
そこには、執念があった。
そこには、迷いがあった。
そこには、絶対に諦めないという、覚悟があった。
「昔の話はやめてちょうだい、好きじゃないの」
「いいや、やめない。何故ならこれは、お前の物語なのだから。
耳を塞がずに聞け、アド」
この世界が作りものであることを知ろうとも。
すべてが精巧なコピーでしかないことを知ろうとも。
本物はどこにもなく、偽物しかないのだとしも。
抗うことを忘れなかった、女がいた。
この足は、踏みしだくためにあるのであって、決して膝を屈するためにあるのではないのだと。
そう叫んで歩み続けた。
「オレはそのすべてを、しかし肯定しない。
けれどもそれは、決して、否定するという意味ではない」
感情すら不要である、と。
切り捨てられるものはすべて切り捨てて。
どこまでも神であろうとし続けて。
現実世界にまで手を伸ばそうとした。
たったひとりで。
愛を知らぬ少女は、どこまでも、止まらなかった。
そうして、ひとりの少年は、その姿に魅せられたのだ。
その生き様に、目を奪われた。
近づいて、知り合って、関わって。
心を近づけた。
──だから。
「
「────ぇ」
「これからは、オレがお前の隣を歩こう。ゆえにお前も、オレの隣を歩め」
「なに、を……」
アルフォンスはベッドへと移り、そのままアドミニストレータを抱きしめる。
それを跳ねのけることすらせずに、アドミニストレータはただ茫然とした。
茫然としたまま、知らず、涙が伝う。
「ここから先は、お前の背負っているものを、オレも背負おう」
ひとりだと、人は間違ってしまうから。
ひとりだと、人は真っすぐ歩けなくなってしまうから。
時にはしゃがみこみ、時には迷い、時には道なき道を行ってしまうから。
間違いに、気付けなくなってしまうから。
引き返すことすらも、できなくなってしまうから。
「辛いときはオレが支えよう。
迷ったときはオレが手を引こう。
間違ったなら、オレが正してやろう、だから──」
「ダメ、ダメよ──いいえ、もう、無理なのよ。
私はもう、ここまで来てしまったのだから。
もう止まれない、止まるわけにはいかない。
私は、神なのだから」
アドミニストレータは、アルフォンスへとしがみつく。
既に砕けてバラバラになっていた彼女の心の、その破片が悲鳴をあげているようだった。
「私は、最適解を選び続けた。
無論それは、人のためではなく、世界のための最適解。
いいえ、あるいはそれは、私のための、最適解だった。
だから、この道は私だけのもの。
私がひとりで、歩まなければならない道なのよ」
助けて、と。
救ってくれ、と。
一言でも言えたのならば、きっとアドミニストレータはここにいなかった。
ただの人として、一生終えられたのかもしれない。
けれど、そうはならなかったのだ。
己の弱さのすべてに目を背け、己の強さばかりを信じ。
誰にも頼らず、ないがしろにし、ひとり進み続けたのが『アドミニストレータ』なのだから。
だから、これまでも、これからも。
アドミニストレータが救われる資格はない。
「
そういう生き方しかできないから、お前は間違えたのだ──よく見ろ。
クィネラ、お前の目の間にいる男は、頼るには不十分か?」
「だから! そういう話ではないって──!」
「そういう話なんだ!」
声が響く。
小さな、彼女だけの城に、少年の声は響き渡る。
アドミニストレータは、気付けば大粒の涙をこぼしていた。
彼女に感情はないはずなのに。
自らの手で、壊したはずなのに。
──彼女の感情は、アルフォンスと共にいることで、修復されていた。
いいや、あるいは、取り戻されていた。
「どうして、なの。どうして、私を、そんなに──」
「愛しているからだと、言っただろう」
愛とは、ただ求めるものにあらず。
愛とは、ただ与えるものにあらず。
愛とは、与え合うものだ。
「クィネラは、どうなんだ」
「私、は──」
誰かとともにある思い出が、初めてできた。
ずっと、ずっと自分自身しか記録し続けなかった、自分だけの物語の中に、突然そいつはやってきた。
弱弱しくて、けれどどこか、昔の自分のような気質をもつ少年──アルフォンス。
アルフォンスといることを、次第に楽しいと思うようになった。
嬉しいと思うようになった、傍にいなければ、寂しいとすら思った。
心が満たされる感覚があった。
そのすべてがキラキラとしていた。
それは光だった。
気付けばそれは、何よりも手放しがたいものになっていた。
何よりも、愛しいものになっていた。
「愛しているに、決まっているでしょう……」
「ならば、クィネラの重荷をオレにも背負わせろ。そしてオレの重荷も背負え。
オレだけの道ではなく、クィネラだけの道でもなく、二人の道を、二人で歩こう」
それならきっと、真っ直ぐに進めるから。
二人なら、きっと間違わないで、歩いていけるから。
「──重いわよ、私」
「重いくらいが、ちょうどいいというものだ」
「それに、すぐに迷ってしまうわ」
「それならずっと、手を繋いで歩くとしよう」
「たくさん間違ってきたわ、きっとこれからも間違える」
「分かっている、それも背負うと言っているのだ。
そして、これからは間違える度に、正してやろう──心配するな、もう、ひとりではないのだから」
ひとりではない、という言葉の意味を、しかしクィネラは良く理解していない。
けれども、その言葉には確かな暖かさがあることだけは、分かっていた。
「良いの、かしら。私が、こんな……」
「良いか悪いかは、誰かが決めることではない。
強いて言うのなら、オレが良いと言えば、良いのだ」
「何よ、それ──ねぇ、アルフォンス」
「うん?」
──ありがとう、とクィネラは言った。
囁くように、耳元で。
小さく、小さく、そう言って。
アルフォンスを思いっきり、抱きしめた。
こうして、神へと堕ちた少女は、少年の手によって人へと引き戻された。
それは、とても、とても残酷なことで。
けれどもきっと、少女にとってはそれが、何にも代えがたい、最大の幸福だった。
《恋愛クソ雑魚女陥落編》完結!
次回からは《ウルトラヌルゲー・アンダーワールド大戦編》が始まります。もちろん嘘です。