少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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ストックがもう無い、終わりだ、助けてくれ。


剣のお師匠様は『ナンバーツー』。

 《霊光の大回廊》。

 そう呼ばれる五十階層は、セントラル・カセドラル内に存在する百ある階層の中でも最も広く、最も高く、最も精巧に造られた階層だ。

 真っ白な大理石で造られる天蓋にはかつて人界に降り立ったとされる三柱の神──創世神ステイシア、陽神ソルス、地神テラリアと、それに付き従う人々の似姿が色彩豊かに描かれている。

 また、その天蓋を支える幾本もの柱でさえも全てが精巧な彫像であり、その全てを囲う壁には巨大な窓が取り付けられていた。

 セントラル・カセドラル五十階層、想像を絶するほどの高さであるそこには異常なまでのソルスの光が雨のように降り注いでいて、回廊は常に光で満たされていた。

 だが、それだけで手のかけられた、荘厳な景色を持つ場所だというのに、ここへと足を運ぶ人というのは酷く少なかった。

 というのも、セントラル・カセドラル内で過ごす人間というのは大まかに分けて四種類いる。

 一つ、最高司祭。

 一つ、元老院の司祭。

 一つ、整合騎士。

 一つ、修道士、修道女、だ。

 その内、最高司祭は自分の部屋から出ることがそもそも稀であり、元老院の司祭共も同様。

 整合騎士は基本的に任務に出ているか、カセドラル内にいても警備に当たっている為、自分の意志でどこかに留まるということはほとんどない。

 そして修道士と修道女は、五十階層まで上がる権限が無かった。

 《霊光の大回廊》に人がいないというのは、そういう訳であった──のだが。

 例外というのはどこにでもあるもので、アルフォンスは当たり前のような顔でこの階層を訪れていた。

 腰には白金樫の剣が帯びられており、その表情は珍しく、どこか固い。

 コツ、コツ、と足音を立てながら《霊光の大回廊》を踏み進めれば、奥から一人の騎士が姿を現した。

 

「何者だ──とは言ったけれども、まぁ坊やよね」

「あっ、ファナティオ。今日はここの警備か?」

「いいえ、今日は坊やと同じ安息日。かと言って私たちが下界に降りる訳にもいかないし、こうしてここを占有させてもらっていたの。

ここはこの子とも相性が良い場所だから」

 

 ファナティオは紫紺の鞘へと納められた己の剣をそっと撫でる。

 その剣の銘は《天穿剣(てんせんけん)》。

 優先度(プライオリティ)は50オーバーで、相当な実力者でなければその手で持ち上げるのも困難なほどの名剣である。

 その昔──今から百年ほど前にアドミニストレータが一千枚の鏡を束ね、凝縮し、その手で作り上げた至高の一振りだ。

 正しく整合騎士、副騎士長──ファナティオ・シンセシス・ツーに似合いの剣である。

 

「今日もまた、最高司祭猊下の元に?」

「いいや、それはもう済ませた。日の出とともに奇襲すればいけると思ったのだがな……神聖術で力負けした。

朝方、爆発するような音が聞こえなかったか?」

「やっぱりアレ、坊やだったのね……お陰で最高の目覚めだったわ」

「失敬な、七割強くらいの割合であれはアドが悪い」

 

 明朝──具体的には午前四時を回ったばかりの頃に凍素による神聖術を用いて仕掛けたアルフォンスはものの見事に撃退されていた。

 単純な熱素による──しかしあまりにも巨大なそれに一瞬で溶かされ爆破されたという流れだった。

 それは最上階が粉微塵になるほどの威力で、セントラル・カセドラル内の住民に向けた痛快な目覚ましとなったわけである。

 因みにアルフォンスは普通に死にかけてアドミニストレータはめちゃめちゃ冷や汗を流した。

 

「それは十割で坊やが悪いと思うけど……良く、最高司祭猊下の部屋にたどり着けたわね。その時間は《四旋剣(しせんけん)》が警備していたはずだけれども」

「ああ、見つかったが見逃してもらった!」

 

 《四旋剣》というのは、ファナティオ直属の部下であり、新参である四人の整合騎士だ。

 それぞれの実力は飛びぬけたものではない──無論、整合騎士である時点で一級の剣士ではあるのだが──が、その連携は古参の整合騎士でさえ打ち倒すほどのポテンシャルを秘めている。

 整合騎士騎士団長であるベルクーリにさえ「これは厄介だ」と言わしめたのだから、その力量は推して知るべしだろう。

 男女比率一対一──つまり、男女二名ずつで編成される《四旋剣》は、しかしあまりアルフォンスのことを好いてはいなかったはずだが……。

 自分の知らない内にこの少年に絆されたのだろうか、とファナティオは思う。

 それこそ、かつての自分のように。

 

「あいつらはファナティオのことが大好きだからな、ファナティオの写し絵で手を打ってくれた」

「ちょっと待って?」

 

 聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

 ファナティオは思わず言葉を被せるように問いかけたがアルフォンスはどこ吹く風と言った様子だ。

 

「ファナティオは美人だし、そうでなくとも兜をつけてる姿は凛々しいからなぁ。

写し絵の箱、手に入れといて本当に良かったよ」

「写し絵の箱ねぇ──今も持ってるの?」

「ああ、これだ……って、ぎゃー! やめろやめろ壊すな──あぁぁぁぁ……」

 

 赤と黄色でカラーリングされた、一見玩具にも見える写し絵の箱はファナティオの手によって一刀両断された。

 慟哭を上げるアルフォンスを、これ以上なく冷たい目でファナティオは見るのであった。

 盗撮は犯罪だ、これはアルフォンスが悪い。

 

「まだ現像していない写し絵もあったんだぞ……!」

「ふぅん、それじゃあそれも燃やさないとね」

「ま、待て! 話を聞いてくれ!」

「命乞いのつもり? 今更遅いけど──」

 

 高速で抜刀した剣を鞘に戻しながらも、ファナティオの冷ややかな視線は揺るがない。

 それでもアルフォンスは片手で「待った!」をしながら言った。

 

「ベルクーリの写し絵もあるぞ!」

「!」

 

 ファナティオは動きを止めた。

 アルフォンスがにやりと笑みを浮かべる。

 

「この前一緒に雑魚寝した時の写し絵だ、彼奴、結構まつげ長いよな」

「……聞かなかったことにしてあげましょう、ただし私の写し絵は消すこと。そしてもう二度と勝手に売ったりしないこと」

「くっ……うぅ、承知した」

 

 互いに妥協を重ねた結構グレーな取引が成立した瞬間だった。

 ファナティオはここ百年ほどベルクーリに懸想していた。

 百年オーバーの片思いである、その感情は彼女が自覚しているよりも、アルフォンスが思っているよりも馬鹿でかい。

 サラサラと消滅していく写し絵の箱を名残惜し気に一瞥をくれてから、彼はファナティオへと向き直った。

 

「まぁ、でもちょうど良かった、オレはファナティオを探していたんだ」

「私を?」

「うん、教えてほしいことがあって」

 

 珍しい、とファナティオは素直にそう思った。

 セントラル・カセドラルで暮らす者であれば誰しもが知っていることではあるが、アルフォンスは異常だ。

 異常な才覚、異常な才能を合わせ持っていて、それでなお向上を怠らない努力家。

 たかだか十一歳にして整合騎士へと並ぶ実力を誇り、元老院にすら手が届くほどの神聖術を扱う少年。

 基礎を学べば応用まで完璧にこなす天才。

 今度は何を吸収する気だろうか。

 

「剣を、教えてほしい」

「剣──剣術? 私に?」

「ああ、教えを請うのであればファナティオ以外には考えられないと思っている」

「どうして……」

 

 声になりきらない言葉を漏らして、ファナティオは目を逸らした。

 ファナティオは──ファナティオ・シンセシス・ツーはある意味、()()()()()だ。

 それを理解しているからこそ、この目の前の幼い少年が理解できない。

 何故なら、彼がそのことを理解できていないとは思えないからだ。

 アルフォンスの真っすぐな目線を疑ってしまう自分がいるという事実が酷く不快で、一度小さく深呼吸をする。

 

「理由を聞いてもいいかしら」

「そんなもの、ファナティオが強いからに決まっているだろう」

 

 ノータイムで返された言葉に、ファナティオは目を細める。

 アルフォンスは、目を逸らさない。

 

「であれば、私より適任がいるわ──それこそ、騎士長に頼めば良いでしょう、彼は人界一の剣士よ」

「ああいや……すまない、これはオレの返答が雑すぎたな。オレがファナティオに指導を願いたいのは、お前が極まった剣士だからだ」

「極まった……?」

「ああ」

 

 アルフォンスは一度大きく頷き、それから口角を上げた。

 

「確かに、ベルクーリは人界最強の剣士だ。彼奴の剣は王道かつ強者の剣で、この人界に最も適合した、完璧な見本であり究極形だ。それは間違いのない事実だと言って良いだろう」

「そうね、その通りだと私も思う」

 

 目を伏せたまま、ファナティオは同意する──同意せざるを得ない。

 ファナティオは女だ。

 人界において、女性は男性よりも弱い立場にある。

 騎士と言えば大体の場合が男性であり、強者とされるものもまた同じ。

 それは、整合騎士であっても変わることのない事実だ。

 戦場に立つものは基本的に男性だけ、という常識が人界には──暗黒界でさえも──蔓延している。

 それが、ファナティオは気に入らない。

 だからこそ、彼女はありとあらゆる手を尽くして、№2にまで登り詰めた。

 ──そこまでしても、所詮は№2だったのだ。

 

「だがそれではダメなのだ。なぜなら彼奴は足り得た者なのだから。オレが必要としているのは、足り得なかった者の剣なのだ」

「……続けて」

「それに反してファナティオ、ファナティオ・シンセシス・ツー。

百五十年以上の間、整合騎士を束ねる副騎士長として務めているお前の振るう剣は、しかし人界における弱者の剣だ。

連続して放つ斬撃、相対するものを惑わす足捌き、《天穿剣》による不意を突いた光線、距離を取るような立ち振る舞い。

一撃必殺を美しいとし、どのような局面であっても一撃同士をぶつけ合わせることこそが王道であるこの世界では、お前の剣は邪道の剣だ」

「──分かってるわよ、言われなくても、ちゃんと分かってる。だから聞いているんでしょう、なぜそんな私に、と」

()()()()()だ」

「は……?」

 

 ダンッ! とアルフォンスは床を踏み鳴らす。

 ファナティオの零した疑問の吐息をかき消すように、己の言葉をよく聞けと、そう言わんばかりに。

 幼い──ファナティオからすれば己の十分の一も生きていない少年が、しかし今この時だけは《霊光の大回廊》を支配していた。

 

「その剣が最も強いと、そう信じているからだ。一撃必殺が美しい? 王道? ハッ、くだらないな。

美しいのはいつだって勝利のみだ、その過程が王道であろうが、邪道であろうが関係あるものか。

であればファナティオが──弱者が、負けを知る者が、足り得なかった者が、持ち得なかった者が、土に塗れ、泥をすするような思いでそれでも、と勝利へと手を伸ばした、その剣こそが最も強いに決まっている」

「──はぁ、随分と煽てるのね。私は騎士長に勝ったことすらないのよ」

「それは当然だ、戦いは剣だけではないのだから、総合力という点で見てもベルクーリは最強だ──と言っても、これからの時代はむしろ、ファナティオのような剣の時代になるとも思っているが」

 

 飽くまで最強の剣士はベルクーリである、と言った口で、彼は今後ベルクーリのような剣士は落ちぶれていくだけだろう、とも言った。

 ──いや、正確には「現在のベルクーリのようなスタイルに固執する剣士は」だろうか。

 成長を、進化を怠った者はただ衰えるだけだ。

 

「……どうして?」

「いや、普通に考えて連続技の方が厄介だろう……まぁ、王道と邪道というのはしばしば入れ替わる、ということだ。

どちらも同じ『道』であることに変わりはない、その『道』を選ぶ人が多いか、少ないかの違いでしかないのだから」

 

 問答は終わりだ、とアルフォンスは《白金樫の剣》を抜いた。

 両手で握り、ファナティオと相対する。

 

「そういう訳だ、受けてくれるだろうか」

「臨戦態勢に入りながら言うことじゃないわよ、それ……」

 

 でも、まぁ良いか、とファナティオは思った。

 ここまで全面的に、何もかもを肯定されると恥ずかしさや不快さを通り超えてもういっそ清々しい。

 子供特有の分かりやすい嘘でもなければ、大人特有の小狡い嘘も感じ取れなかった。

 元より、目の前のこの──小さな少年が嘘を吐くとは思ってもいなかったというのはあるが。

 何だか日に日にこの少年に絆されている気もしたが、しかしそれがどこか気持ち良いと、ファナティオは思う。

 少しだけ笑みを浮かべて、彼女は兜を被った。

 

「──我が剣は数十年かけて編み出し、研鑽した修練の剣。半端な覚悟で覚えられるとは思うな!」 

「ああ、望むところだ!」

 

 一人の騎士に、一人の少年が詰め寄り襲い掛かる。

 それを見ながら、剣以外にも教えることは山ほどありそうだな、とファナティオ・シンセシス・ツーは思った。

 無論、それは百余年という長い間を騎士として、戦う者として生きてきたファナティオだから持ち得る感想であって、他の者であれば相当に優秀だと思うだろうが。

 事実、優秀であるということ自体は彼女自身も認めている。

 ただそれはそれとして滅茶苦茶ボコボコにはしたし、半泣きになるまで追い詰めはした。

 ファナティオは時代が時代ならニュースで取り上げられて辞職待ったなしなくらいクッソスパルタだった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、恐ろしい坊やよね……」

 

 ──その夜。

 セントラル・カセドラル九十階層:大浴場にて一人、ファナティオは湯浴みをしながら、先ほどまで相手をしていた少年のことを思い返していた。

 拙い足捌き、雑な剣筋、思いのほか無かった痛みへの耐性、色々と課題はあるが、しかしそれは、人界№2から見た場合にすぎない。

 彼は──アルフォンスは既に、《四旋剣》程度であればまともに相手取れる程の実力だ。

 《四旋剣》は四人同時に整合騎士として召喚された異例の騎士達である。

 それをファナティオが直々に──それこそ、今アルフォンスにしてやっているように、自らの手で長年鍛え上げた騎士達だ。

 そんな彼らと同等──いや、あるいはそれ以上。

 まだ十一歳の少年が──それも、剣を握ったのはここ一年の話だ。

 更に言えば並行して神聖術まで修めているのである──それこそ、並みの整合騎士よりも既にその練度は上。

 最高司祭であるアドミニストレータに直接を教えを賜っていることを加味しても、それは異常だ。

 ファナティオは、アルフォンスという少年を好ましく思っている。

 ──だが、それとは別として彼女は、彼に対して恐ろしいという言葉では言い表せないほどの、得体の知れなさを感じていた。

 

「それに、もう連続技自体は習得しつつある」

 

 連続技は──恐らくではあるが──この人界においてファナティオしか使用者がいない。

 それも当然だと、ファナティオはそう思う。

 なぜならばこれは、彼女自身が自らの手で生み出したものだからだ。

 今より百五十年以上前に、ファナティオはアドミニストレータの手によって人界へと召喚された。

 そこからの日々は、戦いの日々、殺し合いの日々だった。

 幾度もの強力な暗黒騎士達との戦いの中で、一撃の重みでは到底勝てない、そう思い至った彼女は当時からの常識である「剣技は単発のみ」というものを裏切り、連続技の研鑽を始めた。

 十年、二十年、三十年と時間をかけ、そして彼女は整合騎士副騎士長という位置を得た。

 ──それを、教えてほんの数時間であの少年は習得しつつある!

 異常なまでの学習力、異質なまでの模倣力。

 あと数年、この調子で成長すれば──彼は、どれほどの傑物になってしまうのだろうか。

 ファナティオはそう思いを巡らせて、足音を聞こえさせてくる期待と不安に薄く微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 




ファナティオ・シンセシス・ツー:約一年かけてめちゃくちゃ絆された。ベルクーリが好き。

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