転生。リンカーコアSSSの元病弱アルビノ少女 作:ちーと
...ほんの出来心だった。
なのに、どうしてこうなってしまったのか。
「世界はいつだって、『こんな筈じゃないこと』ばっかりだよ...っ」
いい加減に現実を受け入れるべきなんだと。
私は顔を俯かせて、足をカタカタ震わせながら毒づいた。
そう。
...時間は一時間前。午後の二時までさかのぼる。
三人分昼食の食器をなのはに代わって私が洗わせてもらって。
受験勉強の時間だからと二階にある自室へなのはが移動してしまった時の事だ。
恭也さんと適当におしゃべりしててふと思ったのである。
私は紛いなりにも中学二年生、いっちょ幼稚園児の勉強を見てみるのも良いかもしれない...などと。
余りにも愚かすぎた。
何が中学二年生か。小学校以来シャーペンの一つも握れなかった不登校少女が何を調子づいていたのか。
「なのはー!お勉強一緒にさせーて?」
「?鈴華ちゃんも受験なの?」
「そういう訳じゃないけどさ、頭いいから勉強見てあげようかな~って。どう?」
「それならお願いするの!」
「ふふん、まかせたまへ」
ようし、年長者の知恵をみせてあげようじゃないか。と。
なんなら神様が、この世界で最も重要な才能を与えた、なんて言っていたのも間違いなくあったし。
受験と言っても所詮小学校。私に出来ない筈がない。そう思ってた。
...なのに。
現在。
英語と国語の例文を眺めながら私は絶望していた。
なにこれ。神様たしか頭の方も天才にしてくれてたんじゃなかったっけ...?
「いつも私は...気付くのが...遅すぎる...」
「何で突然跪いてるの」
ひざまずくなんておっそろしい単語良く知ってるね、なのはちゃんの将来が怖いよ。
いやさ、前世の自分があまりにも役立たずすぎて絶望してるんだよね。うん。
顔は
プライドすらないし、学もない。運動も...いや流石にこれは神様が...でも...英語できなかったし...ああああぁぁぁ。
「もしかして、文系は苦手?」
「うん、そうかもしれないね...」
「それじゃ別の教科にするの」
「良いのかい?予定とかあるものだと思うんだけど」
「良いの」
なのはが立ち上がって本棚から取り出した問題集が私に手渡される。
教科は...数学と生物。
ん?生物?
?
は?本気で言ってらっしゃるのか?
この馬鹿に高校生物を学べとおっしゃっている?
いやそもそもこれ幼稚園児が学ぶ内容じゃない。今更か。
「鈴華ちゃん?」
あれ、簡単じゃん。
内容は前世と変わってない筈なのに、めっちゃスムーズに頭へ入ってくるな。
特に数学。公式とか碌に覚えてないのに式を見ただけで何となく答えが分かる。もちろん過程も、なんとなく。
いや、二度やればどうしてそうなったのかも言語化できそうなくらいだ。
「んふふふ...クックックックッ...」
...それだけじゃない。
生物だって、一目見たら完全に記憶できる。
これはとんだ茶番じゃないか、一時間もあれば全て完璧に出る気しかしない。
思わず声が漏れてしまう。
「いきなりどうしたの...?」
「これが、神の才能...素晴らしい...」
でも何で文系壊滅してんだろ。
『ちーと』あれば人間関係で悩むことは無いと思うし、言語が違くても愛があれば何とかなりそうではあるけどさ。
何、理系至上主義なのかこの世界。
デジタル化の社会で理系は潰しの効くいぶし銀な才能ではあるけど...英語出来ないのはまずいでしょ。
でも神様判定だといらないのか。
...なら神様を信じよう。きっと大丈夫だ。
「なのは、理系ならどこまででも教えてあげられる。どんどん尋ねてくれ」
「えっと...理系はもう受験範囲超えてて...予習だったの」
「理系なら」
「今やらなくちゃいけないのは、文 系 なの」
はい。
私がなのはの受験で協力できることがなくなりました。
「そうか、ならば何も言うまい。頑張っ」
ここに居たって勉強の邪魔にしかならないだろう。
本棚から理系の参考書をいくつか拝借して部屋を出ようとした。
その背に静止がかかる。
「待つの。」
「...なに?」
「苦手分野を避けてたらいつまでたっても総合力で劣る人になっちゃう」
「でも私じゃ、邪魔になるだけでしょ?」
「ううん、邪魔になんて思わない。鈴華ちゃんが一緒に居るだけで、凄く幸せだから」
『ちーと』君?キミたしか母性で篭絡するんじゃなかったかな。
なんかなのはの方がオカンっぽくなってるんだけど。
いやそれも愛だよ。だらしない母さんはなんか放っておけないのも確かに愛だけどさぁ。
...受け止めないといけないよね、うん。ちくしょう。
「それに、勉強したいって言ったのは鈴華ちゃんだよ」
「う、それは、そうだけどさ」
「だから得意な理系だけじゃなくて、苦手な文系も一緒に勉強しよう?」
「...ワカリマシタ」
この後メチャクチャ勉強した。
成果?なのはの予定が一日分遅れたくらいかな...ッ!
...全然ダメダメだったって事だよ。ちくしょう。
私の素の才能には期待しない方が良さそうだねぇ。
でもまぁ根気よく教えてくれたから小学五年生辺りまでの内容は完璧に理解できたけど。
理系とは天地の差だ。あっちは大学ワンチャンってとこまで行けたのに...
「お疲れさま」
日が沈み始め、すっかり赤く染め上げられた部屋の中。
なのはがお盆に麦茶の入ったガラスコップを二つ乗せて運んできた。
ありがたく頂いて一息つく。
「んあ、おつかれさま。ありがとねぇ、勉強教えてくれてさ」
「えへへ、どういたしまして」
にっこりと花咲くような笑顔を零して向かいあうように腰を下ろしたなのは。
かわいいなぁ。なんでこんないい子が夜まで外出歩けてんだろ。
「恭也さんは?」
「もう夜のバイトに行っちゃった」
「つまり二人っきりって事...だね」
「...うん」
誰にも邪魔されない空間。向き合う二人。となればもう予想はつくと思う。
「なのは。おいで」
両腕を広げて目を瞑り、裁量をなのはに委ねる。
求められたら与えよう。与えられたら求めよう。それがこの、『ちーと』の
欠けた心の隙間に染み込んで、自分の色に染め上げる。致死に等しい遅効性の甘い
一に干渉、二に擁護。
三の庇護で無抵抗にして、四で扇動し、求められれば五で与える。
それが、この『ちーと』だ。
「仲間外れにされてるって感じた時、『
思ったより、私もこの毒に侵されているのかもしれない。
前世の私は、独占欲なんかとは無縁だった。
だって、独占したいと思うほど何かを好きになったり、愛したことなんて一度も無かったから。
医者には『愛着障害』だと診断されて、暫くしたら腫物扱い。
普通の食事が取れなくなると、当然ながら痩せ細る。そして唯一の長所だった容姿も醜く変わり果てた時、周囲の人間の態度はいっそ笑いたくなるくらい冷たくなって。
そのころだろうか、『心因性失声症』を発症したのは。
気が付けば身体も心も出来損ないで。そのくせ他人の金を湯水のように消費する役立たず。
...それが私の評価に変わっていた。
生きている意味なんて、死ぬのが怖い以外何にもなく。
それでも人権保護団体なんてモノに絡めとられたばかりに、彼らの正義に縛られた狭い世界の中、無関心な視線に晒されて生きていた。
その時は、『いっそ中東にでも生まれてれば楽に死ねたのに』って何度も心の中で恨み言を唱えたよ。
でも、そんな私に本当の救いをくれた
その人のおかげで私は今ここに居る。『誰かを愛することが出来るようになれた』。
だから
もう
この『愛』を抑えるような真似は絶対にしない。
それは
だから。
初めて私が愛した仔...
高町なのはには、私の注げる限り無い
「り、んか、ちゃん...」
なのはの目から光が薄れる。完全には消えないけれど。
いつか私と同じ、
「ほら、あとすこしだよ?なのは」
一歩、二歩。よたよたと近づいてくる。誘蛾灯に鮮やかなアゲハ蝶が近寄っていく。
それが心底心地良くて堪らない。頬が吊り上がり、目が細くなった。
歯が剥ける、日陰になったなのはの顔を爛爛とした瞳で見つめ、待ち構える。
後一メートル、七十センチ、五十、三十、そして―――ついに触れ合おうかという
その瞬間。
「なのは!?ごめん!今日、晩御飯作り忘、れて...た...?」
眼鏡をかけた
...誰だ、この女は。
あと少しでなのはを取り返しのつかない深みに引きずり込めたはずなのに、邪魔を。
魔力は纏わせるだけでも簡単な身体強化にはなる。
バカ魔力にモノを言わせて殴り殺してやろうか。
そう思い部屋の入り口に向かって腰を上げた瞬間、後ろからなのはの声が聞こえた。
「お姉ちゃん...?どうして...」
「今いったでしょー?晩御飯作り忘れてたからあわてて帰ってきたの!」
...そう言えば、確かにもう夕餉時だというのに食事をする気配が無かった。
そうか、想定外だ。
あまりに迂闊すぎて自分が嫌になっちゃうね、ほんと。
...あれ?
私、麦茶飲んでから何してたんだっけ。
「ねぇねぇ!そのすっごく白い子だれ?かわいい!」
「くぁ!かわいいだなんて、そんな...」
「謙遜しなくていいのに~!なのはの友達?名前なんていうの?」
なのはのお姉さんだろうか。結構グイグイくるタイプだけど嫌いじゃない。何だか仲良くなれそうだ。
それと...可愛い自覚はあったけど、改めて褒められると何だかむず痒くなるな。
顔が熱くなるのを感じるよ。恥ずかしい。
「あ、えっと、
「へぇ名前もかわいいね、すごい良く似合ってる!」
はい。
...はいたった今決めました。私の脳内会議全決です。この人絶対『ちーと』の餌食にします。もう確定事項です絶対変えられません!
五段階まで三分で落としてやるぞ、このお人よしめ。
性格の良さを後悔するがいい。覚悟しろ。
名前を褒めるのはあまりにずるいじゃないか...
「鈴華ちゃん...続きは?」
「へ?続き?」
え、なに怒ってんの。
もしかして...記憶無いのって勉強中の寝落ち?
まさか、まだ英語を唱えなきゃいけないのか?
もう三時間以上かかりっきりでやってもらってるから言いづらいけどさ、私限界だぞ。
もう勉強なんかしたくないんだけど。
それに夕飯だって言ってるし、今日はここいらで終わりにしない?
「...ムリ!終わりにして、お願いだからぁ...」
「もう、鈴華ちゃんから言い出したのに...」
うわもう間違いない。勉強だったんだ...なのは鬼教官すぎ。
「あーー...何となく分かったよ。なのは、勉強会してたのね」
「お昼からずっと
「もう疲れてるみたいだし、勘弁してあげたら?それに、なのはの勉強に普通の子はついてこれないって」
んむむ!失礼なことを...私だって理系ではなのはに勝っているのに。
なのはのお姉さんに私の借りてた数学のノートを見せる。
「ええ...私より進んでる...鈴華ちゃんも天才だったかー!」
するとお姉さんは手の平を額にあてて大げさにのけぞった。
一挙一動がいちいち大げさで面白いなぁ、この人。
っていうか多分合わせてくれてる。幼児相手だしね。
「いや、理系以外はさっぱりでね。なのはには文系の猛特訓を受けてたんだよ」
「へ?そうなの?」
「うん本当に鈴華ちゃんは文系はさっぱり」
「「なのは...」」
私とお姉さんの声が被った。
分かるぞ。無慈悲ってやつだな。
「あの、なのはのお姉さんですよね。名前はなんて言うんですか?」
「言ってないっけ」
「言ってないです」
つっけんどんな返しの何が面白かったのかひとしきり笑って、一分くらい経って口が開かれた。
「ごめんね、なんか
「...よろしくね」
こうして私の長い長い二日目はようやく終わり。
美由紀さんとの出会いと、ある程度の学力を得た。
でも、なんだろう。
ある日突然なのはが居なくなってしまいそうな、嫌な予感が。
私の胸の中で静かに燻っていた。
なのはちゃんの作戦
高校生物と数学なら諦めるよね…
そしたら苦手分野の文系のお勉強をするの
なお出来てしまった模様