悪党と剣と騎士道と 作:元星
「っぐ…サレンさん、俺です、覚えてませんか!?」
「ゲンセイよね。でも、あなたの事情は捕らえてから聞けばいい」
「わかるなら剣を下ろして、…つっ…!!!」
突きを右手の剣で弾いたが、反応が遅れたため後退り木にぶつかってしまう。体勢があまりにも悪すぎる。それに、相手は師のサレンなのだ。自分に彼女を傷つけることなどできない。今すべきなのは戦うことではない。話すことだ。立ち上がるともう一度説得を試みようとした。しかし次の斬撃で剣は弾き飛ばされてしまった。
「サレンさん、俺たちはかつては…っ!?」
「…!」
もしかしたら、自分はサレンさんのことをよくわかってなかったのかもしれない。思えば、サレンさんが任期を終える直前のほんの数週間しか一緒にはいなかったのだ。重ねた時間は短すぎる。訓練ばかりで交わした言葉も少なすぎる。分かり合える余地などないのかもしれない。
(…でも、それでも…ここで諦めるわけには…!)
師を斬るわけにはいかない。そもそもこの状況では手ももう動かない。ならばやはり…
「俺に戦う意思はな…ぐっ!?」
「…これで終わりね」
せめてもの情けだろうか、魔道具で体に電撃を流され動けなくなった隙に手と足を縛られた。しかし、情けをかけて傷をつけなかろうと捕縛され、自分が負けたことに変わりはない。結局、仲間一人助けられはしないのだ。
その時、自分の中には怒りが燃えたぎっていた。自分でも感じたことがないくらいの怒りだった。
「どうして…どうしてこんなことをするんだ!?俺、サレンさんのことは信じてたのに…あなたならわかってくれるって…」
しかしそんな自分にサレンは何も答えず、ただ冷たい瞳で見つめかえしていた。そして、やってきたおうの追手に、オクトーに囲まれた。
「おやおや〜、これはさすがは元副団長のサレンさんだね〜。今回の件は中立だと思ってたけど、僕たちについてくれたんだ?」
しかしサレンは何も言わなかった。オクトーのことも自分を見た時…いや、それ以上に冷たい瞳で見つめていた。
「…それじゃあさ、褒美は何がほしい?その子は陛下のお気に入りだからね、捕まえたキミはヒーローさ」
それでも何も言わなかった。いや、そもそも、サレンさんは自分の元を離れない…そして、渡そうとしていない。
「その子を渡せば、君の運営する施設も補助を受けられるよ。やることなんて、決まってるでしょ?」
「違う…サレンさんはそんな人じゃない!」
「キミには同情するよ、たった一人の弟子が出来損ないだからね。でもキミは紛れもなく天才騎士だ。さあ、彼を渡して、任務を全うするんだ」
だが、それにもサレンは答えようとはしなかった。なぜ、喋らないのだろう。もしや意識がないのではと疑うほどに彼女は微動だにしなかった。
しかし、ある人物が遅れてやってきたのを目にすると、サレンはついに口を開いた。その人物とは…クリスティーナだった。
「クリスティーナ副団長。あたしがあんたたちに従う条件、覚えてるかしら?」
「ああ、覚えているとも。…『現場での意思統一を迅速に図るため、臨時で騎士として扱われるサレンへの命令権は
「当然、あたしも写しを持っているわ。…そういうことだからオクトーさん、あたしはあんたの命令を聞く義務はない。わかった?」
ここにきての副団長と元副団長の結託。王宮というのは権力というのが絶対的だ。それは逆に言うならば王宮にいる以上誰も権力には逆らえないのだ。しかし動じずオクトーは反論する。
「それなら、引き渡すためにクリスティーナ副団長の許可を得ればいい話だろ?全く、めんどくさいことをさせないでよー」
「いいえ、違うわ。クリスティーナ副団長が言ったでしょう?『
「待ちなって。そんな現場が勝手に決めた代理に従えるわけが…」
「このしきたりを決めたのは
筋は通っている。問題は、オクトーにそれ以上の『上』がついているかどうかだ。しかしオクトーは笑みを止めた。余裕がなくなってきた証拠だ。
「それで?今の
「元副団長の権限でゲンセイを推薦するわ」
「現副団長も推薦してやろう。…なんだその顔は、意外か?」
「ははは、これは困ったな。横暴だよね。職権濫用じゃない?…と、言いたいけど、君たちの…特に元副団長くんの意見を突っぱねるのは相当苦労しそうだからなー…わかったわかった、話だけは聞いてあげるよ。ただしここで納得いかないなら…」
オクトーの発言を聞くや否や、サレンとクリスは最後の手を打ちにかかったようだ。いや、でも、それはダメだ。俺ではみんなをまとめることはできない。
「それで元副団長、いいのか?」
「…ええ」
「これって…」
「ゲンセイ、あたしに誓って。もしも団長代理になれたなら全力を尽くすと」
本当なら団長代理などやりたくはないが、ここは大人にならなくてはならない。無理を言ってでも作ってくれた千載一遇のチャンスなのだ。
「…ゲンセイの名とこの剣に誓います」
「…ありがとう。あたしもサレンの名とこの剣に誓うわ、弟子である騎士ゲンセイが誓いを果たす限り全力で協力すると」
サレンはその場にいる団員たちに向けて声を張り上げる。
「
「はい!ゲンセイさんは王女を騙った人物を追い出したッス!」
「そうよねマツリ、ありがとう。…でも、その事実は真実を知るごく一部の者以外に流された間違った情報よ。真実は、追い出せずに共に逃げ出した。陛下の命令だからと斬ることができずに…ね」
「それじゃあやっぱり、団長代理には向いてな「話はまだ終わってないわ」…へえ?」
「今のゲンセイが裏で陰口を言われてるのは知ってる。立場が立場だし、失敗は失敗よ。それでもあたしは自分じゃなくてこの子を副団長に推薦するわ」
「そのゲンセイは例の囚人と関係がある、そういう疑惑がかけられてるじゃん?それはどう説明するのさ?」
「…ゲンセイはあたしと同じで17歳よ。この年齢じゃ、どうにもならないことなんていくらでもあるもの。犯罪者と友人になったのは、きっとしょうがないことだったのよ」
「話にならないね」
「それはこっちが言いたいわ。あんただって、やけに余裕がないじゃない?どうしてかしら?ここ最近は、ずっと中間管理職って聞いてたのにね。犯罪者の『関係者』の『疑惑』程度の仕事にここまで私情を交えるなら、頭を冷やすべきじゃない?」
「一考しておくよ。…でも、これまでの茶番は全て、彼が団長代理になるという前提があっての話だよね?」
「…その通りよ。さっきの誓い、確かに聞いたわ。覚悟決めなさい」
「でも、サレンさん、俺じゃ」
「師としての命令よ、教えに従い、団長代理になること」
「…わかり…ました」
「だらしないなゲンセイ団員。必要なら、ワタシが喝を入れてやろうか?」
「えっと、その…初めて会えて光栄です、ゲンセイさん。というか、教育役だなんて出過ぎたまねを…」
「わっ、トモねーちゃんがすごく珍しい顔してるッス!…今からこんな顔しないように、頑張ってください!」
「はは…みんなありがとう…では、二人の推薦を受け、騎士ゲンセイは団長代理に立候補します。そして、第一条件である団員の同意を得るため、少しの間話をさせていただきます」
あたりを見回す。数人の追手にオクトー、サレン、そして
「まず、俺は、過ちを犯しました。それは王女を騙ったものと逃げ出したことではありません。彼女と向き合わなかったことです。しかも、俺が例の犯罪者と友好関係があったのは事実です。疑われて当然の立場であると思います。しかし、です」
「しかし、実際問題、例の犯罪者も、私たちの尊敬するジュン団長も姿を消しています。…このような事態を王宮の中で許した今、彼女たちを取り戻すために私たちが団結しないことが果たして正しいと言えるのでしょうか?」
「…ちょっと質問。キミって昔、今の副団長に追い出されたようなものでしょ?その恨みとかはなく、この人たちをまとめあげられるの?」
「必要な確認だな、どうなんだ?やりたいというなら、ワタシは構わんがな」
「今の
「…嫌いです。でも、最高の戦力として期待すべきなのは、間違いなく彼女です。戦闘の際には彼女に合わせた作戦を組むべきでしょう」
「正しい判断ね。あんたはどう思う、オクトー?」
「仕方ないかな、続けていーよー」
「一つだけ理解してほしいのは、俺は俺以上の何者にもなれないということです。俺はクリスティーナのような力も、団長のような守りもありません。そんな俺でもいいと言うなら、俺はその期待に全力で答えます」
「さあオマエたち、どう思った?正直に言ってみろ」
場が鎮まってしまった。やっぱり、サレンさんが団長代理になると言えばよかったんだ。あの人にならみんな喜んでついてくるはずだ。自分はどうだろう。今や不死鳥の騎士の名は見る影もなく、任務に失敗。みんながついてくるはずがないのだ。
「…人間は過ちを犯すものよ。でもだからこそ、あたしはこの子にチャンスを与えたい。ただ、決めるべきはあたしじゃなくて今の団員のあんたたちよね。任せるわ」
場は鎮まった。しかし、サレンの言葉を皮切りに、少しずつざわめきを取り戻していった。昔、自分に優しくしてくれたベテラン団員たちが拍手をしてくれた。
「そもそも、例の犯罪者はゲンセイくんとキャルちゃんが協力して連れてきてくれたっていうじゃないか。そんな人を疑ったりするものか」
「そうだな…それにジュン団長を救い出すために、俺たちが頑張らないといけないんだ」
そしてそれにマツリやトモも応えてくれた。みるみるうちに全員が賛成側についた。
「自分は賛成ッス!ジュンさんを助けたいッスから!」
「…うん、単純だけど、マツリちゃんとゲンセイさんの言う通りだと思う。私も賛成だ」
「他のみんなは…賛成みたいね。副団長は?」
「推薦しておいて反対すると思うか?…反対だ」
途端にまたしても全員が静まり返った。どれだけ自由なんだ、この人は…冗談だよな?いやでも、誰にも信じられないなら冗談ではないのか?
「全くオマエらは頭が硬いな。冗談だ、賛成だよ」
「あーあ、決まっちゃったか、めんどくさいなぁ。予想外にしたたかだね。サレン元副団長?」
「お褒めに預かり光栄です、ってね」
「…いいさ、順番が前後するけどボクの目的はどのみち果たされる。それと、キミのことは覚えておくよ」
「意外ね。あんたは目的を果たすためならそんな簡単に引き下がらないと思ってたわ」
「それは片方の目的はこれまでの問答で果たしたからね」
「…やっぱり、か。…いいわ、今回のところはこれまでよ。ゲンセイは人気が高いから貴族議会にはまず通る。そうなれば…」
「それはもういいよ。いったでしょ、順番が前後するだけだから。それじゃあねー」
それだけ言うとオクトーは去っていった。…濃い時間だったな、いや、それよりもサレンさんに…助けられたのだ。
「その…ありがとうございます。サレンさん」
「まず礼を言うべきはあたしじゃないでしょ、騎士ゲンセイ」
厳しく、しかし優しい声でサレンさんが叱り付けてくる。…間違いない、俺の知ってるサレンさんだ。
「あっ…えっと、ありがとうございます。副団長。そして、サレンさん」
「ほう、意外と厳しいんだな、弟子は甘いのに」
「甘いから厳しいのよ。…あんたにはあまり師匠っぽいことしてやれなかったから、怖がらせたわね。あの時は時間がなくて訓練ばかりだったもの…でも、大丈夫よ。あんたは記事として、人間として誰より大事なものを持ってる。だから、団長代理に推薦したの」
「ありがとうございます…あっ、すみません、気を抜いたら座り込んじゃって…」
「…あんたね、まだ正式じゃないとはいえこれから団長代理になるのよ、わかってるの?」
「は、はい。わかってます…一度繋いだ絆は消えない、か」
シズルさんの言う通りだった。自分にも頼れる仲間がいるのだ。
「…?それより、やるべきことはわかってるの?」
「はい、貴族議会の承認を得ることですよね、そうすれば陛下に資料がいくから、正式に動けます…そして、ジュン団長を助け出す」
「わかってるならいいわ。…口で言うのは簡単だけど、厳しい道よ。あたしも時間がないからどこまでサポートできるかはわからないわ…気合入れていきなさい」
「方針は決まったな。オマエにはオマエの目的があるんだろうが、そこは上手くやっていこうじゃないか。…骨があるのはわかっているからな」
かつて打ちのめされた相手だ。気分は良くないが…今更選り好みはしていられない。今やるべきは、ノウェムと副団長を助け出すこと。やりたいことの一部は重なっているのだから。
「…誓いの通り、全力を尽くします。それじゃあ、みなさん、改めて…ゲンセイです、よろしくお願いします」