悪党と剣と騎士道と 作:元星
「…よろしくお願いします。今日から配属されたセンです。よろしくお願いします」
拍手はまばらだったが、歓迎されているのが自分にもよくわかった。変装は…上手くいっているようだ。髪を染め、カラーコンタクトを入れ、眼鏡をかけた。これがバレていたら、そもそも計画が上手くはいかなかっただろう。
唯一の誤算は、師の協力を得られなかったことだ。今の
自分のやるべきことを振り返る。隙を見てノウェムを解放し、逃げ出すこと。それだけだ。しかしそのための手段としてナイトメアに潜入したことでやはり自分は未練を捨て切れていないのではないか、そう感じてもいた。
「トモです。センさんが慣れるまで、教育役を務めることになりました」
「…新人になぜ敬語を?」
「センさんは歳上っスから!あ、自分はマツリッス!よろしくお願いするっす!」
「噂には聞いていましたが、やっぱりここは規律正しいんですね」
「そうですね。少し堅苦しいところもありますが、騎士を名乗るのにふさわしい人たちの集まりです」
周りを見ると、自分がかつてお世話になった人たちが多い。顔ぶれがそう変わってないことに安心するが、同時に新顔がいないことはナイトメアの人手不足が深刻なことを証明している。
しかし、今はそれを考える時ではない。なんとしてもジュンさんに…そして、できるなら師にもわかってもらわなくてはいけない。あの人たちなら、事情を知ってくれれば必ず協力してくれるはずだ。
「さ、マツリちゃんは訓練に戻っておいで。案内は私一人で十分だからさ」
「あっ!バレちゃったッス!せっかく新しい人と話をいたかったのにー…センさん、後で会うッス!」
「はい。訓練、頑張ってください。…今の訓練って厳しいんですか?」
「はは…副団長がなかなかその、個性的な人なので。慣れるまでは少し大変かもしれません」
「誰が個性的だって?照れるじゃあないか」
「げっ、噂をすれば…」
「そこのオマエ、なかなかいい立ち振る舞いをしているな。さ、歓迎祝いだ、受け取れぇ!」
「…手荒ですね」
危ない。というかとんでもない、剣を構えてない味方に不意打ちなんて。すんでのところでかわしたが…
「ほう、いい反応だな。備えていたとしても、反撃の手筈まで整えていたとは。少し固くなっているようだが、久々に骨のあるやつが入ってきたようで嬉しいよ」
「誓約女君といえば、知らない人の方が少数ですから」
「あなたって人は、本当に副団長とは思えないよ…訓練はどうしたの?」
「ここのやつらはみんな頭が固いからな、ワタシがいなくても止めはしないさ。どのみち、さっきは限界ギリギリまで相手をしてやったから、サボってもらっても構わないぐらいだ」
「…とまあ、無茶苦茶だけど能力はある。これが今の副団長のクリスティーナです」
なんてわかりやすくて嫌な自己紹介なのだろう。初めて会った時からおかしな人だとは思っていたが、これはある意味ここを離れて正解だったかもしれない。
「なかなか好き勝手紹介してくれるな。お望みなら、今ここで宴を始めようか?ワタシは大歓迎だぞ」
「今はこの人に色々教えないといけないから」
「冗談だ。それより、団長との顔合わせはもう済んだのか?これから特別な任務に出るらしいからな、今を逃すと次に会えるのがいつになるかわからんぞ。私もちょうど今から一つ話をしに行くところだったんだが、来るか?」
「特別な任務に…あっ!そういえばそうでした!それじゃあクリスティーナ、同席させてもらうよ」
「…副団長に対してはその、敬語とか使わないんですね?」
「使うべき態度を示してくれるなら使うんですけどね…さ、行きましょう」
クリスティーナについて進むと、着いたのは団長室というところだった。懐かしい…と言っても、ジュンさんはまず門番をしていることの方が多いから、入ることなど指の数ほどしかなかったが、一応立場に見合った部屋は用意されている。
「まずはワタシの方から入らせてもらう、お前らは後で勝手にするといい」
そういうとすぐ部屋に入って行ってしまった。口を挟む暇もない。ラビリスタさんを彷彿とさせる奔放さがある。実は知り合いだったりしないだろうか。
「あの人も本当に勝手だな…。まあ、横でかき回されるよりは都合がいいんですけど。ああ、ジュンさんはクリスティーナとは違って団長にふさわしい、強くて優しい騎士なので、見た目には驚くかもしれませんが、緊張しなくて大丈夫です」
「ありがとうございます。しかし…彼女はどうして副団長に?」
「さっきも言いましたが、実力がありますからね。それ以上にジュンさんは副団長という立場に責任を感じて味方になることを期待しているみたいですが…まあ、現状はあの通りです。私としてはゲンセイさん…その、『不死鳥の騎士』に副団長になってほしかったんですが」
「その人、有名ですよね。どんな人だったんですか」
「騎士にふさわしい人だったと思います。身元こそ孤児ですがナイトメアからも貴族議会からも信頼が厚く、周りも見えて、本人の実力もある。でも、あんなことがあったら仕方がないのかもしれませんね」
「それは…例の事件ですか?」
「はい、その先はもはや周知の事実でしょう。…ですが、実際は今は休止中となっていますが、おそらくもう戻っては来ないかと」
「わかりました…ってクリスティーナさん、早いですね」
「少しからかいに来ただけだからな。それに任務の準備中なのを長く邪魔するわけにもいかん。そういうわけだ、オマエらもとっとと入れ」
「わかったよ。じゃあ行きましょうか、センさん」
「トモです、新人のセンさんを連れてきました」
「入ってい…失礼、入れ。ただし、トモ団員は外で待っているように」
「そういうわけだから、行ってきてください。ジュン団長は優しい人だし、ここで多少粗相をしてもクビ、なんてことにはならないから、とにかく自然体で!」
「わかりました、では…失礼します」
「君がセンくんだね。準備の片手間ですまない、時間にはそこまで余裕がないんだ」
「はい、センです。よろしくお願いします」
「ジュンだ、こちらこそよろしく。早速だがセンくんはどうしてナイトメアに志願したんだい?」
「…時間がないので単刀直入に言います、ゲンセイです。お久しぶりです」
師にもらった剣をジュンさんに見せる。するとジュンさんは近づくと剣を、そして俺の顔をじっくりと見て…静かにうなずいた。わかってもらえたのだ。しかしジュンさんは固い顔をしていた。
「…そうか。いや、そうかもしれないとは思っていたんだ…タイミングとしては、自然だったからね。今から私が任務に回されるというのも、おそらくそれを読んでの作為的なことなのだろう。あの子の…サレンちゃんからの協力も、得られなかっただろう?」
「残念ながら…今は忙しいそうで、直接会うこともできませんでした」
「彼女も今は、複雑な立場なんだ。分かってあげてほしい。…また今度、落ち着いたら3人でお茶でもしよう。しかしゲンセイくんが戻ってきてくれたら、本当に
「ごめんなさい、まだ戻ると決まったわけでは…」
「わかっているよ。…それより、大事なのはこれからの方針だ。最近囚われたあの子が君の仲間だということはキャルさんからも聞いている。…そうだな、多少強引にはなるが…しばらくはクリスティーナと行動を共にするように」
「えっ、いや、俺は今は扱いは新人ですよ、副団長と一緒だなんて」
「新人だからいいのさ。立場の高い副団長が指導していても何もおかしなところはない。それにクリスティーナちゃんなら、変わった行動をするのはいつものことだからね」
「ですが、それで俺の仲間を助け出せるでしょうか」
「まあ、クリスティーナちゃんがその仲間を解放することが楽しいことだと考えたならできる……かな」
「分が悪いですね」
「悪くても、今はやるしかない。…最悪の場合、もっと危険な手段に出なければならない可能性があることも覚悟してほしい」
「でも、そんなことをすればジュンさんは…」
「大丈夫、細かい責任問題は私が全てなんとかする。ゲンセイくんはゲンセイくんのやるべきことをやるといい…ああ、任務に出る前に、大事なことを言い忘れていたね」
「大事なこと…?」
「君が生きていてよかった。…あの後、音沙汰がなくて、半ば諦めていたよ」
「…ご迷惑をおかけしました。どうしても、勇気が出ず…」
「いや、今はいい。その話は、この件が解決したらまた聞くよ」
「それで、ジュンさんが受けた指令というのは?」
「それが他でもない、君の友人の捕縛命令だ」
「まさか…逃げたんですか?」
「ああ。ただ、消息が掴めないんだ。王宮から出た形跡はないのだけれど…陛下が万が一があってはいけないから私が向かうように手配したんだ」
「それなら、話が早いです。…ジュンさん、もしも捕まえたら、俺の元へ連れてきてくれませんか」
「ああ。必ず君の元へ仲間を連れてくる。だから少しだけ待っていてくれ」
この時の俺は、ジュンさんがノウェムを連れて帰ってくれることを期待していた。しかしジュンさんの任務の結果は、俺にとっても王宮にとっても最悪な事態を引き起こすということを、この時の俺はまだ知らなかった。