少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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実はもう次話が出来ている。


『紅蓮』の忠臣は『甘さ』に笑う。

 セントラル・カセドラル北方庭園。

 どこまでも草原が広がるそこに、複数の重なった声が響く。

 声、と言ってもそれは談笑のそれではなく、気合の伴った掛け声だ。

 まだ少年少女のものと思われる、幼さの滲んだ──けれども確かに気迫の籠った幾つもの声が、高らかに空に響いてた。

 よく耳を澄ませてみれば、声の他に僅かに空気を斬るような音が聞こえるだろう。

 一定のリズムで紡がれるそこに目を向けてみれば、広がるのは少年少女の群れだ──とは言え侮るなかれ、彼らはこう見えても公理教会に属する修道士・修道女である。

 その実力は生半可なものでは無い──無論、整合騎士には遠く及ばないが。

 それでもその誰もが、人界全体で見れば上から数えた方が早い程度の実力は備えており、猛者と言っても過言ではないだろう。

 当然ながらそれは剣術に限らず、神聖術も相当な腕前のものが多い。

 本来、修道士・修道女とはこのような実力を備えさせるために作った制度ではない。

 元・最高司祭たるアドミニストレータが想定していた彼らの用途は、言ってしまえば都合のよい手足であり、実験材料であった。

 とはいえ、結局想定通りに運用されることは無く、現在はこうして戦争に備えるために鍛錬が義務付けられているのだが。

 アルフォンスがトップに立ってから、今日この日まで毎日北方庭園には彼らの声が響いている。

 ──想定外と言えば、この北方庭園についてもそうであろうか。

 ここは元々特に何もない、だだっ広いだけの場所であった。言うなれば、アドミニストレータの強権を示すためだけの場所、とでも言うべきか。

 手入れがされない日はなかったが、碌に使われることも無かった庭園である。

 それを見かねたアルフォンスが、ガラッと鍛錬場に作り変えてしまったという訳だ。

 使えるものは何でも使う彼らしい発想である。

 そんな場所で、少年少女達を指導するように声を張り上げる一人の騎士がいた。

 炎のようなレッドに染め上げられた鎧に身を包み、巨大な弓を携えている屈強な男。

 名を、デュソルバート・シンセシス・セブン。

 整合騎士というのは古参であればあるほど、数字が若くなる仕組みとなっている。

 セブン……つまり「7人目」である彼は、相当昔からこの公理教会に従う、超の付く猛者だ。

 整合騎士内でもトップランクに位置する実力を保持しているだろう──尤も、整合騎士に弓手は多くないので、簡単に上下などはつけられないが。

 少々頭の固いところはあるが、これがまた指導者としては中々向いている……とのことで修道士・修道女の指導役には彼とファナティオの二人が任命されていた。

 ちなみに人選はアルフォンスの独断と偏見だ。

 今日はファナティオが急務の為この場にいないが、普段なら二人で揃って指導しているところである。

 ファナティオはアレでいてかなりの鬼教官なので、修道士・修道女達からの人気は意外と、デュソルバートに集まっているのが面白いところと言えるだろう。

 そんなことを露も知らぬデュソルバートはこの日も、いつも通り指導役としての業務をこなしていた。

 数年前とは見違えたと言って良いほどに、戦技を会得した彼らの動きは見ていて気持ちが良い──と、根っからの武人であるデュソルバートは思う。

 デュソルバートは、積み重ねと言うものが好きだ。

 真摯な修練による積み重ねというものは、武具に、技術に宿るからである。

 それが籠っていればいるほど、ぶつかり合った時の気持ちというのは炎のように燃え上がるものだから。

 ──それに、技術というのはあればあるほど、質が高ければ高いほど良いものだ。

 ただでさえ、暗黒界との戦争が控えているのである──デュソルバートとて、戦争というのは経験したことは無いが、死地なら幾らでも潜り抜けてきた。

 本当の窮地に立った時、頼れるのは己だけであることを。

 己が取れる選択肢の豊富さが、そのまま自身の未来へと繋がることを、彼は知っている。

 少しでも多く、少しでも長く、彼らには生き残って欲しい。

 そういう思いで行われる指導は、すべてとは言わずとも欠片くらいは伝わっている。

 そこが好かれている理由の一つでもある……ということもやはり知らないデュソルバートは、不意にセントラル・カセドラルでへと視線を向けた。

 同時に、今日も今日とて荘厳な雰囲気を纏い、空を貫かんばかりに聳え立つ白亜の塔から『リンゴーン』という鐘の音が響き渡る。

 毎日一時間ごとにその音を豊かに響かせる神器である《時告げの鐘》は、正確に午前が終了したことを広く知らせていた。

 それが鳴り響くのを聞き届けてから、デュソルバートは鋭く手を打ち叩いた。

 

「本日の剣の修練は終了! 全員速やかに昼休憩に入るように!」

 

 鐘の音にも負けず劣らず張り上げられた声に応じ、修道士・修道女たちが三々五々に散っていく。

 それを眺めながら、デュソルバートも弓を持ち上げると同時、僅かに近寄る踏み込み音が、彼の鼓膜を揺らした。

 反射的に鋼で作り上げられた矢を引き抜いたデュソルバートはそれを、一息に振り切った!

 

「わひゃあ!?」

「きゃっ」

 

 キィーン! という甲高い音が響き、二本の短剣がクルクルと宙を舞った。

 ついでに二人の少女が揃って尻餅をつく。

 

「あーあ、やっぱりダメだったじゃない、ネル」

「わ、私は今日こそはいけるんじゃないかって提案しただけですよう。それに、ゼルだって乗り気だったじゃないですか」

「それはそうだけどぉ……」

 

 片や薄い茶色の髪を、二本のお下げにした垂れ目の少女──リネル。

 片や同色の髪を短く切り、強気そうに切れ上がった目をしている少女──フィゼル。

 ざっくりと言えば、今さっきまでデュソルバートが指導していた多くの修道女の中の二人であった。

 デュソルバートはその悪びれもしない二人を視界に収め、深々と溜息を吐いた。

 

「貴様ら……いい加減我の首を獲ろうとするのはやめろ!」

「えー、でもでもぉ、デュソルバート先生、チョロそうだし、何かいけそ~ってなるんですよぉ」

「その通りです、デュソルバート先生の背中が隙だらけなのが悪いんですよ」

「チョロ……!? 隙だらけ……!? 我を何だと思ってるこの小娘ら!」

 

 ガオーッ! と後ろに獅子でも叫ばせてそうな勢いでデュソルバートが憤った。

 デュソルバートは意外と沸点が低く、尚且つリネルとフィゼルという少女は人を揶揄うのが上手な部類だ。

 相性は最悪、あるいは最高である。

 

「キャー、怒ったぁ!」

「逃げましょう、ゼル」

 

 なんてことを暢気に交わしながら、二人の少女は草原を駆けて姿を消していく。

 端的に言うと、修道士・修道女たちからのデュソルバートの扱いはだいたいこんな感じだ。

 ある意味適役──と言ったのは誰だっただろうか。

 このクソガキ共に良いようにおちょくられることの多いおじさんが、デュソルバート・シンセシス・セブンという男であった。

 ギュッと己の神器たる弓──《 熾焔弓(しえんきゅう) 》を握ったデュソルバートは、再びため息を吐いた。

 我はいつこんなに嘗められるようになったのだろうか……。

 心当たりがない──と言えたら良いのだが、しかし彼には一つだけあった。

 というよりは、ある人物の姿を否が応でも思い出していたというか。

 自分だけ、どころかこのセントラル・カセドラルに住む人間を悉く自由に振り回し倒したクソガキ。

 即ち──とまで考えてデュソルバートは頭を振る。

 嫌なことばかり思い出してどうする、といった感じに彼もまた、昼食でも取ろうかとセントラル・カセドラルに足を向けた、その時だ。

 

「息災か? デュソルバート」

 

 この時ばっかりは、最も聞きたくなかった声が耳朶を叩き、デュソルバートは思わず空を仰いだ。

 

「……はぁ、何か御用でしょうか、最高司祭殿?」

「その呼び名はやめろ、アドのせいで悪名高くなっている……それに、実質的なことを言えばその役職はもう、存在しないのだからな」

「ふむ、であればどのようにお呼びすれば?」

 

 デュソルバートの純粋な疑問に、少年──アルフォンスは少しだけ考える素振りを見せた。

 かつて、公理教会のトップとはアドミニストレータが就いていた『最高司祭』だ。

 しかしアルフォンスは敢えて、その役職を無くしていた。

 つまり、現在アルフォンスは間違いなくこのセントラル・カセドラル──ひいては人界を治める者であったが、しかしそれに応じた役職が存在していなかった。

 そこに理由はあるかと問われれば、勿論ある。

 何せアルフォンスがセントラル・カセドラルのトップに立っていることは、未だに人界全体には通達されていないからだ。

 セントラル・カセドラルに住んでいる者以外、すべての人界の民はまだ、アドミニストレータがトップであることを疑ってすらいない。

 トップが代わったことを周知させるのも、役職名をつけるのも、公理教会を作り直すのも、人界全体を整理するのも、何もかもは大戦が終わった後にすべきことである、と考えているが故だ。

 

「別に、今まで通りに呼べば良いだろう。それで何が変わるというものでもあるまい」

「しかし、それでは公理教会の風紀を乱しかねませんぞ」

「整合騎士が修道女に振り回されてる時点で、風紀もクソもないだろう」

「ぐぬぁっ」

 

 クリティカルヒット! 何も言い返すことができずデュソルバートは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 元はと言えば貴様のせいなのだが……と少しだけ思うのは仕方のないことだった。

 

「では、アルフォンス殿と」

「おや、少し前までは"殿"なんてつけていなかったように思うが?」

「相も変わらず、人を揶揄うのが得意ですな……アルフォンス。して、何用ですか?」

「いや何、特にこれといった用事は──おい、何だその顔は」

「気まま猫のようでいて、その実、酷く合理的な人でしょう、貴方は。本題に早く入ってくれた方が我としても気が楽というのものです」

「お前な……」

 

 まあ良いか、と零しながらアルフォンスはパチン、と指を鳴らした。

 それに応じるように、ガラス製のテーブルと椅子が二人の前に出来上がる。

 

「ちょうど昼時だ、少し付き合え」

「ま、仕方ありませんな」

 

 向かい合わせに座り、アルフォンスが持ってきていた籠を机にドンッと置く。

 中身は肉とチーズのパイだ。やたらと詰め込まれている。

 

「アドとアリスの合作だ。そこそこ美味いぞ」

「それはアルフォンスがいただいたものでしょう、我が食して良いものでは……」

「構わん、あいつら失敗作も問答無用で入れてくるからな、量が多すぎるのだ。とは言え残したくも無い、手伝え」

 

 言いつつ、アルフォンスはパイにかぶりついた。

 一切れ、二切れと、実に上品に片付けていく。

 それに倣うようにして、デュソルバートもまた──恐る恐るといった様子で──食べ始めた。

 

「それでまあ、本題──というほど堅苦しいものでもないのだがな。修道士共はどうだ?」

「どうだ、とは?」

「どれくらい使い物になるか、という話だ。それなりの質にはなってきているとはベルクーリから聞いてはいるが、実際に指導しているお前から聞きたくてな」

 

 ふむ、とデュソルバートは少しだけ思考を巡らせた。

 殊の外、真面目な質問だったな……と思いつつ、であるが。

 

「個々人の練度だけを見るのであれば、既にかなりのものでしょう。人界内でも敵うものはそういない、と断言しても良い程度には。

 しかしその反面、協調性や団結力と言ったものは些か薄いように思えます。それこそ、各帝国の騎士団と比べれば雲泥の差かと」

「ふぅん……大体期待通り、という訳だ。少人数でのチームであれば、ある程度の形にはなっているのだろう?」

「それでも、四人一組が限界といたところですがな」

「十分だ、元よりまとめて使う気は無かったしな」

 

 ご苦労、と言いながらワンアクションで創り上げたコップに注いだ水をあおる。

 

「暗黒界との戦争はもうじき……二年以内には起こるだろう。それまでに五人一組で動けるようにしておけ」

「承知、その程度であれば一年以内には」

「おや、そうか? であればもう一つ仕事を頼ませてもらおう」

 

 ニヤリ、とアルフォンスが笑い、デュソルバートは軽くため息を吐く。

 このクソガキ、元よりそっちが本題だっただろう、と彼は敏感に察知していた。

 ──が、特に文句はない。

 そもそもにおいて、立場的に今のアルフォンスはデュソルバートの上だ。

 まあ、そうでなくとも最近は暇することが多かったので、通りに船と言ったようなものではあるのだが。

 

「一つ、短期の任務を出す──そう身構えるな、状況には依るだろうが、そこまで難度の高いものでは無い。

 とは言え、重要度を言えば相当なものではあるがな……明日より、アリスを《守護聖獣》蘇生の任務に就かせる。それに同行しろ」

「──フッ、アルフォンスも、アリス殿には甘いらしい」

「馬鹿め、そういう話ではない……単純に、あいつ一人では不安があるというだけだ」

「そうですかな、アリス殿はアレでいて、既に整合騎士内でもトップですぞ。まともな一対一になれば、恥ずかしながら我でさえももう敵いませぬ」

「オレは戦闘力の話をしているのではない、総合的な面を見て言っている。今回は『討伐』でも『防衛』でも無い上、失敗は許されないからな。

 なるべく信頼のできる騎士を向かわせたいと思うのも、無理はないというものだろう」

 

 その言葉に、デュソルバートは僅かであるが目を見開いた。

 相も変わらずストレートな物言いをする少年だ。

 聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。

 

「頼めるか?」

「断る理由はありますまい……しかし、その間の修道士たちの訓練はどうするおつもりで? ファナティオ殿は明日よりノーランガルスへ出張であったはずですが」

「その点は心配するな、シェータに代役を頼んでおいた」

「んなっ……よりにもよって、シェータ殿ですか!? 一体何を考えて──」

 

 思わず立ち上がり、語気を強めたデュソルバートは、しかし片手で制される。

 特に揺らぎもせず、いつも通りの凪のような瞳に若干気圧されて、彼はまた席に着いた。

 

「何だお前、シェータのことがそんなに嫌いか?」

「そういう話ではないでしょう……あの方は確かに強いですが、決定的に指導には不向きだ」

「うん、まあ、そうだな。だがそれで良い──これも良い経験になるだろう。どちらにとってもな」

「ぐぬ……確かに得難い経験にはなるでしょうが……せめて、いざと言う時の歯止め役くらいは用意してもらいたいですな」

「ああ、それはもちろんだ。オレとて無為に怪我人を作るつもりはないからな。ま、上手くコントロールしてやるさ」

 

 そう言って笑ったアルフォンスに、気が抜けたようにデュソルバートは力を抜いた。

 目の前にいる少年は、冗談は言っても、嘘は吐かない性質だ

 一先ずの安心はしていいだろう。

 

「本当に、頼みますぞ」

「分かっている、分かっている。安心して任務へ向かえ」

「はぁ……承知いたしました。一応、隊長はアリス殿ということで?」

「うん、それで良い……ああいった手前、こんなことを言うのもアレなんだが──アリスを頼んだ」

「──ふっ、はは、お任せあれ。我、デュソルバート・シンセシス・セブン。誰一人傷つくことなく戻ることを約束いたしましょう」

 

 デュソルバートは己の胸へと手を当て、そう誓った。

 騎士の誓いは破れない。破られることは無い。

 

「期待している」

 

 その言葉に安堵したのだろう。

 アルフォンスの声音は先ほどに比べ、幾らか柔らかいものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デュソルバート:とても強いおじさん。なんかメスガキに弱そうだけど強いので負けない。負けないったら負けない。負けたこと無い。

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