少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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外に出たら滅茶苦茶金木犀の香りがしました。もう秋ですね。


『王』と『剣士』の邂逅はしめやかに。

 

──何をどう話すにせよ、長くなりますから、上に向かいながら話すとしましょう。

 

 にこやかに言ったアリスに従い、キリトとユージオは、彼女の背についていくようにセントラル・カセドラルを上っていた。

 ここから先にはもう、上に行く手段は階段しかないという。

 一通り、セントラル・カセドラル内の説明を終えたアリスが「では」と実に気楽な口調で言葉を紡いだ。

 

「兄さんの話をしましょうか」

「だから兄さんって何???」

 

 思わず、と言ったようにユージオが口を挟む。

 兄さん──兄……義兄? いやいや、まさかまさか。

 ない……よね? 無いと言ってくれ。

 ユージオは思考を停止させた。

 

「だから、兄さんは兄さんですよ──なんて言うのは少し、意地悪かもしれませんね。兄さんの名前はアルフォンス。先ほども言った通り、現在、公理教会を纏め上げている人物です」

「要するに、最高司祭……ってことなんだよな? さっき、エアリーからも聞いたけど」

「立ち位置的にはそうなりますが──正確にはちょっと違います。最高司祭という役職は無くなりましたから。だから、敢えて言うのであれば『人王』とかでしょうか」

「人王……」

 

 人界の王。

 人界を纏め、人界の平和を保つ、絶対的な王。

 彼自身が、自ら名乗るところは──まあ、割と想像は出来る。

 少なくとも、公理教会内にそれを否定するような人物がいないのは明白だった。

 七年前とは違い、ただのクソガキでもなくなっているのだし。

 

「兄さんがそうなったのは、今から七年前のことです。最高司祭様を打倒した……というよりは、口説き落としました」

「口説き落とした???」

 

 は? ちょっと待ってくれ。突然理解が置いて行かれた。

 キリトは思わず困惑し、思考を停止させかけた。

 再度エンジンを入れて、ブルブルと頭を振るう。

 ちなみにユージオはまだエンストしている。

 うわごとを聞き取れば「兄……? 何……?」と言っているようだった。

 

「そこまでおかしなことでしょうか? 最高司祭様とは言え一人の人間ですし──それに、女性ですからね。人界でも、好きな相手に迫られて、喜ばない方はそういないと思いますが」

「え、最高司祭ってそもそも、女性だったのか?」

「はい、元より公理教会というのは、最高司祭……元最高司祭である、アドミニストレータ様を巫女として祀り上げたことが始りですからね。当然と言えば当然です。勉強不足ですよ、キリト」

 

 ふわりと花咲くようにアリスが笑い、キリトの鼓動は少しだけ跳ね上がった。

 彼女がいるとは言え、キリトも男である。

 それに、アリスは控えめに言っても超の付く美人だ。

 ドキッとするくらいは許されるだろう……とキリトは内心言い訳をした。

 

「とにかく、それは分かったけれど──結局、そのアルフォンスって人と、アリスの繋がりってのは何なんだ? いい加減教えてくれないと、ユージオもこのざまだ」

「ふふっ、そうですね……。分かっているとは思いますが、私と兄さんは本当の兄妹という訳ではありません。義兄弟、というのも少し違います。

 正確に言えば、私はあの人の妹分なのです──あの日、ここに連行された時、私は兄さんにそういう形で庇護された」

「!」

 

 そこで再起動に成功したユージオが、パッと顔を上げた。

 少しだけ、面持ちに緊張が走る。

 

「庇護……?」

「ええ──二人は、整合騎士とはどのような人が選ばれるか知っていますか?」

「そりゃ、流石に知ってるよ。四帝国統一大会で優勝した人だろう?」

 

 元々、俺達はその大会を目指していたんだしな、とキリトが付け加える。

 ──そう、その通りなのだ。

 キリトとユージオとて、このような……犯罪者としてセントラル・カセドラルに訪れるようなことは全く想定していなかった。

 事故であった、などと言うつもりはないが、しかし想定外であったのは事実だ。

 

「半分正解で、半分不正解ですね。整合騎士とは、四帝国統一大会の優勝者と、《禁忌目録》に抵触した犯罪者で構成されています」

「──え? 犯罪者?」

「そう……既に《禁忌目録》を破った二人であればある程度は察しているとは思いますが、この人界において、《禁忌目録》を破るというのは非常に困難なことです。

 それは、法に縛られているから、という話ではなく──」

 

 静かに、アリスが自身の右眼を指さした。

 ユージオが、ごくりと喉を鳴らして思わず自身の右眼へと触れる。

 ユージオの右眼は、既に一度破裂している──それこそ、彼自身が《禁忌目録》を破ったその際に。

 

「私たちは、定められたルールに歯向かおうとすると、必ず右眼に走る激痛に邪魔される。そしてそれを乗り越えることができる人は、非常に稀有なのです。

 だからこそ、元最高司祭様は、そういった『例外』の人間を手元に置こうとした。

 現在在籍している整合騎士のうち、半分はそういう、例外の人間です」

「ちょ、ちょっと待った」

 

 思わず、キリトが口を出す。

 そりゃそうだ。今のを一息で理解できる人間なんて、そうはいない。

 

「その……仮にさ、手元に置いたとして、整合騎士にするってのは無理じゃないのか? 一般人がいきなり騎士になんて、なれっこないし……。

 そもそも──俺達が言えた義理でも無いけど、犯罪を犯した人間が、すぐさま『はい、騎士になって人界を守ります』なんて言えるものなのか?」

「おや、意外といいところを突きますね、キリト。そうです、貴方の言う通り、元最高司祭様にとっては、そここそがネックだった──ゆえに、元最高司祭様は記憶を抜き取った。

 そうして出来上がった大きな欠落に、自身への──あるいは、公理教会への絶対忠誠の心をねじ込んだのです。

 そうすることで少なくとも、公理教会へ忠誠を誓う人間は生成できる──これを、シンセサイズの秘儀と言うそうです」

「シンセサイズの秘儀……」

 

 シンセサイズの意は、合成。

 つまるところ、シンセサイズの秘儀というのは、記憶という人格を形成する大事な部分を、忠誠に置き換えることで人格ごと再構成させてしまうことだ。

 良くそんなことをしておいて許されたな、アドミニストレータ。という話である。

 全整合騎士に殴られていてもおかしくはない──というか、ひと悶着どころではない話があったのではあるが。

 それはまた別のお話だ。

 

「それから私を守ってくださったのが、他ならぬ兄さんになるという訳です。兄さんは、私を傍付きにすることで、シンセサイズから庇護してくださった。以来、あの人は私の兄さんとなったのです」

「おっと、いきなり話が飛躍したな」

 

 結局、何がどういう経緯で兄になったのか、全然分かんないんだけど……。

 もしかしてこの人、兄とやらの話になったら頭が悪くなるのだろうか? とキリトは少しだけ思った。

 

「でも、そうやって聞くとやっぱり、アルフォンスって人は、凄い人……なんだよね?」

「それはもちろんです。偉大な人ですよ、兄さんは──立派な方かというと、少々語弊がありますが……」

 

 そっ、とアリスは目を逸らした。

 無論、アリスはアルフォンスを尊敬している──そこが変わることは無いが、しかし見習えない部分が大量にあるのは事実だった。

 逆立ちしても、アルフォンスのようにはなれないし、正直なりたくもない。

 あの人はなんと言うか──一人でも全然生きていけそうであるが、どうにかして支えないと、と不思議にも思わせられる人なのだ。

 必要ないかもしれないが、力になりたいと思ってしまう、と言い換えても良い。

 色々な意味で、危うい人だ。

 アリスは極自然に「兄さんには私がついていないと!」と思っていた。

 

「今の地位についてから兄さんは、ガラリと公理教会を変えてしまいました。内部の改革を行い、二人も知っているかもしれませんが、《禁忌目録》でさえ一部変更してしまった。

 ちょうど、その頃合いです。私が此処に残るか、ルーリッド村に戻るかを選ばされたのは」

「──え? 戻る?」

「ええ、私は確かに《禁忌目録》に違反した訳ですが、兄さん曰く『ほぼ事故だろう』とのことで、『好きにしろ』と。そして私は、残ることを選んだ」

「そ、それは……どうして?」

 

 ユージオが、絞り出すような声で言った。

 どこか、答えを聞きたくないと思っていながらも、しかし聞かざるを得ない。

 何故ならそれこそが、ユージオがここまで歩んできた、歩んで来れた理由そのものなのだから。

 知らずのうちに、緊張が走る。

 

「どうしても、残りたいと思ってしまったのです──当然ですが、ユージオやキリト、セルカや他の皆のことを考えなかった訳ではありません。

 その逆で、私は、貴方たちが大切だったからこそ、ここに残った」

「……?」

「兄さんが言ったのです──近い内に、人界は暗黒界と戦争をすることになり、それは決して避けられることではない、と。

 そして奇しくも私には、剣の才能も、神聖術の才能もあった──」

 

 だから残った、と。アリスはそう言った。

 来るべき戦争に身を投じ、村のみんなを危険に晒すことは無いようにするために。

 己が命を懸けてでも、守りたいと思ったが故に。

 彼女は一人、ここに残り力を付けるという選択をしたのだ、と。

 

「私は今でも、その選択を間違っていたとは思ってはいません……少しだけ気がかりだったのが、貴方たちでしたが、結局ここまで来てしまいましたしね」

「……迷惑、だったかい?」

「いいえ、まさか! 言ったでしょう? 私は二人とまた会うことが出来て、とても嬉しい、と。あの言葉に偽りはありません。

 本当に、本当に私は嬉しかった──だからこそ、同時に落胆もしたのですが。

 そこは今は……というより、私から不問といたしましょう。どちらにせよ、この後、根掘り葉掘り聞かれるでしょうから」

 

 ふわりとアリスは笑い、ユージオは静かに安堵した。

 自身が思っていたような結末とは全く違う方向であるが──少なくとも、ここまで来たことに、ここまで重ねてきた努力に、意味はあったのだと。

 深く安心すると同時に、一抹の不安が背筋を這い始めた。

 根掘り葉掘り聞かれるって、何?

 

「無論、これから始まる審問で、です。こうして案内している以上、私も出来るだけフォローしますが、それでもお咎めなし! とはいきません。

 罪には罰を。罰を以て、赦しを。

 そこが曖昧になることは決してありません──それが、法というものですから」

「俺達、今そういった理由で連行されてたのか……」

「もう、逆に何だと思ってたのですか、貴方たちは。私は一度たりとも、教会に反逆するだなんて言っていませんよ」

 

 呆れたように言うアリスに、キリトとユージオは顔を見合わせた。

 何だか妙な展開になってきたな、と苦笑する。

 ──とは言え、アリスが言っていることには正しさしかないことも、二人は理解している。

 罪は罪。逃れられるものでは無いし、逃れて良いものでもないだろう。

 

「……アリス、少し嬉しいのかい?」

「ふぇ? 急に何を言うのですか、嬉しいわけがないでしょう。三人揃って《禁忌目録》に違反しただなんて、村の皆も悲しみますよ」

「いや、それはそうなんだけどさ……」

 

 心なしか、足取りが軽い。

 しかも口角が地味に上がりっぱなしだ。

 いいや、見ているこっちまで嬉しくなるのだから、悪いという訳ではないのだが。

 普通に何で? とユージオは思っていた。

 アリスが「ぐぬ……」と少しだけ言葉に詰まる。

 

「んんっ、その……はい、ごめんなさい。何がどうしてこうなったのかはさて置き、この状況そのものが、少しだけ懐かしかったのです」

「懐かしい? こんな状況が?」

「ええ、私もかつては二人のように、連れられてセントラル・カセドラルを上ったものですから」

 

 しれっとアリスはそう言ったが、あっているのは大まかな状況だけで、細かく言えば全然違う。

 アリスの場合は、あのクソガキに背負われド深夜に超スピードで駆け上がったのだから、例外も良いところである。

 思い出補正、恐るべし。

 ついでに言えばアリスは「あの時の兄さんと同じことをしている……私も成長しましたね」などとポヤポヤ考えていた。

 

「ふぅん……」

 

 小さく、キリトが相槌を打つ。

 ここまでの大まかな話は大体わかり、アリスとユージオの関係も悪化することはなさそうだ。

 それはキリトからしても喜ばしいことで──だからこそ、妙な点に目がいっていた。

 アリスはここまで、徹底してキリトとユージオを一纏めに語っている。

 出会った時もそうだし、今話している時もそうだ。

 それに、ユージオに対する時の距離間と、キリトに対する時の距離間に全く差が無いようにも見える。

 これはどう考えても()()()()

 キリトはこの世界で唯一の部外者であり、異物である。

 ユージオやアリスとは違い、アンダーワールド出身ではなく、現実世界に生まれた人間。

 もっと言えば、この世界に来たのもつい二年ほど前の話である。

 要するに、キリトはアリスとの面識が全く無い。であるにも拘わらずこれなのだ。

 それに加え、それが極自然なことであると、何よりもキリト自身がそう思っていた。

 これではまるで、ユージオとアリスが幼馴染なのではなく、キリトも含めた三人が、幼馴染のようではないか──。

 ふと、そんなことを思いキリトは小さく笑んだ。

 ありえない。俺が九歳の頃と言えば、ネトゲにハマり始めた時期だ。

 こんな二人の幼馴染だなんて、いた記憶はない……ない、はずだよな?

 

「さて、そろそろ最上階です。兄さんは特段、礼儀や粗相を気にするような人ではありませんが、それでも一応、無礼はないように気を付けて」

「無礼……って言ったってなあ。正直、その辺自信無いぞ……」

「あら、二人は上級修剣士だったのでしょう? であれば問題ありません。学校内でしていたような振る舞いをしていれば大丈夫です」

 

 パチン、とウィンクをしたアリスは眼前の扉へと手をかけた。

 一瞬だけ浮ついた意識を、ユージオはしっかりと引き締める。

 

「整合騎士、アリス・ツーベルク。罪人キリト、罪人ユージオを連れてまいりました!」

 

 凛とした声が響き渡る。

 それだけで、この場の空気が張り詰めるようだった。

 何だかふわふわとしていた雰囲気が、その場相応のものになり、ガチャリと、扉が解錠された音が鳴る。

 アリスが無言で力込めれば、扉は左右に押し開かれた──と同時に、若い男の声が響いた。 

 

「は? おい、少し待てアド。お前、今勝手に扉開けたな!?」

「あら、ダメだったのかしら?」

「ダメに決まってるだろうが!」

 

 広がったのは、シンプルな作りの部屋だった。

 所々に飾られた品々は高級品であることが分かるものの、嫌みは無く。

 どころか上品に整えられた部屋の中に、一組の男女がいる。

 銀色の髪を長く伸ばし、白魚のような肌。

 どこまで澄んだ瞳を持ち、今は優し気に笑んでいる女性の名は──アドミニストレータ。

 さながら女神かと、アリスも含め、一瞬にして三人の視線を奪った彼女の膝の上には、青年の頭が乗っていた。

 アドミニストレータの手には、耳かき棒が収まっている。

 

「……兄さん? 何をしてらっしゃるのですか?」

 

 あ、今室温10℃は下がったな、とキリトは察した。

 あ、今凄い呼吸しづらくなるくらいの圧が出てきた、とユージオは思った。

 

「いらっしゃい、アリスちゃんに、キリト、ユージオ──あっ、ダメよアル。動いたら鼓膜破っちゃうわ」

「ちょっ、馬鹿者。早く退けろ、アド……」

「兄さん?」

 

 アドミニストレータが実ににこやかな笑みを浮かべ、アリスもまた満面の笑みを浮かべた。

 曰く、笑顔の起源とは威嚇であるという。

 アルフォンスは「アドに任せ、寝ている場合では無かったな……」と独り言ちた。

 一瞬見回したが、カーディナルももういない。業務に戻ったのだろう。

 ふー、と小さくため息を吐き。

 もう一度寝たら無かったことにならないものか、と再び目を閉じた。

 

 

 

 

 




アリス:こいつはただのブラコン。

アドミニストレータ&アルフォンス:こいつらはただのバカップル。
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