桜は散らず、奇跡の少女と世界を渡る 作:タイラー二等兵
……ああ、眠い。わたしは目を擦りながら、ゼブンのバイトをこなしています。
昨日は結局、ルヴィアさんのお屋敷に連れ込まれて、質問を受ける事になってしまいました。その主な内容はやっぱり、わたしと美遊ちゃんの関係でした。
最初は色々と誤魔化そうとしたんですが、いがみ合ってた二人がここぞとばかりに、見事なタッグでわたしを問い詰めていきます。わたしは仕方がないと、美遊ちゃんとの関係を説明しました。
『美遊ちゃんは、わたしの知り合いの妹さんです。
お二人は厄介な事件に巻き込まれて、ある人物と敵対していたんです。わたしは及ばずながら彼と共に立ち向かいました。そんな彼は、身を挺して美遊ちゃんとわたしを逃がしてくれたんです。
そしてここまで落ち延びたのは良かったんですが、色々とあって、美遊ちゃんとははぐれてしまって。先ほどようやく再会出来た、というわけです』
当たり障りのない程度に、向こうでの出来事の概要を伝えます。その後も、どういった事件だったのか、とか、美遊ちゃんに戸籍が無いのは何故か、といった事を聞かれましたが、『他の家の事情までは知らないので、戸籍の事はわからない。他は黙秘』というスタンスを取り、ようやく諦めてくれました。
そして、解放されたわたしの髪の中からサファイアが飛び出して行ったので、多分美遊ちゃんに報告しに行ったんでしょう。これで口裏を合わせる事が出来ます。
兎も角も、わたしが部屋に帰り着いたのは、午前三時近く。お陰で今日は、寝不足です。
ふわあぁ……
わたしは思わず大きな欠伸をしてしまう。うう、恥ずかしいです。
「どうしたんだ、桜谷さん。大きな欠伸なんかして、寝不足かい?」
「ああ、はい。昨日は色々ありまして……」
言葉を濁しながら答えると、店長さんが労るように言った。
「若いからって無理はしないようにね? 体を壊したら元も子もないんだから。……って、自分も若い頃は無茶ばっかりしてたんだけどね?」
おどけた口調で付け足したセリフに、わたしは思わず笑ってしまう。
「はい、ありがとうございます。気をつけます」
途中で笑いを噛み殺したわたしは、店長にお礼を述べた。
スーパーのパートまでの空いた時間に、わたしはエーデルフェルト家へ向かう。昨日はほとんど会話が出来なかったので、少しでも様子を伺いたかったのだけど。
「すみませが、美遊様はただ今、イリヤスフィール様に呼ばれ出向いており、不在でございます。
何か言付けがお有りなら承りますが」
「ああ、いえ、美遊ちゃんの様子を伺いに来ただけですので」
わたしは慌てて、執事さんの申し出を辞退する。あちらのことを持ち出さなければ、本当に言付けを頼むほどのことは無いですから。
「それでは失礼し……」
「ああ、少々お待ちください」
わたしを引き止める執事さん。なんでしょうか?
「もしも実枝様がお見えになったら渡しておくように、とのことです」
そう言ってわたしに、分厚い封筒を差し出してきた。
「……これは?」
「残り二枚のカード回収の予定表と、集合場所と回収場所を記した地図でございます」
「そうですか。ありがとうございます」
執事さんに向かって深々とお辞儀をする。
「いえ、執事として当然のことですので。
それと、お嬢様からの言付けでございます。実枝様がカード回収に来られるかどうかは、実枝様自身の判断に委ねる、とのことです」
ルヴィアさん……、魔術師なのに優しい方ですね。魔術師としていい事なのかはわからないけど、人としては好感が持てます。
わたしは執事さんに再びお礼を言った後、エーデルフェルト家を後にする。この後イリヤちゃんの家に……、は行けませんね。わたしが行ったら、家族の方が驚いてしまいます。
一旦アパートに戻ることも出来るけど、少し忙しないので仕方がない、ゆっくりとスーパーに向かいましょう。
……そしてわたしは、出会ってしまった。自転車に乗って向かってくる彼と。穂群原学園の制服を着た、赤銅色の髪の学生。
衛宮士郎。わたしの大事な先輩。
もちろんわかってる。
「なっ、だ、大丈夫か!? どうした? 何かあったのか!?」
顔を覆って泣くわたしに、あの声が語りかける。ああ、やめてください。優しくされると余計に……。
「……気に、しないでください」
「いや、気にしないでって言われても」
そうだ。先輩なら困ってる人を、放っておけるはずがない。
「……すみません、でした。貴方が、遠くて会えない場所にいる知り合いの方と、そっくりだったもので」
「ええ!? 俺!?」
そう言って、驚きと戸惑いを合わせた表情を浮かべる
……いいえ、少し違う。多分、
一方の驚いた表情は、素のものだった様に見えた。きっと壊れた心を癒してくれる存在がいたんだろう。本物の表情が見せられる様になるくらいの存在が。
「えっと、立てますか?」
そう声をかけ差し出された手に触れようとして、思い止まった。
「はい、平気です。自分で立てますから」
わたしがそう返して立ち上がると、彼は差し出した手を所在なさげにしている。
「……あの、気持ちは嬉しかったです。でも手に触れたら、きっと貴方に縋ってしまったと思うので」
「あ、ああ、成る程……」
戸惑いつつも納得してくれた彼。
「えっと、ご心配かけてすみませんでした」
「ああ、いや、これが俺の性分だから」
そう言いながら私に向けた笑顔は、決して作り笑いなどではなかった。
「……あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「かまわないぞ。俺は衛宮士郎。穂群原学園の2年だ」
「わたしは、桜谷実枝って言います。……衛宮さん、ありがとうございました」
間違っても「士郎さん」などと言えない。向こうでも「衛宮先輩」止まりなのに、下の名前でなんて、言えるはずがない。
「いや、俺は大したことはしてないから」
確かに、声をかけて、あとは手を差し伸べてくれたことくらいでしかないけど、わたしにとってはそれだけで、充分に嬉しかった。
「……それでは、失礼します」
「ああ、気をつけて」
後ろ髪を引かれる思いを裁ち切って、わたしは衛宮さんと別れたのでした。
そして夜。正確には0時を回っているので、翌日の夜半過ぎ。わたし達は郊外の森の中、その鏡面界にいた。
遠坂さんとルヴィアさんから仕入れた情報によれば、残りのサーヴァント……、いえ、クラスカードは二枚。回収済みなのは、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、セイバーという事なので、残すのはアサシンとバーサーカー。
ですが、さすがにそんな事は言えません。教えたくても教えられない。とんでもないジレンマです。
……それに、この二枚はクセのある英霊です。アサシンは全てのハサン・ザッバーハと繋がっているので、どのハサンが顕界しているかわかりません。そしてバーサーカーは大英雄ヘラクレス。
……美遊ちゃんはカードそのものは知っていても、それぞれどの英雄と繋がっているのかはわからないはず。それならいざという時は、わたしがなんとかしなくっちゃ。そう気合いを入れるわたし。
── この時、イリヤちゃんを思考から外していたことを、わたしは後ほど後悔することになる。
森を進むものの、中々敵に遭遇しない。そもそも、敵の気配すら感じられなかった。これっておそらく、カードの正体はアサシン……。
「どうしたの、イリヤ?」
遠坂さんの言葉を聞いて、わたしは振り返りイリヤちゃんを見る。
「気のせいかな。今、何かが動いたような ── 」
次の瞬間、黒塗りのダガーがイリヤちゃんの首筋に……!?
「
「
美遊ちゃんが、ダガーが放たれたと思われる所へ魔力弾を撃ち込んだけど、当たった気配は感じられない。もうすでに移動してしまったんでしょう。
イリヤちゃんは、……どうやらルビーの物理防御のお陰で問題ないみたいですね。
わたし達は陣形をとって、各方向からの攻撃に備えた。けれど、それをあざ笑うかのように現れたのは、五十を越す英霊達。
「完全に包囲されてますわ!」
「軍勢なんて、聞いてないわよ!」
わたしも、完全に予想外です。全てのハサンと繋がっているとはいえ、接続されるのは一体のはず。ということは、分身がこのハサンの能力……?
そんな事を考えていると、ハサン達がダガーを取り出した。
「立ち止まらないで!」
駆け出した遠坂さんに合わせて、わたし達も走り出した。けれど。
「イリヤ!?」
最初に気づいたのは
「からだが、動かない……」
これが最初の後悔。アサシンが相手なのだから毒を警戒するべきなのに、それを怠っただけでなく、イリヤちゃんをもう少し気遣っていれば毒に気づいていたかも知れない。別にイリヤちゃんを蔑ろにしてたわけじゃないけど、美遊ちゃんに意識がいっていたのは否めなかった。
イリヤちゃんに集中して放たれた、複数のダガー。わたし達は駆け寄ろうとして。
次の瞬間、イリヤちゃんを中心に、魔力の大爆発が起きた。
これがふたつ目の後悔。セイバー戦の時、イリヤちゃんの異常性は認識していたはずなのに、それをすっかり忘れてたのだから。
そして最後の後悔。わたしは遠坂さんやルヴィアさんに、
わたし達は体のあちこちに怪我を負っている。美遊ちゃんの防御結界では、みんなを完全には守り切れなかったのです。もしわたしが躊躇わずに夢幻召喚していれば、虚数と吸収を複合した結界でみんなを守ることだって出来たはずなのに。
イリヤちゃんは、わたし達の姿を見て青ざめている。そして一瞬、ハッとした表情を浮かべた。ひょっとしたら、セイバーと戦ったときのことを思いだしたのかもしれません。
そして。
「もういやっ!!」
叫んだイリヤちゃんは、
帰宅後。
「……何をしているんですか、貴女は? 大事な場面で、
今わたしは、夢の中にいた。そう、夢。何故ならそこは大空洞に似た場所、[英霊の座]で、目の前には英霊のわたしが居たのだから。
「随分と冷静に分析していますね?」
それは、さすがに二回目ですから。
「全く……。何のために、貴女にカードを与えたと思っているんですか」
「わたしを憐れに思って、でしたか。でもそれは、本当の理由じゃありませんよね?」
わたしの言葉に、英霊のわたしは驚いた顔をする。どうやら今は、[
「……自分のカードを使い続けると、やがてそちらに置換されていく。先輩がそうでした。ましてやあなたが創り上げた、より影響力の強いカードです。使い続ければ、あなたに置き換わるまでに、それほど時間はかからないでしょうね」
「……なんだ、気がついていたんですか」
英霊のわたしは蠱惑的な笑みを浮かべ、けれどすぐに真顔に戻る。
「なら、何故わたしと契約したんですか?」
「……あなたが言ったとおり、美遊ちゃんの力になれないわたしが嫌だったから。
向こうの世界で先輩は、美遊ちゃんを妹として、わたしを恋愛対象として切り捨てずにいてくれた。ちょっと欲張りだけど、そんな先輩が大好きです。
先輩は、わたしの心の醜さや汚いところを見て、それでもわたしを受け入れてくれた。そのお陰で、ようやくわたしは自分と向き合えた。だからわたしは、一歩ずつでいいから、自分に正直に生きていきたい!」
わたしは
「……こんな前向きなわたしが、こんなにも不愉快だとは思いませんでした」
ええっ!? それって[この世全ての悪]の影響じゃ……?
「いえ、確かに[この世全ての悪]の影響はあるけど、この気持ち自体はわたし自身の思いですよ?」
……確かにこの間、わたしも英霊のわたしにイラついたけど。こうしてみると、わたしって結構面倒くさい女なんですね。また新たな一面を知りました。
「……開き直ってますね」
「自分と向き合うって決めましたから」
そう。彼女もまた、わたし。きっとわたしの中にも、あの蠱惑的なものや意地悪な部分も存在するんだろう。
でももう、そういったことに目を背けたくはない。わたしはわたしを、否定しないって決めたから。
「……全く、とても同じわたしとは思えませんね」
英霊のわたしはそう言った。だけど。
「同じじゃ、ないと思う。本質は変わらないのかもしれないけど、経験は別だから。だからわたしは、少しは変われたんだと思う」
「……全く、妬ましい。憎らしい。何故
確かに、その通りだ。だけどわたしは、
「だけど、あなたが先輩に
人は、自分に無いものに憧れる。それが別の可能性の自分なら尚更だ。だから、同情なんて無意味なこと。
「……はあ、調子が狂っちゃいました。今が比較的まともな状態とはいえ、
あ……、そんなつもりはなかったんですが、結果的にはそうなってしまいましたか。
「もういいです。もっと虐めてあげようかと思ったんですが、毒気が抜かれちゃいました。
ただひとつ。そんな大風呂敷を広げたんなら……」
「はい。今度はもう、躊躇いません」
「言い切りましたね? また無様を晒したら、わたしが嗤って貴女を食べちゃいますから」
一瞬、
「そうならないためにもわたし、頑張りますから」
そう言ってわたしは、小さくガッツポーズをして見せた。
翌日。
「 ── はい、すみません。どうしても外せない用事が出来まして。……はい、……はい、……ありがとうございます」
わたしは、スーパーでのアルバイトを休ませて貰う旨の連絡を入れた。今日のカード回収は、前二回よりも早い時間だから。一応バイトが終わってから駆けつけてもギリギリ間に合うとは思うけど、念には念を入れて、です。
わたしはゼブンのバイトが終わってから一旦部屋へと戻り、動きやすい服装へと着替える。この服は大家の春原さんが私にくれたお下がりだ。大家さんには本当に良くして貰って、感謝しかありません。
そして冷蔵庫に保管してあったお惣菜を食べて、軽くお腹を満たす。鏡面界の中で空腹でダウンはしたくない。
食器を流しのシンクに置いて水を差し、忘れ物がないかを確認したわたしは、意を決して部屋を出た。
薄暗くなった街を歩いて行き、公園に差しかかったところで、その敷地内から出てくる人影に気がついた。あの銀色の髪は、間違いなくイリヤちゃんです。
「イリヤちゃん?」
「えっ、あ……、ミエさん」
声をかけるとイリヤちゃんは、驚きながら返事をする。
「どうしたの、イリヤちゃん。なんだか随分と沈んでるように見えるけど」
「それは……」
少し言い淀むものの、イリヤちゃんは話を続けた。
「わたし、リンさんに辞表を出したんです」
「辞表、ですか?」
一瞬、意味が分からなかったけど、すぐに何が言いたいのかを理解した。
「イリヤちゃんは、クラスカードの回収を辞めるって事ですか?」
「……はい」
少し俯きながら、イリヤちゃんは答える。きっと後ろめたいんでしょう。
「イリヤちゃん。魔術の世界は碌でもないところなの。わたしは落ちこぼれで、そういう教育は受けてこなかったけど、それでも相応の仕打ちは受けてきた。
だから、一般人のイリヤちゃんがこれ以上関わらないって言うなら、その方が良いってわたしは思う」
そうわたしは言ったけど、イリヤちゃんの表情は冴えないままです。という事は、ただ後ろめたいだけでは無い?
……だけど。
「ごめんね、イリヤちゃん。わたしには、イリヤちゃんが何に悩んでるのかは分からない。ただ、ひとつだけ言えるのは、自分の気持ちに正直になって信じた道を進んでほしいって事。
どんな選択肢を選んだって多くの場合、悔やんだり後悔したりはするものだから。同じ後悔をするなら、自分の信じたことをする方がいいって、わたしは思うかな」
「自分の…信じた道…」
イリヤちゃんは小さく呟いた。
「それじゃあね、イリヤちゃん」
私はそう言うと、カードの回収へ向かうため、イリヤちゃんとは別れたのでした。
来週、もう一本投稿します。