悪党と剣と騎士道と 作:元星
「ラビリスタさんのクレープって…普通ですね。でも、おいしいです」
「おっ、口が上手いねえ!お姉さん、クレープたくさん焼いちゃうぞー!」
「いえ、それはいいので。…その…」
「ああ、それじゃまず「いえ、本当にいいので」…!」
「俺に構わない方がいいっすよ。…あなたの友達?仲間?細かくは知らないっすけど、ノウェムを裏切ってこのザマです。時間の無駄っすよ」
「…」
「あなたの思う通りには動きませんよ。何もしないっす。どうせ俺が何かしても何も変わらない」
当然、こうなることは予測できたはず。ノウェムを裏切り、売ったのは自分。なのになぜ、ノウェムの友人のこの人は自分を助けたのだろう?…わからない。
「キミさ。一つ勘違いしてるよ」
「勘違い…?」
「アタシがキミに頼みたいのは、ここで少しの間働いてくれないか、ってことなんだ。今はとにかく人手がほしくてさー。お願いだよー!」
「…はい?」
訳がわからず、曖昧な返事をしたのが運の尽き。あれよあれよという間にまくし立てられて気がつけば制服を着て店頭に。…なぜ?
「マスター、指示通りの時間だけど…あれ?その子は」
「あっ、もしかして念願のアルバイトさんですか!?やっとですね!」
「リノちゃん、嬉しいからってそんな風に近づいたら驚いちゃうでしょ」
「そーゆーお姉ちゃんもお兄ちゃんが来るといつも」
「いつも?」
「あれ?頭突きがこない?いつもよりお姉ちゃん優しいですね!」
「頭突き?いつもより?」
「そっ、そんなことより!新入りさん、私はリノです!よろしくお願いします!」
「それで、私がシズル。よろしくね〜」
「俺はゲンセイっす。よろしくお願いするっす」
口振りからすると姉妹らしいが。どうもそうじゃない雰囲気がする。上手くは言えないのがもどかしい…こう見えても自分は勘がいい。はずなんだが、最近どうも鈍っているようだ。
「そんなに緊張しないでいいよ〜、自慢じゃないけどこのクレープ屋はお客さんはそうそう来ないから!」
「それ本当に自慢じゃないですよ!?それでマスター、結局この人はアルバイトで合ってます?」
「うん、今日だけだけどね。アタシは用事があるからさ、しばらく任せたよ2人とも!大丈夫、すぐ戻るから!」
「はい!三人寄れば真珠の知恵っていいますもんね!」
「…えーっと、三人寄れば文殊の知恵って言いたかったんだよね、リノちゃん!って、マスター行っちゃったね。聞きたいこともあったんだけど」
「ははは…嵐のような人ですね」
「うん。ああ見えてすごい人だから、マスターは忙しいんだ」
「それよりその、俺はクレープ焼けないっすけど、大丈夫なんすか?」
「ゲンセイくんがここにいる間は私たち二人がいるからクレープを焼くことはないよ。安心して」
「じゃあ俺はどうして…?」
「さあね。でも、それはマスターが考えたんだから、ゲンセイくんはここで働けばいいんだよ」
ラビリスタの考え…俺の心に向き合うこともなく、拘束するなど時間の限られているノウェムにとって損しかないはずなのだが。
「それでそれでっ!せっかくなのでゲンセイさんには聞きたいことが…」
「またまた近いよ、リノちゃん?それに相手は病み上がりだからね」
「あっ、ごめんなさい。それより、初めて会ってからずっと気になってることがあるから、つい…」
「いや、いいっすよ。それで、何か?」
「ゲンセイさんって、少し前に王女を騙った人を追い払った『不死鳥の騎士』ですよね!ずっと応援してたんです!」
その名で呼ばれるのは、久しぶりだった。いつか呼ばれる覚悟はしていたのに、それでも心が沈んだ。
「…応援されるのは嬉しいっすけど。そんな大した人間じゃないっすよ俺」
「そんなことないですよ!だって…むぐっ!?」
「リノちゃん、落ち着くんだ…ぞっ☆」
「痛ぁ!?」
「ゲンセイくん、いつものことだから、気にしないで?」
「えっと、私、つい…ごめんなさい!」
「いえ、いいっす。当然の反応っすから」
「…ゲンセイくんって、病気じゃなくてやっぱり何かあって、マスターに助けられたんだね」
「…」
「それじゃあさ、私たちにも言ってみてくれない?何も知らない私たちにこそ、言えることもあると思うんだ」
「それは…」
「さっきは本当にごめんなさい。でも私、ゲンセイさんが元気ないなら力になりたいです!昔、私はゲンセイさんに元気をもらいましたから!」
2人の目をじっと見つめる。…嘘は、ついていない。この2人は心からそう思っているのだろう。つまり、ラビリスタには何も言われていない。この3人は、打算だけの関係ではないのだろう。
「その、じゃあ…えっと、仮にっすよ。仮に、自分の…仲間。そう、仲間が誰かに捕まってしまったら、どうするんすか?」
「もちろん、助けるよ」
「私も助けます。それが仲間です!」
「あ、いや、もし自分じゃ助けられない状況なら、ってことっす」
「それなら、誰かに助けてもらう」
「はい!自分一人でダメなら二人、二人でダメなら三人!それで三人揃えば亡者の知恵です!」
「文殊の知恵だよ、リノちゃん。…さっきもいったよね?」
「あ、あははは…」
「でも、俺にはそんな仲間はいません」
「そんなことないよ。自分が一人でいると思っても、心の中にある繋がりは決して消えないよ。…例えば、記憶がなくてもね」
それを言われると、懐かしい記憶が蘇る。左手に握る、敵を打ち倒すための剣。師との誓い。彼女なら…助けてくれるのだろうか。しかしそれでもまだ、立ち上がる気にはならなかった。
「…」
「少なくとも、私はそう信じてる。リノちゃんは…あれ?どうしたの?」
「何言ってるんですかお姉ちゃん!お客さんですよ、お客さん!」
「ああっごめんね、すぐに行くから…あれ?どうしたの?ゲンセイくん?」
「…君は」
「あれ…ゲンセイさん!こんなところで会うなんて…って、そうじゃなくて、その…わたしのこと、覚えてますか?」
もちろん、覚えていた。しかしその少女を見ても、すぐに返事はできなかった。自分にとって、彼女と会った時のことは、大きな分岐点だったからだ。未だに当時のこととは向き合えずにいた。
「あれ?…何でしょうこの雰囲気。お姉ちゃん、私たちどうすれば?邪魔じゃないですか?」
「じゃあゲンセイくん、今日は慣れない仕事で疲れたよね。少し早いけど、休憩にしよっか」
「えっ…いやでもまだ仕事始めたばっかりで…」
「いいから。あの子とお話、しておいで?」
「…はい」
シズルとリノが気を利かせて2人分焼いてくれたクレープを片手に、自分と少女は少し離れた路地へ移動した。人通りも多くない、捕まりはしないだろう。
「…久しぶり、ですね。わたしのことは…」
「覚えてます。あの日、城に来て王女を名乗った子、ですよね」
「…はい、そうです」
その時一瞬、彼女の瞳に悲しみの色がよぎった。それを見て、自分のことのようにゲンセイは悲しくなってきた。…不思議な気持ちだ。昔も、彼女と、こんなことがあったような気がする…
「あれ、そういえば、さっきの口調は?」
「ああ、聞いてたんですか…ん?今は普通ですね…何ででしょうか。あなたと話しているとどこか落ち着きます」
「…そうなんですか。わたしは」
「少し待ってください。あなたの話を聞く前に。俺の話をさせてください」
「あなたの…?」
「…はい。俺はあの日、あなたの言い分を聞こうともせず、陛下の指示に従いあなたを斬ってしまいました。本当に申し訳なく思っていました…いや、今も思っています。ごめんなさい」
「でも、ゲンセイさんは私のことを逃してくれたじゃないですか」
「逃そうがなんだろうが斬ったことには変わりませんから。…改めて、あなたの話を聞きたい。どうしてあんなことをしたんですか?簡単な理由じゃないってことぐらいは予想がつきます」
「…」
そこで、長い沈黙が続いた。
「クレープ、食べましょうか」
「…はい」
「ははっ、思ったより、いい食べっぷりですね」
「はい、わたし、食べるのが大好きで…」
「いいことです。でも今のこの国は、それすら楽しめない人がいます。おかしなことだとは思っているのですが…ん、おいしい」
「悲しい、ですね」
「俺もそう思います」
「……昔、わたしはこの国の偉い人の娘だったんです。あの頃は、王宮の中でずっと思ってました。わたしもきっと、いつかこの国で立派な人になるんだって。父や母や、周りの人に支えられて、そして支えるんだって…」
彼女の話を聞いて、気がつくと自分は剣を握りしめていた。…ああ、今胸の中にあるこの気持ちが、俺の本音なのだろう。今なら、言葉にできそうだ。
「…奇遇ですね。立場は全く違っても、俺も、そう思っていました。…その先はもういいです。あなたが王女を騙った理由、見えてきた気がします」
「その、『不死鳥の騎士』ゲンセイさんも、この国に疑問を持って、ナイトメアを飛び出したんですか?」
「どうしてみんな落ちぶれた俺のことを騎士の名で呼ぶんでしょうね」
「あっ、迷惑だったら…」
「そんなことはいいです。俺に聞きたかったのは、この質問でしょう?…残念ですが、答えは違います」
「…そう、ですか…」
「かつて俺は陛下に同じことを問われ、そして騎士の誓いを立てました。示したのは、騎士としての答えでした。騎士が国に疑問を持つ?あり得ません。古来より主に仕えることこそが騎士であり、俺もそうあらねばいけませんでした。お世話になった、あの人に」
「…」
「ですがもし今同じことを聞かれたら、きっとかつてとは違う答えを言うでしょう」
「えっ?それって…」
「王宮から離れて、そして守られる側の人間となって考えが変わったんです。人を守ることは単純ではありません。そして、守られることも。守る人は守るべきものを信じ、守られる人もまた守る人を信じなくてはならない」
「守られる人が、信じる…」
「だからと言って、今の陛下が信ずるに値しないのか、そして今の俺が陛下にふさわしい騎士なのか…そこまではまだ、わかりませんけどね」
…ようやく、吐き出せた。ノウェムと共にいる間、感じていたのに今までずっと言えなかったけど、間違いなくこれが俺の本音だ。気持ちが楽になったが、すぐにそれ以上の悲しみが押し寄せてきた。俺はこれをノウェムに言わなければならなかったのに。しかし、やるべきことはなんとなくだが見えてきていた。なら、今は…
「ゲンセイさんは、これからどうするんですか?」
「…久々に色んな人と話して、気が晴れました。少し、遠出でもしようかと思います」
「また、会えますよね?」
「縁があるなら、いつかまた」
「…おお、不思議な場面に遭遇しちゃったね。バイト君、もしかしてサボってる?」
「いえ、少し気分転換に」
「ならよし!それと一つ。キミはもうバイトをやめてもらって大丈夫だよ」
「いきなりクビですか?」
「決めるのはキミだ!なんちゃって」
「それなら動くのは早い方がいいので、バイトはやめにします。それとラビリスタさん、力を借してください」
「…!これは意外だね。辛い道だよ?後で泣いても知らないよ〜?」
「…お願いします」
「…いい目だ。でも待っててね。そこのキミ、クレープ買ってくれたんだね、ありがとう!少し込み入った話になるから少し…」
「その話、私も力になりたいです!」
「それはダメ。少なくとも、今はまだ」
「ラビリスタさんの言う通りです。これは俺の問題です」
「…わかりました。でも、何かあったら、何でも言ってください!しばらく私がバイトするので!」
「なんすかその流れ…というか、気になってましたけど。ラビリスタさん、その格好は?最終決戦行ってきたみたいな格好じゃないですか」
真っ赤っかな…戦闘服としか思えない。とてもじゃないがクレープ屋の店長には相応しくない、浮ついた格好だ。…ラビリスタさんには似合っているが。しかし、なんだろう。この格好はどこかで見たことがあるような…?
「文字通り、行ってきたからさ。とにかくやることは決まったね!元バイト君はこの後作戦会議。新バイト君はこれから教育だ!」
「はい、行きましょう!」
強引な2人が重なってしまって、頭が痛くなってきた。
しかし、悪くないと感じている自分もいる。
「…すぐに行くから、待っててください」
これは、彼女へ伝えるメッセージだ。