ありがとう虹ヶ咲。(ユニットライブお疲れ様でした)
ヴェルデ先輩が血相を変えて部室を飛び出した後、俺は他のみんなに先輩は急用ができたと伝え、その日の撮影はひとまず中止に。
事情を知らないみんなは困惑していたものの、後日撮影は再開して、なんとかPVを完成させることができた。
それから数日が経ったある日。
ヴェルデ先輩と一緒に、朝香先輩が部室に訪ねてきた。けど、その目的は同好会の手伝いではなかった。
「えぇーっ⁉︎ 果林先輩もスクールアイドルに⁉︎」
「うん! 果林ちゃんもいれば、同好会がもっともっと楽しくなるよ!」
そう。朝香先輩が同好会に入部......つまり先輩もスクールアイドルを始めるという事実に、たまらず中須が驚愕の声を上げた。
「ああっ! また応援する楽しみが増えちゃうよ〜!」
「もう、侑ちゃんてば......!」
一方で、メンバーが増えて嬉しそうにする侑と、それに呆れつつも笑みを浮かべる歩夢。
「ようこそ、スクールアイドル同好会へ! 歓迎しますよ!」
「ふふっ、ありがとう」
快く迎え入れる優木に、朝香先輩も微笑んで礼を返す。
すると、驚いていた中須は何やら悪戯な笑みを浮かべて、
「でもモデルもやってるのに大丈夫なんですかぁ〜? スクールアイドルはそんなに甘い世界じゃないですよ〜?」
煽り口調で朝香先輩を挑発する。しかしそんな煽りにも先輩は泰然とした態度を崩さない。
「そんな生半可な気持ちで入るわけないでしょ。モデルでも、スクールアイドルでも、トップを取ってみせるわ」
「うっ......ぐぬぬ......!」
先輩の余裕綽々の対応に、中須は悔しそうに声を漏らした。
まぁ......現役読者モデルという強力なライバルが増えたから、中須も内心穏やかじゃないんだろう。
何はともあれ人数が増え、和気藹々と盛り上がる中、不意に朝香先輩と目が合う。
「晴陽も、よろしく頼むわね」
「あ......は、はい......」
「......?」
「晴陽くん、どうかしたの?」
反射的に目を逸らしてしまった俺を見て、朝香先輩は不思議そうに首を傾げる。ヴェルデ先輩も怪訝そうに声をかけてきた。
「い、いえ......なんでも」
悟られないように、俺は作り笑いを浮かべた。
今は......2人の顔を見ることはできない。
「あっ、エマさんのPV、再生数もコメントもすごい伸びてる」
「本当?」
そこで、デスクトップの画面を眺めていた天王寺から朗報が出され、ヴェルデ先輩は俺からそっちに興味を向けた。
「家族からも連絡があってね。すごい喜んでくれてたの!」
「よかったね、エマさん。大成功だよ!」
このPVの目的のひとつは、ヴェルデ先輩の家族に
「当然よ。私が撮ったんだもの」
ヴェルデ先輩の肩に腕を置きながら、誇らしげに朝香先輩は言った。
朝香先輩が撮影を担当したいと申し出た時は、みんな驚いてたけどすぐに了承されることになった。
きっとここにいる誰よりも、ヴェルデ先輩の魅力を知っているから任せられると思ったんだろう。
画面に映された、伸びやかに歌う先輩。まるで大自然を思わせる、力強くも透き通るように綺麗な歌声は、聴く人を包み込んでくれるような優しさと癒しがあった。
それがこうして注目されることになった一番の要因だろう。人の心をポカポカにしたいという、先輩のPVとしてはこれ以上にない完成度だった。
「果林ちゃんのPVの時は、私が撮るね!」
「ええ。お願いね、エマ」
視線を交わす先輩たちのやりとりからは、以前よりも2人の仲が深まっているのを確かに感じられた。
なのに......素直に喜んではいられない自分が、心の中にいた。
******
翌日の放課後。
俺は部室に向かう前に、デッキ通路にあるベンチで一息ついていた。
ここ最近、気分がどうにもパッとしない。原因はたぶん......いや、それしかないな。
ヴェルデ先輩と朝香先輩の一件。あの時からモヤモヤしてて、あの2人だけに対して取り繕ったような感じになってしまう。
いくら焚きつけるためとはいえ、2人に対してひどいことを言ったよな......
もっと他に気の利いたことが言えたはずなのに、あんなことしかできなかった。あの時1番辛かったのは先輩たちだってのに......自分で自分に腹が立ってくる。
ため息をつきながら俺は空を見上げた。
なんか天気も曇ってるし、ますます気分が落ち込んでくるな......
「───!」
「ん?」
そこで、誰かが俺に向かって声をかけている気がして、その方向へ視線を移す。
「どうも〜!
......................................................なんか来たよ。
よくわからないセリフとともに、前方から勢いよく雨宮がこっちに歩み寄ってきた。
「雨宮......つーかなんなんだよ、そのナントカって......」
「お前知らないのか? 今をときめくピン芸人、山崎龍のネタだぞ?」
「知らねえ......」
俺はそれなりに流行りものとかは見たり聞いたりしてる方だけど、その名前についてはまったくピンとこない。本当につい最近流行り始めたものなんだろうか。
「あらゆる会話のワードからさっきみたいに自己紹介に繋げるというネタが鉄板だ」
「はぁ。面白いのか? それ......」
「一部には大ウケだぞ」
「ふーん......」
まぁ、お笑いの感性は人それぞれだし、そういうシュールなネタが突然流行ったりするのはよくあるけど......
「まぁそんな芸人はいないんだけどな」
「じゃあなんだったんだよ今のくだり!」
相変わらずだな、こいつは......
「ハァ......」
「なんだなんだぁ? いつにも増してしけた顔してんなぁ......」
「うるせー、ほっとけよ......」
「いつにも増して老けた顔してんなぁ......」
「なんで余計なこと言ったし⁉︎」
「いつにも増してフケみたいな顔してんなぁ......」
「もうただの悪口だろそれ!」
「で、どうしたんだいフケさん」
「
「物思いに
「フケネタしつけえな!」
ダメだ......これ以上はまともに取り合ってられない。
「まぁまぁ。とりあえずお兄さんに相談してみ?」
なんでちょっと歳上ヅラなんだよ......でも、誰かに話してみれば、何か変わるかもしれないな。
雨宮がそれなりに気心が知れている同性ということもあってか、俺はいつの間にか口を開いていた。
「別に......自分に嫌気が差してるだけだ」
「ん......? 本当に何があったんだよ?」
一変して、真剣な表情で詳細を尋ねてくる雨宮。ここで今更もったいぶってもしょうがないか......
俺は先日の出来事について大まかに説明した。
「......なるほど。そういうことになってたのか」
ある程度事情を把握した様子で、雨宮は顎に指を添える。
「なら、2人にとっととそれを話して、謝っておいた方が楽なんじゃないのか?」
「それは......そうだけど」
頭ではそうした方がいいのはわかっている。わかってはいるけど、それが簡単にできたらこんな風にはなってない。
このことを話して、もし2人からはっきり拒絶されてしまったら。そう思うと、どうしてもその勇気が今の俺には出せなかった。
そんな俺の煮え切らない態度のせいか、雨宮は軽くため息を吐いてから、口を開く。
「......小日向、お前やっぱまだ引きずってんだろ。
「っ!」
雨宮の声はいつもより低いトーンだった。まるで俺の心の内を見抜いているかのように......いや、俺の心境は雨宮だからこそ察することができるのかもしれない。
「あの時もそうだったよな......熱くなりすぎて、言い過ぎた。そのせいで何度もバラバラになっちまったな」
「............」
脳裏にだんだんと呼び起こされていく過去の情景に、俺は顔を顰める。
『そんな適当な気持ちで、観客を沸かせられるって思ってんのかよッ‼︎』
俺と雨宮を含めた数人のグループ。不穏な空気の中で、俺とグループのメンバーが対立していた。その時に発した自分の言葉が頭の中で反響する。
周囲との熱意の差に苛立って、ぶつけて。その結果、ひとり......またひとりと人が離れていった。それでも妥協はできなかった。少しでも手を抜いたら、俺が望んだ景色はきっと見れないから。
だから俺はバンドを辞めた。
夢を追いかけるのを、諦めたんだ。
「......俺は何も変われてない。また、傷つけるようなことしか言えなかった。こんなんじゃ、あの時と同じになるだけなのに......」
先日のことを思い出して、心苦しさが俺を蝕む。最悪のことばかりを考えてしまう。いっそ雨宮みたいに、気楽にものを考えられればいいのに。
だが、雨宮から返ってきた言葉は思いもしないものだった。
「そうか?」
「え......?」
「あの2人はそうじゃないかも知れないぜ?」
あっけらかんと言った雨宮に、俺は戸惑いの声を上げていた。
「俺には、それだけでお前に愛想を尽かすような2人だとは思わないけどな」
「......なんでそんなこと───」
言い切れるのか、そう言いかけたその時。
「いた! 晴陽くん!」
「ヴェルデ先輩......朝香先輩も......」
噂をすれば影がさす。まさにその言葉通りに、俺が気がかりとしていた2人が現れ、身体に緊張が走った。
「......さて、お邪魔虫はここらで退散するとしようかなぁ」
雨宮は俺と先輩たちを交互に一瞥した後、いつもの飄々とした雰囲気に戻って歩き出す。
「不安になるのもしょうがねえけど......少しは彼女ら信じて、腹割って話してみろよ」
俺にだけ聞こえる声でそう言い残し、雨宮はこの場を去っていった。
そして、入れ替わるようにヴェルデ先輩と朝香先輩が、俺の前に立った。
「探したわよ」
「俺を、ですか......?」
「うん。晴陽くん、最近ちょっと元気ないなって思って......」
「そんなこと......ないですよ」
「じゃあ、なんで私たちと一度も目を合わせてくれないわけ?」
痛いところを突かれてしまい、俺は返す言葉を失う。そして今も、目を合わせられないままだった。2人はそれに気づいて、原因が自分たちにあると考えたんだろう。
「何か私たちに対して思うことでもあるのかしら?」
「......」
「晴陽くん......そうなら遠慮しないで言ってくれないかな? ダメなとこがあるなら気をつけるから......!」
「ち、違います! ダメなのは俺の方で......!」
先輩たちに落ち度はない、悪いのは全部俺なんだ。なのに2人は俺のことを心配してくれている。それが余計に自分の不甲斐なさを痛感させるようで、俺は拳を握りしめた。
......もう、ここまで問い詰められたんじゃ、ひた隠しにしていても無駄だろう。2人も引き下がるつもりもなさそうだ。
俺は意を決して打ち明けることにした。
「そう......それで私たちにちょっと距離を置いてたのね」
「......はい」
2人に抱いていた罪悪感と後ろめたさを吐露すると、剣呑な空気が場を包み込む。
「本当に、すみませんでした......」
深々と頭を下げる。
簡単に許されるものじゃないけど、ただ謝ることしか俺にはできない。
「......顔を上げなさい」
おそるおそる顔を上げると、朝香先輩は目を細めて険しい表情を浮かべていた。
そりゃそうだよな......あんなこと言われたら誰だって怒ったりする。
朝香先輩の片手がスッと持ち上がる。
ここで叩かれようが、罵声を浴びせられようが、俺は文句を言えない......いや、言うつもりもない。悪いことをしたのなら、相応の報いは受ける。それが俺なりのケジメだ。
俺は覚悟を決めて、目をきゅっと瞑る......が、
「..................?」
いつまで経っても何もされないんで、チラリと目を開いたその時。
「んにっ⁉︎」
ぐにっ、と両頬を引っ張られる。
「あら、結構いい肌してるじゃない」
そう言って引き伸ばしたり、捏ねくり回したりと、面白がる先輩。
「エマも触ってみたら?」
「えっ? じゃ、じゃあ、失礼しま〜す......」
空いた片側の頬を、今度はヴェルデ先輩が優しく摘んだ。
「わっ、ホントだ〜! モチモチのスベスベ〜♪」
ぐにぐにぐにぐにぐにぐにぐに。
ただひたすらに俺の頬をいじって遊ぶ2人。よくわからないこの状況に、俺はされるがまま呆然としていた。
......で、数十秒はいじられ続けただろうか。満足したような朝香先輩とヴェルデ先輩は頬から手を離す。
「とりあえずそれで勘弁してあげる」
「へ......?」
あまりにも軽過ぎる制裁に、思わず素っ頓狂な声が出た。いや、これもこれで恥ずかしかったけど、なんか思ってたのと違う......
「というかその話、実はエマからもう聞いてたの」
「えっ、そ、そうなんですか......?」
「ええ。まぁ、正直最初聞いた時はあんまりいい気分じゃなかったわね。そんなことを言われてたなんて悔しい、って」
至極当然な反応だろう。でも、それならなんで尚更怒ったりしないんだろうか。
なんで俺を気にかけるようなことを......
そんな疑問が渦巻いている中で、朝香先輩は不敵に笑う。
「だから私は決めたの。キミを見返してみせるくらいに、スクールアイドルで上を目指すってね」
青く凛々しい瞳が、俺を捉える。この前とは見違えるほどに、その目は強い意志を宿していた。
「そういうわけだから、過ぎたことをうじうじ考えてないで、キミは私たちのことを全力でサポートしなさい?」
コツン、と人差し指で額を小突かれる。
「晴陽くん」
今度はヴェルデ先輩が一歩踏み出して、俺の名前を呼んだ。
「私はね、晴陽くんの心もポカポカにしてあげたい......だって晴陽くんは私たちの大切な仲間なんだもん!」
「......!」
一点の曇りもない眼差しで断言したヴェルデ先輩。
大切な仲間......その言葉に俺は心が激しく揺さぶられた感覚がした。
こんなにも......こんなにも俺を受け入れようとしてくれている先輩たちに、俺は目を背け続けるのか?
そんなの........................嫌に決まってる。
「......ヴェルデ先輩、朝香先輩、本当にすみませんでした」
俺は再び2人に頭を下げる。そして顔を上げ、真っ直ぐに2人の顔を見据える。
「俺、頑張ります......! 先輩たちが......みんなが最高のスクールアイドルとして輝けるように!」
過去を払拭できたわけじゃない。それでも、先輩たちが俺を仲間だと言ってくれるなら、俺は先輩たちにとって相応しい仲間でありたい......その期待に応えたい。
みんなの力になりたい......これが俺の決意表明だ。
「......それが聞ければ十分よ」
フッ、と軽い笑みを浮かべて、朝香先輩は片手を差し出す。それがどういう意味なのか理解するのに、不思議とそう時間はかからなかった。
「改めて、よろしくお願いします」
「ええ。よろしく」
面と向かいながら先輩と握手を交わす。これから一緒に活動していく仲間として、今度こそ心の底から歓迎することができた。
その様子を、ヴェルデ先輩は嬉しそうに見守っていた。
「まさに雨降って4の字固め、だね!」
「ヴェルデ先輩......それを言うなら地固まる、ですよ」
4の字固めって。どこで覚えてくるんだよそんなの......
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わねえよ!」
朝香先輩の悪ノリに、つい普段の癖でツッコんでしまった。
そして一瞬の静寂の後、
「......ふふっ」
「......あははっ!」
すっかりいつもの調子に戻っていたのがおかしく感じてしまったのか、先輩たちが笑い出す。
その笑顔がなんでか魅力的で、微笑ましくて......
「......ははっ」
俺も釣られて小さく笑う。
空を覆っていた分厚い雲からは、いつの間にか光が差し込んでいた。
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