真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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1-10_名もなき詩

 魔獣の体からは、じりじりと周囲の空気をあぶるような熱気が噴き出していた。

 人の頭蓋骨を容易にかみ砕くことができる大きなあぎとから、青白い炎がちらちらと覗いている。

 真っ赤な瞳は地獄からのぞき込むような異様な迫力をたたえていた。

 

 地獄の門番、魔獣ケルベロス。

 

「早速のお出ましとは、やるしかないか……!」

 数珠をじゃらりとならし、ジンカイ和尚が構える。が……

 

「いや、待ってください。話をしてみたい」

 それを制して、マッシュが前へ進み出た。

「しかし、悪魔と……それも、獣と対話など」

「できるはずです。ただ暴れてるだけじゃないはずだ」

 アームターミナルを操作して、イヤホンを耳に当てる。悪魔との対話は、聴覚情報として出力されるようプログラムされている。

 

「ケルベロス、話がしたい」

 相手がどんなに強大な悪魔でも、交渉の基本は同じだ。話をしたほうが得だと思わせること。交渉の相手として認められること。そのためには、自分を強そうに見せる必要がある。

「俺は悪魔召喚師のマッシュ。お前の力になれるかもしれない」

 ターミナルのコンソールを操作して、自分が悪魔使いだと伝える。妖鬼ボーグルと地霊ブッカブーを召喚して背後に控えさせた。

 

《弱ソウナ悪魔ダ》

 ケルベロスはあざ笑うように悪魔たちを一瞥したあと、マッシュに目を向けた。たしかに冥界の番犬に比べれば、マッシュの仲魔は格下といえる。だが、悪魔を使役することができる召喚士には興味をひかれたのだろう。

 

「なぜ召喚したDJに従わないんだ?」

 マッシュが問いかけると、悪魔は恨めしげに喉をうならせた。

《アノ男ハ我ノ主人デハナイ》

「お前のほうが強いからか?」

《ソウダ》

 

 悪魔は自分より弱い召喚士には従わない……今や、東京では常識と言ってもいい。

「だったら、何もここで人間を襲わなくてもいいだろう? 新宿地下街は、狩り場には向いてないんじゃないか。ガイア教もメシア教も団結してる。いくらお前が強い悪魔でも、いつかケガをするぞ」

 実のところ、この強大な悪魔に対して新宿が戦えるのかはわからない。だが、強そうに見せかける必要はあるだろう。勝てないと思わせれば、出ていってくれるかもしれない。

 

《オレサマハコノ街カラ出ラレナイ》

 ケルベロスが悔しげにうめく。

《ソウ契約サセラレテイル》

「DJは新宿イチのプログラマだからな……召喚の時に、何か仕込まれたのか」

 そして、新宿にいる限りDJは悪魔によって傷つけられない。結果として、新宿から出られないケルベロスはDJ以外の人間を襲うしかないわけだ。

 

「つまり、DJがいる限りお前は自由になれない」

《ソウダ》

「DJを新宿から追い出すか、もしくは彼を守っている『新宿魔方陣』を解けば、悪魔が彼を攻撃できるようになる」

《ソウナレバ、オレサマガ奴ヲ殺ス》

 

 にらまれただけで冷や汗が止まらない。だが、できるだけ平静を装いながらマッシュは考えた。

(つまり、この魔獣の目的は第一に自由になることだ。そのためにDJを倒したいが、新宿に張りめぐらされた魔方陣のせいで手出しができない)

 ケルベロスが人間を襲っているのは、他にやることがないから、飢えを満たしている……それだけのことなのだろう。

(俺もDJを止めたい。だが、殺したくはない……この悪魔を言いくるめて、みんなに手出しさせないようにしないと)

 

「わかった。だったら、俺がなんとかする。つまり、彼を追い出すか、魔方陣を破壊する。それまで新宿で暴れるのをやめてくれ」

《オレサマニ何ノ得ガアル?》

 威圧するように、ケルベロスが身を乗り出した。

(いいぞ)

 マッシュは内心で大きく頷いた。

 

(条件さえあえば、俺の要求をのむつもりがあるってことだ)

 だが、悪魔が納得できるものが示せなければ、人を襲い続けるだろう。慎重に考えなければならない。

「人間の肉より好きなものはないのか?」

 悪魔に対して愚かな質問だと思ったが、少しでも手がかりが欲しい。

《甘味ヲ食ワセロ》

「なに?」

 

 ケルベロスは大きな尻尾を揺らしながら、赤い舌を覗かせた。

《甘イモノだ。ぷしゅけートイウ女ノけーきハ美味カッタ》

「そんなでかい体で、甘党なのか?」

《オレサマノ好ミニ文句ガアルノカ?》

「いや、いや! すこし待ってくれ。何かあるはず……」

 

 助けを求めてジンカイ和尚に視線を剥ける。アームターミナルの力で、会話の内容は彼にも伝わっているはずだ。

「拙僧は精進料理しか口にせん」

 自由を旨とするガイア教団のなかでも、伝統派の修行僧である。戦力としてはともかく、スイーツを探す役には立たなさそうだ。

 

「困ったな。ディスコやバーを探せば何かあると思うけど……」

《オレサマ、我慢デキナイ! 今スグ甘味ヲ持ッテコイ!》

 この調子では、探しに行く時間はなさそうだ……

 

「話は聞かせてもらいました!」

 その時だ。通路の向こうから若い女の子絵がした。金と黒、ツートンカラーの髪を整えながら、急ぎ足にやってくる。

「プリン。東口はいいのか?」

「アークエンジェルのおかげで、かなり持ち直しています。今は、その魔獣のほうが重要です」

 聖女は悪魔に向きあい、ゆっくりと深呼吸した。

 

「こ、これを……」

 そして、苦渋の表情で、懐から何かを取り出した。きらりと照明を浴びて光る透明なもの。宝石のようにもみえるが……

「それ、警察署にあった氷砂糖か?」

「あとでこっそり食べようと思って、とっておいたんです」

 目をそらしながら、プリンがつぶやく。ただでさえ多めに食べていたのに、そのうえ二人の目を盗んで自分の分をとっていたらしい。

 

(すごい食い意地だ。でも、助かった)

 聖女の甘味への執着心には驚かされるが、とにかくケルベロスが求めるものが用意できたのだ。幸運と言うべきだろう。

《ホウ……》

 魔獣が巨体を揺らしながらプリンへ近寄っていく。その細い手のうえの氷砂糖をクンクンと嗅ぎ、大きな舌でべろりと絡め取った。

 

「っ……」

 手のひらを怪物になめられて、プリンが悲鳴を押さえ込む。だが、ケルベロスは人間の恐怖など知ったことではないとちいさな菓子を味わっていた。

《美味イ!》

 氷砂糖を口にして、その味に満足したらしい。ケルベロスはどっかりとその場に横たわった。

 

《人間ヲ食ウノハ、少シダケ我慢シテヤル。一時間経ッタラ、マタ甘イモノヲ持ッテコイ》

 貢ぎ物を要求する神様の立場だ。もしくは、人質を取った立てこもり犯か。

「とりあえず、目の前の危機は抑えられた……」

 緊張が解けて、ようやく額の汗を拭う。

 

「マッシュ、どうするのですか?」

「俺とジンカイ和尚で、DJを止める。まずは邪教の館で仲魔を強くする。それから、DJのいる場所……たぶんサーバー室に向かって、彼を……」

《殺スノハ、オレサマニ任セロ》

 ケルベロスが口を挟んだ。この悪魔は、マッシュもDJを倒そうとしていると思っているのだ。

 

《魔方陣ノぷろぐらむヲ無効(でぃせーぶる)ニスルンダ》

「なんで魔獣がそんな言葉を知ってるんだ……」

《悪魔デハこーどヲはっくデキナイ。人間ナラ脆弱性ヲ突ケルハズダ》

「プログラマに飼われてたことでもあるのか?」

「マッシュ殿、話している場合ではない」

 ジンカイ和尚が数珠を鳴らして会話を引き留める。

 

「プリン、余裕があったら誰かにディスコの場所を聞いて、甘いものがないか探しておいてくれ。ミクミクが居ればすぐにわかるんだけど……」

 何せ、ミクミクはディスコのウェイトレスだったのだ。だが、ミクミクはDJと一緒にいるはずだ。

「わかりました。新宿の外からの侵入はなんとしても止めていますから、彼を止めてください」

「任せてくれ。それじゃあ……行こう」

 

《悪魔合体させてくれる約束だからな!》

《ウオー! ついに俺がほんらいの力を取り戻せるぞ!》

 ケルベロスを恐れてずっと黙っていたボーグルとブッカブーが勢いこんで叫ぶ。

「こいつらを合体させて、DJが使っているのより強い悪魔を作る。それに賭けよう」

 

 

 ▷

 

 

「役たたずめ」

 監視カメラの映像を眺めながら、DJがつぶやいた。

「いや、扱える悪魔かどうかを確かめずに呼びだした俺のせいか……。だが、まずいな。俺に対抗できるのは、もうマッシュだけだろう」

 サーバー室に折りたたんで置いてあったパイプ椅子に座っている。歩くのがやっとの足を休めなければならない。今のところ、これが『新宿の王』の玉座だ。

 

「マッシュを殺すの?」

 そばに控えたミクミクが、控えめに聞く。あきらかに、その表情はおびえていた。

 彼女の背後では邪龍コカトライスがサーバー室の入り口を見張っている。すでに、この場所に侵入しようとした連中が何人も石になって並んでいた。

 

「マッシュを死なせるわけにはいかない。ここのメンテナンスをさせないといけないからな。だが、俺に刃向かえないようにする」

 左手の小型ターミナルを操作しながら、DJは考えを巡らせた。

「悪魔使いを無力化するには、やはり悪魔を奪うことだな」

 そして、再びプログラムを起動する。サーバーに蓄積された大量のマグネタイトを使えば、悪魔召喚は容易だ。

 

「出でよ、堕天使フォルネウス!」

 マグネタイトの奔流から、エイともサメともつかない奇妙なシルエットの悪魔が現れた。

《我を呼ぶものは誰だ?》

「俺は弾正(だんじょう)。DJって呼ばれてる。悪魔召喚士だ」

 奇妙な悪魔は空中を泳ぐように体をうねらせながら、DJの姿を見下ろしていた。とうてい、強力な悪魔使いにはみえない。だが、召喚された以上は契約に従わなければならない……その契約の内容は緻密で正確だ。肉体は脆弱でも、相当な知性と周到さがある。

 

《何を望む?》

「この男……マッシュと契約している悪魔を皆殺しにしてくれ」

 監視モニタに映るマッシュは、通路を急いでいた。

「ついでに、こいつも」

 付け足すように、その隣にいるジンカイ和尚を示した。

 

《いいだろう》

 堕天使フォルネウスがにやりと笑い、サーバー室の冷たい空気のなかを泳いでいく。

 邪龍コカトライスの頭上を通って、新宿地下街へ飛びだしていった。

 

「マッシュがDJに従ったら、家族に戻れるんだよね?」

 恐る恐る問いかけるミクミクに、DJは振り返らずに頷いた。

「そうだ」

「和尚まで……殺す必要があるの?」

 ミクミクはこの五年、ガイア教団に身を寄せていた。半悪魔の少女が生きるには、後ろ盾が必用だったのだ。

 ジンカイ和尚は、新宿における教団の指導者だ。厳しい修行を乗り越えた破戒僧である……破戒はガイア教の教えへの忠実さであり美徳だ。ミクミクには和尚の語る説法は難しかったが、自分への厳しさを他人に向けない人柄の持ち主だった。

 

「いま悪魔たちに戦わせてるのはそのためだ」

 DJはモニタをにらみつけながら、足を揉んでいた。

「新宿で俺に抵抗できる勢力は潰しておく。メシア教の神父はやったから、ガイア教のアタマも押さえ込む必用がある」

「絶対に……どうしても?」

「俺たちの自由と平和のためだ。これからはこの街のことは何でも俺が決める。誰にも意見はさせない」

 

「でも……」

「ミクミク、俺に従うなら口答えはするんじゃない」

 低く、静かに、だがはっきりとした口調でDJが告げる。

「これが最後だ。新宿が俺のものになれば、誰も傷つかないでよくなる」

 

 

 ▷

 

 

 新宿北西部。なぜこんな場所に悪魔合体をおこなう邪教の館があるのかについては、様々な説があった。

 オザワとその側近が悪魔を支配して彼らから利益をかすめ取るための施設だとか。時折やってくる悪魔対峙の専門家、デビルバスターたちが新宿を訪れるために残してあるとか。

 いずれにせよ、市民はこんな場所にめったに近寄らない。何かの間違いであらわれた悪魔に襲われては貯まらないからだ。

 

「悪魔に襲われたりは……してないみたいだな」

 マッシュも警官だ。警邏のなかで訪れたことがある。悪魔召喚への興味と知識はあったから、ここで何がおこなわれていたのかは知っている。だが、中に入ったことは一度もない。

 

「協力してくれればいいけど……」

 一見、外観では新宿に並ぶ他のブロックと大きな違いはない。だが、部屋の中からは一種の妖気のようなものが漂ってくる気がした。

 ためらいながら、マッシュが扉に手をかけたとき……

 

《待て》

 

 合成音声が響いた。エイともサメともつかない悪魔が、通路を泳ぐように接近してくる。

 

《あれは、堕天使フォルネウス!》

 召喚したままになっている妖鬼ボーグルが叫んだ。

「強いのか?」

《堕天使っていえば、由緒ある魔界の貴族だ。カオス陣営の大物だぜ》

 と、こちらは地霊ブッカブー。

 

「DJに言われてきたのか?」

《そうだ》

(ということは、DJは俺より強い悪魔を呼びだして使役しているわけだ……)

 東京の旅で強くなったつもりでいたが、DJは五年かけて今日のために準備してきたというのだから、執念が違う。相手のほうが強力な悪魔を使っていることを思うと、これからの戦いの困難さに思い至らざるを得ない。

 

「ここは引き受けよう」

 ふと、横合いから声がかけられた。ジンカイ和尚だ。

「しかし……」

「サーバーに侵入できるのはマッシュ殿だけ。その前に戦うのは拙僧に任せてくだされ」

 ジンカイの言うことはもっともだ。ここで仲魔を倒されても合体ができなくなり、マッシュにとっては痛手である。

 

「わかった。無事を祈るよ」

 マッシュが再び扉に手をかけ……

《やらせん!》

 フォルネウスの周囲の冷気が急速に高まり、氷のつぶてとなって放たれる。が……

 

「オンベイシラマンダヤソワカ」

 ジンカイの口から低い呪言が発せられた。その力が中空で渦巻く火の玉となって、氷のつぶてにぶつかる。

 二人の放った術は空中でぶつかり、激しい水蒸気を残して消え去った。

 

《貴様、ガイア教徒であろう》

「いかにも」

《なぜカオスの使徒である私に逆らう?》

「悪魔使いなどに使役されていない時に聞くべきであったな」

 数珠と錫杖を両手に構えて、ジンカイは低い呪言をつぶやき始めた。

 

《おのれ、不信心者め!》

 フォルネウスの魔力が極低温の冷気となってジンカイを包んでいく。するとジンカイは呪文とともに錫杖を振り、全身から熱波を放った。体から汗がにじみ出るほどである。

《人間ごときが我に逆らうとは!》

 堕天使は怒りに震えていた。尻尾を立てると、バチバチと電撃が充電されていく。

 

「いつもならば、堕天使殿との邂逅など、喜んで話を聞くのだがな」

 大ぶりの珠がついた数珠をひとつひとつ指でこすりながら、ジンカイは堕天使をにらみつけた。

「今日この時だけは、おぬしを呼びだした悪魔使いに屈するわけにはいかぬ」

《なぜだ。強いものには従うのが教団の教えだろう》

「くっくっ。だとしたら、拙僧は教団にとっては三流の法師かもしれんな」

 

《何が言いたい!》

 フォルネウスの尾から電撃が放たれる。青白い雷光がジンカイに直撃し、袈裟を焼き切った。胸には電撃による激しい火傷が刻まれる。

 だが法師はますます筋肉を漲らせ、猛烈な熱気を放ちながら悪魔へとにじり寄っていく。

 

「拙僧がただ一人、この街でおそれ敬っていた者が死んだ。おぬしの主に殺されたのだ」

《ほう、仲間か?》

「いいや。メシア教徒だ」

《バカなことを言うな。メシア教徒のために命をかけるガイア教徒などいるものか!》

 鋭い牙をむき出しにして、フォルネウスが飛びかかる。横腹を食い破り、はらわたを引きずり出す人食い鮫の動きだ。

 

「バカなどではない」

 飛びかかってきたフォルネウスの鋭い牙に、ジンカイは自らの太い腕を押しつけて腹を守った。がちっと前腕の骨に悪魔の牙が食い込む。

「ガイアには救えぬ者が居る。メシアには見捨てられた者も居る。我らは二つあって互いを補うことができるのだ。少なくとも、この現世では」

 

《坊主が、狂ったか!》

 フォルネウスの尾がひらめいた。鋭い針がついた尾の先が、ジンカイの額を狙う。

 ガッ、と、その直前で法師は尾をつかんだ。手のひらに針が突き刺さる。両手が悪魔に塞がれた格好だ。

「何事も極端へ走れば安定するが、それは同時に馴染めないものを切り捨てるということだ。我らは互いに切り捨てたものたちを慰めることができた。ともに歩めるはずだった……」

 ジンカイの両手の筋肉がみるみる盛り上がっていく。食い込んだ牙を、突き刺さった針を抜こうとしてもびくともしない。

 

《おのれ……やめろ!》

 悪魔の声に恐怖が混じった。フォルネウスのアゴと尾を、ジンカイが強くつかむ。

「共存できた時間は終わってしまった。過ぎたことを攻めようとは思わぬ。だが弔いくらいはさせてもらうぞ」

 悪魔の体の両端をつかみ、頭上に掲げる。白い腹がびちっと伸びてさらに張力をかけられていく……

 

《やめろ……やめろ!!》

 かの堕天使も、こうなっては体をくねらせて暴れることしかできない。まな板の上の鯉にそっくりな動作だ。

「ノウマクサンマンダバザラダンカン」

 一言を放つたびに、ジンカイの腕に力がこもる。両腕が太く盛り上がり、悪魔の体をひっつかんだまま、思い切り左右に引き延ばし、ついには体を引き裂いた。

 

《ぐおおおおおお……!》

 フォルネウスの腹が裂け、赤いマグネタイトが血のように噴出する。真っ二つに引き裂かれた悪魔は二度三度と体を折り曲げ、何かを求めるように空中を泳いだが……

「破ッ!」

 背後から火の玉を浴びせられ、ついには消え去った。

 

「アクター殿……」

 火傷と出血の手当よりも先に、ジンカイは両手を合わせて祈った。

「おぬしのためにも新宿を不逞の輩には渡さぬ」

 邪教の館の扉をちらりと見て、つぶやいた。

「マッシュ殿が仇をとってくれるとよいのだが」

 

 

 ▷

 

 

「悪魔が集いし邪教の館へようこそ」

 その老人はいつもと変わることなくそこにたたずんでいた。

 怪しげなローブに身を包み、長い白ひげを蓄えている。館と言ってはいるが、実際には新宿地下街の一室だ。

 所狭しと様々な機械が並べられ、特段巨大な召喚陣が描かれた場所には何十ものケーブルが繋がれている。

 

「ええと……やあ。俺はマッシュ、悪魔使いになったばかりだ」

「もちろん存じておりますよ。三等警官のマッシュ様」

 何もかもを見通している、というように、老人がひげの奥の口をゆがめた。

「悪魔合体をしたい」

「大歓迎ですとも。テクラ様にはずいぶん世話になりました。もっとも、誰であろうとも力をお貸しするのが我らの役目です」

 

(怪しいやつだが、今は頼るしかない)

 疑問は尽きない。何のために悪魔を合体させるなんて危険極まることをしているのか。なぜそんなことが可能なのか。「我ら」と言いつつひとりしかいないこともだ。

 だが、今は問答をしている場合ではない。こうしている間にも、新宿の東西から悪魔が押し寄せて人々を襲っているのだ。

 

《約束はまもってくれるんだろうなあ》

《そうだ。俺たちを合体させて強い悪魔にする約束だぞ!》

 連れてきたボーグルとブッカブーが手を振り上げて主張する。

「ああ。ルーツが近くて似たような悪魔として扱われることが我慢できないから、合体させたらどんな悪魔になるか知りたいんだったな」

 二匹の悪魔が激しく頷く。

 

「そういうわけだ。こいつらを合体させてくれ」

「ほう。しかし、近すぎる存在を合体させることは大きなリスクを伴いますぞ」

《俺たちはそのために人間なんかについてきたんだぞ!》

《そうだ! 合体させなきゃここまで来た意味がねー!》

 二匹は今にも暴れ出しそうだ。マッシュは頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら、邪教の館の主人に目配せした。

 

「やってくれ、頼む」

「よいでしょう」

 もはや問答は不要と思ったのだろう。主人が進めるままに、ガラスで覆われた筒に悪魔たちを誘導する。

「ここで悪魔のデータを解析して吸い上げ、中央の召喚陣で合体させた悪魔を呼びだします」

 複雑で奇妙な機械だ。どういう仕組みになっているのか調べたい気もしたが、今はあまりに時間がない。

 

「機械のなかにハエが入っていないかよぉくお確かめください。恐ろしいことが起きてしまいます」

「今じゃ虫もめったに見かけない。平気だ」

「おっと、これは失礼」

 怪しげな書物を手にした主人が、怪しげな機械のスイッチを操作しながら怪しげな呪文を怪しげに読み上げる。

 

(まったく、奇妙な儀式だ)

 東京じゅうの悪魔使いがこんなことをしているのかと思うと気が遠くなりそうだ。

 主人が大きなレバーを引くと、ボーグルが入った筒が光を放つ。次の瞬間、ボーグルの体が電子の光に分解されて筒の上部に吸い込まれていった。

 すぐに、ブッカブーにも同じことが起きる。

 

(だが、これでもっと強い悪魔が生まれるなら……やっとDJに対抗できる)

「悪魔合体の秘儀を見よ――!」

 召喚陣が繰り返し輝きを放つ。マグネタイトと悪魔たちの情報が入り交じり、新たな姿をとった。

 

《オレハァァァァァァ! 外道スライムぅぅぅ……! 今後トモぉぉぉぉ ヨロシクぅぅぅ!》

 ぶよぶよした肉体を泡立たせた、見るに堪えない悪魔の姿がそこにあった。

 アームターミナルに搭載されたアナライズシステムが即座に解析結果をはじき出す。

 

「……元になった悪魔より弱くなってるじゃないか!?」

 マッシュが知る限り、悪魔合体は悪魔を強くする。いわば、2体を生け贄に捧げてそのデータから新たな悪魔を抽出する行為なのだ。元の悪魔よりもより強い悪魔を呼び出せるはずなのだ。

 だが、今召喚陣にあらわれた悪魔……外道スライムは、ボーグルやブッカブーよりもデータの総量……いわば程度(レベル)が低くなっていた。

 

「ふぅむ、やはりこうなってしまいましたか」

「わかっててやったのか?」

「ええ、まあ、どうしてもとおっしゃいましたので」

 攻めたいが、確かにその通りだ。強行したことについて、主人を攻めるわけにはいかない。

 

「あまりにも近縁の悪魔同士を合体させると、抽出できる情報が重複するためにエラーを起こしてしまうのです」

「で、エラーの結果が」

「情報の澱とも言うべき悪魔ですな」

《うぉぉぉりぃぃぃをぉぉぉ探せぇぇぇぇ》 

 ずるずると不愉快な粘液を分泌しながら、スライムが近づいてきた。

 

「自分たちが何だったのか覚えてないのか?」

「おそらく、アイデンティティに悩むような知性は残っておりません。悩みからは解放されたようですな」

「……そうか」

 約束したことを果たしたのだから、気に病むことはない。マッシュは自分を説得して、気持ちを切り替えることにした。

 

「この悪魔と他の悪魔を合体させたらどうなる?」

「スライムには合体に使えるような有効なデータがほとんどありません。故に、他の悪魔と合体させた場合は……ほとんどは元の悪魔と同じものができます」

「つまり……たとえば、ジャックランタンと合体させた場合は?」

「ジャックランタンになりますな」

「役立たずか……」

 ますます頭を抱えた。強化しようとしてここに来たのに、より弱い悪魔を生み出してしまうとは。

 

「何かの役に立つかもしれませんぞ。見ての通り、ぶよぶよして剣や銃ではなかなか傷つきません。毒や麻痺にもかかりにくいですから」

《今後ともヨロシクぅぅぅ……》

「わかった、わかった。今は使えるものは使うしかない」

 アームターミナルを操作して、メモリーのなかにスライムを戻した。においにちょっぴり耐えられなかったのだ。

 

(こんなことでDJに勝てるのか……? しかし、やるしかない)

 不安は高まる一方だったが、とにかく……やるだけのことはやったと言うべきだろう。

 

「時間がない。DJを止めないと」

 悪魔たちが騒いでいるのはせいぜい一晩だとアクターは言った。だが、その騒ぎをDJが先導している以上、新宿が彼に従うと決めるまでこの状況を続けるつもりだろう。

 アクター神父を失ったいま、東口の守りは薄くなっている。戦力としては十分でも、メシア教とたちの士気の低下は避けられない。

 東口が突破されてしまえば、新宿は悪魔の巣窟になる。そうなる前に、DJを止める必用があった。

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