桜は散らず、奇跡の少女と世界を渡る 作:タイラー二等兵
※今回から、黒桜視点があります。
数日後。バイト前に、エーデルフェルト邸へ英霊のわたしの様子を見に来たのだけど。
「わたし、穂群原小学校に編入することになりました♡」
「はい?」
まさに、寝耳に水とはこの事です。
「小学校っていうのがちょっと不満ですが、この姿じゃ仕方ないですよね」
そんな事を言ってるけど、わたしの思考が追いつかない。わたしは助けを求めて、ルヴィアさんへと視線を移す。
「……あー、もうひとりのイリヤ、
確かに、バイト終わりに接触してきた遠坂さんから聞いてはいますが。
「あの子がイリヤに成りすまして小学校に潜入、騒ぎを起こした挙句に、転入するから下見に来たと言ったらしいのです。そこで
「『イリヤの従姉』以外の同じ条件で、わたしも編入させてほしい、と言ったってわけです」
な、なるほどです。あ、でも。
「あの、アヴェンジャーの名前ってどうするんですか?」
「ああ、それでしたら……」
「クロエ・フォン・アインツベルンです。クロって呼んでね♪」
「イリヤちゃんの従姉です。みんな、仲良くしてあげてね。因みに、わたしの初めての人なの」
クロエ
「おいこらタイガー、もうひとりが置いてけ堀だぞー」
「あっと、ごめんなさい。っていうか龍子ちゃん! タイガー言わない!」
やっぱりこの世界でも、タイガーは禁句みたいですね。それにしても藤村先生が、高校ではなく小学校の先生というのにはビックリしました。こちらにも先輩はいるみたいですが、接点はあるんでしょうか?
「さて、それじゃああなたも自己紹介して」
……思考に耽るのはこれくらいにしておいたほうがいいですね。
「わたしはリリィ・S・アヴェンジャーです。よろしくお願いします♡」
いつもの……
「あんた、少しは抑えなさいよ」
クロエちゃんがボソリと呟いた。どうやら全然抑えられなかったみたいです。
……わたしが普段表に出さなかった部分を表面化させる切っ掛けとなった呪い[この世全ての悪]は、わたしが顕界する際にかなりの部分が切り捨てられている。それはわたし自身が感じ取っているのだけど、それでも[マキリの杯]となった際の性格はそのままだし、その事も自覚している。とはいえまさか、それでもまだコントロール出来ないほどに影響を及ぼすなんて、あの呪い、本当に厄介です。しかも、思考が周りに合わせられるくらい正常に働いてる分、余計にです。
1時間目の授業の後は生徒達からの質問攻めに遭い、2時間目の授業の後、引き続きの質問もようやく終わり生徒達がいなくなったところで、今度はイリヤちゃん、美遊ちゃん、クロエちゃんがわたしの所にやって来た。イリヤちゃんは開口一番。
「……ねえ。『リリィ・S・アヴェンジャー』って名前、どこからきたの?」
そんな事を尋ねてくる。最初の質問がそれなんですか?なんて思ったけど、考えてみたら、偽名を考えた時にエーデルフェルト邸にいなかったのはイリヤちゃんだけでしたね。
「『リリィ』は何となく思いついたからです」
「何となく!?」
イリヤちゃんは驚いてますが、本当に何となく思いついたんですよね。英霊あるあるみたいなものなんでしょうか? ……いけない。なんだかあの魔術礼装みたいなこと、考えちゃいました。
「『アヴェンジャー』は当然、わたしのクラス名ですね」
因みに、本来ならバーサーカーの適性もあるはずなんですが、[この世全ての悪]という特殊な存在を内包しているからか、何故か適性クラスがアヴェンジャーで固定されてるんですよね。そのお陰で今まで召喚されることもなく、今のところ記憶の摩耗もあまり無いのはありがたいことです。その分、自責の念に苦しんだり、どうでもいいやと自暴自棄になったりもしたけど、それこそが反英霊としてのわたしの在り方なので、何の文句もない。むしろ、今のわたしの方が異常なんだろう。
「……『S』は?」
「『S』は、わたしの真名の頭文字です。あ、もちろん真名はナイショですよ♡」
まあ、これでもかなりのヒントですが。多分、こちらの姉さんと美遊ちゃん辺りは、薄々気づいてるかも知れません。
「……で? あんたの本当の狙いは何?」
「クロエちゃんは、相変わらず疑ってるんですね。まあ、仕方がないですが。エーデルフェルト邸でも説明した通り、今の生を謳歌したいからですよ? つまり貴女と同じってわけです」
これは、本当にそう思っての事。サーヴァントとして召喚されてから、急に芽生えた感情です。あくまで推測ですが、わたしが
キーン コーン…
「ほら、鐘がなりましたよ」
そう言って、わたしはこの質問を終了させた。
給食が終わり、昼休みの後。5時間目、体育の準備で着替えている時にそれは起こった。とは言っても、わたしには関係ない事だけど。
「よーう、クロちゃん。ちょーっとツラ貸してくれんかいのぅ?」
数人のクラスメイトが、クロエちゃんに因縁をつけ始めた。
「何? イジメ?」
「イジメじゃねーっ! 尊厳を賭けた果たし合いだ!!」
……ああ、もしかして。
「忘れたとは言わせないよ!」
「先週、俺達の唇を根こそぎ奪いやがって!」
やっぱり。今の……というか、座にいるわたしでさえ、クロエちゃんの仕出かしたことの重大さは理解できる。基本、自分では到底出来ないことをやらかされると、非常に妬むのがわたしだから。もしクロエちゃんが先輩の唇を奪ったと置き換えたら、無性に腹が立つくらいだ。
「くっ……。時が来たらアニキに捧げる予定だったのに……」
「うわっ! そうだったのか、タッツン! イリヤとおんなじだなっ!」
「何言ってんの!? 何言ってんの!!?」
……随分と拗らせてますね。……あれ? イリヤちゃんのお兄さん? 何でしょう。なんだか、頭の片隅に引っかかるものがあるんですけど?
そしてグラウンドへと場所を移して。
「勝負って言うからなにかと思えば、ドッジボールか」
それは小学生ですから。それに体育の時間だし。因みにイリヤちゃんと美遊ちゃんも、クロエちゃんのチームに加えられてます。
「クロ組vs初チュー奪われまし隊! 勝負は一回きりだよ! 負けた方は勝った方の舎弟になること! 公序良俗に反しない限り、命令には絶対服従!! アーユーオーケー!?」
……なんて言いましたっけ? 確か、フラグを立てる? そう。なんだか盛大な負けフラグを立ててる気がするんだけど。
「……舎弟ねぇ。因みに何を命令する気なの?」
「給食のプリンよこせ」
「宿題写させて」
「夏コミで
やっぱり小学生。大したこと……
「……まあ、いいわ。それじゃあわたしが勝ったら、全員、1日1回キスさせて」
『なぁっ!?』
魔力供給が目的なんでしょうけど、公序良俗に思いっきり反してますね。まあ、本気でヤるよりは全然マシですが。……アレの影響が少ないとはいえ、結構まともな思考してますね、今のわたし。
「良俗に反してる気はするが良かろう!
──
「
「
『
要は朱雀と青龍、玄武ですか。名称だけは随分と立派ですね。……あれ?
「「白虎は?」」
あ。クロエちゃんと被った。でも、三人はビクリとしてるので、おそらく不在……。
「……虎をご所望かい?」
え?
「初チュー奪われまし隊No.4藤村大河! 参戦するわよコンチクショー!」
先生が参戦するって、ありなんですか?
「でも、そうなると人数が……」
「それじゃリリィちゃん、そっちのチームね!」
ふ、藤村先生!? とんだとばっちりです!!
そんなわけで、何故かクロエちゃんのチームに入れられたけど。
「ハッハー! 先手必勝、オルァーッ!!」
ばし!
ぼて
てん てん てん……
龍子ちゃんが投げたボールに当たったわたし。
「リリィちゃん、アウトー」
審判の美々ちゃんにコールされる。
「ちょっと、リリィ! 何簡単に当たってんのよ!」
クロエちゃんが怒ってるけど、英霊がなんでも出来るとは思わないでほしい。
「いえ。そもそもわたし、運動全般が苦手なので」
英霊として底上げされた身体能力と運動神経の良し悪しは、全くと言っていい程関係ない。しかも今は子供の姿。本来よりも更にランクダウンしている状態です。影で補強でもしない限り、まともに対処なんて出来もしない。
「くっ! あんた、英霊にあるまじき体たらくっぷりねっ!」
いえ、英霊と言っても反英雄、しかも未来の正義の味方誕生のきっかけとなっただけで、わたしの素の戦闘能力は大したことないんですけどね。
あと、一般人の前で英霊とか言うのはやめてください。わたし自身は神秘の秘匿なんてどうでもいいですが、さすがに厄介事に巻き込まれるのは嫌なので。
外野へと向かいながらそう思考していると。
『あなた自身が厄介事の火種ですのに、よくそんな事言えますねー』
な、カレイドルビー!? いつの間にわたしの髪の中に!?
『カレイドルビーじゃなくて、カレイドステッキのマジカルルビーちゃんです。気安くルビーちゃんと呼んでくださって結構ですよ?』
そんなどうでもいい事、聞いてません。と言うか、どうしてわたしの思考を読んでるんですか!?
『カレイドステッキのシークレットデバイスのひとつ、[高次思念波受信装置]です。接触状態である必要がありますが、表層にある思考を読み取ることが出来ます。とはいえ、あなたが英霊という、高位のゴーストライナーだからこそ可能なんですけどねー』
無駄に高機能ですね、この礼装。いえ、そんな事より。
「貴女は何の目的で、わたしに接触してきたんですか?」
下手に思考を読まれるよりはマシと、わたしは小声でルビーに尋ねる。
『いえねー、最初はイリヤさんを焚きつけようかと思ったんですが、どうやらあなたも、クロさんに思うところがあるとお見受けしたもので、少しばかり鞍替えを……』
人のこと言えないけど、いい性格してますね。
「それで、わたしに何をしろって言うんですか?」
『その思いの丈をボールに乗せて、クロさんに思い切りぶつけてみるのはいかがでしょう? いえ、別に言葉にする必要はありません。内に溜めた感情を発散するだけでも、かなり気持ちも楽になりますよー?』
上手く乗せてきますね。でも、この礼装の言う事もあながち間違ってはいない。実際、わたしが
『ほら、こうして話している間にも、雀花さんが撃沈しましたよ? 残るは戦力として当てにならない龍子さんのみ。一方のクロさんチームは、イリヤさん、美遊さん共に健在です。さあさあ、どうしますかー?』
……踊らされるのは癪だけど、
「選手、交代です。いいでしょう、クロエちゃん?」
突然のわたしの申し出に、クロエちゃんは一瞬驚きはするものの、すぐに不敵の笑みを浮かべて言った。
「別に構わないわよ。
「問題ないですよ。対処方法はいくらでもありますから」
わたしは不敵に笑い返す。この手の笑みに関しては、クロエちゃんとは年季が違います。
「……言うじゃない。で? あんたは何が望みなの?」
「そうですね。わたしが勝ったら、クロエちゃんの武器を出す能力を封印してください」
みんなはまだ、クロエちゃんの魔術の正体には気づいてないようなので、一応[特殊な投影魔術]の事は黙っておこう。
『!?』
クロエちゃんのみならず、イリヤちゃんと美遊ちゃんからも息を呑む気配を感じる。
「あんた、わたしのアイデンティティのひとつを完全否定してるわねー」
別に、意味もなく否定してるわけじゃないんですけどね。ただ、
「……わかった。なら、あんたも沈みなさいっ!」
そう言って、わたしの胸めがけ途轍もない威力の球をぶつけてくる。わたしはそのボールを、こっそりと影を使って受け止めて、ゆっくりと腕で抱きしめる。
英霊に、
わたしは影を体に這わせるようにして手のひらに収束し、ボールを投げる瞬間に影で弾く。
「くっ!? ……そう。
わたしの球を受けてクロエちゃんは言った。どうやらクロエちゃん、セイバー戦の時の記憶があるみたいですね。
「あんた、やるじゃない」
いえ、貴女もなかなかやりますよ?
それから数分。わたし達はお互いボールをぶつけ合っているけど、全く勝敗がつかない。さすがにいい加減、面倒くさくなってきた。クロエちゃんチームのイリヤちゃん、美遊ちゃんも、呆気にとられながら互いの攻防を見守っているだけです。
……あ。そういえばクロエちゃんには確か。試してみる価値はありそうですね。
わたしはボールを投げる瞬間、影を調整して。
「ああっ。手が滑ったーーー(棒)」
ぼごん!
「ふぎゃっ!?」
「イリヤッ!?」
わたしが投げたボールが、見事にイリヤちゃんの顔面にヒットする。多少威力は調整したものの、それでもイリヤちゃんは気を失い。
「……やって……くれたわ……ね」
そう言い残して、クロエちゃんも気を失った。痛覚共有[死痛の隷属]。クロエちゃんにはイリヤちゃんに攻撃できないように、姉さんによってこの呪いを仕掛けられている。なのでイリヤちゃんに仕掛けた攻撃で、クロエちゃんも共に倒れたというわけである。
……ふふふ。これでクロエちゃんの投影魔術を封印し……。
ぽむ
ぽて
てん てん てん……
「え?」
「リリィちゃん、アウトー。勝者、美遊ちゃん」
ああ! 強敵を倒した満足感で、美遊ちゃんの事、忘れてましたああああ!
「くっ! 俺達の負けかっ!」
「美遊吉がダークホースだったとは!」
いえ、美遊ちゃんも身体能力高いので、ダークホースではないですね。
「そんな事はどうでもいい。命令に従うって言うなら、二人を保健室へ運ぶのを手伝って」
……まさか美遊ちゃん、この為の命令権を得るために、あえて試合を続けたと言うのでしょうか。だとしたら美遊ちゃん、侮れない子ですね。
まあ、いいです。試合には負けましたが、クロエちゃんとの勝負には勝ちました。気分も多少は晴れたし、今日のところはこれくらいにしておきます。
『あのー、リリィさん。おそらくそれじゃ、済まないと思いますよー?』
え? それってどういう……。
「リリィちゃぁん」
その呼びかけを聞いた瞬間、わたしに戦慄が走る。声の聞こえた方へ視線を向けると、グラウンドの防護ネットの先、道路からこちらを見ている
「み、実枝、どうしてここに……」
「今日はバイトのシフトが入ってないんです。ルヴィアさんからこの時間に体育をしていると聞いたので、様子を見に来たんですよ。一応、わたしがリリィちゃんの保護者なので」
ええ~っ。
「それよりも。いくらクロエちゃんに勝ちたいからって、イリヤちゃんを犠牲にするのはどうなのかな?」
「い、一を捨てて、十を救ったんですっ!」
「貴女は正義の味方じゃないですよね? それに、救おうとしたのは自分自身じゃないですか」
より笑顔になるほどに、実枝からのプレッシャーが強くなる。
「リリィちゃん。ルヴィアさんの家で待ってますから♡」
「え……。あの、スーパーのバイトは……?」
「そちらもシフトは入ってません。今日は完全休日です。覚悟していてくださいね♡」
お、終わった。わたしはガクリと膝をついたのでした。
そしてエーデルフェルト邸。
ぎちぎちぎち
「にぎゃあああああ!?」
な、何故、痛みの感覚に鈍い私が、いくら魔力を込められてるとはいえ、人間ごときのアイアンクローで……!?
「あら、リリィちゃん。英霊なのに大袈裟ですよ?」
逆です! なんで人間が英霊に、これほどのダメージを与えてるんですかあああっ!?
「体罰は感心しないけど、英霊相手じゃやむなしか」
姉さんも、そんな遠い目で見てないで、実枝を止めてくだ……ああっ! 割れるっ! 頭が割れるううう!
「……リリィちゃん。もう、おイタは駄目ですよ?」
「は……い……」
今、わかりました。今の私の天敵は、姉さんでも、イリヤちゃんでもない。この、桜谷実枝なのだと。
美遊(……桜さんは、怒らせたらいけない)
なんて心の中では思ってたりします。
取り敢えず
旧:黒桜の天敵→遠坂凛 イリヤスフィール
新:黒桜(小)の天敵→桜谷実枝(美遊世界の桜)
に更新されました。