桜は散らず、奇跡の少女と世界を渡る 作:タイラー二等兵
イリヤちゃんと別れたわたしは、カード回収の集合場所へとやって来た。集合場所には既にみんなが集まっていて、わたしは一番最後の到着だった様だ。
「遅かったわね、桜谷さん。集合時間前ではあるけど、貴女のことだからもっと早めにやって来るかと思ってたわ」
遠坂さん、わたしの性格を把握しすぎでは? もしかしたら、わたしを
「……さすがに前回のことがあったので、気持ちの整理に少し時間がかかってしまいました」
これは、嘘ではない。とはいえそれは、戦いの場に赴くことではなく、英霊のわたしに向かって言った、そちらの覚悟を固めるのにですが。
あと、ここへ来る途中でイリヤちゃんに会ったことは、言わない方がいいのだろうか?
「なるほど、ね」
「それでもここへ来られたということは、既に気持ちは固まっている、ということでよろしいのですね?」
「はい!」
ルヴィアさんに問われ、わたしは短く答える。
「……わかったわ。それじゃあみんな、覚悟はいいわね? ラストバトル、開始よ」
遠坂さんが努めて冷静に告げて、わたし達はバーサーカーが待つ鏡面界へと移動した。
バーサーカーは、想像以上に強かった。
ガゴッ!
「美遊!」
「大丈夫、です」
バーサーカーが振るった拳をサファイアで受け止めて、それでも後ろに大きく後退させられた美遊ちゃんに声をかけた、遠坂さんとのやりとりだ。
先輩も、このカードを夢幻召喚したドールズには苦戦していたけど、それでも倒すときはあっさりとしていたので、つい甘く見ていたみたいです。
「
美遊ちゃんが放った魔力弾を、バーサーカーはものともせずに。
ドゴォッ!!
美遊ちゃんに向かって振り下ろされた拳は、美遊ちゃんが避けたことで、その足場を大きく陥没させた。はっきり言えば、ステッキの物理保護でも護りきれないと思う。
……それに何より、カード回収したために空間の歪みが少なくなったからか、鏡面界が今までで一番小さくなっていた。今回のフィールドは、廃ビルの屋上を取り囲む程度のスペースしかない。
「あれは対魔力じゃない。もっと高度な守り……」
バーサーカーの正体を知らないはずの美遊ちゃんが言う。さすが、推察力は高いみたいです。
そして、遠坂さんも気がついた。
「まさか、宝具……?」
そう。バーサーカー、ヘラクレスの宝具である
そんな化け物相手に、美遊ちゃんは魔力の散弾で視界を塞ぎ、遠坂さんは宝石魔術で援護をする。
そうして後ろに回り込んだ美遊ちゃんの手には、
「駄目っ! 逃……!!」
わたしが最後まで言い終わる前に、美遊ちゃんはバーサーカーに殴り飛ばされ、昇降口の壁に叩きつけられた!
「
「そんな。確かに心臓を貫いたはず……。まさか、蘇生!? それが宝具の、真の能力!?」
その通りです。バーサーカー、ヘラクレスが十二の試練を乗り越えた逸話が昇華した能力。
……やっぱり、魔法少女ひとりでは荷が勝ちすぎたみたいです。もう、傍観を続けるわけにはいきませんっ!
わたしはポケットから、
「なっ!?」
「
遠坂さんとルヴィアさんが驚いている。でも、それが当たり前か。
「……セイバー戦の時に、[英霊の座]からわたしに力を貸してくれた英霊に渡されたもの。今、カードの本当の使い方をお見せしますね。
[アヴェンジャー]、
わたしは英霊の
そんな二人をそのままにして、わたしは虚数の帯をバーサーカーへと巻き付ける。
「美遊ちゃん、今です! もう一度……!」
「……!! はい!」
ガッ!!
「!?」
その穂先は、その皮膚に弾かれてしまった。……え、何故?
『まさか、受けた攻撃に耐性が……』
サファイアの考察に、戦慄を覚える。それじゃあ、バーサーカーに十二回、Bランク以上の違う攻撃をしなくちゃいけないって事ですか!?
「撤退よ! あんな相手じゃ勝ち目がないわ!」
それは! ……いえ、今は取り敢えず、遠坂さんの意見に従おう。
ビルの中を駆け、鏡面界の境界最下層付近までやってきた。
「ここでいいわ、サファイア」
『はい。限定次元反射路形成
境界回廊一部反転 ── 』
……今です!
『
通常空間へと戻る瞬間、わたしと美遊ちゃんは魔法陣から抜け出す。
驚いた表情を浮かべたルヴィアさんは、一瞬の後に鏡面界から消え失せていた。
「実枝さん……」
「やっぱり、美遊ちゃんも同じ考えでしたか」
そう。バーサーカーは、今ここで倒さなきゃいけない。時間を置けば地脈のエネルギーを吸収して、更に強くなるだろうし、蘇生回数も回復するかも知れない。
それに美遊ちゃんとしては、今ここでバーサーカーを倒さないと、きっとイリヤちゃんが呼ばれてしまうその事が、何よりも重要に違いないのだから。
『美遊さま、実枝さま、一体何を!?』
「……これでいい。見られると、まずいから」
「わたしが時間稼ぎをします」
そう言って虚数の帯を、壁と天井に張り巡らせる。
「……以前イリヤがやって見せた、そして今、実枝さんがやって見せている、これがカードの本来の使い方」
そう言って美遊ちゃんは、カードを1枚床に置き、その上に手を重ねた。
「 ── 告げる!
汝の身は我に!
汝の剣は我が手に!
聖杯のよるべに従い
その意、その
その呪は、初めて夢幻召喚する際の契約の言葉。本来の扱い方はわたしが行って見せましたが、美遊ちゃんがこの詠唱を知っているとなると、あのお二人も黙っていなかったでしょう。
── 英霊召喚の詠唱によく似てますね 。
頭の中に、英霊のわたしの声が響いた。英霊召喚。英霊のわたしが関わった聖杯戦争では、召喚した英霊をサーヴァントとして契約し戦わせるらしい。夢幻召喚した際に流れ込んできた、彼女の記憶の一部を垣間見ただけですけど。
そんな僅かな思考をしていると、天井が破壊されてバーサーカーが降り立った!
「誓いを此処に!
我は常世総ての善と成る者!
我は常世総ての悪を敷く者!」
バーサーカーは、美遊ちゃんに向かって拳を振り上げて……。
わたしは攻撃を阻止するために、張り巡らせていた虚数の帯をバーサーカーに放って雁字搦めにした。
「汝、三大の言霊を纏う七天!
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手!」
バリッ!といやな音を立て、バーサーカーが虚数の帯を引き千切る。なんて怪力なんですか!?
──
余計な突っ込み、入れないでくださいっ!
「
ああ、良かった。どうやら間に合ったようだ。
気がつけば、バーサーカーの攻撃を
美遊ちゃんがセイバーの技量で剣を振るい、わたしが虚数の帯で牽制をする。そして隙を突き、美遊ちゃんが聖剣をバーサーカーに突き刺した。
力無く膝をつくバーサーカー。
『美遊さま、実枝さま、どうなっているのですか? お二人はまるで、英霊そのもの……』
その間隙にサファイアが尋ねてきた。というか、聖剣の姿でも喋れるんですね?
「カードを介しての、[英霊の座]へのアクセス。クラスに応じた英霊の力の一端を写し取り、自身へと上書きする擬似召喚」
「つまり、自分の体を依り代にした擬似英霊化。それがカードの能力の正体です」
美遊ちゃんの説明を引き継いだわたしの言葉に、サファイアは言葉もないようです。
ドクン!
バーサーカーから、心臓が脈動するのを感じた。
『二度目の蘇生……! やはりあの英霊は不死身……。無限に生き返る相手に勝ち目など……』
「無限じゃない」
「はい。あの英霊は十二の命を持ってます。その全てを使い切れば、二度と蘇生は出来ません」
わたしの説明に、サファイアが訝しむ。
『実枝さま。あなたは一体……』
「そんなこと、今は関係ないです。それよりも、バーサーカーを倒す方法を。……美遊ちゃん、聖剣が通るか試してみて。ただし、充分に気をつけて」
「わかった」
美遊ちゃんは応えて、バーサーカーへと向かっていった。
そしてわかったことは、やっぱりバーサーカーは、聖剣に対しても耐性を得ていたということ。そして、こちらの手札はあまり無いということ。
アサシンはおそらく、Bランク以上の宝具は無い。ライダーとキャスターの宝具は、発動にスペースが必要。
残るのは、進行方向に対しては広範囲ではあるけど、セイバーの宝具は、かろうじて使用可能かも知れないというところでしょうか。それに、耐性を付けられても、ある程度のダメージは通るかも知れない。それほど強力な宝具なのだ。
── なら、わたしの宝具を使えばいいじゃないですか。
……ふざけたことを言わないでください。……
わたしの決意とは関係なく、そんな宝具を使うことは出来ません!
── まあ、そうでしょうね。ならせいぜい、死なないように頑張ってくださいね♡
英霊のわたしは、わざと煽ってるのでしょうか?
……そ、それはともかく。
「美遊ちゃん。ここは……」
「わかってる」
美遊ちゃんが答えてすぐ、聖剣の刀身が輝きだした。
『……お二人は、どうしてそこまで』
「わたしと美遊ちゃんの理由は違うと思う。
わたしは、ここでバーサーカーを倒さないと更に力をつける可能性があるから」
「……ここでバーサーカーを倒さないと、次はきっとイリヤが呼ばれる!」
やっぱり、そういう理由だったんですね。
「初めてだったんだ。わたしを、友達って言ってくれた人。……だから!」
ああ、そうか。先輩の願いは叶ったんだ。
── 美遊がもう、苦しまなくていい世界になりますように
優しい人たちに出会って……
笑いあえる友達を作って……
あたたかでささやかな幸せをつかめますように
あの時、先輩が聖杯に掛けた願いは、今でも耳に残っている。……なら。
「やっちゃえ、美遊ちゃん!!」
わたしが声をかけた、その直後。
「
美遊ちゃんが宝具を放った。先輩の願いを妨げる英霊なんか、吹っ飛ばしちゃえばいいんです!
床や壁、天井の一部が綺麗さっぱりと無くなり、バーサーカーの姿も見当たらなかった。だけど。パキィィン!と乾いた音がして、美遊ちゃんから強制的にカードが排出される。それだけじゃない。その反動で手放したサファイアが、床を遠くまで滑っていってしまった。
「サファイア、戻って! 急いで魔力供給を……!」
美遊ちゃんが声をかけたその時、床の穴から手が伸び、サファイアを抑えつけた。這い上がってきたバーサーカーの手が偶然、サファイアを抑えつける形になってしまったんでしょう。
しかし、偶然が起こしたこととはいえ、ピンチはピンチです。このままでは……。あるいは、
でも、神性を持った相手に使って、わたしは正気を保っていられるのか。おそらく、英霊のわたしへの置換が一気に進んでしまうはず。その状態で、美遊ちゃんを守ることは、きっと出来ない。だって、英霊のわたしにとって美遊ちゃんの事など、どうでもいいはずだから……。
──あら、
英霊のわたしに言われ、わたしの心が揺れる。今の美遊ちゃんにはイリヤちゃんがいる。わたしがいなくても、きっと大丈夫だろう。それなら……。
バーサーカーが目前まで迫り、わたしが答えを出そうとした、その時。屋上から飛び降り、バーサーカーを斬りつける、ひとつの影。それは。
「イ、イリ……」
「リンさん、効いたよ!」
その名を呼びかける美遊ちゃんを遮る形で、彼女……イリヤちゃんが上に声をかける。そこには、遠坂さんとルヴィアさんの姿があった。
遠坂さんとルヴィアさんによって、バーサーカーの動きが封じられて。
「ミユ、ごめんなさい。わたし、バカだった。
なんの覚悟もないまま、言われるままに戦ってた。どこか他人事だったんだ。こんなウソみたいな戦い、現実じゃないって。……なのに、その『ウソみたいな力』がわたしにもあるってわかったら、急に全部が怖くなって……」
ああ、イリヤちゃんのあの時の想いは、そういうことだったんだ。
「……でも、本当にバカだったのは、逃げ出した事だ! 友達を見捨てたままじゃ、前には進めないから ──!」
──随分と真っ直ぐですね。とても同じ人物とは思えません。
え? それってどういう……。
──秘密です♡
……まあ、そんな気はしてました。
その後の展開は、まるで奇跡のようだった。二人が二本のステッキでセイバーのカードを
そして今は、鏡面界から戻ってきて、ビルの屋上。
「[アーチャー][ランサー][ライダー][キャスター][セイバー][アサシン]……、そして[バーサーカー]! 全てのカードを回収完了。これでコンプリートよ」
遠坂さんがカードを確認し終えて大きく息をつく。いえ、訂正します。ルビーを除いたみんなです。ルビーは祝砲がどうとか言ってますが、ここは無視をしよう。
「イリヤ、美遊。勝手に巻き込んでおいてなんだけど、あなたたちがいてよかった。桜谷さんも、強制はしてないのに力を貸してくれて助かったわ。わたし達だけじゃ多分、勝てなかったと思う。最後まで戦ってくれて、ありがとう」
「あ、でも、実枝さんのカードはどうなるのかな?」
そう。イリヤちゃんにもわたしの
「それは、わたし達は関与しないことね。わたし達が受けた任務は、この地に眠るカードの回収。同質のカードとはいえ出自が違うみたいだし、こちらは報告するだけで、あとの判断は上の仕事よ」
やっぱり、そうなりますよね。わたしにとってはかなりリスキーなカードだけど、それでもこれは、わたしのためのカード。手放したくはないな。
「というわけで、後はこのカードを
そこで事件は起きた。遠坂さんが手にしていたカードを、ルヴィアさんが掻っ攫ったのだ。さらに突然現れたヘリコプターから降ろされた縄梯子に飛び移ると、遠坂さんを見下ろしながらルヴィアさんは言った!
「ホーッホホホホ! 最後の最後で油断しましたわね! カードは全て
ル、ルヴィアさん。
一方の
「……帰りましょうか」
「「……うん」」
わたし達は今の光景を見なかったことにした。
新都から深山町へと向かうわたし達。
「……あの、イリヤちゃん」
なかなか口に出せなかったけど、ようやくわたしはイリヤちゃんに声をかけた。
「ん? なんですか?」
キョトンとした表情で聞き返すイリヤちゃん。わたしは彼女に。
「ありがとう、イリヤちゃん」
とお礼を告げる。
「え? 何が?」
「わたしはイリヤちゃんのお陰で、間違いを犯さずに済んだの」
そう答えると、イリヤちゃんはさらに困惑した表情になった。うん、まあ、それはそうだよね。
「わたし、イリヤちゃんが来る直前まで、自分を犠牲にして美遊ちゃんを守ろうと思ってたの。ある人と同じ様に……」
「実枝さん……」
美遊ちゃんはわたしの名前を口にした後、そのまま黙り込んでしまった。当然、わたしが言ったある人が、先輩の事だと気づいたんだろう。
「でも、イリヤちゃんは美遊ちゃんに言ったでしょう? 『本当にバカだったのは、逃げ出した事だ』って。それを聞いて気がついたんだ。わたしはその人の真似をしたんじゃなくて、自分を犠牲にして、全てから逃げ出そうと思ってたんだ、って」
「そ、そんな事ない! 実枝さんはわたしを……」
「大丈夫、美遊ちゃんが言いたいことはわかってるよ。もちろん、美遊ちゃんを助けたかったのは本当の事。でも、その重圧から逃げたいっていう想いが心の片隅にあったのも事実なの」
わたしはひとつ息をついて、話を続ける。
「わたしは、わたしの良いところも悪いところも、全てを受け入れるって決めたの。イリヤちゃんは、わたしのそんな弱い気持ちに気づかせてくれた。その事にはとても感謝してるんです。
──だから、ありがとう」
改めてお礼を言うと、イリヤちゃんは顔を真赤にして照れてしまった。
「わたしはこれからも、自分の心の弱さに直面すると思う。でも、そこから目を背けたりせずに向き合って、それでも前に進んでいこうと思ってる」
「……それは、わたしだっておんなじだよ。わたしは嫌なことがあると、すぐに逃げ出しちゃう。きっとこれからも」
『そうですねー。イリヤさんのヘタレは、一朝一夕で治るもんではありませんから』
「……ルビー。もう少し空気を読んで欲しいんだけど」
『姉さん。さすがに今は、からかうべきではないかと』
そうですね。わたしも少し、殺意が湧きました。
「えっと、少し脱線しちゃったけど。わたし、実枝さんに言われたことが頭から離れなかったんだ」
「わたしが言ったこと?」
「うん。『自分の気持ちに正直になって、前に進んっでほしい』って。
わたしが恐怖を乗り越えられたのはママのおかげ。だけどわたしが、ミユを、友達を助けたいって想いに向き合えたのは、あの言葉のおかげなんだよ。だからわたしも、ありがとう!」
……そう、なんだ。わたしの言葉がイリヤちゃんの助けに……。こんな気持は初めてです。お手伝いとかで感謝されたのとは違う。わたしの言葉で人の心を救った、救えた事実が無性に嬉しかった。
「どう、いたしまして」
わたしは、自分でもわかるくらいとびっきりの笑顔で、そう返したのでした。
……遠坂さんとルヴィアさんはあの後、明け方まで追いかけっこをして、遠坂さんの勝利に終わったようです。ですが、連絡をとったゼルレッチ卿に呆れられ、二人には1年間の日本留学を言い渡されたらしい。
後日それを聞いたわたしは、心の中で「ねえさあああああん!」と、思わず叫んでしまいましたよ。
……でも。
なお、
黒桜の宝具は、ギルガメッシュすら飲み込んだあれです。聖杯の呪いが関係しているため、マキリの杯ではない
因みに[虚数の帯]→[虚数の帯]+[吸収]→宝具[虚数の帯]+[吸収]+[聖杯の呪い]さらに広域での発動可といった感じですね。単純な[虚数の帯]による[吸収]は魔力補助があれば
宝具はあのゴーレムっぽいの(シェイプシフター)でもいいんですが、書き手側の使い勝手が悪そうなのでこちらにしました。
取り敢えず、切りのいい場所で終了。……と思ったのですが、2weiの1話でやりたい事があるので(連載で構想していた時から考えてた)、取り敢えず1話だけは投稿することにしました。投稿はまた来週。
ただ、このパターンのサブタイは止めようと思います。考えるだけで時間がかかるので。