前回のあらすじ。
『激写! あの人気読者モデル、朝香果林がカフェで男子生徒と密会‼︎』(スーパー語弊)
「ったく......! 毎度お説教が長いんだよ......!」
そう愚痴をこぼしながら、俺は軽く駆け足で廊下を走っていた。もうとっくに同好会の活動は始まっている......大遅刻だ。
こうなったのも、自分で言うのはなんだが......俺は授業態度はあまりよろしくなく、居眠りや他のことに気を取られるのはザラにあることからだ(学力自体はそれなりではあるが)。今回もそれについてお叱りを受けたところだった。
今日はヴェルデ先輩のPVの仮撮影だってのに......いや、自業自得なのはわかってはいるけども。だって、あの先生の授業つまらんし眠たくなってくるんだもん。もはや一種の睡眠導入だろアレは。
......なんてほざいても意味はないんで、とにかく部室へと足を進めることに、俺は集中した。
「はぁ......着いた......」
部室に到着し、大きく息を吐きながら一気に扉を開ける。
「あれ、ヴェルデ先輩?」
中には先輩がひとり、ぽつんと佇んでいた。
「あっ、晴陽くん......」
「どうしたんですか? もう撮影は始まってるんじゃ......」
「うん。これから別の衣装に着替えるところだったの」
「そ、そうなんですか。すみません、ノックもしないで......」
「ううん、気にしないで!」
非礼を詫びる俺に先輩は優しく微笑む。
少しタイミングが悪かったらやばいことになってたな......急いでたとはいえ、そこまで気が回らなかった。気をつけないと。
ロッカーに荷物を置いて、さっさと部室を出ようとした時、
「......先輩?」
先輩が物憂げな表情で虚空を見つめていたもんで、気になって声をかけてしまった。そもそも部室に着いた時から、なんだか上の空、って感じだ。
「............あっ。ど、どうかした?」
「どうかした、はこっちのセリフですよ......さっきから先輩、すごいボーッとしてるじゃないですか」
とは言ったものの、俺には心当たりがある。というかこのタイミングで、この先輩の雰囲気......それしかないだろう。
「......もしかして朝香先輩のこと、ですか?」
「っ!」
その名前を口にすると、驚愕するヴェルデ先輩。
「どうしてそれを......」
「実は昼休みに先輩と会ったんです。それで向こうも同じように悩んでて......無理矢理にでも事情を聞かせてもらいました」
「そう、なんだ......」
驚きの色は残りつつも、先輩はなんとか状況を飲み込んだ様子。
そして、すれ違ってしまった時のことを思い出しているのか、先輩は沈痛な面持ちで目を伏せてしまう。
「私ね、わからないの......どっちが本当の果林ちゃんなんだろう、って」
徐に、その心の内を明かす。
「いつも同好会を手伝ってくれて、もしかしたら一緒にできるのかもって思って......」
ヴェルデ先輩にとって朝香先輩は大切な友人で、だからこそ一緒にやりたいって願望があるのは、ごく普通のことだ。でもそれは叶わなかった。
「そんなに、イヤだったのかな......」
先輩の寂しそうな声で、俺の胸は締め付けられるような感覚に襲われる。
俺はその場に居合わせていたわけじゃない。先輩たちがどんな言葉を交わしていたのかさえもわからないけど、2人を見ているだけでそこに大きな蟠りが生じているのを確かに感じられる。
自分の気持ちに踏み出せず、冷たく遇らってしまった朝香先輩と、優しすぎるせいでそれに踏み込めないヴェルデ先輩。
まるでお互いに牽制でもしているかのような2人だ。
......このままじゃきっと埒が明かない。
「......たぶん、嫌なんかじゃないと思います」
その言葉に、先輩はこっちを見る。
「俺なんかには朝香先輩のこと、理解できてないのかもしれないですけど......でも、これだけはわかります」
俺はヴェルデ先輩から一瞬、目線を外してから、伝える。
「───あの人はビビりで、どうしようもないくらい意地っ張りなんですよ」
「......え?」
先輩は、不意打ちを喰らったように一瞬固まる。
まるで言っている意味がわからない、そんなことが顔に書いてあるようだった。
「晴陽くん、何言って......」
「だってそうじゃないですか。自分の気持ちも明かせないで、それで周りに冷たく当たって、遠ざけて」
呆然とする先輩に向けて、俺は淡々と言葉を連ねる。
「そのくせ何かがあったような顔してるのに、なんでもない、キミには関係ないって跳ね除けて」
「..................」
押し黙る先輩に、俺は構わず続ける。
「プライド高すぎて、自分で自分の墓穴掘ってるんですよ。それで引くに引けなくなってる」
「..................めて」
先輩が何か小さく言った気がしたが......気にしない。
「素直になれば楽なのに、意地ばっかで」
「..................やめて」
微かに聞き取れる声。
「ホント、困った人っていうか───」
そして、
「やめて! 果林ちゃんのこと、悪く言わないでっ‼︎」
空気がビリビリと震えるような叫びが、部室に響いた。
「果林ちゃんは......そんな子じゃない......!」
目に涙を溜めて、鋭い目つきを俺に向ける先輩。
当然の反応だろう。自分の友達を悪く言われてるんだから。
だからこそ、俺は
先輩は今、怒っている。
他の誰でもない、ひとりの親友のために。どれだけ冷たく突き放されたとしても、その人のために。
温厚で、怒りとは縁がなさそうな人が、友人のために必死に怒っているんだ。
それでも俺は動じずに、口を開く。
「......いえ、そんな人なんですよ」
はっきりと言った。
朝香先輩と話してみて、そう思わせるものがあったからだ。
「だって朝香先輩......なんか俺に似てるんですもん」
「似てる......?」
戸惑うヴェルデ先輩に、俺はこくんと頷いた。
「俺もそうなんです。ビビりで、どうしようもないくらい意地っ張りで......それですげえ後悔してることがある」
俺は身をもって味わっている。
自分の気持ちを、やりたいことを押し殺す日々が、どんだけ虚しいのかを。
「俺は、朝香先輩にはそんな思いをしてほしくない」
「晴陽くん......」
苦虫を噛み潰したような目の俺を、気づけばヴェルデ先輩は悲痛そうに見ていた。
俺はやりたいことを諦めた。周りに受け入れられずに、諦めることしかできなかった。
だけど、朝香先輩は違う。
こんなにも先輩を想ってくれる人がいる。一緒にスクールアイドルをやろうって、誘ってくれる人がいる。
......だから俺じゃダメなんだ。
そんな俺の言葉じゃ、朝香先輩には届かない気がした。
「今、あの人の手を引けるのは、先輩しかいないんです」
「私が......?」
あの人は迷ってる......本心と見栄に振り回されてる。だから、誰かがそこから連れ出さなくちゃいけない。
その役は、ヴェルデ先輩にしかできない。
「エマさー......って、ハル!」
荘重な雰囲気の中、侑、そして歩夢が部室に現れた。
「ハルくん、いつから来てたの?」
「あ、あぁ、ついさっきな。それで部室に入ったら、ちょうど先輩がいたんだよ」
なるべく2人には悟られないよう、いつもの調子で俺は返事をする。
「そ、そうだったんだ......」
「もー、普段からちゃんとしてないから目付けられるんだよ?」
「う、うるせえなぁ。わかってるよ......」
遅れた理由については同好会全員が知っているんで、早速侑から咎められる。当然、正論すぎるので何も言い返せない俺。
「それで、2人ともどうしたの? 忘れ物?」
「あ、そうじゃなくって。エマさん、着替えからなかなか戻ってこないから」
「大丈夫ですか......? どこか具合が悪いなら、休んでた方が......」
「う、ううん! 大丈夫だよっ。ごめんね、心配させちゃって......」
2人はヴェルデ先輩を心配して来てくれたようだけど、先輩は何事もないように振る舞う。
まぁ......それもそうだろう。俺がイレギュラーなだけで、先輩たち2人の問題にわざわざ巻き込むわけにもいかないしな。
「ほんとは、みんなの心をポカポカにしたいのに......」
「エマさん......?」
「あ......着替えなきゃだよね! ちょっと待っててね」
何かを呟いていたヴェルデ先輩だったが、侑の呼びかけでハッとした後、準備のために動き始めた。ひとまず俺も部室から出ないとな......
すると、机の上に置かれていた先輩の鞄の中を見て、何かに気づいた侑が声を上げる。
「あ! これ最新号だ。見てもいい?」
「うん、どうぞ」
侑が手にしたそれはスクールアイドルの雑誌のようで、目を煌かせながら、侑は雑誌を開く。
あれ? つーかその雑誌......どっかで一度見た気が。
引っ掛かりを覚えた俺は最近までの出来事を振り返ってみる。
......そうだ、確か雨宮とヴィーナスフォートに行った時だ。あそこの本屋で朝香先輩を見かけた時、先輩も同じものを読んでいた。あの時の先輩も、今の侑みたいに食い入るように読んでたっけな。
それに昼休みの時。
直前まで俺の気配にも気づかないくらいに、先輩が集中しながら見ていたものは、スクールアイドルの動画だった。
あの時の先輩は、どこか物思いに耽るような、切ない顔で画面を見つめていた。
..................やっぱり、朝香先輩は───。
そんな風に考え込んでいたら、侑がページをめくった瞬間にするりと一枚の紙が落ちたのが目に入る。
「ん? なんか落ちたぞ......」
俺はそれを拾い上げた。
そこに書かれてあったものに、俺は目を見張る。
「先輩、これ......」
「それは?」
その紙をヴェルデ先輩に見せると、同じように先輩も目を見開いた。
その紙はアンケート用紙で、名前の欄には『朝香果林』と記入されている。そしてその中の質問に、『今、一番興味があることは?』なんてものがあった。
その回答が......"スクールアイドル"だった。
「それが......朝香先輩の本当の気持ち、なんじゃないですか?」
「果林ちゃん......」
人知れず書き出された、紛れもない朝香先輩の本心。
それを知ることができたヴェルデ先輩は、そっとその名を呼ぶと、迷いが晴れたかのように、引き締まった表情を見せる。
「3人とも、ごめんね。私、行ってくる!」
「あっ、エマさん⁉︎」
一言だけ言い残して、ヴェルデ先輩は鞄を持って部室を飛び出していった。
「エマさん、どうしたんだろう......」
「ハルくん......何か知ってる?」
突然の事態に侑と歩夢は心配そうにして俺を見るが、俺は白々しく肩を竦めてみせる。
「......さぁな」
ここからはもう、あの2人だけで大丈夫だろう。
ヴェルデ先輩ならきっと、冷め切ったあの人の心を暖めてあげられる。
部屋を出ていく時の先輩の目を見て、俺はそう確信していた。
本編5話の内容も終わりに近づいてますが、是非最後まで楽しんでいただければと思います。
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