俺と宮下、天王寺がまず参加することにしたのは、ダンスのレベルアップを目的としたグループ。
ここには近江先輩、ヴェルデ先輩。そしてヴェルデ先輩が応援として呼んでくれた朝香先輩の姿もあった。
まずは基礎を鍛えるといったところで、最初は柔軟運動から入っていったんだが...
「うおおおお〜〜ッ!?」
声を張り上げる近江先輩。後ろから朝香先輩に背中を押されながら長座体前屈をするも、なかなかに身体が硬いようで思ったほど倒れてはいなかった。
「まだ行けそうね」
「無理無理無理〜!!」
ゴギィッ!
「なんかやべえ音したぞ今!?」
ゴギゴギィッ!
「悪化してんじゃん!」
ゴギガガガギゴッ!!
「その音はもう普通じゃねえだろ!」
どこから出したんだよ今の...
「晴陽。うるさいわよ」
「す、すいません...」
ツッコんでたら普通に朝香先輩に怒られた。いや、むしろなんでこの人は平気そうにしてるの?当の近江先輩も別段ひどい感じじゃないし、何?人間じゃないのこの人?鬼か何か?
「おおおお〜......!」
一方でヴェルデ先輩に背中を押され、力んだ声を出す天王寺。しかしその勢いも虚しく、全くと言っていいほど上半身は曲がっていなかった。近江先輩よりもひどいかもしれないな...これ。
「...それが限界?」
「あはは...そうみたい...」
呆れるような朝香先輩に苦笑を返すしかないヴェルデ先輩。まぁ、ここまで身体がガチガチに硬い人間はそうそういないからな...
「「はぁ〜......」」
一旦小休止を狭み、近江先輩と天王寺は深く息を吐きながらドサッと寝そべる。
「ダンスをやるなら、2人はまず身体を柔らかくしないとだね」
「ですね...せめて平均レベルくらいには」
ヴェルデ先輩の言う通り、クオリティの高いダンスを求めるなら柔軟性は間違いなく重要になってくるが、2人の結果は芳しいものじゃなかった。
いきなり前途多難なわけだが、これに関してはとにかく2人に頑張ってもらうしかないだろう。
「でも、果林ちゃんに教えてもらえてよかったよ〜。わざわざごめんね?」
「いいわよ、別に。ちょうど予定が空いてたから暇だったし」
「朝香先輩は...確かモデルやってるんですよね」
「うん!だからストレッチとか詳しいかなって思って、お願いしてみたの」
「なるほど...」
確かに...ストレッチって間違ったやり方だと却って身体を痛めるっていうから、そういうノウハウを理解してる人がいれば安心できるな。モデルならシェイプアップのために欠かさずやってそうなイメージありそうだし。
「さ、休憩はもう十分でしょ。そろそろもう1セットいくわよ?」
「えぇ...!?彼方ちゃん、壊れちゃうよぉ〜...!」
「大丈夫だよ!」
早くも撃沈寸前の近江先輩に、自信満々で声をかけた宮下へ視線が集まる。その姿に全員が驚きの声を上げた。
足はほぼ180°開脚。上半身はべったりと床にくっついているその姿は圧巻だった。
宮下はその状態を難なく数秒間維持した後、体をゆっくりと起こし、立ち上がる。
「いよっと......今度は愛さんがレクチャーしてみるから、もう一回やってみよっか?晴陽もちょっと手伝ってもらってもいい?」
「ああ、わかった」
宮下は天王寺、俺は近江先輩のアシストに回り、再チャレンジすることになった。
「じゃあ2人とも、まずは大きく息を吸って〜......」
言われるがままに天王寺と近江先輩はスーッと息を吸い込む。
呼吸は柔軟運動において大切な要素だ。宮下の意図は2人にまずそこを意識してもらうってところか。
「そしたらゆーっくり吐いていこう」
2人が息を吐き始めたタイミングで、背中をそっと押してやる。
すると、
「「あっ」」
それは一見すれば僅かな変化。でも2人は確かな手応えを感じたような反応を見せた。
「息を吐く時は筋肉が緩むから、2人ともさっきより曲がりやすく感じるだろ?」
「確かに今の彼方ちゃん、いつもよりなんだか柔らかくなってる気がするよ〜」
「ちょっとずつだけど、この感じを続けていけば身体もだんだん柔らかくなってくるよ!」
「うん、頑張る...!」
「やる気出てきたかも〜!」
「うんうん。2人ともその意気だよ!できなかったことができるようになってくるって、めっちゃたのしーよねっ!」
俄然、モチベーションが高まる2人に宮下は嬉しそうに笑う。
「さすが、部室棟のヒーローね」
「ヒーローって?」
朝香先輩が感心しながら放ったその言葉に、なんのことかとヴェルデ先輩が首を傾げた。
「あら、知らない?この子、いろんな運動部から助っ人として呼ばれてるのよ。あちこちで引っ張りだこだから、結構有名だと思ってたんだけど」
へぇ。本人からはいろんな部活に混ぜてもらってる〜、なんてことは聞いたけど、この話を聞く限りじゃかなり功績を残してるっぽいな。
さっきの身体能力からしても、宮下の運動神経は並じゃないってことは見て取れるし、そりゃあどの運動部も呼びたくなるわけだ。
「そうなんだ!そんなにすごい子だったんだね〜」
「ヒーローって、そんな大袈裟なもんじゃないって〜。愛さんはただ、楽しいからやってるだけだし!」
あんまりそういう自覚がなかったのか、頭の後ろに手をやりながら少し照れ臭そうにしていた。
宮下からすれば、楽しいことを片っ端からやっていたら、いつの間にかそんな存在になっていた、みたいな。そんな感じなんだろうな。
「あ、そういえば彼方ちゃん、てっきり果林ちゃんも同好会入ると思ってたんだけど、そういうわけじゃないんだ〜」
と、話題の矛先が今度は朝香先輩に向けられる。
優木の件では先輩の助力で彼女の正体が解明できたりと、同好会の再建に一枚嚙んでいた人だが、成り行きでそのまま同好会に入ってくれるわけでもないらしい。
「前にも言ったけど、あれはエマから頼まれて協力してただけよ。この子の悲しむ顔なんて見たくないもの」
「「へぇ〜?」」
朝香先輩は素っ気ない素振りでそう返したものの、宮下と近江先輩はそれを茶化すようなにやにやとした笑みを浮かべていた。
「先輩、友達想いなんですね」
「な、なによ。悪い?」
「いえ、全然」
「ありがとう、果林ちゃん♪」
「っ...!べ、別にいいわよ、お礼なんて...」
ヴェルデ先輩の真っ直ぐな言葉にそっぽを向いてしまう朝香先輩。その頬はほのかに朱色に染まっていた。
「俺、朝香先輩のこと勘違いしてたみたいです」
「勘違い?」
「その、なんというか...もっとドライな人だと思ってたんですけど、案外優しくてかわいいところもあるんだなー、みたいな...?」
「か、かわっ...!?」
驚愕と同時に朝香先輩の顔がさっきよりも赤くなる。
「そうなの〜。果林ちゃん、しっかりしてるように見えて意外とんぐっ」
「エマは余計なこと言わなくていいのっ!」
朝香先輩は慌ててヴェルデ先輩の口を塞ぎ、己の醜態が暴露されるのをなんとか阻止する。この慌てようも、今までのクールな印象で想像することもできなかったな。
「まったく、エマったら...」
「えへへ...」
頭を押さえながらヴェルデ先輩に苦言を呈す朝香先輩だけど、本人に悪意があってやってるわけじゃないというのをわかっているからか、厳しく咎めるはなかった。むしろこういったやりとりがこれが初めてではなさそうで、諦め半分みたいな感じだ。それだけ互いに気を許している関係なんだろう。見ていてすごくほっこりするなぁ。
「...ところで晴陽」
そこで朝香先輩は再び俺に話を振ってきた......が、気のせいか?その目にはなんだか不穏な雰囲気を宿している気がする。
「なんです?」
「せっかくなんだから、あなたも一緒にやってみなさい?」
「え?」
俺にも同じように柔軟運動をやってみろと。そう言われているのはわかるが、何か裏がありそうな先輩の微笑に俺はあんまり乗り気になれなかった。
「でも俺は───」
「やりなさい?」
...圧がすごいんですが。
「......はい」
どうやら俺に了承以外の選択肢はないらしい。俺はスクールアイドルをやるわけじゃないし、やる意味があんまないと思うんだけど...まぁいいや。
渋々といった感じでマットの上に座り込んで、俺は体前屈の姿勢をとる。
「それじゃ押すわよ?」
「はい。どうぞ」
そう返した瞬間。
「うおっ!?」
結構な勢いで、グイッと背中を押された。
「ちょっ、一体何を...!?」
「ふふっ、さっきの仕返しよ...!よくも私を辱めてくれたわね...!」
「は、辱めって......あっ」
もしかしてかわいいって言ったことか...?なんか顔赤くなってたし。いや、辱めるとかそんなつもりは毛頭なかったんだけどな...
でも、そういうことなら......
「くっ...」
さっきは油断していただけであって、所詮は女の力。
朝香先輩の膂力に俺がそう易々と押し負けることはなく、反発するようにググッと押し返していく。
「フッ...さすがに力比べで負けるわけにはいきませんよ...!」
もはや柔軟運動でもなんでもないが、向こうから仕掛けてきた勝負だ。そうなれば徹底抗戦あるのみ。
生まれ持った男女の力の差で形勢は逆転(?)し、俺は勝ちを確信した......その時だった。
「このぉ......!」
──────────────────むにゅん。
「っ!?」
朝香先輩の気張った声ととも背中に手の感触ではない、とてつもなく柔らかい何かが当たる。
いやまさか。そんなわけないよな...?気になって、首だけ少し振り向いて確認してみると。
............これ、当たってるよ。朝香先輩のグラマラスなアレが。
膂力だけじゃ勝てないと踏んだのか上半身を目一杯使って俺の背中を押している。どんだけ負けず嫌いなんだよこの人...というか、この状況はいろいろとマズい。
「ちょっ、あ、朝香先輩!離れてください!」
「あら。私に負けそうになるのが怖いのかしら...?」
「違いますって!そういうんじゃなくて───」
「2人とも楽しそうでズルい!愛さんも混ぜろー!」
むにょん。
「おー?じゃあ彼方ちゃんも〜」
「私も...えいっ」
ひぃぃぃぃぃっ!!
次々と柔らかな感触が背部に襲いかかる。
強引に抜け出そうにも後ろから4人がかりでぎゅうぎゅうと押されているため、上手く抜け出せない。くっ、かくなる上は...!
俺は唯一参加せずにこちらの様子を眺めていた天王寺へ救いを求め、眼差しを向ける。
しかし、天王寺は自分の胸元に手を当て、少し儚げな表情で言った。
「...これが格差社会」
「言ってる場合か!」
結局、朝香先輩たちの気の済むまでもみくちゃにされ続け、俺の精神と理性はすり減る一方だった。
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