少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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既に五話な時点で皆さんお気づきだとは思うのですが、多分十話では終わりませんねこれ。
大誤算だよもう。
因みに次話は息してないどころか一文字も生まれてません。


彼らの『相棒』。

「アリス、今日の予定はどうなっている?」

 

 人界七の月の最後の朝、全員が黙々と食事を摂る中、そう投げかけたのはアルフォンスだ。

 つい十日前に審問を終え、彼の傍付き修道女、という良く分からない天職に任命されたアリスは、彼の毎日のスケジュールを把握しておく必要があった。

 とはいえ、同じ修道士、修道女である以上個人のスケジュールなんてものはないのだが。

 学生が良くやる「次の授業なんだっけ?」みたいなやり取りのようなものだ。

 アリスは目線を左上へと飛ばしながら、記憶を探る。

 

「えぇっと、今日は確か午前中が神聖術、午後からは剣術ね。講師は──」

「違う、オレのではない、お前のだ、アリス」

「私?」

 

 しかし、同じ修道士、修道女と言ってもそこにはまた小さな区分が存在していた。

 ざっくり分けて三つ、上級、中級、下級、である。

 アルフォンスは当然ながら上級で、新参のアリスは未だに下級だ──アルフォンスは最初から上級であったが。

 かと言って、それはアリスが有能ではないということではなく、最初の一年はみな下級であるのが普通なのである。

 こいつが異常なのだ。

 

「午前はカセドラル内の案内で、午後は歴史と神聖術の修練よ」

「そうか、つまり暇ってことだな」

「なんで???」

 

 どうしてそうなるの? という疑問は、しかし意味をなさない。

 多分形式上聞いただけで、予定なぞどうでもよかったのだろう。

 アルフォンスはどこ吹く風、と言わんばかりにお茶をすすっている。

 本来であれば抵抗なりしたいところなのだが、残念ながらアリスはこの少年の()()()修道女であった。

 アルフォンスの命令は大体絶対なのである。

 アリスはこいつに逆らえない。

 

「今日はちょっと行きたいところがある、付いてこい」

「はいはい……最高司祭様のところ?」

「いいや、アドは最近お前を連れてくと若干不機嫌になるからな……夜に行く。

それとは別件だ」

「ふぅん、まぁ分かったわ」

 

 やれやれ、と嘆息すると同時に安堵を覚えながら、アリスは残った一切れのパンを食べ切ってしまう。

 最高司祭様が明らかに私的な意味合いでもアルフォンスを気に入っているのは周知の事実だ。

 そうでなくとも、アリスはアドミニストレータの発する圧に耐え切れない。

 一度でも顔を合わせればその日はもう疲労困憊である。

 

「そう他人事のような顔をするな、お前にも関わってくることだ」

「私にも?」

「あぁ──整合騎士見習いである修道士、修道女が此処で最も初めに得るべきものが、何かは知っているか?」

「得るべきもの?」

 

 ここ十日間で教えてもらったことを思い返してみても、アリスには一切見当がつかない。

 重ね重ね言うが、アリスは決して無能でもなければ、頭が悪いという訳ではない。

 むしろその逆で、アルフォンスがいなければ今頃『教会史上最大の天才』とまで言われていたであろう。

 それほどまでに彼女は神聖術に対する適性が高かった。

 無論、その頭も出来が酷く良く、分厚い辞書でさえも数日あれば頭に叩き込んでしまえるほどだ。

 そんな彼女に見当がつかない、ということは教えてもらっていないということで間違いないだろう。

 だが、何となく「分かりません」と言うのは癪だったアリスは、もう一段階踏み込んで思考を回す。

 整合騎士と言えばこの人界を守護する英傑たちだ。

 超級の《神器》をその手に、圧倒的な剣技と神聖術で暗黒領域からの軍勢を跳ねのける一騎当千の()()精鋭。

 であれば、やはり──

 

「自己回復の、神聖術とか……?」

「うむ、全然違う──が、まぁ回答としては悪くないな。確かに回復の神聖術の習得は必須だ。褒めてやろう、流石オレの妹分だ」

「そ、そう? えへへ……」

 

 よしよし、とアルフォンスに頭をなでられアリスは嬉しそうに声を上げる。

 見ようによっては仲の良い兄妹だ。

 最初こそ嫌がっていたアリスもたった十日でこれである。

 アルフォンスはかなりの人たらしだった。

 他人が喜ぶことと、嫌がることを本能レベルで理解している。

 ──アリスに関しては、突然やってきた非日常の中で、誰よりも早く、誰よりも親身に助けてくれた、ということも大きく作用しているだろうが。

 

「ちなみに正解は『相棒』だ」

「?」

「無論、人ではないし、愛用の武器を指しているわけじゃない。整合騎士の相棒とはすなわち──」

 

 ──飛竜だ、とアルフォンスはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 セントラル・カセドラル南方庭園。

 豊かな草原が広がり、美しく大きな湖が存在する広大なそこは、央都セントリアでも屈指の広さを持つ巨大庭園である。

 セントラル・カセドラル──つまり教会の完全私有地であり、一般の人間が立ち入ることが許されていないそのエリアは通称:飛竜の庭。

 本来、西方にしか住まわない飛竜が教会の手によって育てられている此処は、首都にあるには似つかわしくないほど危険度が高い場所でもある。

 人間の天命値を大きく上回っており、人程度であれば一瞬で焼き殺せるブレスや、裂き殺せる牙、爪を持つ彼ら飛竜は、しかし決して人々を襲うことは無い。

 元よりかなり知能が高く、無暗に何かを襲うような生物でもない上に、彼らは整合騎士との間に強い繋がりを持っているからだ。

 ここで育てられた飛竜はみな、誰もが幼体の時に一人の戦士に預けられる。

 飛竜は何よりも絆を重んじる生物だ。

 幼い頃から共に育った戦士のことを裏切ることは無い──彼らが守ろうとするものを、一緒に守ろうとしてくれるのである。

 

「そういう訳でお前の飛竜を貰いに来た、ちゃんと名前は考えて来たか?」

「そっういうことは先に言っておくべきじゃないかしら!?」

「兄貴分を蹴るな叩くな馬鹿者」

 

 セントラル・カセドラル南方庭園に隣接する、セントラル・カセドラル一階、飛竜厩舎に今日も元気のいい少女の声が響き渡る。

 ついでに彼女渾身の蹴りが炸裂したが、返ってきたのは岩でも蹴ったかのような感触だった。

 思わずアリスは蹲る。

 

「いっっったぁ……」

「当たり前だ……お前とは格が違う」

「くぅっ」

 

 ギリィッ、とアリスは奥歯を嚙み締めた。

 ここ十日でアリスは随分とこの少年に絆されたが、それはそれとして同年代ということもありすっかり気安い関係になっていた。

 彼が兄貴分、妹分という言葉を使うせいで、もし兄がいたらこんな感じだったのだろうか、とも思っている。

 それがまた、彼女のアルフォンスに対する接し方のハードルを下げているのだろう。

 実際アルフォンスも満更ではなかった。

 小動物がじゃれてくるようなものである。

 

「そら、落ち着いたか?」

「え、ええ……もう大丈夫」

「なら良い、行くぞ」

 

 アリスの白く、小さな手を握ってアルフォンスは歩き出す。

 飛竜の庭は、パッと見渡した程度では果てが見えないほどの広さだ、一度迷い込んでしまえば出るのも一苦労だろう。

 そんな中を気負うことなく突き進む二人は、やがて大きな厩舎の前へと着いた。

 

「ハイナグー! 来たぞー!」

 

 手をメガホンのようにして、アルフォンスは大声で叫ぶ。

 アリスはその声量にやられたようでぐわーんとふらついた。

 せめて叫ぶ前に何か言ってよ、と文句を言おうとしたが、しかし厩舎の奥から誰かが出てくることにアリスは気付いた。

 青のつなぎを着た、長身の男だ。

 騎士だろうか、とアリスは一瞬そう思った。

 それくらい、彼の身体は鍛え上げられていたのである。

 

「アルフォンス修道士殿、毎度そう大声は出さなくても良い、と言っただろうが」

「そんなこと言って、一昨日来たときは気付かなかったろうが」

「アルフォンス修道士殿は大声か小声しか選択肢がないので?」

 

 バチバチッとした言葉が交わされるが、しかしアリスはそれだけで「あぁ、この二人は仲が良いんだな」ということを察した。

 兄貴分である彼は、横暴なふるまい、尊大そうな態度を取る割にはかなり理知的な言動をしている。

 相手の不快にならないラインを見極めるのが上手いのだ。

 ゆえに、冗談だったり、我儘だったり、煽りだったりを言う相手は大体仲が良い──アルフォンスが甘えている、とも言う。

 事実、二人には笑みが浮かんでいた。

 

「アリス、こちらがハイナグ──この飛竜厩舎の厩舎長だ。これから世話になるだろう、挨拶しておけ」

 

 そう促されて、アリスは一歩前に出た。

 ハイナグと呼ばれた男の灰の眼を見ながら、コホンと咳払いをする。

 

「アリス・ツーベルクと申します。つい十日ほど前に修道女になりました、よろしくお願いします」

「あぁ、話には聞いている。よろしく頼む」

 

 差し出された、黒く焼けた手をアリスが握る。

 こんなに大きい手の持ち主は村でもいなかったな、とアリスは思った。

 そもそも、これだけ身体を鍛えているような人がいなかった、というのもあるが。

 

「それで、飛竜なんだが早速会うか?」

「良いのですか?」

「もちろん、ちょっと待ってな」

 

 そう言って、ハイナグは厩舎の中へと入っていった。

 アリスは何となく緊張してしまって、ソワソワと落ち着かない。

 

「アリス、目にうるさいぞ」

「だ、だって、飛竜よ!? その、情けない話、期待……もあるけど、ちょっとだけ、怖くて」

 

 アリスは十日前、デュソルバート・シンセシス・セブンと、その飛竜によってここまで運ばれてきた。

 彼女は今でも、あの瞬間が目に焼き付いている。

 無機質な兜の先から見えるまなざし、それと共にある、巨大で恐ろしい、飛竜……。

 抑えているのに、それでも手が震える。

 

「? ……! ふっ、ふははっ、そうか、恐ろしいか」

 

 しかしそんな彼女を、アルフォンスは笑い飛ばした。

 むっ、とアリスが眉をしかめる。

 

「何も、笑うことないじゃない……」

「いやすまない、そういえばお前はまだ何も知らなかったのだと思ってな」

「知らないって、何が?」

「直に分かる、ただ一つだけ断言するのであれば、お前は必ず気に入るだろうということだな」

「ふぅん……?」

 

 曖昧な物言いだな、と思うが直ぐに分かるというなら待つしかないだろう。

 まったく、こういう時は慰めるなりなんなりしてくれるのが兄ではないのか、とアリスは内心毒づいた。

 

「あっ……」

 

 毒づくと同時に、手を握られた。

 特段こちらを見ていないから良く分からないが、いつも通りのすまし顔をしているのだろう。

 こんなことで少しだけほっとする自分がいることに気付いて、アリスはため息を吐いた。

 私、思いのほか簡単ね……。

 地味にショックを受けていれば、「キュルル!」という聞きなれない、愛らしい声が耳朶を叩いた。

 伏せていた顔を上げてみればそこにはハイナグと──その手に抱きかかえられた、ぬいぐるみのような飛竜がいた。

 体表は綺麗なライトブルーの鱗に覆われており、クリクリとした大きな目はアリスと同じ、深い青。

 まだ小さな翼をパタパタとさせている姿はいっそ天使か何かかとアリスは錯覚し、次いで自分の中にある飛竜のイメージとそれがぶつかり合った。

 勝者は前者であった。

 もうこんなもんいるかっ、と言わんばかりにアルフォンスの手を振り払ってアリスは駆けだしていく。

 

「かっ、かわいぃぃぃ~……!」

 

 ハイナグが困ったように笑い、渡してくれた飛竜を抱きしめアリスは心の声を垂れ流した。

 数分前の怯えようが演技だったかのような変わり身である。

 流石に呆れたような顔をしたアルフォンスだったが、まあ何にせよ良かった、と思った。

 幼体にまで怯えられたら話にならないところだった。

 

「アリス修道女殿、あまり抱きしめすぎると飛竜が嫌がる。ほどほどにしてやってくれ」

「あっ、そ、そうですよね。ごめんね……えっと、この子の名前は?」

 

 その言葉に、今度はハイナグが呆れたような顔をしてアルフォンスを見た。

 

「教えていないのか?」

「いや、ここに着いた時に言ったんだけどな……まぁ良いか。

アリス、そいつの名はお前が付けるんだ」

「わ、私が?」

「そうだ、お前が名を与えることで、初めてお前らの間には絆が出来上がるんだ──慣例としては、漢字二文字だな。

自然物に由来する漢字を一つ、それを目的語とする動詞一つ、だ。

例えば、アドの飛竜は『雪織(ユキオリ)』だし、整合騎士であるベルクーリの飛竜は『星咬(ホシガミ)』と名付けられた。

じっくり考えて、良い名前をつけてやれ。期待しているぞ」

「ハードル上げないでよっ、えぇっと、どうしよう……」

 

 綺麗な水色だし、水関係から取った方が良いかな……いやでも……と悩みだした妹分に、もう大丈夫そうだな、とアルフォンスは思う。

 飛竜の方はアリスにビックリしているようだったが、敵意がないのは分かっているだろう。

 それに先ほどからちょろちょろと彼女の周りを行ったり来たりしている。

 問題はなさそうだ。

 

「ハイナグ、陽護(ヒノモリ)はいるか?」

「ああ、運がよかったな。今日は珍しく奥で休んでいる──行くのか?」

「うむ、あいつとはそれこそ久しぶりだからな、一応アリスを見てやっといてくれ」

「分かった、気をつけてな」

 

 ハイナグの言葉を背に受けながら、アルフォンスは軽い足取りで厩舎へと入っていく。

 そこにいるのは見慣れた飛竜たちだ。

 みな、整合騎士たちの相棒である。

 星咬や宵呼(ヨイヨビ)と少しだけじゃれ合ってから、彼は最奥へと足を向けた。

 そこにいるのは、一匹の飛竜──否、飛()

 本来、東方にしか存在しない、翼がなく、胴が長い竜が、己の身体を巻いてすやすやと眠りについていた。

 その鱗は美しいサンライトイエローで、まるで宝石のように輝いている。

 

「珍しいな、寝ているのか、陽護」

 

 既に自分と同じくらいの大きさに育った飛龍に近寄り、頭をなでてやる。

 ──陽護は、この飛竜の庭で生まれた龍ではない。

 まだ幼体であったにも拘わらず、東の果てから飛んできたのである。

 その身体に多くの傷をつけ、フラフラと落ちてきたのを、アルフォンスが拾ったという訳だった。

 以来、陽護は彼に懐き、例外的にアルフォンスの相棒として認められたのだった。

 

「ガゥ……?」

「ん、起こしてしまったか……まあいいだろう、折角久しぶりに会ったのだから」

 

 陽護は、この飛竜の庭においては一番の問題児だ。

 全ての飛竜はよくしつけられ、夜になればこの厩舎に帰ってくるのだが陽護だけは無視してガンガン遊び続けて帰ってこない。

 そんなところまで主人に似なくていいんだが……とはハイナグの弁である。

 陽護のそういったところも、アルフォンスは気に入っていた。

 オレの相棒であるのだから、そのくらいでないとな! と笑ったまであるほどだ。

 その後、「余計なこと吹き込むな」とアドミニストレータに拳を落とされたが、それはまた別の話だ。

 

「どうだ、そろそろオレを乗せて飛べるようにはなったか?」

「きゅるる……ガゥアッ!」

 

 瞬間、陽護はアルフォンスに巻き付き飛翔した。

 ぶわり、と風が舞い勢いよく外に飛び出す!

 

「だぁーっ!? 落ち着け陽護! 確かに飛べるかとは聞いたが今すぐ実践しろとは言ってない!」

「きゅるるるる! ガァァアァアア!」

「こ、こいつ……!」

 

 純粋に楽しんでやがる!

 アルフォンスはすぐさまそれを察し、しかしそれなら仕方ないな、とため息を漏らした。

 楽しそうなことはすぐさま試して行けと教え育てたのは他ならぬ自分自身である。

 アドにちゃんと躾けなさい、と言われた意味がようやく分かったな、とドンドンと遠ざかっていく地面を眺めながらアルフォンスは思った。

 

「……って待て、陽護お前、どこまで行く気だ?」

 

 下にいたアリスたちが豆粒になっても、陽護はまだ止まらない。

 上へ上へと昇る飛龍は、何かを目指すように雲を突き抜けた。

 そうして見えてくるのは──

 

「ガァァアアアア!」

「────まさか、お前!」

 

 ──そう、セントラル・カセドラル最上階。アドミニストレータの部屋へと、一直線に陽護は向かっていた!

 心なしか気分の良さそうな声を上げた陽護にアルフォンスは思わず感動してしまう。

 こいつ、外からの襲撃を可能にするために……!

 オレは、最高の相棒を持ってしまったようだな……。

 フッと笑ってから神聖術を唱える。指に宿るは十の熱素だ。

 セントラル・カセドラルの外壁は異常なまでに強固だが、アルフォンスが全力を出せば小さな穴くらいは空けられる。

 いける、いけるぞ!

 

「よし陽護! このまま頂点獲るぞ!」

「ガゥァァアア!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後二秒で叩きのめされて外壁に吊るされた。

 

 




陽護:性別はメス。雪織とアルフォンスのことが好き。アドミニストレータのことが嫌い。
アルフォンスのことを運命の相手だと思ってる。

ハイナグ:めちゃくちゃ絆されてるがそれはそれとしてクソガキだと思ってる。

アリス:飛竜きゃわわ。

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