少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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『人界最強』のおっさん。

 その昔、人界には時計が存在した。

 今でこそ、《時告げの鐘》と呼ばれる、三十分ごとに音を高らかに鳴らす《神器》があるが、それより以前──この世界が誕生したばかりの頃は、《時刻みの神器》が人々に時間を教えてくれていた。

 短針が時間を示し、長針が分を示す、いわばアナログ式の時計だ。

 《時告げの鐘》より段違いで便利なそれは、しかし今は存在しない。

 最高司祭たるアドミニストレータが、ある時それを基に一本の剣を創造したからである。

 表向きは『人々が時計ばかりを気にして、仕事を疎かにしたため』とされているが、事実は当然異なる。

 当時彼女──アドミニストレータは人界の防衛機構として、『整合騎士』というシステムを考えついた頃であった。

 整合騎士、それはいわば人界の平和を守るための人柱だ。

 当然、強くなければ話にならない。 

 半端な強さではなく、それこそ人界で最も強いとされるくらいでなくてはならないだろう。

 その、栄えある一人目に選ばれた騎士の名は、ベルクーリと言った。

 北の果てに存在する、ルーリッドという小さな村を立ち上げた数人の開拓者の内の一人であった彼は、当時セントリアでも高名な剣士でもあった。

 曰く、百人の剣士を相手に勝利を収めた。

 曰く、獅子の首を一刀で落とした。

 曰く、竜すらも従えた。

 そんな噂──そのほとんどが多少の尾ヒレが付いただけで、真実ではあったが──が流れる、恐らく当時最も強い剣士であったベルクーリは、アドミニストレータにとっては渡りに船でさえあった。

 何としてでも手に入れる、そう意気込んだ彼女はほんの数年で、彼をその手中に収めた。

 ベルクーリの最も大切とする記憶を抜き取り、代わりに己へと忠誠を誓う《敬神(パイエティ)モジュール》と呼ばれる結晶を頭に埋め込み、初の整合騎士を創り上げた。

 それが、最古にして最強の整合騎士、ベルクーリ・シンセシス・ワンである。

 人界を守護し、最高司祭へと忠誠を誓う騎士と成り果てた彼には、しかしその実力、投入される戦場の苛烈さ、彼自身の剛力に見合う剣が存在しなかった。

 一流の鍛冶師が、丹念に打った鋼の剣でさえ数か月で使い潰してしまうほどで、これでは折角の人材を無駄にしてしまう。

 頭を悩ませたアドミニストレータ、であれば優先度(プライオリティ)が元々高い《神器》をそのまま武器にしてしまえば良い、という考えに至った。

 そうしてたまたま、一番最初に彼女の視界に入った《神器》が《時刻みの神器》だったという訳だ。

 

「あぁ、これならば代用品も直ぐに用意できる」

 

 そう独り言ちた彼女はすぐさま《時刻みの神器》を取り外し、分解し──その長針と短針を基に超高優先度を保持する一本の剣を創造したのであった。

 それが、今なおベルクーリの背へと帯びられる《時穿剣(じせんけん)》である。

 アドミニストレータの狙い通り、この人界でも有数の優先度を有したそれは、正しく最強の一振りであった。

 最強の剣士に、最強の剣。

 文字通り『人界最強』となり、数百年が経過してもなおそれを維持し続けるベルクーリ・シンセシス・ワンは現在、暗黒領域(ダークテリトリー)の空にいた。

 整合騎士以外の人間は、誰一人として外に超えることを許されない、果ての山脈のその外側だ。

 整合騎士は、ここから人界へと侵入してくる暗黒領域(ダークテリトリー)の戦士、暗黒騎士達との戦闘の日々に明け暮れていた。

 それは勿論、ベルクーリとて例外ではない。

 彼の相棒である飛竜──星咬(ほしがみ)の背に乗った彼は《時穿剣》の柄へと手をかけながら、真っ直ぐ遠くを見つめていた。

 否、遠くを見ているのではない。

 見ていたのは、そこから飛んでくる、十を超えるミニオン──粘土と暗黒術(暗黒界に住む者からした神聖術)によって象られた仮初の命を持った竜──と、それに騎乗する十人の暗黒騎士。

 ──いや、うち二名は暗黒術師か。

 人界へと攻め込もうと隊列を組んでくるほどだ、その実力は相当なものであるだろう。

 二百年という長い時を経て、拡張に拡張を重ねたベルクーリの知覚は冷静にそれを察知していた。

 

「そろそろ交代の時間だ、ちゃっちゃと片付けるか」

 

 その上で、やはりベルクーリは余裕を崩さない。

 どころか、神聖術を用いて現在の時間を確認しているところであった。

 元から剣のみを極めんとした剣士であり、今なお整合騎士である彼は神聖術をそこまで得意とはしていないが、これだけは特別だった。

 というよりは、整合騎士であれば誰でもこの神聖術だけは会得せねばならないのだ。

 総勢三十人にも満たない整合騎士達は時間を正確に決めて交代することで人界を守護していた。

 鞘からスルリと、ベルクーリは《時穿剣》を引き抜く。

 その刃は酷く分厚く、巨大。

 二メルはあるかという彼と同等のサイズを誇るそれを、しかしベルクーリは片手で扱う。

 

「これが終われば暫くはカセドラルでゆっくりできる、気合入れろよ、星咬」

 

 その言葉に、星咬は大きく咆えることで返事とした。

 飛竜というのは、人間には及ばぬものの、人界においてはトップの知能を持つ生命体だ。

 更に付け加えるならば、整合騎士達が駆る飛竜は幼体の頃から共に過ごし、成長してきた飛竜である。

 そのスペックは野生で育った飛竜とは比較にならないほどずば抜けて高い。

 ゆえに星咬は、ベルクーリの言うことをのほとんどを理解できていた。

 ついでに言えば、もう一か月以上も暗黒領域(こんなところ)で生活させられていて、うんざりしていたところでもある。

 この一戦で終わりなのだと考えれば、やる気も出てくるというものだった。

 バサリと、青緑の両翼が空を打ち羽ばたき、加速する。

 

「──────ッ!」

 

 《時穿剣》を構えたベルクーリは無言だった。

 されどもその圧は十人分──いや、それ以上。

 急激に加速し、十人編成の小隊へと襲い掛かったベルクーリは、その圧──剣気や、覇気とも呼べるそれだけで、彼らの思考を絡めとった。

 暗黒術の詠唱をしていた二人の暗黒術師も。

 剣を構えていた暗黒騎士も。

 矢を番えていた暗黒騎士も。

 自我も何もない、使用者の道具でしかないミニオンでさえも。

 全員が、数秒の間動きを止める。

 その数秒が──暗黒領域の精鋭たちにとっては致命傷に過ぎた。

 先頭を飛んでいた──恐らく、この小隊の隊長と思われる暗黒騎士をミニオンごと、すれ違いざまに両断したベルクーリを乗せた星咬は更に上空へと飛翔した。

 バサリ、と風を叩きながら広げ、ソルスを背にした彼はその大口を開く。

 そこから放たれたのは、蒼白い一直線の極炎。

 一撃で百の兵士の天命すら焼き尽くしてしまうとされるそれは、纏まって動いていた暗黒騎士達を容易に飲み込んだ。

 悲鳴すらも焼き尽くし、長い鍛錬によって上昇を重ねた彼らの天命は、一瞬でからとなり塵と消える。

 しかし、その中から九つの影が飛び出した。

 ミニオンである。

 暗黒術師たちにより生成され、たった今己たちの使用者を失ったばかりのミニオンは、最後に遺された敵を撃退せよという命令のもとその両翼をはためかせていた。

 彼らの原材料は粘土と暗黒力だ。

 物理的な斬撃には弱くなったが、しかしそれ以外のほとんどが通用しないように作成された人造の兵器。

 痛覚も、意思すらも存在しない彼らは、ひたすらに飛翔を続け──ある一点、ベルクーリ達の元まで後三メルというところで動きを止めた。

 ──否、止めたのではないし、止まったのでもない。

 九つのミニオンは、()()()()のである。

 ベルクーリの手にある剣──《時刻みの神器》から生成された《時穿剣》は、その名前通り()()穿()()

 時間という、決して戻ることも出来なければ、誰かより先んじて進むことも出来ない、いわば平等の概念に《時穿剣》は干渉する。

 《時穿剣・空斬(からぎり)》と呼ばれる、その武装完全支配術は、()()()()()

 とどのつまり、《時穿剣》によって作られた斬撃はその場に()()のだ。

 その様はまるで局所的に陽炎が出来上がったようで、ベルクーリの任意のタイミングで姿を現す。

 星咬が飛翔した際、ベルクーリは数重にも及ぶ斬撃を空中に残していた。

 それを、九匹のミニオンが全て斬り刻まれる、言わば斬撃圏内に入った瞬間に発動させたのだ。

 無数の斬撃に刻まれ元の粘土へと戻ったミニオンは呆気なく、地上へと落下していった。

 

「──うん?」

 

 ふと、ベルクーリが疑問に満ちた声を零した。

 それは、今討ち取った騎士でも、ミニオンに関することでもない。

 彼の、最早人を逸脱していると言っても良いほどの視力を誇る目が、人影を捉えた気がしたからであった。

 いや、気がした、ではない。

 ──い、いる! いやがる! 間違いねぇ!

 

「おいおい、嘘だろ?」

 

 百戦錬磨、最強かつ最古の男であるベルクーリは、しかし頬を引き攣らせて星咬の背を二度叩いた。

 その背には先の戦闘でさえ一つも流さなかった汗が滝のように流れている。

 星咬が、ベルクーリの内心を推し量ったように、曖昧な声を上げて高度を落とした。

 やがて、地上へと到着した彼は、ようやくその姿をはっきりと認知した──認知してしまった。

 その少年は見慣れた──セントラル・カセドラルに住む修道士が着ることを義務付けられている制服を少しだけ改造したものを着ている。

 肩まで伸ばした黒の髪に、快活な黒の瞳。

 肌の色は真っ白でもなく、されども焼けているという訳でもない。

 身長は、150センに満たないくらいで、腰には《白金樫の剣》を帯びている。

 その柄巻きは何度も張り替えられたあとが見受けられ、それなり以上に使い込まれているのが分かった。

 そこまで観察して、ベルクーリは嫌な予感が当たった、と大きくため息を吐いた。

 

「あ、アルフォンス?」

 

 それでも、最初に出てきた言葉が疑問形だったのは、ベルクーリ自身が目の前の現実を受け止められなかった──受け止めたくなかったからであろう。

 そんなことは露知らず、少年は元気良く言葉を返したが。

 

「おっ、やはりアレはベルクーリだったか、見事な勝利だったな!」

「あぁ、そいつはどうも……ってそうじゃねぇ──あぁクソ、聞きたいことが多すぎる! 取り敢えずお前何でこんなところにいやがるんだ!?」

 

 耐え切れずにベルクーリは叫ぶように聞いた。

 ここは暗黒領域、整合騎士以外は踏み込むことすら許されていない人界の外側だ。

 更に言えばこのクソガキが過ごしているセントラル・カセドラルは人界のど真ん中であり、暗黒領域まではおよそ700キロル以上もある。

 子供の足で来れるような場所ではない。

 

「うむ、その質問は尤もだが、しかし一言で答えるには難しい質問だ」

 

 暗黒領域はほとんどの人間にとっては未知の世界だ。

 それは、アルフォンスであっても変わることはない。

 だと言うのにこの少年は特に驚く様子も、怖がる様子もなく、平然とした様子でそう言った。

 ただでさえ、戦闘を終えたばかりのベルクーリは纏っていた覇気の残滓とでも呼ぶべきものを残しているというのにも、だ。

 相変わらず肝の据わった坊主である。

 

「順を追って説明しよう、今朝、イーディスとレンリ、それから《四旋剣》の四人が人界警護の交代の為セントラル・カセドラルを発った」

「ああ、そうだろうな。ちょうど今日が交代の日だ」

「その際、大量の物資を持って行くだろう? 端的に言えば、オレはそれに忍びこんだ」

「く、クソガキ……!」

 

 思わず反射的に言った言葉をそのままに、ベルクーリはそっと空を見上げた。

 アルフォンスの隠密は正直言って相当高レベルなものだ。

 精鋭集いの整合騎士であっても気付けないのは仕方がない、と整合騎士長たるベルクーリでさえ、そう言わざるを得ないほどに。

 だからこそ彼は空を仰ぎため息を漏らすのだ。

 騎士長という立場上、彼は整合騎士達を叱らなければならない……。

 普通に憂鬱になってきた、と彼は思った。

 

「で、どうしてそんなことまでして暗黒領域まで来たってんだ? 暇つぶしか何かか?」

「失礼なやつめ、オレを何だと思っているんだ? 当然、理由くらいはあったとも」

「ほほう?」

 

 ベルクーリは、この少年が嫌いではない──どころか、相当気に入っていた。

 一年前に拾われてきてから始まった、セントラル・カセドラルを蹂躙するかのような少年の言動を、ベルクーリは微笑ましいどころか、有難いものだとすら思っていた。

 堅苦しく、どこか厳かさが充満していた時も嫌いではなかったが、今の随分と弛緩した雰囲気の方が彼好みだったのである。

 ──それに、何よりも。

 あの、本当に神なのだと言われたら信じてしまいそうなくらいの神聖さを秘める最高司祭が、酷く人間らしくなったのが、彼は嬉しかった。

 ふとした時に消えてしまいそうだった彼女が、時折、酷く空虚な瞳をしていた彼女が、しかし今では元気にクソガキに振り回されているのである。

 これが愉快以外の何と言えるだろうか!

 まぁ、そのせいで元老長との不仲が増したのだが、それはまた別の話だ。

 

「オレは一度、ここを見ておかなければならなかったのだ。いずれ、ここに立つ時が来るのでな」

「へぇ、お前さん、整合騎士にはならないと言ってなかったか?」

「もちろん、整合騎士になる気はない。オレがなるのはその上、最高司祭のポジションだ、それは今も変わってはいない」

「その上で、か……」

 

 真っ直ぐ、翳りの一つもない眼差しに、ベルクーリは笑みを浮かべた。

 アルフォンスという少年は、こうして二人で話している時、こちらが驚いてしまうくらい、酷く遠い眼をすることがある。

 それが、遠い、遠い未来へと思いを馳せている──いいや。

 遠い未来を予見している、ということに気付いたのはつい最近のことだ。

 この天才少年は、自分が考えつかないほどの『先』を見ている。

 それを共に見ることはできなくとも、察することはできていた。

 ──まぁ、それはそれとして。

 

「それなら用は済んだな、ほら、乗せてやるから帰るぞ」

「えぇ!? ちょっと待ってくれ。確かに用は済んだが個人的にもうちょっと楽しんでいきたい!」

「それがダメだっつってんだよ! つーか禁忌目録を余裕で破ってるからさっさと戻んねぇと大目玉だぞ」

「ぐっ……それは困るな、アドのガチ説教はかなり長い」

 

 もう手遅れだろうがな、とは言わないのはベルクーリなりの優しさだろうか。

 暗黒領域に出ることは《禁忌目録》で禁止されている。

 それを破った時点で、元老院の連中はそれを察しているだろう。

 ──この少年が、《禁忌目録》に縛られているかと言われれば、それは分からないが。

 

「そういう訳だ、大人しくしとけ」

「ぐぬぬ……しかし、くっ……分かった……」

 

 彼なりにかなりの葛藤があったらしい。

 それでも素直に返事したことにベルクーリは笑いながらアルフォンスを持ち上げた。

 恐ろしい程の異常性を秘めている少年だが、その体重は年相応に軽い。

 いつもは反抗精神でいっぱいな彼が、ぐでーっと腕にぶら下がる形になっているさまは少しだけ愉快だ。

 

「よぅし、準備はできたな、こっから拠点までひとっ飛びして、引き継ぎしたら帰還だ。いいな?」

「おーけーだ、しかし待ってくれ、もしかしてこの態勢で飛ぶつもりか?」

「大丈夫だ、星咬を信じろ」

「安心できる要素がない!」

 

 少年のささやかな抵抗と共に、星咬は元気良く飛翔した。

 その日、少年の元気な絶叫が暗黒領域には響き渡ったという。

 




ベルクーリ:絆されるまでもなく初対面時から主人公のことを気に入ってた。アルフォンスの遊び相手に良くなっている。

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