悪党と剣と騎士道と 作:元星
「よしっ!これで二十匹目だ!」
絶好調だ。信じられないくらい、絶好調のコンビネーションだった。昨日の姉御の啖呵が、俺を奮い立たせたのだろうか。
全てが思い通りだったが、同時に一つの懸念があった。攻撃役として姉御を酷使するため、常に最後の決め手は姉御任せ。つまり、彼女の体力はもう限界だった。
「悪い、少し」
一休みするか、と姉御が言いかけた時。突然だった。突然魔物が、俺を狙い空から急降下してきたのだ。ワイバーンだ。予想外の事態で俺は身動きが取れなかった。そんな俺を咄嗟に庇い、姉御が俺の前に出た。
しかし既に限界を超えていた彼女はワイバーンのかぎ爪に直撃し、気を失った。
ここまで、本当に絶好調だった。上手くいっていた。
完全に計画通りだった。そしてここからは、俺の仕事だ。やることは簡単だ。ここでノウェムを仕留めるか、
俺は…
「無理だ…できない。こんなことは、間違っている…」
見ていればわかるのだ、ノウェムの心の底にあるものが。彼女は悲しんでいる、そして寂しがっている。おまけに俺に心から同情している。裏があると薄々感じていながら俺のことを味方と信じ続けていた。
「…はは…その剣は、正しいことに使うんじゃなかったのか…?」
「…!目を覚したんすね…いや、こうなったら、全てを話すしかないっすね」
「昨日した話は、嘘だったのか?」
「嘘ではありません。今もまだ
「それで、こうする目的は何なんだ?」
「立場と金です。俺には、それが必要なんすよ。ここで姉御を裏切れば俺は、
もう一度、剣を強く握りなおした。しかしどれだけ強く握っても、ついにそれでノウェムを傷つけることはできなかった。そして、後ろから聞き覚えのある声がしたことで作戦が失敗したことを理解した。
「時間切れよ。何をモタモタしてるの」
「!お前は…キャル」
「残念だけど久しぶりの再会を楽しんでる場合じゃないの。あたしもあの優男に、おまけに陛下にも色々言われてきたところでさ…やっぱりあんた、失敗してるじゃないの」
俺はキャルには弱いのだ。そもそもあまり好きになれない。その理由は自分でもよくわかっていないが、今も睨まれると反論できなかった。
「アタシを捕らえるのはいいけど、一つ交渉しないか?ネコ娘」
「誰がネコ娘よ!というかあんた、自分の立場わかってるの?今はあたしたちが圧倒的に有利なのよ」
「わかってる、アタシはオマエについていくさ。でも、コイツは見逃してやってくれ。任務に失敗したんだから復帰はできない、そうだろ?」
「それをするメリットがあたしにあるの?理屈はそうでも、陛下からも命令されてるのよ」
「オマエはアタシたちの元に辿り着いた。それはアタシが倒れてすぐにな。初めからつけないでこうしたってことは、ゲンセイの居場所はすぐにわかるんだろ?」
「…」
「頼む、一週間だけでいい。コイツにチャンスをあげたいんだ」
「…五日よ。それなら乗ってあげるわ」
「それと、今から少しアイツと話をさせてくれ」
「すぐ済ませなさい」
「…姉御、いえノウェム、俺は…」
「アタシのことはいい。天下の大悪党ノウェム様だぞ、絶対になんとかしてみせる。それより今はオマエのことだ」
「俺のことなんてどうでも…」
「よくない。アタシにとっても、オマエにとっても、な!二度とそんなこといっちゃダメだぞ。とにかく、今伝えたいのは一つだ。オマエが心に抱えてるものを今すぐなんとかする魔法みたいなものはアタシは知らないけど、どうにかできそうなヤツには心当たりがある」
一呼吸置くと、ノウェムは俺に口を挟ませず続けた。
「ソイツは赤い髪にメガネをしてて、多分ランドソルでクレープ屋をやってる。情報は少ないけど、上手くやってくれ。いや、やれるさ!オマエはきっといい悪党になるぞ!アタシが保証する!」
「…話は終わったの?」
「ああ、もう十分だ。アタシは寝るから適当に連れてってくれ」
「なんで連れてかれる方が態度デカいのよ!…まあいいわゲンセイ、あんたあたしが無理してまで甘く見てやったのよ、何もせずノコノコ帰ってきたらぶっ殺すから」
それだけいうとキャルはノウェムを連れて立ち去った。立ち去ってしまった。
…その後のことはあまりよく覚えていない。だが、気がついたらランドソルには帰れていた。
そしてどういうわけか、クレープ屋もすぐに見つけることができた。
…正確にはクレープ屋をたまたま見つけると考える余裕もないまま話しかけた店員が偶然、ノウェムに言われた赤い髪とメガネの女性だったのだが。
「ノウェムに言われてきました。とりあえず、その…腹が減ったのでクレープ一つお願いしま…」
最後までいうことができず倒れた。帰るのに相当長い時間を要していたので無理もない。そしてノウェムとの別れとこの女性、ラビリスタとの出会いをきっかけに俺という存在は一つの転機を迎えることとなる。
その日は、なぜか変な夢を見た。不思議な格好をしたピンクの女性と、姿を変えた例の赤い女性が話している夢だ。
「晶、なぜ彼を助けたのですか?」
「人助けはアタシの趣味だからね」
「前置きは不要です。彼の素性は把握しています。真那と敵対する上で私たちにとって鍵となりうる存在であるということも」
彼女たちにとってそれは当然の見解だったのだろう、ピンクの女性はすぐに話を切り替える。
「いえ、話が逸れましたね。今重要なのは彼が原因でノウェムが真奈の手に渡ろうとしているということです」
「わかっているなら、それについては心配ないはずだよ。真那は今ノウェムを手放すわけにはいかない。彼を手中に収めるためにね」
「…そうでしょうね。しかし彼を、ですか。私にはとても信じられません。彼こそが真那が求めてやまない
「幼いだけさ。今はまだ、自分の才能を理解できていないんだ。それに…」
「言いたいことはわかっています。真那は私たちの中で誰よりも才能を持っているのに…いえ、持っているからこそ欠けているものがある。だからこそ彼を求めている。…繰り返しますが、彼は鍵となりうる存在です。失敗は許しませんよ」
ピンクの女性は納得はしていなくても、赤い女性に根負けしたのか手を引くことを決めたようだ。
「ようやくアタシに託してくれる気になったみたいだね」
「私が口を出して意思を曲げる人間でもないでしょう、あなたは。…口だけでなく、手も出る事態にならないことだけは祈っていますよ」
ピンクの女性は蝶となり消えていった。…そう思ったのだが、次の瞬間には自分のすぐ近くへと現れた。
「寝ている間も感知されるとは…やはり才能は本物のようですね。ノウェムのことは、頼みましたよ」
今度こそ彼女は完全に姿を消したようだった。
その後のことはまたしても覚えていない。確かなのは一つ。目を覚ましたら、例の赤い女性にこう言われたということ。
「騎士見習いくん、おはよう。注文のクレープ一つ、できてるよ」