春は創作の季節です。
日本は島国である。
閉ざされた世界では科学の発達が遅く、江戸の末期まで妖怪は『実在するもの』だった。
当時の人々は理解のできない現象、説明のできない現象を妖怪として恐れ、形と名前を作り上げることで『そういうものが存在する』と理解しようとした。
海も森も山も、それぞれが意志を持っているので感謝を絶やさないことで共存しようと考えたのだ。
しかし、開国と共に科学技術が急速に発達し、『妖怪』は『現象』として再認識され、解明された。
かまいたちなどが分かりやすいだろう。
旋風の中心の真空や異常なほどの低圧により皮膚や肉が切り裂かれる現象、として解明され、『イタチのような妖怪が走り去りながら鎌で切り裂く』という伝承ではなく、自然現象だと言われた。
しかし、他にも妖怪は数多いる。
人魚や河童、一つ目や唐傘など、マスコットキャラクターのような存在は現象ではない。
更に言えば、自然発生する旋風の気圧差で、皮膚が切り裂かれることはありえない。
未だに、存在していないことを証明できていないものがある。
これを日本では『妖怪』と呼ぶ。
戦国から細々と続く名家、桜川家。
未来を視て、予言をした後に死ぬ妖怪『くだん』と不死の妖怪『人魚』を掛け合わせて食べることで、未来を視ても死なない人間を創り出そうとしている狂気の一族。
その分家では、本家に先んじて不死の未来視の人間を創り出すことに成功していた。
頭に縫い目のある婿の助言により、格段にリスクを減らす事ができたのだ。
しかし分家で成功したのでは、本家にバレてはせっかくの成功作が奪われてしまう。
よって成功したと同時に、養子に出した。
姓も名も変え、自身の不死を知らないまま、自身の能力を知らないまま、子どもは育つ。
誰にも知られずに、齢15を迎える。
「竜胆さん」
声をかけられ、振り返る。長い黒髪と線の細い、それでいて160センチを越す女子にしては上背のある体。絹のように滑らかで白い肌は、その少女の儚さを際立たせ、触れれば消えてしまいそうな彼女は学校でも噂されるほどの美人であった。
「良かったら、この後どこかでお茶でもどうかな?」
声をかけたのは、学校で人気者といえば彼、と答えられるような、スポーツ万能で勉学もトップクラス、オマケに顔も性格も声も良い、全てを持ち合わせると言っても過言ではない人物。
声もかけられない高嶺の花が彼女なら、人間が積み上げたピラミッドの頂点に立つのが彼だった。
声をかけられた彼女───竜胆駆は、にこやかに笑って
「ごめんなさい。お父さんのお見舞いに行かなければ行けないので」
心臓にナイフを突き刺すように、振った。
「悪いねぇ、毎日毎日。友達とか、こんなことを父親が言うのもなんだけど、彼氏とか。学校で上手くやれてるかい?」
「ええ、皆さん優しくて、親身になってくれる人が沢山います。私のことを、好いてくれている人も」
「はは、なら安心だよ。そうだ、駆、君の、本当の両親の事だけど」
「お父さん」
シャットアウトするように、優しい目をした父親に育てられたように優しい彼女の、精一杯の怒りを込めて。
「私のお父さんはお父さんだけで、私のお母さんはお母さんだけです。それ以上でも以下でも、ありません」
頬を、涙が伝った。
「そうか、そうか。そろそろ、お母さんのところに行くかもしれないから、最後にと思ったけど、余計な、心配だったかな。君は、お母さんみたいになって欲しいな。人の為に動ける人に、人の為に泣ける人に」
「最後なんて言わないで下さいお父さん。まだまだ、沢山、やってもらいたい、ことが、だって、お嫁に行くまで、一緒にって………」
「はい、どうしましたか竜胆さん?……竜胆さん!?」
「すみません……父が……亡くなりました」
書類に必要事項を書き終え、荷物を纏めて病院を後にする。
「なんでパンダと一緒なんだよ」
「おいおい真希、つれないぜ」
メガネとポニーテールが特徴的な少女、禪院真希とパンダが夜の街を歩く。
3級程度の呪霊が固まって動いているとの情報があり、調査、可能ならば祓うことを指示された二人は、残穢を探しながら歩く。
突如、目の前に小動物のような呪霊が現れ、何かに怯えるように逃げていった。
「なんだ……?」
「真希、あれ見ろ」
パンダか示す方向には、牛の胴体に人の頭、魚の尾を持つ呪霊がいた。その後ろには、呪霊が数匹、どれも3級以上の呪霊だった。
「な……んだ、あれ」
「真希にはあれが何に見えた?」
「は?」
質問の意味が分からない、呪霊の後ろに呪霊がついてまわる、という以上の何かだったのだろうか。
「俺には、呪力を纏った女の子の後ろに呪霊が取り憑いてるように見えた」
「……私には、人の頭と牛の胴体で魚の尻尾のバケモンに見えたよ」
あれが呪霊なのか、憂太のように呪われているのか、調査するか引くか、少し迷った挙句───
「行くぞパンダ」
「はいよ」
無視して帰れるほど、人間を捨てても諦めてもいなかった。
「なんか、嫌な気配がするなぁ」
首筋に刃物を当てられているような、冷たい感覚が離れない。
何度かストーカー被害にはあったが、全く気配がないのに、冷たい感覚だけはずっとそこにある。
これはむしろ、尾行することに特化しているとか、そういうことを仕事にしている可能性すらある。
そう結論を出して、振り返らずに交番までの道のりを確認して───
「逃げるでしょ、そりゃ」
目の前に、二足歩行で、少し猫背ながらも普通に立っている、喋るパンダが現れた。
「おいおい、まるで私が不審者みたいじゃねぇか。ちょっとあんたに聞きたい事があるだけなんだけど、いいか?」
気配が全く感じ取れなかったのに、すぐ後ろに女の人が立っていた。
「なんですか、あなた達は」
自分で思うより、低く、ドスの効いた声が出た。
「私は、唯一の肉親を喪って悲しいんです」
声が震え、枯れきったと思った涙がまた流れる。
「もう、私はいい子を辞めるんです」
遺言なんて、吹っ切ってやる。私を置いて逝ったあの人の言葉なんか知ったことか。
「だから───あなた達に、八つ当たりします」
瞬間、パンダと真希は臨戦態勢をとる。
呪われているわけでも、呪っているわけでもなく。
彼女自身が、呪いを恐れさせる『何か』
説明も理解もできない得体の知れない『何か』であると、それだけを理解した。