ぶわーっと書いたので何か矛盾点があったらこっそり教えてくれると喜びます。
人界歴三七九年。十二月。
地球同様、四季が存在する人界は冬真っ盛りであった。
三月から五月の間を春。
六月から八月の間を夏。
九月から十一月の間を秋。
十二月から二月の間を冬──とする人界は、基本的には現実世界の『日本』と同じであると考えても良いだろう。
春には桜(人界では"サクラ"呼称であるが)が舞い、夏には太陽(これも人界では"ソルス"である)、秋には多くの木々が紅葉し、冬には雪が注がれるように降る。
もし人界の民に、この四つの中で一番過ごしづらいのはどの季節か? と聞けば、恐らくは誰しもが「冬」と答えるだろう。
現実世界でさえ、雪の降る地方がそれなりに困らされているのだ。
如何に神聖術があるとは言えど、多くの人間にとってそれは万能には程遠い──つまり、人界にとって冬とはそれなりに苦労の多い季節だった。
寒いし、雪は邪魔だし、で大人になればなるほど文句は出てくるだろう。
疎まれていると言うほどではないが、しかし好ましいか好ましくないかで言えば、意見の分かれる季節。
そんな季節がすっかり幅を利かせるようになった日の朝、アドミニストレータ──クィネラはパチリと目を覚まし、そしてもう一度目を閉じる。
冬の朝というのはそういうものだ。
まだ寝ていたい、という気持ち。
もう少し寝ていれば良いじゃん、という冬の誘惑。
でもそろそろ起きなければ、という理性。
そういったものたちを数分格闘させたのちに、やや不機嫌そうに彼女は身を起こした。
そこで彼女は異変に気付く──隣に、アルフォンスがいない。
天衣無縫の自由人の名を欲しいままにするクソガキ──もとい愛しの人は、珍しく既に目を覚ました後だったようだ。
温もりが残っていないことから、それは随分と前のことだったということが容易に分かる。
であれば、クィネラが寝坊したのか? と言えばその答えはノーだ。
ここ数年ですっかり朝型人間へと矯正されたクィネラは、この日もいつも通り、六時を少し過ぎたところで目を覚ましていた。
ちなみにアルフォンスは決まった時間に起きる、ということはない。
いつもその日入っている予定にギリ間に合うくらいの時間で起きていた。それでも誰も文句を言わないのは単純に遅れたことが無いことと、役割自体はしっかりと果たしているからだろう。
言いたくとも言えない、というやつだ。
たまにアリスがブチギレていることが、皆が留飲を下げる一因ともなっているのだが。
それはそれとして、此処にいない、という事実は若干の不安となり、クィネラへと襲い掛かってきていた。
何せ今日は、久方ぶりの休暇である。
《最終負荷実験》と呼称される暗黒界との戦争が徐々に近づいてきている今、この二人に休んでいる暇はほとんど存在しない。
そんな中で、せめて一日くらいはな、と入れた完全休息日。予定の一切入っていない貴重な一日である。
それなのに、アルフォンスがいない。これは非常に不安だ。
否、それは別に、アルフォンスの身に何かが──と言ったことを心配している訳ではない。
どちらかと言えば、「何かやらかしていないだろうか」という不安が三割。
また何も言わずに、数日行方不明になったりしないだろうか、という嫌な予感が二割。
残りの五割は普通に寂しさだった。
アレコレ言わないので取り敢えず、一日一回くらいは顔を合わせておきたいというのがクィネラの心情だった。
という訳でクィネラは、ベッドをトントンと叩いた。
同時に意識を集中させる──と言うよりは、拡張させると言った方が良いだろうか。
言葉通り、クィネラはその圧倒的な心意を以て、セントラル・カセドラル最上階から一階まで、一気に意識を拡張させた。
五感を鋭くさせるのではなく、いわゆる第六感を軸に拡張させることで、『強い人間』を捉えることができる。
この場で言う『強い人間』というのは、強い心意を持つ者を指す。
騎士や剣士たちに言わせれば、強大な『剣気』を持つ者、か。
ひとまず、それが人並み外れているやつがいればそれがアルフォンスである。
無論、セントラル・カセドラルには人類最高峰の実力を誇る整合騎士たちも生活しているが、まず間違えることは無い。
一口に気配や心意、と言ってもそれは人によって色や形といった個性が出るものである。
それに、心意に限ればアレは少し格が違う。
ゆえに間違えることは無い──と、そこでクィネラは眉をひそめた。
セントラル・カセドラル内にアルフォンスの気配が存在しなかった──と言う訳ではない。
むしろ少しは隠せ、と言いたくなるくらい自己主張の激しい
何故かと言えば、彼の近くにはもう一つ、巨大な反応があった。
ベルクーリの重厚で、巨大なものと少し違い。
まるで剣のように鋭く、しかし繊細なそれは、ファナティオともまた別種。
しかし強い──強い、女。
これに当てはまるのは三十人もいる整合騎士の中でも一人だけ。
む。とクィネラは唸る。
続いてむむむ、と内心でも唸る。
そして言葉がまろび出た。
「もう、私の寝ている間に、私以外の女に会ってるとか、ちょっとどうかと思っちゃうわよ。私だって」
寂寥と、嫉妬。
二つが入り混じった感情を覚えたクィネラは、スルリとベッドを降りた。
寒空の下、鋭い金属音が高らかに響く。
紫と白を基調とした鎧に身を包む、細身の女性が雪の白さに彩られた戦場を疾駆していた。
その手に握られているのは神器《黒百合の剣》。
たった一輪の黒百合から生成された、極細かつ、刀身が数センしかない剣を以て、彼女──シェータ・シンセシス・トゥエルブは超高速での超近接戦闘を繰り広げていた。
『この世に斬れぬものなし』と言う強固な心意により、無敵の刃と化したそれを数瞬の後に幾度も振るい、しかしその全てが同速で弾かれる。
防御をされているのではなく、飽くまで攻撃し合った結果として弾かれている。
シェータはまず、そのことに大きく
斬れると思った場所が斬れない。
殺せると確信した軌道で殺せない。
貫いたはずなのにわずかに届いていない。
そういった感覚が、何より新鮮であったが故に、シェータは喜んでいた。
音もなく、声も無く。表情に出すことも──否、ほんの少しだけ、口元をほころばせながら、シェータは《黒百合の剣》を手繰る。
シェータ・シンセシス・トゥエルブ。
つまり十二番目の整合騎士である彼女は、対人戦かつ殺し合いに限定すれば、騎士長たるベルクーリすら差し置いて、最強を名乗れる実力を誇る騎士だ。
四帝国統一大会という、その年の『人界内最強の騎士』を決める栄えある大会にて、対戦相手を例外なくすべて斬殺することで優勝した彼女は、ただ『斬る』という一点において、誰よりも秀でていた。
否、秀でていたのではなく、幼い頃からそれにしか
しかし、シェータがそれを心から楽しんでいるかと言われれば、少しだけ違った。
──視えるのだ、彼女には。
己が視界に入ったありとあらゆる物の、
そうして、それが視えてしまえばもう、シェータにはそれを斬らずにはいられない……いられなくなってしまう。
万物を切断する才能。
万物を切断せんとする衝動。
万物を切断することに喜びを見出す本性。
それらを持って生まれた、生まれながらの狂人。
しかしそれでいて、それらの衝動や性を押し殺すことの出来る理性を持って生まれた鋼の女。
それが、シェータ・シンセシス・トゥエルブという騎士である。
整合騎士になる前から、整合騎士になった後も──言ってしまえば、今この瞬間でさえ。
彼女は自分自身を抑えつけながら剣を振るっている。
傷つけはしても、殺しはせぬように、と。
絶対に切断だけはしてはならないと、何度も己に言い聞かせながら立ちまわっていたシェータには、しかしその
ガチャガチャ。
ゆるゆる。
ガシャンガシャン。
手足を拘束していた理性が外れていく。
魂を抑えつけていた理性が外れていく。
本性を締め付けていた理性が外れていく。
いつもこうだ、私は、いつだって最後には本性に従って、相手を斬り殺してしまう。
ああ、ああ、ああ!
なんて私は罪深いのだろう。
なんて私は愚かなのだろう。
なんて私は弱いのだろう。
そんなことを思っておきながら、シェータは動きは止められない。
視える、視える、視える。切断すべき箇所が視える。
これを斬り飛ばせばどれほど楽しいのだろうか、どれほど気持ち良いのだろうか。
思いを馳せることは無いが、しかし想像せずにはいられない。
現実にせずにはいられない。
踏み込みは軽やかに、全身は躍動するように。
獣のようにしなやかに、されどその一撃は、星の如き重さを以て。
光のような速度で剣を振るい──しかし弾かれる。
弾かれる、弾かれる、弾かれる!
幾度振るっても、視えているはずの切断面へとたどり着かない!
目の前の少年──アルフォンス。
二十にも満たない齢にして、この公理教会を掌握せしめただけでなく、実力でさえここまでとは。
久方ぶりに流れる汗を感じながら、シェータはもう一段階ギアを上げる。
普段であれば、この辺りでもうやめにしようと。
これ以上続ければ殺してしまうと、そう言って立ち去る段階で、敢えて彼女は集中力を高めた。
それは、ひとえに信頼ゆえだ。
そしてそれを受けてなお、アルフォンスは不敵に笑った。
常に帯刀している直剣ではなく、『対シェータ用』に製造してもらった短剣を手元で遊ばせながら、姿勢を落とす。
正直に言おう。
アルフォンスには今、かなり余裕がない。
彼の剣士としてのレベルは一流だ。それは誰もが認めるところであり、彼自身もそうであると認識しているところであるが──しかし、逆に言えば
ベルクーリやシェータといった《超一流》に、彼は僅かに劣るのである。
ぶつかり合い続ければ、間違いなく負ける相手──無論、それは《剣士》としての話であって、《戦士》としての話であればまた別ではあるのだが。
今この瞬間繰り広げられているのは、紛うことなき《剣士》の試合であった。
であれば『何でもあり』とするわけにはいかない。だが負けたくはない。
できれば勝ちたい。というかもう何が何でも勝ちたい。勝ってどや顔をかましたい。
それがアルフォンスの内心だった。
何せ「賭け試合しようぜ」と朝から吹っ掛けたのはアルフォンスである。
感覚としては「最近身体動かしてないし、ここらでいっちょ派手に運動しておくか」くらいではあったのだが。
それはそれとして負けたら普通に恥ずかしかった──別に、彼ら以外の人はいないのだから、無用な感情ではあるのだが。
まあ、それほどの熱意と真剣さがなければ、シェータに喰らいつくことすら不可能ではあるから、無用と一言で切り捨てるのもどうか、というラインでは一応あった。
何度も言うようだが、シェータの実力はベルクーリと並ぶか、場合によっては上回るのだから。
言わば格上。負けるのが当然の相手。
──だからこそ、相手としては相応しい。
ここ最近はまともに鍛錬の一つすら割ける時間が無かったのだから、なるべく質の高い経験値が欲しい。
《最終負荷実験》ではアルフォンス自身も戦場に立つことが確定しているのだから、そう思うのはなおさらだった。
クルクルと回していた短刀を逆手に握り直す。
ゆらりとシェータが切っ先を向ける。
数秒交錯する視線。
先に動いたのはシェータだった。
音の一つも立てない踏み込みで、瞬きの間に懐へ潜り込んでくる。
アルフォンスはその動きに完璧についていくことはできない──ゆえに、予見して動く。
攻撃されるより数瞬だけ早く回避行動を取る。
そうすることで辛うじてダメージを無くしていた。かといって、それが未来予知であるかと言われれば全く違う。
単純にシェータの殺気が鋭すぎるのだ。
彼女はヒートアップすればするほど、『ここを斬るぞ。絶対に斬ってやるぞ』という意思をビシバシとぶつけてくるタイプだった。
その上で、斬り刻んでしまうのが彼女の恐ろしいところであるが、お陰で回避に専念するのであれば幾らか容易ではある。
避けて、避けて、受け流して、弾いて、距離を取る。
それを繰り返し、繰り返し、繰り返して──
同タイミングで
うん、うん、うん。
いい加減終わらせよう。もうそろそろ、他の整合騎士も集まってくる頃合いだし。
口うるさいデュソルバートやアリス、ファナティオも最近帰ってきたところなのだ。
あまり好き勝手やるとデュソルバートに小言を言われかねないし、アリスには試合を強請られファナティオには『特訓』と称して滅茶苦茶にしばき倒される。
それは普通に避けたかった。何が悲しくて一日をそのように終わらせなければならないのか。
ただでさえクィネラ──アドミニストレータに黙って此処に来ているのである。
「さて、そろそろ終わらせようか、シェータ。いい加減オレも疲れてきた」
「私も……そう思っていた、ところ。片腕無くしても、文句言わないで、ね?」
「は、オレをあまり
交わした言葉はそれだけだった。
それだけで充分だった──これで終いだと、互いは互いに印象付けた。
弾き出されるように、双方は地を蹴り飛ばした。
互いの剣に宿った心意は、これ以上ないほど強烈だ。
必ず打ち倒すという、アルフォンスの心意。
必ず切断するという、シェータの心意。
数回に限定するのであれば、幾らアルフォンスの心意が強くともある程度の整合騎士であれば打ち合える。
更に言えば《切断する》ということにかけては、間違いなくシェータの方が上であった。
ある意味では互角の戦い。
空間を裂くように振り合った剣は、激しい金属音だけを数回、重ねるように響かせた。
アルフォンスが無理を言って
「やべ」とアルフォンスは思い。
「いける」とシェータは思った。
流れるように連続するシェータの斬撃を予見しながら、ここは負けを認めるか、とアルフォンスは判断した。
負けは負けだ。仕方ない。
一先ず心意を防御全振りにしようと、そう思った瞬間である。
修練場の扉が、少しだけ音を響かせて開いた。
異常な動体視力を以て、何故かアルフォンスはそこを見た。
どうしてかはアルフォンス自身も分からないが──とにかく、見なければと思ったその先で揺れたのは、薄い紫の長い髪。
続いて陶器のような肌が見える──あいつ、この時期は厚着しろと言っているのに、寝間着で部屋を出ている!?
馬鹿者が、と反射的に思った。
ついで、「え? このタイミングで降参しなければならないのか?」とアルフォンスは思う。
タイミングとしては最悪である。超最悪。
なので諦めないことにした。
意識を切り替える──予見していた一撃を紙一重で躱し、宙を舞っていた短剣の切っ先を
トン、とアルフォンスは軽やかに宙を舞う。
シェータが思わず空を見上げれば、落ちてきたのはやたらとでかい布だった。
正確に言えばそれはアルフォンスの上着だ。
完全に目くらまし──片手でそれを受けつつ、背後に降り立った音を聞きながら、シェータは鋭く地を踏み込んだ。
左手に受けた上着越しに、《黒百合の剣》を連続して撃ち放ち──ピタリと、首筋に短剣が当たる。
一瞬の思考停止。それから「あ、負けたんだ」とシェータはすんなり受け止めた。
戦場であれば、今ので死んでいた。そう思えば熱もわずかに引いて、何とか《黒百合の剣》を鞘にしまうことに成功する。
「良し、オレの勝ちだな」
「……最後のは、少しだけ卑怯」
「まあ……いやしかし、ギリギリセーフとかにならないか?」
ふむ、とシェータは唸る。
ついでやたらと不機嫌そうなアドミニストレータを視界に収め、「そういうことか」とため息を吐いた。
であれば仕方ない……ということにしておこう。
武士の……騎士の情けというやつだ。
はいはい、と呆れたようにシェータは頷き、アルフォンスは苦笑いをした。
「ま、悪いとはオレも思っている。近々、埋め合わせはしてやろう」
「良いの?」
「無論だ。流石のオレも、やっておいてどうかとは思うからな……だがそれはそれとして賭けはオレの勝ちだ。
修道士・修道女共の教官はやってもらう、前回はそれなりに好評だったからな」
「あ……」
そうだった! とシェータは「ガーン!」と項垂れた。
以前、短期間だけ修道士・修道女たちの教官を頼まれ、二度としないと心に誓ったのであるがこれである。
文句を言おうとしたら既にアルフォンスはアドミニストレータの元へと駆けよっていた。
こうなってしまえば、もうシェータは近寄れない。
単純に圧があるとか、アドミニストレータが神々しいとか──そういう訳では決してなく。
普通にあの二人は自分達だけの世界を構築するのが早すぎるのであった。
文句を言うなら明日以降か……まあ、それも無駄に終わりそうだけど、とシェータは思い。
アドミニストレータの機嫌を取ろうとするアルフォンスを見ることで、僅かに留飲を下げたのであった。
アルフォンス:好きな子の前ではカッコつけたいお年頃。
実は二人きりの時しか「クィネラ」呼びをしない。この後クィネラの我儘に付き合わされ倒した。
アドミニストレータ:一日中振り回した。クィネラと呼ばれると喜ぶ。
シェータ:ヤバすぎる女。滅茶苦茶強い。