お待たせしました。今回もよろしくお願いします。
そろそろ日が傾きかけるであろう17時を回り、いい時間ってことで練習を切り上げて収録ブースを出た俺たち。優木は他のみんなを呼び戻しに行くようで、俺と他4人は先に部室へ戻ることにした。
「あ゛あ゛あ゛つ゛か゛れ゛た゛ぁ゛......」
「あはは......声すっごいガラガラじゃん......」
某猫鼠ばりの俺の声に、苦笑いの侑。
宮下とのカラオケバトルに乗っかった後、休み無しのぶっ続けで歌いまくってたからな......さすがに喉を酷使しすぎた。
「いやーめっちゃ歌ったよねぇ! 楽しかったー!」
対して宮下は疲労の疲の字もないような笑顔を見せてけろりとしていた。さすが部室棟のヒーロー......体力がダンチだ。
「私はちょっとお腹空いてきちゃったなぁ」
と、お腹に手を当て歩夢は言う。確かに歌うのって割とカロリー消費するしな......そう言われると、俺もなんだか小腹が空いてきた気がする。
「確かにね〜......あ、そうだ!」
そこで思い出したかのように、宮下は自分の荷物が入っているロッカーへ向かい、鞄から何かを取り出してこっちに戻ってきた。
「これは......漬物か?」
「そ! 愛さんのおばあちゃん特製、ぬか漬けだよ!」
宮下が取り出したものはタッパーの容器。その蓋が開けられると、独特な匂いが広がり、容器の中にはきゅうりやなす、にんじんといった野菜のぬか漬けが詰め込まれていた。これはまた渋いものを......
というか、ぬか漬け持ち歩いてる金髪ギャルとかシュールだな......ギャップがすごいってレベルじゃねーぞ。
「はいどーぞ!」
爪楊枝を受け取り、容器の中から適当に選び取ってそれを口に運んだ。ポリポリとした食感とともに、漬物特有の風味が口の中に広がっていく。
これは......
「うめぇ......」
思わず声が漏れた。
「うん! 美味しいよこれ!」
「ホント、おばあちゃんの味って感じがするね〜」
「でしょでしょー!」
同じくこの味にたまらず絶賛する侑と歩夢に、宮下は誇らしそうにご満悦の表情を浮かべた。
にしてもまじで美味いなこれ......お酒とかにも合うんじゃないか? 未成年だから知らんけど。
「うん。結構イケるなこれ」
「ふっふっふ......! ぬか漬け食べて
......こいつはいちいちボケないと気が済まないのだろうか。
「あははっ! 愛ちゃん上手い!」
「お、さすがゆうゆ! わかってるねぇ♪」
呆れる俺をよそに意気投合する2人。まじで感性が似てるっつーか...いや、仲がいいのは別にいいんだけどさ。
そんな他愛のない雑談を交えつつ、みんなの帰りを待つこと数分。ガラッと部室の扉が開かれる。
「うっ......⁉︎ なんですか、この臭い〜?」
室内に漂うぬか漬けの匂いに、扉を開けた中須が眉を顰めながら部屋に入る。続いてぞろぞろと、他のメンバーたちも部屋の中へ足を踏み入れた。
「おかえり〜。みんなも食べる?」
「わぁ! 私もらってもいい〜?」
宮下がぬか漬けの入った容器を見せると、あまり馴染みのない食べ物だからか、ヴェルデ先輩は興味深そうに食いついた。
「はぁ〜......彼方ちゃんもうクタクタだよ〜」
「その様子だと、朝香先輩に随分扱かれたみたいですね」
一方で椅子に座り、ぐったりと机に上半身を預ける近江先輩に俺は声をかけた。
「そうなんだよ〜......明日は全身筋肉痛で動けないかも〜」
「しっかりしてくださいよ......」
先輩、ストレッチの段階であの体たらくだったからな......その後の練習もひどい有様だったのが想像できてしまう。
とまぁ、こんな感じでみんなクタクタのようだし、今日の活動はここで終わりだろ。俺も草臥れちまったし、帰ってゆっくりしたいところだ。
「あぁ、かすみさんは少し残ってもらえますか? お話があるので」
みんなが帰り支度を進める中で、優木が中須だけ残るように言った。すると、中須は肩をビクリとさせて驚きと困惑の入り混じった表情で優木の方へ振り返る。
「えぇっ⁉︎ 眼鏡のことはもう勘弁してくださいよぉ〜!」
「いえ、そのことではなくて......」
結局眼鏡の件は怒られたんだな......それはそうと、優木は別件で話があるようで、苦笑を浮かべながら否定した。
その後、優木と中須は部室に残り、それ以外の面子は学園の外へ出る。しかしそのまま解散するわけでもなく、練習初日ということもあってプチお疲れ会といった感じでベンチで屯していた。
「あぁ......糖分が......糖分が足りねぇ......」
「あははっ、なんか危ない薬みたいだよ?」
あまりの疲労感に項垂れていると、宮下から揶揄される。
「お前なぁ......誰のせいでこんなんなってると思ってんだ......」
「ごめんて〜、愛さん飴なら持ってるけどいる?」
「いる」
「即答かいっ」
この際飴でもなんでもいいから、今は疲れ切った頭と身体に少しでも活力が欲しいんだ俺は。
宮下からもらった棒付き飴の包みを開けると茶色の球体が顕になる。見た感じ、ミルクティーとかカフェオレみたいな味だろうか。期待を込めて飴を口に含んでみると───
「んっ......⁉︎ なんだこの味?」
甘味とは程遠い、塩っ気のある予想外の味に俺は顔を歪める。
「あ、それはもんじゃ味だよ」
「もんじゃ味⁉︎」
「いやぁそれぐらいのしかなかったんだよね〜。あとは焼きそば味とたこ焼き味!」
「逆になんでそんなの持ってんだよ⁉︎」
しかもどれもほとんどソースの味しかしないという......
「まあまあ。世の中そんなに飴のように
「うぜえええええ!!!」
ダメだ......これ以上まともに相手にしてられない。でも飴はもらってしまった以上、ちゃんと最後まで舐めますけどね......
「璃奈ちゃん、同好会はどう?」
「......楽しい」
俺たちが不毛なやりとりをしている傍らで、至って普通の会話をしているヴェルデ先輩たち......宮下はこれを見習ってくれ。
先輩の問いかけに天王寺はいつもの如く淡々と返すと、そこに宮下が天王寺の頬をつつきながら割って入った。
「おぉ! こんなにウキウキなりなりー、初めて見たよ!」
「そうなんだ!」
「ごめんなさい。上手く顔に出せなくて......」
「ううん。楽しんでくれたならよかったよ〜♪」
申し訳なさそうにする天王寺にヴェルデ先輩はにこりと笑ってみせた。
「確かに、練習中楽しそうな感じだったもんなぁ」
「わかるの?」
「まぁ、なんとなく......? だけどさ」
表情は変わらなくても、話してる時の声色なんかは、よく聴くと少し違ってたりするんだよな。それでも直感的なものだから、なんとなくとしか言えないんだけども。
「そう、なんだ......」
それだけ言って天王寺は俯いてしまう。なんか変なこと言ってしまったんだろうか......? さすがにそこまで汲み取ることは俺には難しかった。
「愛さんも楽しかった! 他とまるで違う感じでさ」
「へぇ、そんなに違うんだ?」
「全然違うよー!」
侑の素朴な疑問にきっぱりと宮下は断言する。
「かすみんがスクールアイドルに決まった答えはない、って言っててね。今日一日過ごしてみて実際そうだったっていうか、みんな違うんだけどそこがいいっていうか!」
宮下はみんなの前に立ち、活き活きとしてこれからの活動に期待を膨らませる。
が、それと同時に、一番の課題である点も宮下の口から挙げられていた。
「みんな違う、か......」
「私たちが先に考えなくてはいけないことって、そこですよね......」
難しい顔をしながら桜坂は話を切り出していく。
みんながスクールアイドル活動をする上で乗り越えなくちゃいけない最初の壁。以前までの同好会を引き裂いたこの問題にどう向き合うべきか......いくらパフォーマンスのスキルを磨いたところで、ステージに立てないなら意味がない。
そのためにもここらでケリをつけておきたいところだけど......
「グループでやるのは......やっぱり厳しそうだな」
今日一日、みんなを見ていてわかった。ひとりひとり得意なこと、苦手なこと、そしてスクールアイドルに対する考え方が違うんだ。
それを1つにまとめるのは簡単な話じゃない、となれば......
「グループでできないとすると......1人でステージに立つしかないよな」
「ソロアイドル、ということになりますね」
ソロ活動───俺たちが考えられるシンプル且つもっとも現実的な案だ。もともと優木がソロのスクールアイドルとして活動していたというのもあってか、その考えはみんなの頭の中にもあるようだった。
「もしかしたら優木と中須も、そのことで今話してるのか......」
「おそらくは......」
「ソロかぁ......ちょっと考えちゃうよね〜......」
マイペースな口調は変わらずも、近江先輩の声には不安げな色が滲み出ていた。
「グループなら協力し合えるけど、ソロじゃそうはいかないし......」
「はい......正直不安です。私1人に、見てくれる人が満足してもらえるほどのものがあるのかどうか......」
そもそも優木以外のメンバーはステージに立ったことすらないしな......ライブに関しては素人も同然な状態で、ソロというのは相当ハードルが高いに決まってる。そう簡単に気持ちを切り替えられるような話じゃないってことは、俺にだってわかる。
パッとしない雰囲気の中、計り知れないプレッシャーと不安......みんなの中でそれらが大きくなるのを俺はひしひしと感じるばかりだった。
******
翌日の放課後。同好会の活動を終えて、俺は侑、歩夢とともにいつも通り帰路についていた。その道中、俺はあることに気がついて足を止める。
「あっ、やっべ......!」
「ハルくん?」
「タブレット、部室に置きっぱかも......」
鞄の中を漁ってみるが、教材用のタブレットが入ってない。今日の部活中、合間を縫って少し勉強してたんだが......十中八九そこで仕舞い忘れてたか。アレがないと出された課題もできないな......
「えぇ? 何やってんのもう〜......」
うっかりとしたミスに侑は呆れて言った。
でもバスに乗る前に気づいてよかった......まだ部活やってるところはあるだろうし、部室棟は開いてるはずだ。急げば間に合う。
「悪い、取りに戻るわ! 先帰っててくれ!」
2人にそう言い残して俺は来た道を引き返していった。
なんとか無事、タブレットを回収することができた。よかった...とりあえず一安心だ。
ホッとしながら部室棟を出て、そのまま校門を抜ける。すると、前方の少し離れたあたりに見覚えのある後ろ姿が視界に入った。
あれは......宮下だ。同好会が終わった後も部活の助っ人に行くって言ってたし、それが終わって今から帰るってところだろうか。せっかくだし、お疲れの一言でもかけてくか。そう思った俺は宮下のそばへと駆け寄る。
「お疲れ、宮下」
「......」
あ、あれ......? 聞こえなかったのか反応がない。
もう一度、横から声をかけてみる。
「おーい、宮下?」
「......」
けれど返事は来ず......なんか考え事で俺の声が耳に入ってないって感じだ。
そこで今度は宮下の肩を叩いてみると。
「うわぁ⁉︎ ......って、晴陽?」
「お、やっと気がついた」
案の定、俺に気づいていなかった宮下は飛び退いて目を丸くさせた。
「な、なんで晴陽がここに......? 帰ったんじゃなかったの?」
「ちょっと部室に忘れ物しちゃってさ。それ取りに部室まで戻ってたんだよ」
「あ、なるほど......そゆことね」
その理由に宮下は納得してポンと手を打つ。
「それよりどうしたんだ?なんかすげえ考え事してたみたいだけど」
「あはは......わかっちゃう?」
「そりゃまあな......」
普段あんだけ元気そうにしてるもんだから、今の宮下が少し様子が変だってことは誰の目から見ても明らかだろう。
「ちょっと悩んじゃっててさー......」
「意外だな......お前でも悩むことってあるのか」
「そりゃあるに決まってるよ〜! 愛さんのこと、何だと思ってんのさぁ......?」
「ははっ、冗談だよ。悪い悪い」
あまりにも塩らしかったもんでつい揶揄いたくなってしまった。
気を取り直して俺は話を戻す。
「悩みって、昨日のことか?」
「......うん」
このタイミングで宮下が悩むこと......俺が予想する限り、ソロ活動についてだろう。そしてその予想は当たっていたようで、宮下は頷く。
「わかんないんだ.....」
「わからない?」
「うん。愛さんにはどんなライブができるんだろーなって......」
......あぁ。そういうことか。まだ宮下には自分のライブのイメージが掴めてないらしい。
「愛さんがスクールアイドルをやってみたいって思ったのも、ただ楽しそうって思ったからで......みんなみたいに自分の個性とか、やりたいこと、なりたいスクールアイドルっていうの、考えたことなくて......」
楽しそうだからやってみたい。宮下らしい、当たり障りのないきっかけだった。
だからこそイメージするのが難しいんだろう。スクールアイドルに昔から憧れていたわけでもないんだから、じゃあどんなスクールアイドルになりたいか、どんなライブをやりたいかって聞かれても、すぐにピンとくるはずもない。
「テストの問題には決められた答えがあって、スポーツにはルールがある。でも、スクールアイドルにはそういうのはなくてさ......なんか、何も見えない暗い道を歩いてるみたいだよ......」
「......そうか」
思い悩んだ表情で夕空を仰ぐ宮下に、俺はかける言葉が見つからない。その寂しげな横顔を、ただ見つめることしかできない不甲斐のなさに拳を握るだけだった。
情けないな......俺に何かできることはないのか。
「.....愛さんの正解って一体なんなのかな?」
そんなの......俺に聞かれたってわかるわけがない。
「こんなこと、今まで考えたことなかったよ......」
ないけどさ......
「......宮下」
「うん?」
名前を呼んで、俺は前に一歩踏み出す。
うだうだ考えてもしょうがないな......俺は俺なりにやれることをやってみる。ただそれしかないだろ。
宮下が暗い道を歩いてるってんなら、俺は少しでも道を照らしてやりたい。同好会の仲間として......いや、
宮下の、ひとりの友人として。
「この後......まだ時間あるか?」
「え?まあ、大丈夫だけど......なんで?」
そう聞かれると、俺は振り返って宮下の目を見据える。不思議そうに見つめ返す宮下に、俺はフッと微笑んでみせた。
「ちょっと、俺に付き合ってくれよ」
「............へ?」
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