悪党と剣と騎士道と 作:元星
「さて、じゃあまずゲンセイくんにアタシの検査の結果で分かったことを伝えよっか」
「はい、お願いします」
「現状、ゲンセイくんの身体には何の異常もない。あらゆる数値が健康体だ。強いていえば、最近は少し痩せ気味かな?」
「そこは余計です。しかしそれなら、なぜ、俺は…?」
深刻な話だと聞かされていたのにラビリスタさんはいつもと変わらない軽い調子で話を進めていく。この軽さは優しさと同時に一種の打算が秘められているのは間違いないが。
「剣が振れないか、だよね。キミの境遇からすると、まず間違いなく精神の異常だろう」
「…細かい内容はいいです。これは解決するんですか?」
「問題はそこなんだよねー。正直いうと、わからない」
「わからないって…」
「冗談で答えてるわけじゃないよ。でも、この異常はキミ自身にしか解決できない。今のキミにわかりやすく言うと…といっても、正確には違うんだけど、『呪い』がかかっていると考えればわかりやすいかな」
「…呪い」
「おそらくは、キミ自身が嵌めてしまった枷なんだろうね。これを乗り越えるのはとても険しい道になるはずだ。でも逆に、これを乗り越えられれば、その時は…」
ここでラビリスタさんはじっと俺の目を見つめると迷うことなく言い切った。
「その時は、キミの抱える呪いは祝いに転じ、キミという存在を支え続ける剣となるはずだ。…月並みなアドバイスしかできなくて、ごめんね。でも、キミならきっと乗り越えられるよ。ノウェムが守ったキミならさ。それでこれからのアテはあるのかな?」
「アテは外れましたが、とにかくやってみようかと思います。…考えがないわけではありません。お世話になりました、では行ってきます」
「待って待って、あの子への挨拶は?それと、アタシに連絡する方法とかは…」
「別れにはなりませんから、挨拶はしません。連絡は言うまでもなく、あなたがその気になれば、そちらから接触できるでしょう?」
「さーて、なんのことだろ。…本当に心から応援しているよ。ノウェムの…おっと、この先はまた今度ね」
この人が単なる『ノウェムの友達』でないことは察しはついていた。そして、自分にもまた特別な立場を求めていることも。…いや、例え違っても自分はそうならなければならない。今は違うから、これから。そのために、行く。
ここで時間は少し前に戻る。ラビリスタは少し前、店を外した時にとある細工を行なっていた。その細工とは、千里真那…つまり、ノウェムを捕らえ、ゲンセイを追い求める人物との交渉だ。
『へえ、あなたの方から私に接触してくれるだなんて、夢みたいねぇ…晶』
『夢だから、なんて…真那には言うまでもないよね』
『私にあの子を引き渡すつもりになったのかしら?』
『交渉とは、お互いが有利になるように進めなければならない。そうは思わないかい?』
『そうね、誰だって、私だってそう思う。けれどね晶、歳をとるほどに、非現実的なことを諦める、賢さが必要になるわ』
『非現実的、か。真那らしい結論だね。しかし思ったよりずっとあの少年に魅せられているんだね』
『彼の能力に、ね。晶、あなたは天才よ。この世界を私ともに作り出し、かつての私の計画を打ち砕いたほどに。そんなあなたなら、この世界の行き着く可能性は見えているはずよ。過去だけでなく、可能性からも学びなさい』
『他でもないキミが人間の可能性から学んでくれたようで嬉しいよ。…そうだね、まず、キミ及びキミの味方はノウェムに手を出さないこと。それと、あの若い騎士の心を利用し、位置を突き止めるのもやめてもらおうかな。そのかわりにアタシも妨害を止める。そうすれば来るべき時までもう少し心穏やかに過ごせるはずさ』
『そんな精神論が私のメリットになり得ると?忘れたの、そのノウェムは今私の手の中にある。始末することも容易い』
『…変わらないな、真那は。ほんの少しだけど、本当にそうする気で話している。こうなってしまったら堂々巡りだ』
『そういうあなたも、変わらないわね』
『アタシたち同士だからそう感じるだけさ。……わかったよ、じゃあ最後の条件だ。どんな結末に至るにせよ最終的にキミと彼を引き合わせる』
『引き合わせるだけ?結末には何ら関与しないと?』
『キミの結末にアタシの手が必要かい?』
『…不要よ。彼が私の前に来たら、その時が私の勝利なのだから。既に誓いは交わされた、後悔しないことね、晶』
『決まり切った勝利なんてない、キミはそれを学んだはずだ』
『大いなる力の前に塵芥など意味はないわ』
『それはわからないさ。誰にもね。ただ一つ言えるのは、それを決めるのはキミでも、アタシでもない。後悔しないように、真那の方こそ気を付けておくべきさ』
『今にわかることよ。…あなたの条件を飲む以上これからこうして交信することもできない。ただ黙ってあの子の破滅を見守りなさい』
そしてほぼ同時期、王宮にて。あたしは…ノウェムは、目を覚ました。
「…っつー…ここ…どこだ?」
「意外と早かったわね〜、あんたもっとゆっくり寝るのかと思ってたわ」
「お前…ギャル!だったよな?」
「誰がギャルよ!私はキャルよ、キャル!変な呼び方すんなっての!」
回らない頭で必死に思い出す。いや、そうか、わかったぞ。
「あー…そっかアタシ、捕まったんだったなあ…で、オマエは何やってるんだ?ヒマなのか?」
「ヒマじゃないわよ!…って言いたいとこだけど、正直かなりヒマねー…」
「ま、勝手にあんな取り引き飲んだんじゃ、そういう扱いにもなるよな」
「…そうね」
「キャル 、オマエはさ。どうしてアレを飲んだんだ?」
「…あんたさ、あたしがいいやつとでも思ってるんじゃないでしょうね」
思ってはないが、思わないと今のアタシの状況はまずいなんてもんじゃないな。ハハッ!逆に笑えてきたぞ!
「正直、期待はしてる。でも、妙なヤツだよなー。ゲンセイとは距離を取るのに、助けるし」
「はあ…まあ、色々あんのよ、あいつも、あたしもね」
「なあ、アイツの昔の話…聞かせてくれないか?」
「…わかったわ、多分、あんたは知るべきだし、あたし暇だから。…あいつは、捨て子だったのよ。王宮の近くに捨てられた。でもあいつは、物心がつく前に捨てられたから、親の記憶なんかは、何一つとして覚えてなかった。たった一つの手がかりは、あいつが今右手で振るう剣、ただそれだけ。あいつは今でも家族にその剣を見せて、自分が息子だってわかってもらう日をくることを願ってるの。副団長の座にこだわるのも、再開した時に、できるだけ立派な姿を見せたいからよ」
「…立場を求めるなんて、アイツらしくないなとは、思ってたよ。それで、それからどうなったんだ?」
「…話がそれたわ。アイツは
「それで、そのサレンってやつが師になったのか」
「そうよ。そしてあいつは力をつけていった。その結果、王女の護衛を任されることも多くなり、ついにはお付きの騎士にまでなったの。あいつに『不死鳥の騎士』ってって呼び名がついたのもこの頃ね」
「やっぱりな!アイツはやるやつだと思ってた!騎士にふさわしいってな!」
アタシは心から誇りに思いこう言ったが、それを見てむしろキャルは深くため息をついていた。
「この時まではね。ここで、王宮で大きな出来事が起こったのよ。陛下が監督する新体制への移行よ。
そこで、キャルは話を続けるのを躊躇った。…嫌な予感がした。
「でも、どうなったんだ?」
「その時、ある事件が起こったの。そこであいつは問題を起こしてしまった。王女を騙る侵入者がやってきて、あいつはその対応を一人で任された。若い少女だからそれでもなんとかなる、そう思われたんでしょうね」
「それのどこが悲劇なんだ?」
「焦らず話を最後まで聞きなさい。…陛下の下した命令はこうだった、ただ一言、『死罪だ』ってね。強引ではあったけど、王家を騙るのは重罪だから決して異例とは言えない命令だったわ。あいつは従わなければならなかった。そして、あいつは断れなかった。自らの立場を確固たるものにするために。自分を捨てた両親に認められるために…ね」
すでに、あたしはこれ以上、聞きたくはなかった。しかし最後まで聞き届けなくてはならない。その義務があたしにはある。
「それで…それで、アイツは、どうしたんだ?」
「斬ったわ。その少女をね」
「嘘だ!あいつはそんなことするやつじゃない!」
「嘘じゃない。これは実際にあったことよ。…でもあいつはその罪悪感に耐えきれず、少女を連れ出して王宮を逃げ出した」
「…そう、か。それで、今に至るってわけか」
「それならよかったかもね。でも、あいつは戻ってきたのよ。王宮を変えるためって、
その先の答えを求めているのかキャルは黙ったが、あたしにはさっぱりわからなかった。
「…誰だ?」
「『
仕方なく、って様子だったけどキャルが答えを言ってくれた。その口振りは単なる語りじゃなくて、コイツがその時のことに思うところがあったようだ。…実際に見てきたのかな、途中からは。
「…」
「そんな顔するんじゃないわよ。…長いこと寝てたから、お腹空いたでしょ。ほら、昼ご飯よ」
キャルは鍵を開けると、俯いてるアタシにパンを差し出した。
この時を、ずっと待っていた。
「ってえ!?何すん…あっ、逃げんじゃないわよ!」
キャルの腹に残った力を振り絞り頭突きを入れると、パンを食べながら走り出す。
「パンと話、ありがとな!今のは悪かった、後でまた謝るから…!」
チャンスは一度きりだ。失敗はできない。ここで必ず、逃げ出さなければならない。だからアタシは、とにかく走る。
問題は、ここからどうするかだ。