真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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1-12_白い雲のように

 並べたモニターの様子を見つめ、DJは高まってくる焦燥に体の奥をあぶられるような思いだった。

 オザワに変わって新宿の王になるために、彼はふたりの人物を『イケニエ』として差し出すことを要求した。一人はガイア教の闇法師ジンカイ。もう一人は彼自身の幼なじみでもあるミクミクだ。

 

 DJは長い時間をかけて、新宿の地下に張りめぐらされたネットワーク網に仕掛けをほどこしてきた。複雑に広がったケーブルの形状を把握し、それらを独自の手法で儀式化、新宿全土を覆う魔方陣として作り上げた。

 これにより、今や新宿地下街すべてが彼のプログラムの支配下にある。この魔方陣が及ぶ範囲では、悪魔は彼に危害を加えることができない。

 強大な魔獣ケルベロスを呼びだすことができたのもそのためだ。言うことを聞きこそしなかったが、魔犬もDJに手を出せないのだ。

 

「俺のおそろしさは、もう十分に伝えたはずだがな……」

 入り口の方を見やる。もともとは新宿の支配者であった警官たちが石に変えられて並んでいる。邪龍コカトライスを召喚し、このサーバー室の見張りに当たらせているのだ。

 そのなかには、彼とともに技術を学んだマッシュの姿もある。

 もはや誰も、逆らえない。逆らえないはずだ。

 

「身の程がわかってないのか?」

 焦れはますます強まっていく。

 新宿の住民たちは、未だに『イケニエ』を出してこない。それどころか、ますます団結し、東西から押し寄せる悪魔たちと戦い始めている。

 嘆息とともに、マイクを引き寄せた。私設警察の機材をハックして、ここから放送ができるようにしている。

 

「もう待つことはできない。今から十分以内に二人を連れてこい。でなければ、もっと凶悪な悪魔を呼びだしてお前たちを襲わせる。いいな、十分以内に……」

「その必要はないよ」

 背後から、声がかけられた。

 入り口……警官たちの石像の向こうから、紫の瞳がDJを見ていた。

 

「ミクミク。頭を下げて謝りに来たのか?」

 パイプ椅子にもたれかかったまま振り返る。足はまだ思い通りに動かない。立ち上がるのにも、かなりの気力が必要だ。長い牢獄生活が恨めしい。

「謝って済むんだったらそうしたい。でも、もうそれどころじゃなくなってるよ」

 ミクミクは何やら細長い箱を小脇に抱えていた。自信があるように見えるのはそのせいか。

 

「それに……メシア教の聖女様か。一方的に見てたぜ」

 ミクミクに続いて、金と黒、二色の髪を持つ女がやって来ていた。

(聖女は癒やしの力を持つと聞く。まずいな。石化を解くこともできるのか?)

 余裕の表情を保ったまま、DJは手元の小型ターミナルを操作した。コカトライスへ、(サン)プリンシパリティを攻撃するように命じようとしたのだが……

 

「待て、そいつは……」

 さらに、プリンに続くものがいた。巨体を窮屈そうに縮めて入り口をくぐったのは、他ならぬ魔獣ケルベロスだ。DJ自身が召喚したが、彼に従わなかった悪魔である。

(聖女の力で、魔獣を従わせたのか?)

 そんなことが可能なのか。メシア教の秘蔵っ子だ。できるのかもしれない。だとしたら……

 

(ケルベロスはコカトライスよりも強い。もっと強い悪魔を召喚しなければ)

 実際には……ケルベロスは、ただミクミクとプリンについてきただけだ。従っているわけではない。

 だが、召喚者であるDJを殺さなければケルベロスは自由になれない契約を交わしている。となれば、悪魔が彼の命を狙ってくるのは当然だ。新宿魔方陣がある限り、悪魔はDJには手が出せない。だが、コカトライスを襲うことくらいはできる。

 連れてきたからには、何か意味があるに違いない。合理主義者のDJはそう考えた。

 

「コカトライス、手を出すな、様子を見ていろ」

 そう命じて、さらなるプログラムを走らせる。蓄積された解析(ANALYSE)データベースから、ケルベロスに勝ちうる悪魔を探し出す。サーバーのマシンパワーを強引に動員して、契約を持ちかけるのだ。

 

《グルル……》

 ケルベロスは不敵に笑っていた。誰かが魔方陣の力を解除してくれるというから、それを待っている。魔獣には他の悪魔と戦うつもりなどなかった……もちろん、襲われた時には別だが。

 かくして、コカトライスとケルベロスがにらみ合ったまま動きを止めた。

 

「プリン、今のうちに」

「はい」

《ヒホー》

 ジャックランタンが、暗がりのなかで明かりを掲げた。その下には、床に押し倒された格好で石と化したマッシュがいる。

 

「あんた、まだ居たの?」

《契約者が居ないのに他の悪魔と戦う筋合いはないホ。逃げようとするとにらまれるから、じっとしてたんだホ》

「ありがとう、マッシュの居場所を教えてくれたんですね」

《それほどでもないホ》

 石と化したマッシュの元に二人で駆け寄る。プリンが石像の表面に手を触れる……単なる石ではない。確かに、生命が内側に閉じ込められている。

 

「治せる?」

「たぶん……。でも、気をつけて」

 石と化したマッシュの胸に手を置きながら、プリンが肩越しに様子を見る。DJはコンソールに指を添えて何かを起こそうとしていた。

 

「コカトライス、そいつらを見張っていろ。手を出すまではケルベロスは何もしてこないみたいだ」

 ケルベロスにはもとより人間を守るつもりなどないのだが、DJがその意図を深読みするのも無理はない。

「その間に、やつより強い悪魔を召喚する。時間とエネルギーはかかるし、俺の言うことは聞かないだろうがこの際、仕方ない」

 データベースから見つけ出した悪魔を名指しして、召喚の儀式を実行する。

 

「妖獣フェンリル! 俺の元へ来い!」

 サーバー室の中央に、渦巻く魔力の奔流があらわれた。悪魔召喚プログラムによって魔界への(ゲート)が開かれようとしているのである。

 その奥からは、冷たいプレッシャーのような存在感が感じられる。ケルベロスよりもさらに巨大な存在が、その向こう側に待ち受けているのだ。

 

「まずいよ、プリン。急いで!」

「わかっています。マッシュ、あんな悪魔の毒なんかに負けないで……!」

 胸に触れた手から、白い光が放たれる。聖女の力が煌々と注がれていく。すると、石と化したマッシュの体がみるみるうちに活力を取り戻していく。石が肉に置き換わっていく。コカトライスの毒が解かれていっているのだ。

 

「新宿を支配してるプログラムを解除できるのは、マッシュだけ……」

 ミクミクは祈るような気持ちでつぶやいた。祈りを聞き届けてくれるのなら、メシア教の奉じる神だろうと構わないと思った。

「あたしにはどうすればいいかわからない。でも、マッシュなら」

 そのマッシュの石化を解いているのはプリンだ。自分には何もできない、とミクミクは思った。

 

 でも構わない。誰かに頼ることしかできなくても。

 誰に頼るのかを、自分で決めたのだから。

 

 

 ▷

 

 

 石になっている間も、マッシュの意識は続いていた。

 眠っているのか起きているのか自分でもわからない、半覚醒状態に近い。

 周囲の音や光の情報はぼんやりと入ってきていた。だが、入ってくる情報のどこかに集中することができない。

 

 誰かが部屋の中に駆け込んできたのがわかった。それがミクミクとプリンだということに、しばらく経ってから思い至った。それほど、石の中に閉じ込められた精神は鈍かった。

 

 曖昧な意識のなかに、柔らかい光が差し込んできた。冷たく冷えた石の体が急速に暖められていく。

 ドクン、と血が巡るのを感じて、マッシュは目を開いた。

 

「――マッシュ!」

 真上から、顔をのぞき込むプリンの顔が見えた。

(美人だな)

 場違いなことを考えてしまう。こんなに近くで顔を見るのは初めてだった。

「ありがとう」

 見とれていたかったが、そうはいかない。

 

 身動きできるようになったばかりの手足に命じて、体を起こした。

 強い魔力を感じた。サーバー室の中央に、目で見えるほどのマグネタイトが集まり、魔界との間に門を開こうとしている。

「DJ! 無茶だ、こんな量のマグネタイトで召喚する悪魔が、言うことを聞くはずがない」

「ケルベロスより強ければなんでもいい。邪魔をするな」

 DJはゲートのすぐそばに居た。

 

(自分は安全だから、強い悪魔を呼びだしても構わないと考えたわけか)

 部屋の隅には、油断なくDJを見張る魔犬ケルベロスの姿もあった。あの魔獣に害される前に手を打とうと考えたに違いない。

「マッシュ、どうするの?」

 ミクミクの姿もある。プリンをここに連れてきてくれたのだろう。

 

「このサーバーの管理権は俺にもある。接続して、この召喚を中止させる。キャンセルコマンドは一瞬で実行できるからな」

「させるな、コカトライス!」

《クェェエエエエエ!》

 邪龍が叫びをあげて、マッシュへと突撃してくる。一度石化させられた相手だ。イヤな思い出をぐっと飲み込んで、マッシュはアームターミナルに手を伸ばした。

 

(作戦どおりだ)

 プリンやミクミクが襲われていない理由はわからないが、DJの気が変われば彼女たちが狙われる。そうなる前に、自分へ意識を向けさせた。

「出ろ!」

 召喚コマンドを素早く実行する。契約済みの悪魔を呼びだすのは、DJがやっている昔ながらの悪魔召喚よりもはるかに早い。

 

 マッシュの足下からしみ出すように悪魔が現れた。それはすぐに体を大きく伸ばして、コカトライズの頭部にまとわりつく。

《ウォオオオオオ……》

 外道スライム。毒にはめっぽう強い……という情報どおり。コカトライズの頭をすっぽり覆っても、くちばしの毒で石にはなっていないようだ。

 

《クェエエェェェ!》

 スライムを引き剥がそうと、コカトライスが翼をむちゃくちゃに振って暴れる。精密機器の塊であるサーバーの表面がへこみ、削れ、時にはケーブルがちぎれていく。

「おい、やめろ、なんてことを!」

 DJが命令しても、悪魔は言うことを聞かない。

 

「よし。ジャックランタン、とどめを刺せ!」

《無理だホ》

 頭上で待機していたジャックランタンが、ふよふよと浮き上がったまま首を振った。

《魔力切れだホ。オイラの攻撃力じゃ、あのでかい悪魔を倒すことなんかできないホ》

「じゃあ……どうするかな」

 マッシュが立てた作戦はここまでだった。とっさに考えたにしては、うまくいった方だと自分を褒めておく。

 

「マッシュ、これ!」

 ミクミクが、見覚えのある木箱を持っていた。

「カギがかけてあったはずだろ!」

「外しといた」

 髪の中に隠したヘアピンを示して、ミクミクはいたずらっぽく笑った。

 

「でも、それは……」

 ミクミクが箱を開けた。中からは、黒光りする散弾銃(ショットガン)。イサカM37。

 テクラの命を奪い、DJが監禁され、ミクミクが新宿をさまよう原因になった銃だ。ミクミクにとっては、触ることさえ……いや、見ることさえ、考えることさえしたくないもののはずだ。

 

「悪魔に対抗する力が必要でしょ。あたしも、あの時から前に進みたい」

 震える手を伸ばして、銃を手にした。スライドする部分を動かして、弾を装填する。

 ずっしりと重かった。実際の重みよりもはるかに重く感じた。

 無言のまま、マッシュは銃を構えた。私設警察の訓練で、エアガンでの射撃練習はよくやっていた。銃を与えるつもりもないくせに何の役に立つのかと思っていたが、こんな時に役立つとは。

 

《クエエエエエエ!》

《ウォーーーレハァァァァァア誰ナンダアアアアアアア》

 意味のない叫びをあげながら、スライムはますますコカトライスにまとわりついていく。身動きは封じているが、一時的なものだろう。邪龍の力強い翼に負けて、スライムはどんどん小さくなっている。

 

(この引き金を引いたら、もう後には引けない……)

 テクラが死んだことから、すべては始まった。この銃を使わなくてもいいように、権力を持とうとした。DJを助けるために。ミクミクをイヤな思い出から解放するために。

 なのに、DJが呼びだした悪魔を倒すために、ミクミクにこの銃を持ってきてもらったなんて。

 

「うまくいかないな」

 嘆息したが、同時に納得もした。

 たぶん、きっと、東京で生きていくことはそういうことなのだろう。

 うまくいかない中で、自分が決断するしかない。

 

 マッシュは引き金を引いた。

 ガン、と音を立てて、散弾銃から飛び出した弾丸がコカトライスの横腹にいくつもの穴を開け、衝撃で巨体を傾がせた。

 青黒い悪魔の血がこぼれだしていく。だがまだ致命ではない。

 

「呼びだされただけのお前には悪いけど、石にされた恨みだ」

 ソードオフされた銃では、精度は低い。数歩歩み寄って、悪魔が身を起こす前に体の真ん中に銃口を向けた。

 

 ガン、と重い音がして、コカトライスは消え去った。

 

 

 ▷

 

 

「くそっ……!」

 DJは焦っていた。一度石にしたマッシュが復活しただけでなく、養父の銃を使ってコカトライスを倒してしまったのだ。

 門番として申し分ない悪魔だったはずだ。あの銃を持ち出してくるなんて。

 

「その銃も、このサーバーも俺のものだ。マッシュ、お前は二番目だったはずだ」

「そうだ。俺だって、DJに譲りたい……でも、誰かを支配するために使いたくはない」

「どうせ誰かが支配を始めるんだ。誰かが誰かを踏みつけないと、力を合わせることもできない」

 ちらっと小型アームターミナルに目を向ける。召喚プロセスは70%まで進んでいた。

 

(話をするでもなんでもいい。時間を稼いでフェンリルを召喚しさえすれば……)

 ケルベロスよりも強い悪魔だ。ショットガンでも歯が立たないだろう。新宿魔方陣の力でDJだけは安全だ。そうなったら、ゆっくりやり方を考えればいい。

 そのためには、まずプロセスを実行すること。それまで、マッシュの気を引く話でもしてやればいい。

 

「考えてみろ。俺とお前にどれほどの差があるか……」

 だが、マッシュは乗ってこなかった。

「俺はこれからサーバーに接続して、まずその召喚をキャンセルする」

 銃を手にして、つかつかと硬質なサーバー室の床を進んでくる。

「それから、魔方陣の設定を書き換えて、悪魔がDJに手を出せない状態も消し去るつもりだ」

 

「やめろ、マッシュ。俺たちが導いてやらないと、いずれ全員が死ぬんだ」

 足にチカラが入らない。だが、全力を振り絞ってマッシュにつかみかかった。

「みんな望んでここに居るんだ」

 マッシュを押し倒そうとするが、びくともしなかった。痩せたDJの腕力と体重では、警官の装備に身を包んでいる弟分を倒すことはできなかった。

 

「魔方陣の設定を変えれば、ケルベロスがDJを殺してしまう」

「やめろ……!」

「でも、あの悪魔と取引をした。やらないわけにはいかない」

「やめるんだ!」

 マッシュは銃を放り捨てて、両腕でDJの体を持ち上げた。

 

「DJ、たくさん世話になった。でも、新宿にもう王はいらない」

「やめろ、マッシュ!」

 筋肉の衰えた足では、押し返すこともできない。

「こうするしかない。いや……俺はこうする。きっともう会えないけど、今までありがとう」

 マッシュの両手が、思いっきりDJを突き飛ばした。背後には……魔界へつながる(ゲート)

 

「いつかは誰かが支配を始める。後悔するぞ!」

 叫びとともに、DJの体は門の中へ吸い込まれていった。

 

 

 ▷▷

 

 

 召喚プロセスをキャンセルするのに、手間はかからなかった。

 アームターミナルからサーバーに接続し、停止の命令を送る。すぐにゲートは跡形もなく消え去った。

 これで、魔狼フェンリルなどという、名前を聞くだにおそろしい悪魔が召喚されることはない。

 

《殺サセルツモリハナカッタノカ》

 ケルベロスが恨みがましくマッシュをにらみつける。

「俺が約束したのは、魔方陣を壊すか、DJを追い出すことだ。見ての通り、DJを追い出した。君はもう自由だ」

 魔獣は低くうなったが、やがて納得したらしい。

 

《イイダロウ。確カニ約束ハ果タサレタ》

 そして、地下室から魔犬は飛び出していった。おそらく、新宿からも去って行ったのだろう。

 

 魔界へと追放したDJのことは、考えても仕方ない。少しでも生きていられる可能性に賭けたのだ。ケルベロスによって殺されることを避けたことで感謝されるとも想っていない。おそらくは恨まれるだろう。自分で下した決断だ。マッシュにとっては、そう納得するしかなかった。

 

「さて、あとは……」

 サーバーに接続し、管理する権利を持っているのはもはやマッシュただ一人だけだ。

 新宿魔方陣の対象を自分に変えて、DJと同じように悪魔から身を守ることもできる。そうすれば、新宿にいる限り安全だ。

 

《これで強い悪魔も呼び出し放題だホ?》

 ケルベロスから隠れていたジャックランタンが顔を出した。

「お前にも言われたな、イケニエを出せって」

「確かに。あたしなんか二回もイケニエにされかかったんだよ」

 安全とみて、ミクミクは床に座り込んでいる。

 

「でも、結局は一度もイケニエにはならなかったじゃないですか」

 プリンは地下室の石像たちを順番に癒やしている。警官たちは混乱しつつも、聖女に救われたことを感謝していた。

 

「そうだな……」

 どうするか決める権利が、自分だけにある。今なら、自由と力、平和と安心を手にすることができる。

 プログラムを書き換えるだけで、『新宿の王』になることができる。

 

 だが、マッシュの脳裏に私設警察署で見た光景が浮かんだ。

 カオスヒーロー。新宿の住民や弱い悪魔たちを踏みつけにしても、いずれ誰かが、自由や平和を奪いに来る。

 

「決めたよ、ジャックランタン」

《なんでオイラに言うんだホ》

「退屈させるわけにはいかないからな」

 コンソールに指を走らせて、マッシュは『新宿魔方陣』を書き換えた。他の誰かが使うことを考えて居なかったのだろう。侵入も書き換えも、驚くほど簡単だった。

 

 

 ▷▷

 

 

 翌朝、新宿東口――

 

「未だに慣れないな、天井がないのって」

 新宿の外に踏み出して、マッシュはぽつりとつぶやいた。

 左腕にはアームターミナル。右の腰には、即席のホルスターで散弾銃が治められている。

 

「んー……っ、広くてくらくらするけど、明るいのはいいかも」

 その隣で、ミクミクがゆっくりのびをした。日差しの下でみると、紫の瞳が宝石のようにキラキラ光るように思えた。

 こっちは相変わらずの大きなパーカー姿だ。

 

「みて、ほら。ガイア教団にいた元警官にもらったんだよ」

 と、懐に隠した銃を見せる。ベレッタ92Fだ。

「整備の仕方を教えてね」

 銃を怖がる気持ちは、なくなったらしい……前向きになった証だと、マッシュは想うことにした。

 

「でも、いいの? 悪魔が入り放題になっちゃったけど」

 ちらっと目を向ける。今も、幽鬼マンイーターが東口を外から中へと通り抜けていった。新宿のディスコの評判がどこから広まったのか。死んでも踊り続けたい屍鬼たちが集まってきているらしい。

 

「ああ。DJが自分を守るために使っていた新宿魔方陣の設定を変えたから。今は()宿()()()()()()()悪魔に害されない」

「直接食べられることはなくなっても、トラブルは起きそうだけど……」

「そこはなんとかやっていくしかない。オザワが何でも決めてた時と違って、これからは全員で自分たちのやり方を考えないと」

「まあ……ね」

 市民たちが常に善良で賢明な判断をするわけではないことは、ミクミクもよく知っている。だが、今回は彼らに救われたのだ。信じてみる気になっていた。

 

「遅くなりました」

 日の下へ、別の人物が歩み出てきた。金と黒の二色(ツートン)の髪。白い服を新調したらしい。首元には銀のロザリオがかけられていた。

「私が新宿を離れることを、教会の皆さんが反対して……」

「よく説得できたな」

「アクター神父の教えを受けたあなた方ならだいじょうぶ、と伝えました」

 

「ジンカイ和尚もいるしね」

「まあ……そのうち、それなりのバランスができるだろう」

 ジンカイ和尚は一命を取り留めた。マッシュとミクミクに深く感謝し、いくつかの『手土産』を持たせてくれた。

 マッシュの見立てでは、いくらジンカイがメシア教会を尊重しているとしても、ガイア教団が勢力を増していくことだろう。

 

(どちらかといえば……カオスの街になっていくんだろうな。私設警察ももうないんだ。この地下街にいる人たちが決めればいい)

 とにかく、悪魔にむやみに襲われることはなくなった。完全に安全とも、完全に自由とも言いがたいが、以前よりも窮屈ではなくなったはずだ。

 

「で、新宿のサーバーを管理できる唯一のエンジニアが旅に出るのはどうして?」

 問われて、マッシュは空を見上げた。

 どこまでも続く空のなかで、白い雲が風に吹かれて流れていく。

 

「もっと東京を見てみたい」

「サーバーの管理は?」

「ほんらいは必要ないんだ。悪魔召喚やターミナルのプログラムを書いた人は恐ろしい天才だよ。エラーはDJが引き起こしているものだったけど、ソレさえなければ一〇〇年は誰も管理しなくても動き続けるはずだ」

「ふうん」

 聞いたくせに、ミクミクはあまり興味なさそうだった。

 

「そういうミクミクは、どうして?」

「あたしなんか、残ったってウェイトレスをやるだけだし。マッシュと一緒にいたいから」

 肩をすくめて見せてから、迷うように紫の目を泳がせた。

「……それに、探してる人がいるんだ。たぶん……東京のどこかにいるから。旅してまわるうちに見つかるかも知れない」

 

「プリンは……」

「あれです」

 そう言って、プリンは居並ぶビルのひとつを指し示した。

 

 新宿アルト……設置されているスクリーンに、ひとりの男が映っていた。

 スーツをきっちりと着ている。白髪だが、肌は若々しい。グリーンの目がらんらんと生気を放っている。

『東京の皆さん、こんにちは。私は、マイケル・サンデー。メシア教()()顧問デス。この東京タワーから、これからの正義について発信していマス』

 男の声らしい。ボロボロになった東京のなかでも、このスクリーンの音響は生きていた。

 

『私たちは今、行方不明になった聖女を探していマス。(サン)プリンシパリティという、とても尊い方デス。彼女を見かけた方は、どうか我々のところへ。この東京タワーまで連れてきてくださったら、十分な謝礼を用意していマス』

「知り合いか?」

「ええ、品川大聖堂でメシア教の哲学を教えていただきました」

 

 マッシュは後ろめたい気持ちを押し殺していた。

 もとはといえば、オザワの命令でメシア教会の護送を横取りしたせいでプリンは仲間を失い、不安に晒されているのだ。もっとも、マッシュがあのとき、オザワの命令に従わなかったとしても、外から来た誰かがオザワを殺していた。

 やらなかったらどうなっていたのかを考えても仕方ない。だが、少なくとも彼女にとっては、自分と関わらないほうがいくらかはマシだったかもしれないと想像してしまうのだ。

 

「手伝うよ。マップもあるし」

 新宿から東京タワーまで、たった3キロメートル。だが、地下街しか知らないマッシュにとっては、かなりの距離に思えた。

 

(サン)プリンシパリティの捜索にご協力を。それでは、今回はメシアの作る千年王国について話しましょう……』

 スクリーンでは、サンデーの語りが続いている。生放送なのか、録画したものを受信しているのか、マッシュにはわからなかった。

 

「それじゃ、決まりだね。東京タワーへ!」

 ミクミクが空の彼方を指さして、元気よく叫んだ。

「そっちは西です」

 そう言って、プリンが体ごとミクミクの向きを変えさせる……南東。青くかすむ地平に、高々とそびえる塔があった。

 

「オモチャみたいだ」

「東京でいちばん高い建物です」

 新宿との間にあっただろうビル群は、ほとんどががれきに変わっている。かつては、それらに隠れて見えなかったのだろう。

 赤と白の塗装もくっきり残っているその建築物は、まるで崩れ落ちた東京を見張っているようだった。

 

「とりあえず、渋谷を目指そう」

「そうですね」

「えっ、まっすぐ行けばいいんじゃないの?」

「大きい川があって渡れない。それに、街がある場所をたどっていったほうが安全だよ」

「ふうん……」

 ミクミクはよくわかっていない時の反応をしている。

 

「まっ、あたしはマッシュについてくよ。道案内はよろしくね」

「私からも、あらためてよろしくお願いします」

「ああ……」

 頭上の雲はどこに流れていくのだろうか。知るすべはないが、きっとどこかにたどりつくはずだ。

「今後とも、よろしく」

 

 こうして旅が始まった。




 ここまでが第一部です。
 全三部の後奏を立てて書いていたのですが、途中で創作以外にもやることが増えて更新が一年近く滞ってしまいました。
 6月に更新を再開してからは、週のノルマを決めて毎週更新できるようにしています。
 なかなかいいペースで書けているので、しばらくは(本作が完結するくらいまでは……)これを続けてみようと思います。

 せっかくここまで読んでいただけたので、ついでに↓の「評価」をお願いします。
(8点以上もらえたらうれしいですが、何点でも評価をもらえるだけでありがたいです!)

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