スーパースターが始まりましたね。1話目からかのんちゃんが表情豊かでかわいいです...
「ねぇハル〜!公園行く前に、ちょっと寄りたいとこがあるんだけど!」
「...相変わらずいきなりだな、お前は...」
放課後になるなり、俺の席に駆け寄ってきた侑からそんなことを言われた。
「まあ別にいいけど。それで、寄りたいとこってどこだよ?」
どうせまたいつもの思いつきかなんかと思いながら、とりあえずその行き先を尋ねてみる。
「音楽室!」
「音楽室?なんでまたそんなところに...」
「えへへっ、ちょっとやりたいことが...ねっ」
パチリと意味ありげなウインクをする侑に、見当もつかない俺はただ首を傾げるのみだった。
そして音楽室にやってきた俺たち。どうやら今は使われている様子はなく、俺と侑しか人はいなかった。
原則、生徒のみで音楽室などの特別教室を使用する際には申請が必要だが、侑が急に言い出したもんだからもちろん許可はもらってない。勝手に使っているところを先生に見つかればお説教は間違いナシなわけで、さっさと退散したいところなんだが......
「なぁ侑......やりたいことって
無造作に、一つ一つピアノの鍵を弾く侑に俺は聞いた。
「うん。なんかやってみたくなっちゃってさー」
意外だな...こいつがピアノをやってみたいなんて。これもスクールアイドルにハマった影響なんだろうか。以前までの侑なら興味を示すことはなさそうだったし。
不意に侑の手がピタリ、と一度止まり、ピアノの音が止んだ......と思ったら、すぐにまた弾き始める。しかしさっきまで適当に音を鳴らしていたものと違い、その音はあるメロディーを奏でていた。
「う〜ん。やっぱり難しいなぁ......」
「もしかして、『CHASE!』弾いてたのか?」
すると、侑が意外そうな表情で俺を見る。
「今のでよくわかったね?」
「まぁ...なんとなく」
曖昧な答えを返すと、侑はニヤニヤとした笑みを浮かべ始めた。やべ...この反応は面倒なやつだ...
「もしかして、ハルもスクールアイドルにハマってるんじゃないの〜?」
「......ちげーよ。たまたま覚えてただけだ」
「たまたまねぇ......ちゃんと曲名まで言い当てられたのに?」
......昔から変に鋭いところあるんだよな、こいつ。
「別にハマってるわけじゃねえよ。一応俺も同好会に入るわけだし、知識ゼロってわけにいかないだろ?」
「うわ、それっぽいこと言って誤魔化そうとしてるー」
「うるさい」
「あうっ」
これ以上調子に乗らせると延々とイジられるので、デコピンをかまして強制的に黙らせた。
「もー...素直じゃないなぁ...」
叩かれた額を抑えながら、ぶつくさと不満を垂らす侑。
───と、その時。
「お二人とも、ここで何をしているんですか?」
扉の方から聞こえた威厳を放つ女の声。
「うわぁ!?」
それに驚いて侑は椅子から立ち上がる。俺も内心ドキリとしつつも、扉を方へ視線を移した。そこに立っていたのは生徒会長、中川菜々。
「音楽室の使用許可は取ったんですか?」
眼鏡越しにキリッとした鋭い眼差しを向けながら、俺たちに歩み寄ってくる。
「いや、そのぉ......ごめんなさいっ」
「悪い...魔が差してつい」
咄嗟に頭を下げて謝罪をする俺たちに、呆れたように会長は息をつく。
「...次からは気をつけてくださいね」
「う、うん。ごめんね。ちょっと弾いてみたくなっちゃったんだ。でも、初めて触ったから全然だったけど...」
「...先ほどは、優木さんの曲を弾かれていましたね。まさかそんなに彼女に入れ込んでいるとは思いませんでした」
「会長、さっきの曲が優木せつ菜の曲だってよくわかったな?」
さっきの侑の演奏...お世辞にも上手いとは言えない。全くの初心者なんだから当たり前なんだけどさ。
そもそも一音ずつ確認するように弾いてたから、あれを演奏と呼べるのかどうかのレベルだ。それで何の曲かわかるって......もしかして会長───
「もしかして会長って、せつ菜ちゃんのファン!?」
俺の思考と同時に、侑が会長の両手をガッチリと握りしめて言った。
「なんだぁ!それならそうと早く言ってくれれば良かったのに〜!」
「えっ!?あのっ、違っ......」
「あっ!他にオススメの動画あったら教えてくれないかな!?私、この前やってたライブの動画しか知らないんだけど、探しても全然見つからなくてさ〜!」
「ち、近いです......!!」
今にも鼻と鼻がくっつきそうなその距離に会長は狼狽える。
こう見ると会長って、泰然自若とした堅物って感じの人間に見えるけど、こうやって案外取り乱したりするんだよな。この前会った時は、俺が変なこと言って驚かせたっけな...って、呑気に考えてる場合じゃねえや。侑の暴走を止めねえと。
「落ち着け、会長が困ってんだろうが」
「あ......ごめんごめん、つい...!」
「いえ......そんなに優木さんのこと、気に入っているんですね」
「うんっ!大好きなんだ!」
「そう、ですか...」
侑は迷いなくそう答える。しかしそれに対する会長の反応が、どこか憂鬱そうに見えた......気のせいか?
「この前、せつ菜ちゃんのライブを初めて見たんだけど......本当に凄くって!あの歌を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなってきちゃって...それからスクールアイドルにハマっちゃった!」
嬉しそうに語る侑の笑顔は、その後ろに輝く太陽に負けないくらい輝いているようだった。それくらい、こいつにとってスクールアイドルとの出会いは人生の大きな起点なのかもしれない。
「私ね、今まで夢中になれるものとか特になかったから...スクールアイドルと出会えて今すっごく楽しいんだ!それにハルと歩夢の3人で同好会にも入ったの!」
.........おい。余計なことまで喋り始めたぞこいつ。そう思った時にはもう手遅れだった。
「同好会?」
「うん!かすみちゃんが誘ってくれてね...」
「おい侑っ...!」
「...あっ。ち、違うの!勝手に同好会始めたとかそういうんじゃなくて...」
失言に気づき、慌てて弁明しようとする侑。ったく、このおバカは...
「俺たちは今、同好会をもう一度立て直すために、中須に協力してるんだ」
「そ、そうなの!」
バレちまったもんはしょうがない。変に誤解される前に、正直に事情を話してしまった方が最善だろう。
「そういうことですか...」
会長は顎に手を当て、考える仕草を見せる。さて、このことに対してどう出るんだろうか...
「では部員が5人以上集まったら、生徒会の方へ申請をお願いします」
「「えっ」」
俺と侑の間抜けな声がハモる。
「何をそんなに驚くんですか?」
「いや、なんつーかその...いいのか?」
「いいも何も、あなた方がそうしたいのでしょう?」
「それはそうだけど...ほら、いろいろと悪目立ちしてるじゃん?...主に中須が」
すると、会長はくすりと微笑み出した。
「一度廃部になった部活を再度立ち上げてはいけない...なんて校則はありませんし、そんな意地悪をするつもりはありませんよ」
「そ、そうか......」
「よかった〜...!」
思わず安堵の声が漏れる俺と侑。
まさかこうも話がすんなりと通るとは思わなかったけど、こうして言質が取れたわけだ。こうなりゃあとは部員集めに専念するだけだ。
「まぁそれはそれとして、ネームプレートの件について、中須さんにはあとできっちりお説教ですけどね」
「あ、あはは...」
...どんまい、中須。自業自得だけどな。
「それとこれは私からの提案ですが、スクールアイドル同好会に所属していた残りの方々にも声をかけてみては?どうやら皆さんもスクールアイドルを続けたいようなので」
「本当!?」
「ええ」
おお、これは思わぬ朗報じゃないか。その人たちに同好会へ戻ってきてもらえれば、規定人数の5人は余裕でクリアできる。
「やったな侑。これなら同好会もなんとか立て直せそうだな」
「同好会が復活したと聞けば、優木さんもきっと喜ぶでしょうね」
「......だったらいいんだけどなぁ」
会長の言葉で、さっきまで明るかった侑の表情に陰が落ちる。それもそうか...
たとえ同好会が復活できるとしても、優木せつ菜がスクールアイドルを辞めたという事実は変わらないんだしな...そのことを改めて思い知らされているんだろう。
「優木せつ菜は、スクールアイドルに戻るつもりはないのか?」
俺がそう聞くと、会長は静かに頷いた。
優木せつ菜がスクールアイドルを辞めたと告げられたのは、ライブを見た次の日だ。あんなすごいパフォーマンスを直接この目で見た後に...だ。あまりにも急で、衝撃的すぎるその宣告は俺たちを動揺させるには十分だった。
だってあいつは...全力であのステージに立っていた。その姿に俺たちは、心を奪われたんだ。
ただ単に技術がすごいとかそういうのじゃない。優木せつ菜の歌から、ダンスから、全身から感じるスクールアイドルへの熱い気持ちが、俺たちの心に火をつけたみたいで。フィーリングというやつだろうか。心の底からスクールアイドルが好きで、楽しんでいるって気持ちがビリビリと伝わってきた。
「本当はせつ菜ちゃんも戻ってきてくれたらって思うけど、本人がそう決めたなら、しょうがないよね...。でも時々考えるんだ......」
あいつにはあいつの考えがあって、スクールアイドルを辞めた。侑も頭ではそのことを理解している。でも...心のどこかではやっぱり、侑は願っているんだ。
「あのライブが終わりじゃなくて、始まりだったらなって...!」
それは、僅かな希望と期待。
あのライブが始まりだったら......優木せつ菜はもっと大勢の人たちに、『大好きの気持ち』を届けていたんだろうな。そんなビジョンが頭に浮かんでくる。
俺も、もう一度あんなステージを見てみたい。
「......よかったんですよ。彼女はあれで」
「会長...?」
跳ね除けるような、会長の冷たい声に侑は思わず戸惑う。
「辞めて正解だったんです。彼女は自分の我儘で同好会の皆さんを......皆さんの"大好き"を傷つけてしまったんですから」
これまで聞いたことのない、一際暗く沈んだトーンで会長は言った。
「"大好き"を傷つけたってのは、同好会で起きた衝突のことか?」
「...中須さんから事情は聞いているみたいですね」
会長は俺を一瞥すると、背を見せて話を続ける。
「お二人は『ラブライブ!』についてご存知ですか?」
「まぁ......聞いたことはあるな」
「スクールアイドルの全国大会...みたいなやつだよね?」
全国のスクールアイドルがパフォーマンスを競い合い、その頂点を目指す───それが『ラブライブ!』。今や世界中からも注目されている大規模なイベントだ。スクールアイドル好きならまず知らないヤツなんかいないだろう......俺はつい最近知ったけど。
「はい。そして、スクールアイドルが大好きな彼女も当然、『ラブライブ!』に出るために、同好会を作ってグループを結成しました」
『ラブライブ!』では、主にデュオやトリオ、それ以上のグループでの参加が多く、そしてそれがファンに好まれる傾向にあるらしい。ソロとして活動していた優木もそれに乗じたんだろう。
「『ラブライブ!』で勝ち抜いていくためには、グループが一つの色にまとまること。ですが、ファンの皆さんに、スクールアイドルが大好きだという気持ちを伝えたい......そんな自分本位な彼女の我儘が、衝突を生み、他のメンバーの大好きを傷つけていたんです」
自分本位な我儘...その言葉が妙に俺の心に突き刺さる。
優木せつ菜の境地にはどこかシンパシーを感じていた。グループにおいて独りよがりな行動は、知らず知らずのうちに亀裂を入れてしまう。それを俺が身をもって思い知っていたからこそなのか、感じられるシンパシーが。
「衝突の原因は全て自分のせい。自分にはスクールアイドルをやる資格はないと彼女は気づいて、辞めることを決めたんです」
「スクールアイドルをやる資格、か...」
「皮肉なものですよね...大好きという気持ちを大切にしていた彼女が、まさか他人の大好きを押さえつけていたなんて」
ガラス張りの壁から外を眺める会長。その横顔から見える会長の目は哀れみが込められていたようだった。
「......幻滅しましたか?」
視線を俺たちに向け、そう問いかける会長。
「わ、私は───」
それまで押し黙っていた侑が口を開く......が、ちょうど歩夢が音楽室にやってきたことで、その先の言葉は憚れてしまう。
「ハルくん...侑ちゃん...?」
歩夢はただならぬ空気を感じ取ったのか、不安な表情で俺たちを見つめていた。
「...私はこれで」
そこで会長は侑の言葉を気にかけることはなく、そのまま音楽室から出ていく。
...遠ざかる会長の背中が、俺の目にはなんだか寂しげに映っていた。
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