少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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一話見返したら「十話で終わります(キリッ)」とか前書きに書いてあってダメでした。


『贈り物』は『剣』の記憶。

 これほどまでの不安を抱くのは、果たしていつ以来だろうか。

 相棒を担いだ整合騎士──イーディス・シンセシス・テンの背中を見つめながら、長い階段を上るユージオは心中でそう呟いた。

 思えば、ルーリッド村を出てからは不安を抱く暇すらなかったように思える。

 駆け抜けるような日々だった。息つく間もないくらい、忙しない日々だった。

 ただひたすらに、目標に向かって邁進するだけで良い、輝かしい毎日だった。

 そしてその隣にはいつだってあの、黒髪の若者がいたのだ。

 《ベクタの迷子》。記憶を失った、どこの誰ともつかない──されど多くのことを知る不思議な少年、キリト。

 あるいは、ユージオの苦悩や迷いと言うものは、すべて彼の手で破壊されたように思う。

 今から八年前。幼馴染であるアリスが連れて行かれるのを、ただ見ていることしかできなかった夏からユージオはずっと、沼の底にいるような感覚を味わっていた。

 逃げるように、閉じこもるように。

 無心となって、ギガスシダーと呼ばれる大樹を斧で叩き続ける日々を送っていたのだ。

 あの時、自分ではどうしようもなかったのだと言い訳をして。

 今から動き出そうとしても、しょせんは無駄だと言い訳をして。

 コン、コン、コンと音を奏でる、退屈な日々──それが、キリトとの出会いを境に一変した。

 百年かかっても倒せないと思われた大樹を斬り倒し、ユージオに剣士としての道を拓き──もう一度。

 もう一度だけ、アリスを追うという選択肢を選ばせてくれた。

 背中を押してくれた。共に歩むための力を、技術を授けてくれた。

 ──思えば、ユージオは不安を抱かなかったのではなく、不安を恐れないだけの自信を、彼に貰っていたのだ。

 時には背中を支えてもらい、時には隣に立ってもらい、時には共に戦い、歩んできた。

 親友であり、師匠であり、相棒であった。

 ここまでずっと、キリトに導かれるように進んできたのだということを、ユージオは改めて自覚した。

 同時に、キリトがいなければ自分はこれほどまでに、弱くなってしまうか、と思う。

 否、弱くなったのではなく、本当の己を見ることができてしまう、だろうか。

 先の二戦ですら、勝利を勝ち得たのはキリトの尽力によるものだった──けれども、その彼は力を使い果たしてしまった。

 そして今、彼の──あるいはユージオも含めた命運は、目の前の整合騎士の手に委ねられることになったのだ。

 刻一刻と天命が減少しているであろうキリトを担ぎ、特に急ぐことも無く悠々と歩く彼女への感情を、ユージオは持て余していた。

 不安と、焦燥と、疑いと、心配。

 ごちゃ混ぜになったそれらを、深呼吸ひとつで抑え込む。

 

『助けになるために、ここに来たんだから』

 

 彼女の言葉を信じた訳ではない。だが、まるっきり嘘でもないのだろうと、ユージオは判断していた。

 確信がある訳でもないし、ある程度は希望的観測になってしまうが、そうだとしても。

 もし、殺すことや捕らえることが目的なのであれば、今この状況はありえない……はず、だから。

 というか、そう信じないとどうにもならない、というのが正直なところだ。

 少なくとも、ユージオにはキリトを救うことができない。それだけの技術が無いのだから。

 ──だが、整合騎士であれば、それは可能だ。

 別段、ユージオは整合騎士に詳しいという訳ではない。しかし、それでも知っていることはある。

 彼らは総じて「剣技と神聖術を極めている」ということだ。

 これまでの二戦を通じて、ユージオはそこについてだけは、確信を深めていた。

 ネルギウス・シンセシス・シックスティーン。

 デュソルバート・シンセシス・セブン。

 どちらも想像を絶する技巧を誇った騎士であり、一対一であれば、間違いなく負けていた相手だった。

 あるいは、二人がかりだとしてももう一度戦うことになれば、勝てないかもしれない。

 そう思わせられるほどの強敵だったからこその信頼があった。

 人となりはまったく分からないが、実力は確かなのだろう──と、そう思ったところでイーディスが振り返った。

 

(なっが)いわよねぇ、この階段。大丈夫、疲れてない?」

「えっ──」

 

 何だその緩さは!? と反射的に言いかけたユージオは、口を抑えることで無理矢理封じ込めた。

 コホンと、息を整える。

 

「僕は、大丈夫です。それより──」

「ああ、彼ね。問題ないわ、見た感じ天命はもうちょっと余裕があるし、目的地はもうすぐそこだから」

「もうすぐって……」

 

 まだ歩くのか。もうかなりの階数を上がってきたはずだけど……。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、イーディスは少しだけ笑った。

 

「ごめんなさいね。でも、流石にあの場で治療するわけにはいかなかったのよ──少なくとも、あたしの担当してる階まで行かないと、危険……うん、危険だから」

「僕たちにとっては、どこも変わらないですけど」

「あははっ、そりゃそうに決まってるじゃない。貴方たち、一応罪人なんだよ? だからこそ、あたし以外の人がいない階に行く必要があるんだけど。ほら、ここ──綺麗でしょう?」

 

 階段を上り切ったイーディスが、自慢するように言う。

 それにつられて視線を向ければ、飛び込んできたのは『光』だった。

 壁面に取り付けられた、長大な窓から溢れんばかりの光が柔らかく降り注ぎ、聳え立つ柱は美しい彫刻に彩られている。

 それをなぞるように天井を見上げれば、そこにあるのは三女神の絵だった。

 

「《霊光の大回廊》って言うんだ。あたし的、セントラル・カセドラル内オススメ階層№2ね」

「一番では無いんですね」

「うん、一番のお気に入りはもうちょっと上だから──ま、そんなことよりちゃちゃっと済ませちゃいましょうか」

 

 言って、イーディスはキリトをおろす。

 ゆるりと静かに、無駄のない動きで寝かせたイーディスは、間髪入れずに術式を唱え始めた。

 聞き慣れない──というよりは、聞き取れない。

 意味の理解できていない言葉の羅列と言うものは、総じて「そういう声」に聞こえてしまうことが多いものだ。

 ユージオも例に漏れず、イーディスの唱える言葉は断片的にしか聞き取ることができなかった。

 だが、そうだとしても。それが危険なものでないということくらいは本能的に理解できる。

 一つ、二つと生み出されていく光素が寄り集まって、キリトの全身を包み込む。

 彼の青ざめていた肌は、ゆるやかに温かみを取り戻していくようだった。

 芸術のようだ──と、ユージオは思う。

 何事も、極められた奥義というのはそれだけで目を奪うような魅力を秘めている。

 イーディスのそれは、間違いなくその類にまで達するほどの練度であった。

 

「なぁに? そんなに注目しちゃって。心配?」

「いえ、そういう訳では無いんですけど──単純に凄いな、と思って」

「ん、ありがとう。でもね、一つ良いことを教えてあげると、この先に待ってる人たちはみーんな、あたしよりずっと凄い人達だけよ」

「それは、神聖術という点でってことですか?」

「うーん、悔しいけど、すべてにおいてかなあ。アリスはちょっと微妙だけど、最近は負け越してるしね」

 

 アリス。

 気恥ずかしそうに口にした彼女の言葉のうち、その三文字のみがユージオの脳内を埋め尽くした。

 かつて連れ去られ──今は整合騎士であると名乗った幼馴染の名前。

 思わずキリトから目を離して顔を上げれば、イーディスは僅かに口角を上げた。

 

「そっか。そういえば貴方たち、アリスと幼馴染なんだっけ」

「……知っているんですか」

「そりゃあね。罪人のことくらい知らされるわよ──ま、貴方たちに限っては、それだけじゃないんだけどね」

「?」

 

 ユージオが「どういうことだ?」という気持ちを顔に出せば、イーディスはふわりと笑う。

 その笑みに、僅かにユージオは心臓を跳ねさせる。

 それくらい、優し気な笑みだった。

 

「あたしもアリスとは長い付き合いだから、多少は聞いているわよ。ただでさえ、アリスは例外の整合騎士なわけだし」

「例外、ですか……?」

「うん、例外……というか、特例? う~ん、まあ、正確に言えばこれからは、アリスみたいな騎士がオーソドックスになるだろうから、それもまた違うのかもだけど……」

「???」

「っとと、脱線しちゃったわね、ごめんなさい。

 取り敢えず、貴方たちのことはアリスから聞いていたってことよ。あの子の思い出話って、だいたい貴方たちの話なんだもの。

 あたし以外でも、あの子と仲の良い子はみんな、少しくらいは知ってるんじゃないかしら?」

「っ────」

 

 ユージオは何かを言おうとして、けれども言葉にすることはできなかった。

 ギュッと胸が詰まるような、握られたような感じがして、声が出ない。

 アリスは自分を忘れていなかった、という事実はそれだけで、感動するに値するものだった。

 なればこそ、どうしてこれまで一度たりとも会えなかったのか、あるいは連絡の一つも無かったのか、というところはあったが。

 なるべく目を逸らし続けていた不安の一つが、しょぼしょぼと小さくなっていくのを感じ、ゆっくりと息を吐く。

 

「貴方たちの目的は、アリスの奪還ってところなのかしら」

「ええ、そうです。良く分かりましたね」

「……一応言っておくけれど、貴方が顔に出やすいってだけだからね?」

 

 パッと、思わずユージオは己の頬に手を当てた。

 確かに隠しごとをするのは苦手だが、そこまでだろうか──と、思ったところで、キリトの言葉を思い出す。

 曰く、ユージオは真面目過ぎるよな、とのことだ。

 流石、悪ガキ代表みたいなやつは言うことが違う──けど、あいつならもう少し上手く感情を隠したりしたのだろうか?

 そこまで考えて、ユージオは薄く笑った。

 無理だろう。あいつとて、人に何か言えるほど腹黒いやつじゃあない。

 

「まあでも、そうだとしたら大変ね。ここまで来るのもそうだったでしょうけど、何せ次に待ち受けてるのはアリスなんだものねぇ」

「本当、大変でしたよ…………え? 今なんて?」

「? だから、次はアリスだって言ってるのよ。さっきも言ったじゃない」

 

 あれ!? そんなこと言ってたかな!? と記憶を振り返るも何も引っかからない。

 ──が、まあ、今はそんなことは重要ではないだろう。

 もっと大切なことが、今の話にはあった。

 

「それって、本当に言っていますか……?」

「勿論、嘘を吐く必要なんて──いえ、まあ、あるんだけど……とにかく本当よ。ついでに言えば、アリスが最後の整合騎士ね。

 あの子さえ突破できれば、あとは最上階に行くだけなんじゃないかしら」

 

 神聖術を切り上げ、イーディスは楽な体勢で座り直す。

 目を向ければ、キリトはもう随分と楽になったようで、安らかな寝息を立てていた。

 治療は完了、ということらしい。

 

「それが大変でもあるんだけどね。気付いてるでしょ? 上の階であればあるほど、強い整合騎士が配置されているってこと。

 アリスの序列は三位。騎士長と、副騎士長に次いで強い──あ、ちなみにあたしは四位ね。

 で、そのあたしが思うに、貴方たちでは()()に勝てないかなあ」

「それは、やってみなければ分からないことだと、思います」

「そうかしら? 貴方たちと違って、アリスの剣士歴はもう八年よ? 純粋に地力に差があると思うし──それに何より、貴方たちは《記憶解放術》どころか、《武装完全支配術》すら会得していないじゃない」

 

 《武装完全支配術》と、《記憶解放術》。

 ユージオにとってそれは、聞き慣れない言葉であったが、しかし全く知らないという訳ではない。

 例えば、先ほど戦ったデュソルバート・シンセシス・セブンの使った、あの炎は正しくそれに該当するのだろう。

 扱う武器をただそのように使うのではなく、その武器の性質を基に、より自由な形に創り直して扱うこと。

 イーディスの言う通り、ユージオはそれを扱うことは出来ないし、どうすれば扱えるのかも知らなかった。

 上に行けば行くほど、強い整合騎士がいる……それはつまり、アリスは《武装完全支配術》と《記憶解放術》、どちらも習得しているということになる。

 ただでさえ、整合騎士であるのだ──まともに戦って勝てる可能性は、それこそゼロに等しいのかもしれない。

 

「あら、いやね。そう深刻な顔しないでよ。何のためにあたしが来てあげたと思っているの?」

「! 一緒に戦ってくれるってことですか!?」

 

 顔を上げたユージオは、そこに光を見出した。

 目の前の騎士は、確かに自身の序列が四位であると言った。

 一対一であれば不利かもしれないが、キリトとユージオが肩を並べれば、勝利の可能性は一気に押しあがるだろう。

 

「そうしたいのはやまやまだけど……ごめんね、それは出来ないの。あたし、別に善意とか、教会の裏切りとかで、貴方たちを助けた訳じゃないから。

 むしろその逆なのよね──だから、そこまで堂々とした手助けは出来ない。

 だから、代わりに()()をあげる」

「え? なに、を────」

 

 困惑より早く、イーディスの手はユージオの手に触れた。

 否、触れたのではなく、押し込まれたと言うべきだろうか。

 針の如く細い、クリスタルのような何かが、ユージオの額を通して脳へと挿し込まれた。

 ──寒気が、する。

 一体何をしたのか、と問おうとしたが、口を動かすことすらできずユージオはその場に倒れ込んだ。

 気力のみで開いた視界の中で、イーディスが立ち上がり、こちらにその、灰色に近い茶の瞳を向ける。

 

「ちょっと手荒だけど、許してちょうだいね? これもあたしの仕事なんだ──それに、乗り越えられればパワーアップできるから。頑張ってね」

 

 パチン、と器用にウィンクをしたイーディスは、サッと背中を見せて、そのまま立ち去って行った。

 その一連の流れにユージオは、しかし呆然とすることすらできない。

 やがて瞼は落ちてきたが、意識を失うことは無かった。

 ただ、真っ暗闇が白に塗りつぶされていくようだった。

 夜の闇を蹴散らすように、雪が吹き荒れる。

 ゴウゴウと音を立てながら、暴風と共にやってきた雪が降り積もっていく。

 気付けばユージオは、その中に佇むたった一本の青薔薇と化していた。

 酷く高い──恐らくは、果ての山脈の頂上。

 周りには自分以外、少したりとも植物は存在しない。

 ただ空と、雪がある。

 想像を絶する寒さと冷たさ。それはもう、痛みと言っても過言では無かった。

 絶え間のない痛みの中で、ただ一人耐え忍ぶ。

 何故そうしているのか、答えは出せない。

 意味があるのかと問われても、何も言えないだろう。

 しかしひたすらに、何もかもに耐えながら、凛としてその場に咲き誇る。

 誰かに見つかることは無くとも、ただここにいることを、存在していることを誇りとするように。

 貪欲に地からも、天からも神聖力を吸収し、何があっても手折られぬように。

 僅かな寂寥を握りつぶし、我が身が氷そのものに変じていくことすらも受け容れ、佇み続ける……。

 ──ああ、そういうことだったのか。

 ふと、ユージオは思い当たる。

 これは、自身の愛剣の記憶なのだ、と。

 幼い頃、あの洞窟で見つけて以降、ずっと共にあった《青薔薇の剣》の記憶。

 僕は今、その一端を追体験しているのだろう。

 何故。どうして。イーディスがこんなことを──とは思ったが、同時に些事でもあるな、と思う。

 パワーアップが何とか、とか言っていたけれど、どうでも良い。

 今はただ、この剣の記憶を、余すところなく受け止めたい。

 ユージオが思いを受け取るように、鮮明さを増し始めた雪山の光景は白と青に彩られていて。

 ユージオの思考は、その色に焼き尽くされた。

 

 

 

 

 

  

 

 




イーディス:なんか出てきてなんか去って行った。

ユージオ:薔薇になった。薔薇になったって何?

キリト:( ˘ω˘)スヤァ

アリス:そろそろかな……とソワソワしてるかもしれない。

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