真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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1-11_BE WITH YOU

「和尚!」

 邪教の館を出たマッシュが目にしたのは、満身創痍のジンカイの姿だった。

 袈裟は炭化し、胸から腹にかけてひどい火傷を負っている。帯を巻き付けて止血しているが、両腕に傷を負い、出血している。

 壁にもたれかかっていたジンカイはマッシュに気づくと、よろよろと身を起こした。

 

「悪魔を強化できたのだな」

「あ、ああ、もちろん」

 命がけで戦ってくれたに違いない相手に対して、役立たずが増えただけとはとてもじゃないがいえるわけがない。

 

「よかった。拙僧はもう戦えそうにない。ついて行っても足手まといになるだけであろう」

「いえ。感謝します。ガイア教団までお送りします」

「いや、この体でも、這って教団までいくことくらいはできる。今は一刻を争う時だ。拙僧のことより、早く地下へ」

「しかし……」

 じっと、ジンカイの黒い瞳がマッシュを捉えた。

 

 アクター神父ほど付き合いが長いわけではなかったが、この僧侶のことはマッシュも知っているつもりだ。こうなったら、てこでも動かない。

「わかりました。どうかご無事で」

「マッシュ殿も、武運を祈る」

 壁に手をつきながら、法師が歩いて行く。歩くだけでも激痛のはずだ。驚嘆すべき精神力である。

 

(俺がDJをとめないと、いずれにせよ和尚は殺される)

 結局は、マッシュの肩に新宿の市民全員の命運がかかっているのだ。

 

 

 ▷

 

 

 サーバー室からはひんやりとした冷気が漏れ出していた。

 半ば魔界と化した東京では電源を気にする必要はない。適切な電源装置さえあれば、大気中に充満するエーテルからエネルギーを取り出し、電力として使うことができる。しかし、サーバー室に使われるような大型のコンピュータは排熱も大きい。そのため、室内は常に冷房されている。

 階段を降りていくに従って、冷気も増していく。まるで、冥府へおりていくような心地だった。

 

(最後にここに来たときは、DJは長官に監禁されていた)

 そして二人でエラーに対処した。その時、空っぽだったマッシュのアームターミナルに悪魔召喚プログラムがインストールされたのだ。思えば、あのエラーもDJが仕込んでいたのかも知れない。

(長官は死んだ。オザワもだ。DJは自由になれたけど、こういう形で自由になって欲しかったわけじゃない)

 もう戻ってこない時間のことを考えるのをやめて、今の状況について思いをはせる。

 

(ミクミクの説得は失敗したと考えるべきだろう。無理もない。あいつにとっては命の恩人だ)

 やはり、戦うしかない。

(おそらくDJは悪魔を呼びだしてサーバーを守らせている。入り口が一つしかない以上、隠れるのは無理だ)

 手のなかにあるものでなんとかするしかない。

 準備が足りない。だが、それはDJも同じはずだ。むしろ、DJがサーバーを手にしている以上、時間をかけるほど不利になっていくだろう。

 

 階段をおりながら、すっかり慣れた手つきでコンソールを操作する。妖精ジャックランタンを呼び出した。

《ヒホー。なんだか強そうな悪魔の気配がするホ》

「鋭いな。これから、お前より強い悪魔と戦う」

《ケーヤクだからやれって言われればやるけど、避けられる戦いは避けるものだホ。長生きしたければ、今からでも逃げる方がいいホ》

 悪魔の言葉に虚を突かれて、マッシュは思わず立ち止まった。

 

「そうだな。確かにそうだ」

 それから、すぐにまた階段を降りていく。

「でも、やるよ。やらなきゃ生きてても甲斐がない」

《ニンゲンのいちばん面倒くさいところが出ちゃったホ》

 呆れるジャックランタンを連れて、たどり着いた扉を押し開けた。

 

 最初に目に入ったのは、石の群れだった。突入してきた警官たちだろう。悪魔の力で石像となって立ち尽くしていた。十人近くはいそうだ。

 サーバー室の薄暗い明かりの奥から、のっそりと巨体が進み出てきた。

 発達したくちばしと赤く光る瞳。発達した腿は、さながら巨大化した軍鶏だ。蛇が絡みつく尾を揺らめかせて、新たな犠牲者となるべくやってきたマッシュをにらみ、甲高い叫びを上げた。

 

「自分から飛び込んできてくれるとは、探す手間が省けた」

 パイプ椅子に座ったまま、DJが目を細めた。

「知ってたんだろ。俺がここに来ることは」

 DJの背後にはモニターが並んでいる。新宿地下街に仕掛けられた監視カメラの映像だ。ほんらいなら私設警察署に繋がっているはずだが、ハッキングを仕掛けて映像を映しているのだろう。廊下を這うジンカイ和尚の姿がちらっと見えた。

 

「マッシュ……」

 傍らにはミクミクがいた。所在なさげに立って、紫の瞳をマッシュに向けていた。

「今からでもやめられない? あたし、ふたりに争って欲しくない」

「ごめん、ミクミク。いま覚悟を決めてきたところだ。俺は新宿を誰かのものにはしたくない。一部だけが自由と平和を享受できるようじゃ駄目なんだ」

「無理なことはわかってるだろ、マッシュ。誰かが支配しないと自由も平和も守ってやれない。それができるのは俺たちだけだ」

 

 DJが指を立てると、邪龍コカトライスがかまくびをもたげる。

「地下に閉じ込められてるだけの自由と平和なんか、俺はもうごめんだ」

「閉じ込められるほうがましな目に遭わせて、後悔させてやる」

 その指がマッシュを指した。同時に、コカトライスが猛然と突っ込んでくる。

 

「ジャックランタン!」

《アギラオ!》

 火の玉が龍の顔面に突き刺さる。だが、火傷した様子もない。赤い目に闘志を漲らせてさらに突撃してくる。

「力の差がありすぎるな」

 マッシュは飛びすさった。周囲にはすでに石にされたものたちがいる。それを盾にして、くちばしを防ぐ。

 

 目くらましのため、丸めた布を放った。ジンカイの袈裟の切れ端だ。止血の際に破ったものである。

 コカトライスはくちばしを振るい、その布を払った。布は床に落ちるまでの間に石に変わって、カンと音を立てた。

(石にするのは、くちばしの力か)

 くちばしに含まれる毒が作用しているのだろう。それだけは食らうわけにはいかない。

 

《アギラオ!》

 忠実な妖精が魔法を放ち続けている。コカトライスの注意が頭上にそれたところで、マッシュは警棒を抜いた。

「なら!」

 体勢を低くして、滑り込みながら足下を狙う。巨大な爪は痛そうだが、石化のくちばしを受けるよりはマシだ。

 啄みをかわして両足の間に滑り込む。巨体が災いして、自分の股にアタマを突っ込むことはできないようだ。

 

「くらえ!」

 力の限り警棒を振り下ろす。しょせん鳥の足、もろいに違いないと踏んだのだ。

 関節を逆から思いっきり殴ったことで、コカトライスの足は「ごぎっ」と音を立ててあらぬ方向にねじ曲がった。

「やったか!」

 だが、悪魔の獰猛性を甘く見ていた。片足を折られた龍は戦意を失うどころか猛然と怒り、残った足でマッシュを踏みつけた。

 

「げ……ッ」

 肺が押されて、空気が漏れる。肋骨が圧迫されてろくに息を吸うこともできない。

 コカトライスの尻尾の蛇が、シュルシュルと音を立ててマッシュの首を這う。

 

「マッシュ!」

「心配するな。反省するまで石にするだけだ」

 かけだそうとするミクミクの手首をつかみ、DJはささやく。

「これでいいんだ。俺の方が強いとわかれば、マッシュも逆らえなくなる。あとはジンカイを殺して、新宿じゅうに俺が支配者だとしらしめるんだ」

 ミクミクの目に涙がにじむ。DJの想定どおりにことが運んでいるとしても、マッシュが傷つくことに耐えられないのだ。

 

「つらいだろうが、俺の命令だ。これからもつらいことがたくさん起きる。いいか、俺の言うとおりにするんだ。そうすれば、やがてつらいとも感じられなくなる」

「DJの命令どおりにすれば……?」

「そうだ。もうミクミクが苦しまなくてもいいんだ」

 涙を拭おうとするが、次から次にあふれてくる。止まらない。手のひらをすっかりぬらして、ミクミクはマッシュを見た。

 

「ミクミク、プリンを……」

 コカトライスがマッシュの胸へ向けてくちばしを突き立てた。言葉を終える前に、その体が石に変わっていく。

「あとで石化は解ける。癒やしの力がある悪魔でも呼びだして治させればいいさ」

 DJはそう言って、モニターに目を向け直した。あとの心配はジンカイだけだ。

 

 ミクミクは石像と化したマッシュを見ていた。最後に自分に向けられていた表情が、何かを懇願するようなものだった。

「プリンを……」

 反芻するように、最後の言葉を繰り返す。マッシュが伝えたかったことは……

(プリンなら、石化を解けるはずってことだ……!)

 メシア教の『聖女』には癒やしの力がある。その力を使えば、コカトライスの毒だか呪いだかによる石化を打ち払うくらいならなんてこともないだろう。

 

「やめろ、ミクミク」

 彼女の葛藤を悟ったのだろう。DJが目もくれないまま告げる。

「もう苦しまないで済むんだ。俺の言うとおりにしろ」

 DJは……嘘はついていないだろう。ジンカイを殺し、マッシュの石化を解いて、自分に従属することを誓わせる。

 そして、自分がオザワに成り代わり、マッシュには自分の代わりにサーバーの保守をさせる……そういうつもりに違いない。

 

(DJの言うとおりにすれば、昔みたいに一緒に暮らせる)

 そう思うたびに心の中に湧き上がってくる光景があった。ボンネットが開いた瞬間。マッシュの後ろに見えた、きらめく星々。世界にこんなにたくさんの光があるのかと思った。

(でも、DJの言うとおりにしたら……きっと二度と新宿から出られない)

 ミクミクもまた、「外」への憧憬を捨てられなかった。

 葛藤は一瞬だった。DJの命令を聞くか、マッシュの懇願をかなえるか。どっちが彼女にとって安全なのかは言うまでもない。

 

「ミクミク、やめろ!」

 気づいた時には走り出していた。足が弱いDJは追ってこられない。マッシュを踏みつけにしていた悪魔が高く鳴き、翼を広げて威嚇する。

「邪魔しないで!」

 叫びとともに、ミクミクの体から魔力が放たれた。誰から教わったわけでもない術はひどく不安定だったが、邪龍の意識を一瞬、幸福感(HAPPY)で満たした。その一瞬の間に、折れた側の足の横をすり抜ける。

 

「ちっ……結局、誰も俺には従わないのか」

 サーバー室から飛び出していく小柄な背中をにらみつけ、DJは呻いた。

「仕方ない。俺に逆らったらどうなるか……思い知らせてやる」

 

 

 ▷

 

 

 新宿地下街、東口……メシア教会前広場。

 

「どうどう……」

《グルルル……》

 ちょっとした広場になっているその場所には静寂が訪れていた。

 広場の中央には魔獣ケルベロスが寝そべっている。金と黒、二色の髪を持つ(サン)プリンシパリティはその傍らで、たてがみを整えるようになでてやっていた。

 それを見守るように、天使アークエンジェルが翼を広げている。アクターが命と引き換えに召喚したあの天使だ。

 

 おそろしい悪魔が二体も入り口を見張っていては、新宿の周辺にいる野良の悪魔など近寄れるはずもない。時々東口からちらっと顔を覗かせるが、ケルベロスが一瞥しただけで引っ込んでいく。

《ソロソロ約束ノ時間ダ》

「まだ四十分しか経っていません」

《ホトンド一時間ダ!》

 

 プリンはケルベロスの機嫌をとりながら、この魔犬がいるだけで悪魔が近づいてこないことに気づいて、ひっそりと番犬として使っていた。「広いところのほうがのんびりできるでしょう」と広場に連れてきたのである。

 その分、ネオファイトたちには市民の手当や周囲の安全の確保に当たらせている。

「聖女様、ありました!」

 その時、広場にネオファイトが駆け込んできた。マッシュの指示どおりにディスコを探らせていたのだ。

 

「これは……カップケーキ!」

 包みのなかを確かめる。うっすらと蜂蜜のにおいが漂うカップケーキが二つ並んでいた。もっとも、蜂は絶滅したはずなので、ほんとうに蜂蜜なのかはわからない。

《アオーン! オレサマノ大好物!》

 ケーキと聞いては黙っていられないケルベロスが大きく口を開ける。

「約束の時間より早いですが……」

 悪魔の機嫌を損ねたら、市民の命に関わる。プリンはカップをとって、ふわふわのケーキをケルベロスの口の中へと差し出した。

 

《ムグ! フム!》

 鋭い牙が生えそろった口で器用に咀嚼して、ケルベロスがぶんぶんと尻尾を振る。冥府の番犬の好物がケーキとは意外だが、人間を襲うよりもこっちの方がうれしいというのなら願ってもないことだ。

「アークエンジェルもひとつ、いかがですか?」

 市民のために働いてくれている天使へと差し出してみる……が、天使は無言で首を振った。

 

「それでは、もう一つは一時間後のため、ということに……」

 また一時間経てば、ケルベロスにお菓子を差し出す約束になっている。

「マッシュ、一刻も早く解決してください。そうすれば、このケーキを悪魔に渡す必要もなくなります……」

 ごくり、と聖女の喉が鳴った。

 

《食ベタイノカ?》

「もしも……もしも悪魔に渡す必要がなくなるのであれば、誰かが食べられるなあと、思っているだけです!」

《悪魔並ミの食イ意地ダナ》

 ケルベロスは契約どおりにお菓子がもらえれば文句はないらしい。口の中に残ったケーキの甘みを堪能しながら、またごろりと転がった。

 

 そこへ……

「プリン!」

 さらに、駆け込んでくる人影。サイズのあっていない大きなパーカー姿。

「ミクミク。無事だったんですね」

「あたしはだいじょうぶ。でも、マッシュが……」

「落ち着いて。誰か、水を持ってきて」

 あまり騒いでケルベロスを刺激したくない。そのことを察したネオファイトたちが、静かに、しかし迅速に飲み水を持ってきた。その整然とした動作には、ミクミクが驚かされたほどである。

 

「ありがとう。でも、急がないと」

 喉を潤したのち、呼吸を整えたミクミクはプリンの手をとって、紫の瞳できっと顔をのぞき込んだ。

「あたしたちでマッシュを助けよう。DJを止めないと」

「いったい、何が……」

 その時だ。甲高いノイズがなり、新宿じゅうに仕掛けられたメガホンが起動した。私設警察が緊急招集の際に使っていた放送網だ。

 

『新宿市民全員に次ぐ。俺はDJ、すでに新宿の機械はすべて俺の支配下にある』

 ざわめきが周囲に広がった。誰かがこの状況をコントロールしていることは皆気づきつつあったが、その本人からのメッセージが告げられるのは初めてである。

『俺のプログラムで、新宿から再び悪魔を追い出すことができる。悪魔がまた新宿に入って来られないようにするんだ。だが、そのためには、お前たち全員に俺への忠誠を誓ってもらう必要がある』

 

「忠誠を誓えば、もう悪魔に襲われなくて済むのか……?」

 市民たちに葛藤が広がっていく。この十数年、オザワが統治している間は一度も悪魔に襲われたことがなかったのだ。そこにこの苦難を経験すれば、逃れたいと思うのが素直な心情だろう。

 

『そこで、忠誠を示す方法だが……』

 キーンとノイズが混じった。イヤな感覚が背筋に走るのをプリンは感じた。

『ふたりだけ、お前たちの手で殺して差し出してもらおう。ひとりはガイア教団の住職ジンカイ。もう一人はディスコのウェイトレスのミクミクだ』

 一斉に、人々の目がミクミクに集まった。プリンが彼女の名を呼んだのを聞いている。

 

『二人の首を並べて俺の前に持ってこい。そうすれば、お前たちはこの先、永遠に安全だ』

 ぶつ、と放送が切れた。

「ウソでしょ……」

 ミクミクはDJが告げた言葉に驚き、頭の中が白く染まるのを感じていた。DJを裏切ったのは確かだ。命令に従うよりも、マッシュを助けたいと思った。だが、その見返りが……兄のように慕った相手から、命を奪われることだとは考えていなかった。

 

「聖女様、その娘は……」

 ネオファイトと市民たちが、広場に集まってくる。逃げ場を塞ぐように、少女たちの周囲を取り囲んでいく。

「確かに、この人がミクミク……放送した方が言っていた人です」

 プリンはミクミクをかばうように立ち上がり、両腕を広げた。ケルベロスは我関さずといった様子で寝転んでいる。

 

「私は、差し出すつもりはありません。人を殺して安全を得たとしても、また次の犠牲を求められるだけです」

「しかし、今は悪魔たちをなんとかしなければ……」

 ざわざわとネオファイトたちが顔を見合わせる。誰も、自分の手で聖女を押しのけようとは思っていないが、助かりたいという気持ちはあるのだろう。

 

(そういうこと……)

 プリンは理解した。ただミクミクを殺させることだけがDJの目的ではない。こうして、時間稼ぎをしているのだ。

 一晩耐えきればいい状況はもう終わった。今はむしろ、新宿を掌握しようとしているDJにとっては時間があればあるほどできることが増えるはずだ。

 メシア教とガイア教、二つの勢力が彼に従うべきかを迷っている間に、新たな悪魔を召喚して力をつけることができる。時間をかけて議論をすれば、ノーと答えたとしても彼の思い通りというわけだ。

 

「プリン、どうしよう……」

 ミクミクはおびえてあたりを見回していた。ガイア教徒である彼女にとっては、メシア教会のネオファイトたちは恐ろしい存在に違いない。

「必ず守ります。信じて」

 プリンはこの街でできた友人の手を握って、決意とともに伝えた。何よりも自分自身に言い聞かせているかのようだった。

 

 

 ▷

 

 

「ジンカイ和尚だな?」

 新宿西口からやや北の通路。ガイア教団の新宿本部まであとわずかの路地で、ジンカイを呼び止めるものがいた。

「さっきの放送を聞いただろう」

 三人の男たちだった。いずれも、私設警察の制服を着ている。混乱に巻き込まれたものの、悪魔から逃れることができたのだろう。銃を装備していることからして、一等警官だ。

 

「いかにも……」

 出血を抑えながら、無理矢理体を動かしている状態だ。意識が混濁しつつある。気力だけで這い進んでいたジンカイに、しらを切る余力はなかった。

(これで駄目なら天命だ)

 自然との合一を信じるガイア教徒にとっては、死もひとつの経過に過ぎない。おそれるよりも受け入れる……ジンカイにとっては、その方が自然に思えた。

 

「DJのことは知ってる。かわいそうな奴だが、プログラマとしての腕は確かだ。ほんとうのことを言ってるんだろうよ」

 三人のなかでもリーダー格らしい男が合図をすると、二人の警官がジンカイを捕まえた。腕をとって引っ張り上げる。

「あんたを殺せば、ほんとうに悪魔から俺たちを守ってくれるんだろう。俺たちは安心して生活できるわけだ」

 体格ではジンカイが勝っている。だが、今や振りほどくほどの力も残っていない。

 

「構わん。やるだけのことはやった……」

 両腕をつかまれ、抱えられた。腹でも頭でも、撃ち抜かれれば終わりだろう。

 心残りは多いが、「その時」をおそれず受け入れることもガイアの修行のうちだ。

 ジンカイはゆっくり目を閉じた。

 

「和尚、いいことを教えてやるぜ」

 一等警官がふんと鼻をならした。

「俺たちゃあんたに感謝してるんだ。殺すなんてとんでもない」

 

 

 ▷

 

 

「隣人を愛せよ、がメシアの教えだ」

 ネオファイトの誰かが、そう言った。

「そうだ。同じ新宿に住む者として、苦難を分かち合うのが教会の教え。一人を差し出して助かったとしたら、我々は命を救って信心を捨てることになる!」

「我々が仕えるのはメシアにのみ! 悪魔召喚師などに従ってたまるものか!」

 メシア教徒たちは祈りの形に手を組みあわせ、口々に叫んだ。

 

「命よりも信心を!」

 

 その様を、ミクミクはぽかんとして見ていた。

「ウソでしょ。てっきり、あたし……」

「アクター神父のお力――でしょうね」

 プリンがその肩を支えて、引き起こした。

 

「信心という種がこの教会から新宿に蒔かれていたのです。彼らはその教えに従っただけ」

「メシア教徒ってもっと心が狭いんだと思ってた」

「たしかに、そういう部分があることは否定できません。神父様が時間をかけて変えていったのかも。ここは……品川から遠いですから」

 遠い目をしてつぶやいてから、聖女は手を上げて周囲の注目を集めてから、宣言した。

 

「聞いてください。私たちはDJという悪魔召喚師の元に向かいます。どうか、ここを守ってください。あと一息です」

 ネオファイトたちの士気は、むしろ高まっていた。苦難を前に意見が統一されたことで、結束もまた強まっている。

「ここにはアークエンジェルの加護があります。私たちも、きっと成し遂げてみせます!」

 メシア教の祈りを繰り返して、信徒たちが応える。天井近くでそれを見下ろすアークエンジェルも頷いて応えた。

 

《オレサマハ手伝ワナイゾ》

 ケルベロスへ寝そべったままあくびをしていた。

「あなたの目的は、DJという召喚師を殺すことなのでしょう?」

「ええっ……」

 ミクミクが口元を抑えた。自分が彼を裏切り、命を狙われているとしても、その相手の死を望んではいない。未練のような同情のような気持ちが残っている。

 

「だったら、その時のために彼の近くにいた方がいいのでは? どうでしょう、私たちと一緒にいらしては」

《確カニ、オレサマノ爪デ引キ裂イテヤリタイ》

 のそりと、ケルベロスは体を起こした。巨体から熱気をみなぎらせて、怒るようにうなった。

《ダガ、手伝ワナイゾ》

「わかってます」

 

(DJを守ってる魔方陣を解けるのはマッシュだけ……でも、プリンがマッシュの石化を治しても、またすぐコカトライスにやられちゃう)

 ミクミクは思案した。できればDJを殺したくはない。だが殺すにせよ殺さないにせよ、この状況を打破するには、プログラムに精通したマッシュが必要だ。

 

「うん……よし。行こう。プリン、あたしについてきて。えっと……大きいワンちゃんも」

《魔獣ケルベロスダ》

「あたしに考えがある。ちょっと寄り道するよ」

 少女二人は大きくうなずき合って、歩き出した。

 

 

 ▷

 

 

「ジンカイ和尚!」

「ひどいケガだ。手当と治癒の祈祷の準備を!」

 ガイア教団まで運ばれたジンカイは、他のけが人たちとともに手当を受けることとなった。

 

「和尚の生命力なら、死ぬってことはなくなっただろう」

 彼をここまで運んできた一等警官たちが指を立てて笑い合った。

「おぬしら……なぜ」

 痛みを抑える呼吸を保ちながら、ジンカイ和尚が問いかけると、警官たちは照れくさそうに頭を掻いた。

 

「俺たち、ろくなことしてこなかったけど、新宿を守りたい気持ちはほんとうなんだぜ」

「じゃなきゃ、警官なんてならないしな」

「お前は甘い汁を吸いたかっただけだろ」

「あんたは新宿のために尽力してくれた。ガイア教団の助けがなきゃ、この街はもっとひどいことになってたよ」

 それにメシア教会も……と付け足すのは、さすがにこの場でははばかられたのだろう。肩をすくめる。

 

「長官やオザワはイヤな奴だったけど、さすがに上司をぶっ殺されていきなり鞍替えってわけにもな」

 実際には、オザワや長官を殺したのはDJではない。だが、とつぜん街を訪れたよそ者が彼ら重要人物を殺したと考えるよりも、いまこの状況を掌握しているDJがやったと考えるのが、警官たちにとっては自然だった。

 

「まあ、いよいよ駄目だってなったら、尻尾を振るしかないかもしれねえけど」

「まだそこまでじゃない。だったら、味方したい側につくのが人情ってもんだろ?」

「そうか……」

 ジンカイのもとへガイア教の僧侶たちがやってくる。傷を癒やす祈祷の儀式を始めようとしているのだ。

 

「それじゃあ、俺たちは外から来る悪魔たちと戦ってくらぁ」

「つーか、それがほんらいの仕事なんだけどな」

「たまたまサボってて命拾いしたな。ハハハ!」

 銃を手にして、警官たちが西口へ向かっていく。

 

 DJが要求した『忠誠の証』は、けっきょくどちらも出されることはなかった。

 新宿の市民たちは、服従ではなく抵抗の道を選んだのだ。

 メシア教会とガイア教団の意向が合致したのは、皮肉にもこれが初めてのことだったかもしれない。

 

 

 ▷

 

 

「……っと、その前に少しだけ」

 足を止めて、プリンは傍らのカップケーキを手に取った。二つあったうち、一つはケルベロスに与えたから、残りの一つだ。

「一時間以内に決着がつくことでしょう。これはもう必要ありませんね!」

 そう言って、勢いよく自分の口に放り込んだ。甘い小麦と蜂蜜(のような何か)の香りが口いっぱいに広がった。

 

「……さあ、行きましょう!」

「プリン……我慢できなかったんだね」

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