前回のあらすj───
「たぶんもうこの小説読んでるヤツいないと思うぞ」
悲しいこと言わないでくれませんか......?
来る天王寺の初ライブに向けて特訓が始まり、1週間が経とうとした頃。俺は比較的人気の少ない中庭のベンチで、ひとり黙々と作曲作業を進めていた。いつもはだいたい自宅か部室で作業をしているけど、気分転換に環境を変えてみれば何かいいものが思いつくかもしれないと思って外に出てみた。
作詞は天王寺からもらったイメージでほぼ形にはなっている。あとは曲の出来上がり次第で所々調整を加えていく感じだ。
「ふぅ、大体メロディーは決まってきたか......ん?」
時間を忘れるくらいに作業に集中していたが、さすがに疲れが出てきたんで、一旦手を止めて休憩に入る。その時に、ふと視線を足下に移すと、いつの間にか小さな来客が来ていた。
「よう。今日もお勤めご苦労さん」
俺の言葉にその来客は返事をして、俺の隣へ上がってきた。
名前ははんぺん。学園の中に迷い込んだ野良猫で、天王寺と宮下が保護し始めたことで、ここに居着くようになったらしい。その後優木......もとい中川生徒会長の計らいで、"生徒会お散歩役員"って名目で生徒会が面倒を見ることになったようだ。
「それが気になるのか?」
はんぺんはそばに置いてあったギターのピックに興味を示すように、クンクンと匂いを嗅いでいた。
「......それは俺にとって大事なもんなんだ。いろいろ思い入れがあってさ」
そう、いろいろ。良いこと、悪いことの両方が、このピックに詰め込まれている。
だけど、正直悪いことの方が頭に過ってしまうのが辛いところだ。それでもこのピックを手放せないのは、俺への戒めとして......なのかもしれない。
それとも、俺はまだ───
......いや、これ以上そんなことを考えたって仕方ないか。
それに俺には、スクールアイドルのみんなをサポートする役目がある。今はそっちに集中しなくちゃならない。
過去への傷心を振り払って、再びはんぺんに意識を向けた次の瞬間。
「あっ! おい!」
おもちゃだと勘違いしているのか、はんぺんはピックをくわえて、一目散に走り出した。
まじかよ、大事なもんだって言ったばっかなのに......って、猫にはそんなこと言われてもわからないか。とにかく追いかけないと。どこかで落っことしていくかもしれないしな。
手荷物を急いでまとめて、俺ははんぺんが走っていった方へ全速力で駆け出した。
「おいはんぺん、待てって!」
数十メートルほど追いかけっこが続く。いや、追いかけっこというより、何かはんぺんに誘われてるような......気のせいか。
そこで、はんぺんが走る先に1人の生徒の姿が見えた。するとはんぺんはその生徒の胸元へ飛びかかり、難なく抱き抱えられた。
「こんなかわいい猫ちゃん追いかけまわして、穏やかじゃないな?」
追いかけるのに夢中でその生徒が誰かまでは気がつかなかったけど、その声を聞いて俺はすぐさまハッとする。
「あ、雨宮......!」
雨宮潤。
中学からの知り合いで、それなりに気心の知れた仲だ。
こいつがなんでここにって疑問は、たぶん考えるだけ無駄な気がする......結構神出鬼没なヤツだからな。ふらっと出歩いてるイメージだし、散歩でもしてたんだろう。
雨宮は慣れた手つきではんぺんを撫でると、そのまま口にくわえていたピックをスッと抜き取った。
「ほれ」
「お、おう。さんきゅ......」
渡されたそれを受け取り、雨宮に礼を言う。
俺がはんぺんを追いかけてた理由を聞かなくても、一目見ただけで状況を察したようだった。
それから雨宮は抱き抱えていたはんぺんを下ろしてあげると、はんぺんはまたどこかへ走り去ってしまう。
お互い特に用があるわけでもない俺たちは、言葉を交わすこともなく無言の時が流れる。とはいえ、こんな微妙な空気のまま別れるってのも、なんか余所余所しいというか......どうしたもんか。
そんなことを考えていたら、不意に雨宮がくすりと笑い出した。
「......なんだよ?」
「いや。お前のそのカッコがちょっと懐かしく感じてな」
この格好、というのはおそらく俺がギターを背負ってることを言ってるんだろう。確かにギターを外に持ち出したのは最近のことで、雨宮に見せるのは随分と久しぶりだった。ただ、雨宮とは訳アリな関係なわけで、個人的にこれを見られるのは少しだけ抵抗があった。
「わ、わりぃかよ......!」
「いや別に。いいんじゃないか、お前が好きなようにすれば」
冷静に大人の対応を返される。
くっ、なんかこっちが余計に意識してるだけみたいじゃねーか......
雨宮もこれ以上この話題を続けるのは気が引けたのか、「そういえば」と別の話題を切り出す。
「見たぜ、天王寺ちゃんのライブ告知。随分と急に決まったって聞いたけど、大丈夫なのか?」
現在動画サイトやポスターで広告されている天王寺のライブは、学園内ではかなりの注目を集めていて、まあ言わずもがな、雨宮の耳にも入っていた。
ただ、やっぱり雨宮からしてもライブの日程が急すぎると感じていたようで、若干不安の色が垣間見える。
「まぁ......曲の方はなんとか。ただ、他にも振り付けとか演出なんかも考えなくちゃならないし......予想はしていたけど、あまりに時間の余裕がなくて、納得できるライブができるのか正直不安だ」
それが今の状況だ。単にライブを成功させるだけなら、どうにかなるかもしれない。それなりのクオリティで、それなりに観客を満足させられることはできるかもしれない。
だけどそれは、天王寺がこのライブで大切にしたい"人と気持ちを繋げること"になるのか。それは違うような気がする。
「振り付けか......」
ぼそりと呟いて、雨宮は何かを決断したように顔を上げた。
「......よし。なら俺も手伝うぜ」
......え?
そして翌日の同好会。
「雨宮潤です。振り付けアドバイザー兼、ダンスのコーチを担当することになりました〜。よろしくっ」
とてつもなく爽やかな笑顔で同好会面々に自己紹介をする雨宮。
ちなみにコーチ云々と言っているのは別に冗談ではなく、大マジである。
というのもこいつ、どうやらダンスを習っていた経験があったらしく、自信があるという。そしてその実力は昨日、この目で見させてもらった。ダンスにとっての上手い下手の基準はよくわからないけど、間違いなく雨宮は上手い部類に入るだろう。少なくとも、コーチとして人に教えられるような実力はあると判断した。
とにかくそういう経緯があって、今に至るというわけだ。
確かに、振り付けも早急に考えなくちゃいけないこの状況で、経験者が付いてくれるのはありがたいことだからな。
「やっほージュンジュン!」
「よろしくお願いします、潤さん」
「潤なら問題ないわね」
わいわいと賑わいながら、みんなは快く雨宮を迎え入れる。そういえば、みんなとは既に顔見知りだって言ってたな......そりゃすんなり歓迎されるわけだ。
「紹介したい人というのは潤さんのことでしたか。確かに、これは強力な助っ人の登場ですね! 燃える展開です!」
「俺にできることならなんでも任せて、
「「「っ!?」」」
いきなり正体が見抜かれていることに、全員が思わず度肝を抜かれた。
「き、気づいてたのか?」
「当然。むしろ俺が見抜けないとでも?」
なんでドヤ顔なんだよ......とはいえ、女子に関しては本当に鋭いな、こいつ。
「うーん。それにしても、さすがはスクールアイドル同好会。みんな魅力的だねぇ」
「お前......コーチだなんだか理由つけといて、本当はみんなに擦り寄るのが目的なんじゃないだろうな......?」
「ははっ、擦り寄るなんて人聞きの悪いこと言うなよ? それに頼まれ事はきちんとこなすから、心配ご無用☆」
「はぁ......本当に頼むぜオイ......」
眼福とばかりに女子一同を見て、ご満悦顔になる雨宮に俺は釘を刺す。どうにも心配になる様子だが、今は猫の手も借りたい状況だ。雨宮を信じるしかない。
「ということで、天王寺ちゃんのライブの振り付け、ダンスの指導は俺も参加するからよろしくね」
「うん。よろしくお願いします」
こうして雨宮も交えた新体制で、天王寺へのライブに向けてさらに準備を進めていった。
******
そしてライブまで残り2日になった今日。
天王寺の曲は完成し、雨宮の協力もあって振り付けの方もどうにか仕上げることができた。あとは当日に向けて最終調整を行なうのみで、振りに自信がないという天王寺の要望で、ダンスを重点的に練習しているところだった。
「ダンス、いい感じになってきたね、りな子!」
「そうかな......?」
通しで踊り終えた天王寺に、中須は自分のことみたいに嬉しそうにしながら声をかけた。でも天王寺の方はまだピンときてないようだ。
「ああ。俺もいいと思うぞ?」
「そうですよ璃奈さん! もっと自信を持ってください!」
「うんうん。急ピッチで仕上げたにしては、かなり上出来だよ」
同じく練習に付き合っていた俺と優木、雨宮もその仕上がりにはほとんど問題を見受けることもなく、肯定の言葉をかけた。
そこで、少し離れたところから天王寺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「天王寺さ〜ん!」
「あっ......」
声の正体は天王寺のクラスメイト、川井田、桑原、若井の3人だった。
偶然近くを通りかかった様子だけど、3人は天王寺に向けて、ライブについての応援の言葉をかけてくれた。
やっぱこうして応援してくれる人が身近にいるってのは嬉しいもんだよな。見ている俺も、絶対いいライブにしなきゃなって気合いが入る。天王寺もそんな風に感じてくれればいいけど......
「......」
当の本人は見るからに緊張しまくっていた。
いやクラスメイト相手にそこまでガチガチになる必要ないんじゃ......といっても、そう簡単に思えるなら天王寺も今まで苦労してこなかったか。
けど、ここは心を鬼にしよう。いつまでも尻込みしてるわけにもいかないしな。
「行ってこいよ、天王寺」
「あ......」
俺はその背中を軽く押してやると、天王寺は一歩前へと出る。戸惑う天王寺だったが、やがて意を決したように、3人の方へ歩み寄っていった。
大丈夫だ。きっと天王寺なら自分の気持ちを伝えられる。そのために今まで頑張ってきたんだから。
───そう思っていた時だった。
「......?」
なんだろう......天王寺の様子がおかしい気がする。それは俺だけじゃない、天王寺の前に立つ川井田たちも困惑しているようで、その不穏な空気は優木と中須、雨宮にまで伝わり始めた。
剣呑な雰囲気に包まれて数秒、天王寺が川井田たちに背を向け、こっちに戻ってくる。その時にはっきりと、天王寺に何かがあったとわかった。
とぼとぼと歩く天王寺はそのまま俺たちの横を通り過ぎる。
「璃奈さん!」
「......ごめん。今日はもう帰るね」
心配そうに優木が声をかけるも、天王寺はそれだけ言い残して行ってしまう。
突然のことにどうすればいいかわからない俺たちは、ただその背中を見ることしかできなかった。
「......これはちょっと雨が降りそうだな」
険しさを滲ませた表情で雨宮は呟く。それが余計に不安を加速させるばかりだった。
大丈夫、だよな......?
またまたご無沙汰しております、UkiAです。
なんかもう亀更新なのはご愛嬌ってことで許されませんかね。ダメ? そうですか......
ちなみに亀って普通に素早いらしいですよ。誰も聞いてない? そうですか......
そんなことはさておき、本編6話の内容もそろそろ折り返しということで頑張って書いて行くので、引き続きどうぞよろしくお願いします!