晴陽くんと愛さんのお話。
「土砂降りだね〜......」
「だな......」
凄まじい勢いで降りしきる雨を眺めて、俺と宮下はそう呟いた。
今日も今日とて精を出す、放課後の同好会活動。
その中で俺は宮下のランニングに付き合うことになり、2人で校外のコースを走っていたわけなんだが、その途中で急な大雨に見舞われた......というのが今の状況だ。
どうやらこの雨は一時的なもので、少し時間が経てばすぐに収まるらしいから、ひとまずはこうして適当な軒下で雨宿りしている。
「とりあえず、雨が止むまで待機してるって、みんなに連絡しておくか」
「そうだね。みんなも心配してるだろうし......」
チャットアプリのグループチャットでその旨を連絡する。するとすぐに既読がつき、OKや了解などと返事が送られてきた。
「でも、待ってる間暇だね〜」
「それはまあ、しょうがないだろ」
「んじゃあさ、愛さんのダジャレタイムといっちゃいます?」
「それは要らん」
「中東にあるよね〜」
「それはイラン!」
「ゴメンゴメン、愛さん
「その通りだな!」
もはや恒例と化した気がするこの流れ......雨が降っていようがお構いなしだった。
......あ。別に流れと雨をかけてるわけじゃないんですよ?
って、誰に言い訳してんだ俺......
「雨が降っててもこの流れ!あはははっ!」
「.........」
こいつと同じ思考に至ってしまったことに俺は頭を抱えた。いかん、俺もだいぶ毒されてきたかもしれん......
いつもの如く辟易としていたところで、雨の降る雑音の中から、ゴロゴロと鈍い音が耳に入る。
まじか......雷まで鳴ってきたな。これはますます天気が荒れそうだ。
そう思いながら宮下の方に再び視線を向けると───
「宮下......?」
腹部を抱えるように宮下は縮こまっていた。その表情は若干青ざめているようにも見える。
「どうした?腹でも痛いのか?」
「えっ?いやぁ......そういうわけじゃないんだけど......」
と、ぎこちない笑みを浮かべている。
......どう見たって様子がおかしい。もしかして、雷が苦手だとか?いやいや、まさかな......
そう思った次の瞬間に、閃光とともに雷鳴が轟く。
そして、
「ひゃああああっ!」
「うおぁっ⁉︎」
叫び声を上げ、俺の腕に宮下は抱きついてきた。な、なんなんだよ一体.....⁉︎
力一杯に抱きしめてくるもんだから、その柔らかな感触に腕が包まれる。そうなれば当然、当たるものも当たっているわけで。
「ちょ、おまっ......離れ───」
俺は急いで引き剥がそうと、空いている片方の手を伸ばす......が、それはすぐに憚られてしまう。
しがみつかれたその腕から、宮下が微かに震えているのが伝わったから。
揶揄っているのでもなんでもなく、ただ本気で雷を怖がっているのがその震えを通してすぐに理解できた。
そんなにまで怯えている宮下を引き剥がすのは酷なんじゃないかと、俺は躊躇ってしまった。
「雷、苦手なのか......?」
宮下は腕に顔を埋めたまま、小さく頷く。
「......ちっちゃい頃にね、おばあちゃんに『雷さまがおへそを取りにくるぞ』って聞かされて、それからなんとなく......」
あぁ......じゃあさっきのは腹痛とかじゃなくて、へそを隠していたってわけか。
それにしても、宮下にも苦手なものがあるなんてな......本人には悪いが、雷に怖がっているその姿が新鮮で、少しかわいらしくも思えた。
そんなことを考えていたら、再び轟音が鳴り響く。
「うぅ......」
弱々しい声を漏らしながら、宮下は抱き締める力をぎゅっと、さらに強める。
宮下からすれば今のこの状況は辛く、耐え難い時間なことは間違いないだろう。
なんとか不安を和らげる方法はないかと模索していた俺は、伸ばしかけていた手を宮下の頭に、そっと乗せた。
出し抜けな俺のその行動に、宮下はきょとん、とした表情を浮かべて俺を見る。
「......晴陽?」
「あ、わり......嫌だったか?」
聞くと、首を横に振る宮下。
「んーん......晴陽の手、あったかくて......懐かしい感じがして......すごく安心する...」
ぽつりと言った宮下の表情は、柔らかな微笑みを浮かべていた。
不安を全部取っ払うことなんてできないだろうけど......それでも、少しでも宮下が安心できるなら。
「大丈夫、大丈夫だって」
まるで幼い子供をあやすように、俺はその綺麗な金色の髪を優しく撫でていた。
「お、晴れてきたな」
そんな状態で数十分ほど経っただろうか。気づけば雨雲は通り過ぎ、どんよりとしていた空は抜けるような晴天の姿を見せていた。
「ホントだ。よかった〜......」
宮下は大きく安堵のため息を漏らす。
うん......苦境が過ぎ去ったのは良いことなんだけどさ......
「なあ......もう離れても大丈夫なんじゃないか...?」
「......あ」
言われて気がついたか、宮下はバッと俺の腕を解放して、一歩距離を取る。
宮下を落ち着かせるためにそっとしておいたけど、いつまでもあの状態ってのはちょっとな......
「なんか...ゴメンね?」
「え?どうした、急に......?」
唐突に謝罪をされた俺は困惑しながら聞き返した。別に謝られるようなことはされてないけど...
「いやぁ......愛さん、情けないところ見せちゃったなって......あはは......」
頭の後ろに手をやりながら、宮下はばつが悪そうに笑った。
それを聞いて俺は即答する。
「別に...情けなくなんかないだろ」
「え...?」
「確かに意外だなぁとは思ったけどさ。そんな雷が苦手なくらいで、情けないなんて思うかよ」
人間、誰にだって苦手ものの一つや二つあるし、雷が怖いなんてかわいいもんだろ。
「それに、俺はああいう宮下が見れて得した気分だしな」
「えぇっ......⁉︎そう言われるとちょっと恥ずかしいよ〜......!」
戯けたように言ってみせると、宮下は頬を赤らめて口を尖らせた。
「はははっ。そういうわけだから、そんな気にする必要ねーぞ」
「う、うん。ありがと......」
「さ、戻ろーぜ。みんなが待ってるし」
連絡はしたとはいえ、みんなに心配かけてることには違いない。ランニングはここらで切り上げて学校に戻った方がいいだろう。
「...なんだろ、この感じ...?」
「ん?何がだ?」
一歩踏み出して軒下から出たその時だった。
不意に宮下の独り言のように呟く声が耳に入り、俺は振り向く。
「なんか、胸のあたりがふわふわするような......」
「ふわふわ?さっきまで気ぃ張ってたから、それが一気に抜けたとかじゃないか?」
「うーん......そういうのとは違うような......愛さんもよくわかんないや」
自分でもわかっていないような感覚に、宮下は戸惑いながら頬を掻いた。
「そ、そうか。まあ無理はすんなよ?」
あまりにも抽象的な説明で俺も全然見当がつかないんで、気をつけろとしか言いようがない。
でもその感覚が、もしかしたら体調不良の前触れ...ということもありえるだろうし。見た感じだとそういうのじゃなさそうだけど、一応な。
「うんっ。とりあえずへーきだよ。それと...」
「ん?」
「このこと、みんなには内緒だからね?」
ジトーっとした目つきで宮下は俺にそう釘を刺す。さすがに宮下でも、自分の弱みはあまり知られたくないらしい。
「わーったよ」
わざわざ言いふらして何かメリットがあるわけでもないしな。本人の意思を尊重して、俺は承諾の意を返した。
それを受けた宮下は細めていた目を戻して、満足そうな表情を浮かべる。
「よーし!じゃあ、ニジガクまで競走だー!」
「あ、おいっ!」
制止する俺の声を振り切るように、宮下は颯爽と駆け出していく。
「ったく......しょうがねえヤツだな......!」
少し前の弱気な姿はどこへやら......ま、すっかり調子を取り戻したみたいだし、良しとするか。
太陽に照らされたあいつの背中を見失わないように、しっかりと目に映して、俺はその後を追いかけ始めた。
ひとまずアニメ4話の内容はここまでです!
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