少年は『ラスボス』になりたい。   作:泥人形

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奇跡的な更新です。明日以降は無理です。


『成り損ない』の女。

 深夜二時。誰もが寝静まり、ただでさえ静かなセントラル・カセドラルが、更に音をなくす時間。

 タッタッタッ、と床を蹴る音を一定のリズムで奏でるのは、一人の少年だ。

 最上階にて眠る現人神──最高司祭:アドミニストレータの元へと、アルフォンスは走っている。

 既に三人の整合騎士の目を潜り抜けて来た彼は、ここから上には誰もいないだろう、ということをほとんど確信した上で、足音を立てていた。

 というのも、整合騎士がセントラル・カセドラルの警備をするということ自体が、本来あり得ないことだからである。

 現在、二十九人しかいない人界の守護者は、常に人手不足だ。

 そのほとんどが人界を守るため、暗黒領域(ダークテリトリー)と人界の狭間にて防衛線を繰り広げている──つまり、此処を警備する人員というのは非常に限られてきてしまっていた。

 休息を与えられている騎士もいることから、日常的に警備にあたっているのは三人~四人であるということを、アルフォンスはとうに把握していた。

 ついでに一人一人のスケジュールも大体把握済みだ、彼は意外と──でもないが、用意周到だった。

 この上には誰もいないということを知っているからこそ、好き放題に走れるという訳だ。

 

「システムコール」

 

 窓の外から零れ落ちてくる月明かりが以外は一切光の存在しない暗闇の中、アルフォンスは素早く式句を口にする。

 神聖術は基本的に、式句が無ければ成り立たないものだ。

 ここから術句を連ね、熱素や凍素といった素因を生み出し、それを己のイメージに合わせて変形させる。

 十本の指先に熱素(サーマル・エレメント)を灯した彼は、すぐさまそれを龍──己の飛龍に似た姿──に変形させた。

 それは当初、彼が五分以上かけて生成していた神聖術である。

 アルフォンスは既に、それを数秒で形成させられる程度には神聖術への造詣を深めていた。

 ふーむ、良い出来だ。これならアド相手にも数秒は保つだろう。

 横目で見ながら評価を下し、並行させてまた神聖術を紡ぎあげる。

 今まで単一属性の神聖術で挑んでた彼だったが、最近は属性を混ぜるということにはまっていた。

 ほら、あれだ。光と闇が合わされば最強に見える、みたいなやつ。

 アルフォンスは最近読んだ小説におもくそ影響を受けていた。

 

「──っ、やはりまだ安定はしないか」

 

 先ほどの熱素と同じように風素(エアリアル・エレメント)を灯せば、同時に熱素によってできた神聖術が一瞬揺らぐ。

 集中力やイメージ力の問題だ。片方に集中しすぎると、片方が疎かになる。

 ただでさえ、ここで暴発すれば今駆けている階段など黒焦げになってしまうだろう。

 直せないことは無いが、しかし普通に面倒だ。なんなら説教までされてしまう。

 アドの説教は慣れてきたが、ファナティオの説教はレベルが違うのだ。

 問答無用で木剣で叩きのめされる。

 それだけは本当に嫌だ……。

 そう思ったアルフォンスは、ゆっくりと息を吸い込み

 

「み・つ・け・たっ」

「!!?」

 

 ──ぶはぁっ! と勢いよく吐き出した。

 完全に不意を突かれた肩ポンに、手元が狂う。

 重ねて言うが、神聖術というのは高位のものであればあるほど、集中力やイメージ力、個人の技量が問われるものだ。

 それが崩れてしまえば、当然神聖術は形を保つことはできない。

 つまり──

 

「あっ、やばっ」

 

 熱の龍が、たちまち姿を解かし──しかし、爆破することは無く幾重もの斬撃に切り刻まれて、音もなく消し飛ばされた。

 火の粉と化したそれがふわりと舞い、暗闇を明るく照らし出す。

 ようやく振り返ったアルフォンスの前にいたのは──

 

「やっほー、元気してた? ()()

 

 ──イーディス・シンセシス・テン。

 十番目の、整合騎士であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、イーディス……」

 

 特徴的な黒のリボンで、茶色の混じったような灰色の、腰まで届かんばかりの髪をひと結びにした女性。

 整合騎士であれば誰もが与えられている、ワンオフの鎧ではなく黒のノースリーブ姿の彼女は、愛刀である《闇斬剣(あんざんけん)》のみを携えている。

 彼女が手ずから生み出した光素によって照らされる紅い眼差しは、実に愉快そうにアルフォンスを見つめていた。

 というかもうニマニマと笑っている。

 思わずアルフォンスは声が上擦った。

 

「あら、随分と嫌そうな声出すじゃない。なぁに? あたしに会うのは気まずかった?」

「い、いや、そういう訳では……」

 

 ある。

 もうめっちゃある。

 こいつ、ついこの前イーディスを隊長とした人界警備の荷物にこっそり入り込み、暗黒領域に侵入するという馬鹿げたことを成し遂げたばかりである。

 当然、イーディスはもうバチクソにベルクーリに叱られたし、そのことをアルフォンスは知っている。

 彼からすれば「う~ん、ほとぼりが冷めるまで近寄らんとこ!」と言った感じであったのだ。

 それがまさかこんなに早く再会を果たすとは正直考えてもいなかった。

 というか、アルフォンスの脳内データベースではこの女は未だ任務中のはずである。

 どういうこと?

 

「ふっふーん、そんな怯えた顔しちゃって、可愛んだから。何も取って食ったりしないわよ」

「そのつもりなら取りあえず肩から手を離してくれないか?」

 

 もうさっきからギチギチ音鳴ってるんだけど、と文句を垂れるが、しかしイーディスは笑ったままだ。

 あーもうこれ怒ってる、超怒ってるよ。

 アドと言い、ファナティオと言い、キレやすい人がちょっと多すぎる、とアルフォンスは思った。

 大体の場合において自業自得なのは棚の上だ。

 

「あ、逃げようとしちゃダメよ。もしそんな素振りでも見せたら、ただじゃおかないんだから」

「脅しのつもりか? オレは絶対に屈しないぞ」

「ファナティオに言いつけちゃうわよ」

「許してくれ、オレが悪かった」

 

 即答で頭を下げるアルフォンスだった。

 彼はありがたいことに毎日、手が空き次第ファナティオに訓練をつけてもらっていたのだが、お陰でばっちり全身にトラウマじみたものを刻み込まれていた。

 ファナティオはこのセントラル・カセドラルで、この少年に最も優位に立てる地位を確立したと言っても過言ではないだろう。

 アドミニストレータが知れば激憤してそのポジション代わりなさいとジタバタしそうなものだ。

 

「はい、良い子ね。でも、もう一つ言いたいことがあったりするんじゃない?」

「……っ、ぐぬ……勝手に荷物に入り込んで、迷惑かけて、ごめんなさい……」

「よしよし、よく言えたわね」

 

 慣れた手つきで、イーディスはアルフォンスの頭を撫でる。

 何だか微妙な雰囲気から始まったが、元よりこの二人はセントラル・カセドラル内でもかなり仲の良い方だ。

 不思議なくらい面倒見の良いイーディスに、周りに面倒をかけまくるアルフォンス。

 相性が悪いわけがない。

 謝ることをかなり渋りはしたが、それはもうアルフォンスの性格がゴミというだけだ。

 いつもギリギリまで自分は悪くないのでは? という理論を考え、結果的にいつも「オレしか悪くないな……」という結論に達しているだけの話である。

 

「あんたも最初から謝ってくれれば、こんなことしなくて済んだのに」

「正直戻ってくる頃には忘れてるだろうと思っていた、オレの計算違いだったようだな」

「あたりまえでしょうーがっ」

「ぐえぇぇ」

 

 ギシギシと音を立ててアイアンクローをかまされ、思わずアルフォンスは声を上げた。

 見た目だけならそれほど筋力なさそうに見えるイーディスであるが、しかし彼女は整合騎士──しかも古参──だ。

 弱いわけがない、むしろリンゴとかなら余裕で潰せるくらいだ。

 一頻り苦しむアルフォンスを見たのちに、イーディスはパッと頭を離す。

 

「ま、こんなところで立ち話もなんだし、移動しましょうか」

「えぇ……オレ、上に行きたいんだが」

「だーめーよ、あたしの話に付き合わない限り、此処から先には行かせてあげないんだから」

 

 ピッ、と額に人差し指を当てられ、アルフォンスは観念したように息を吐いた。

 アルフォンスは天才だ、剣の技量も、神聖術の技量も既にトップクラスへと迫っている。

 だが、流石に今真正面からイーディスとぶつかり合って勝つことはできない、ということを理解していた。

 同様にだまくらかして先に行くのも不可能である、ということもだ。

 何せイーディスはこのセントラル・カセドラルでアドミニストレータの次にこいつに振り回された回数の多い女である。

 年季が違う、アルフォンスは口先でイーディスを騙すのはもう中々骨だということを知っていた。

 ズルズルとイーディスに引きずられながら下り、辿り着いた先は、八十階《雲上庭園》だ。

 

「絶対ここだと思った。イーディス、《雲上庭園》好きすぎだろ……」

「ん-、まぁね。でも、嫌いな人の方が少ないと思わない? だってこんなに綺麗なんだよ?」

「どちらかと言うと、昼の方が良くないか? ソルスの光が入ってきてる時が、一番綺麗だろう」

「夜は夜で趣きがあるじゃない、だってほら、こんなに幻想的」

 

 ヒラリと舞った青色の聖花を手に乗せて、イーディスそっと微笑んだ。

 八十階《雲上庭園》。そこは、このセントラル・カセドラルでも最も特殊なフロアである。

 基本的に、白の大理石に造り上げられたフロアのみで構成されているセントラル・カセドラルではあるが、この《雲上庭園》だけは例外だ。

 《霊光の大回廊》程ではないものの、広大であるこの階層の床は石張りではなく、芝が張ってあり、各所には色とりどりの聖花が咲き乱れている。

 奥の方では小さな小川が、月光をキラキラと反射し輝いており、それにかかるように木の橋が長く続いていた。

 その先まで行けば、少しだけ高い丘になっていて、その頂点には一本の金木犀の樹が生えている。

 その樹は、特段巨大と言う訳ではない、むしろ小さい方と言っても良いくらいだろう。

 別格なのは、それが経てきた年数だ。

 この金木犀は人界が生まれた時から存在する、太古の樹木である。

 それが保有する属性は《永劫不朽》。

 この《雲上庭園》は、この樹のために造られたと言っても過言ではない。

 イーディスは金木犀のあの、甘い香りを好んでいる。

 それも相まって、彼女は此処を気に入っていた。

 金木犀の下までたどり着いた二人は、揃って背中を預けて座る。

 

「静かな夜だとは思わない?」

「《雲上庭園》はいつもそうだろう……それで、話とはなんだ?」

「あー、それね、特にはないのよ」

「は?」

「ただ、あんまりにも静かすぎて目が覚めちゃったから、構ってもらおうかと思って」

「こいつ……!」

 

 グググッと拳を握ったのちに、はぁ、とアルフォンスはため息を吐いた。

 ここでじゃれ合っても良いが、アドと戦う前に消耗はあまりしたくない。

 常に全力で挑まなければ、アレは中々倒せないのである。

 それに、あんまり暴れるとここの花が散ってしまうだろう。

 《雲上庭園》を特に気に入っているという訳でもないアルフォンスでも、流石にそれはどうかと思い踏みとどまった。

 それから、隣に来ていた手にふと目がいって、そのまま自分の手を重ねてやった。

 

「相変わらず、曖昧な物言いばかりするな。どうせまた人肌が恋しくなったのだろう、それならそうと言え」

「アルってさぁ……本当、たまには鈍いフリとかしてみた方が良いよ? それが優しさってものだぞ~」

「うえぇ、頬をつつくな、頬を」

 

 ムニムニ、と何度も押してくる指をバシバシッとアルフォンスははたきおとす。

 それを残念そうに笑ったイーディスは、静かに目を伏せた。

 

「最近、なんだか違和感があるのよね」

「違和感?」

「うん、あたしはさ、天界より召喚された整合騎士じゃない? それなのに、時折フッと、知らない誰かと暮らしてる夢を見るんだ。

あたしより小さくて、でもあたしに似てて、妹なのかな。

分からないんだけど、なぜだかその子が、本当に存在している子のような気がして、胸が苦しくなっちゃうの。

それで何だかとっても寂しくなって、会いたいって、その子を探さなくちゃならないって、そう思ってしまう」

 

 おかしいよね、とイーディスは笑った。

 それに、アルフォンスは何も返さない──返せない。

 彼は、その詳細が何なのかは分からなかったが、それでも知りはした。

 それは、記憶だ。

 彼女が、整合騎士になる前の──もうずっと、ずっと昔の記憶。

 イーディスが整合騎士ではなく、一人の村人として過ごしていた頃の思い出。

 アドミニストレータが抜き取った、イーディスにとって何よりも大切なモノ。

 その残滓とでも言うべきものが、浮かび上がってきているのだろう。

 長年仕えている整合騎士にこういうことが起こるのは、あまり珍しいことではない。

 例えばベルクーリや、ファナティオと言って古参の騎士であれば体験したことがあるだろう。

 そして、そういったことが起こるたびに、アドミニストレータは整合騎士の記憶を触り、それを消していた。

 それを、アルフォンスの口から告げられることは、しかし無い。

 彼は、自身が誰かにそれを伝えることの危険性をよく理解していたからだ。

 それに、ただでさえイーディスはもう何十年も整合騎士として仕えているのである。

 ショックを受ける、と言った程度では済まないことは想像に難くない。

 そこまで思い至って、アルフォンスはようやく、あそこにイーディスが居た理由に気が付いた。

 

「ああ、だから、あんなところにいたのか。アドに、そのことを聞きに行こうとしたな」

「あはは、分かっちゃう?」

「今の流れで分からないやつはいない……助言だ、アドに聞きに行くのはやめろ」

「……どうして?」

 

 膝を抱えながら、イーディスはアルフォンスを見る。

 アルフォンスそれに、一瞬だけ言葉が詰まり、コホン、と咳ばらいをした。

 

「アドは、あまり性格のいい女じゃないからだ。それはイーディスだって分かってることだろ」

「でもアルは、最高司祭様のこと好きじゃん」

「それはそうだが……だからこそ、擁護できない部分があることも分かってるって話だ。

欠点のない人なんてのはオレ以外はいないものだ、アドはそれが、少しばかり顕著すぎる。

相談役には甚だ向いていない──するなら、オレかベルクーリ辺りにするのが無難だろう」

「相変わらず自己評価高いなぁ……でも、そっか、じゃあしょうがないなぁ。

アルに頼ってあげる、だから今夜は、あたしの話し相手になってくれる?」

「──ま、仕方ないな。オレから言い出したことだ、眠くなるまでは相手してやろう」

「ふふ、ありがとうね」

 

 イーディスはふわりと笑い、「そういえばね」と他愛のない話を口にし始めた。

 それにアルフォンスは耳を傾け、時折言葉を返して笑う。

 こうして、二人の夜は静かに更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その、更に後のことだ。

 夜は明け始め、空がうっすらと白んできた頃、アルフォンスは一人階段を駆け上がっていた。

 タッタッタッという、数時間前と変わらないリズムで今度は登り切って最上階へとたどり着く。

 既に三つの神聖術を用意したアルフォンスは、躊躇いなく扉を押し開けた。

 

「さぁ、アド! 今日こそ、は──?」

 

 はたして、彼が見たのは、ベッドで蹲る一人の女性──アドミニストレータ。

 いつもであれば直ぐにでも言葉か、あるいは神聖術を飛ばすアドミニストレータは、しかし酷く緩慢な動きで身体を持ち上げた。

 その美貌は、些かたりとも衰えていなかったが、しかし肌は酷く青白く、生気が全くない。

 彼女は、長い銀の髪を揺らしながら、虚ろな目をして少年を見て──そして。

 バチン、と電源が切れたようにくずおれた。

 

 

 

 

 

 




イーディス:唯一の『アル』呼びお姉さん。妹のことを忘れさせられているのに忘れていない、忘れられない。

アドミニストレータ:ぶっ倒れた。
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