真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

15 / 17
2-02_ぼくらが旅に出る理由

 渋谷――

 参拝者が作る長い列が、建物の外まで続いている。

 破壊された渋谷において、長らく人々の中心になっていたのは、渋谷メシア教会を中心としたセンター街だ。

 だが現在は、その機能はほとんど停止状態にある。理由は……

 

「この街にいたメシア様に、悪魔が取り憑いてしまったんです」

 プリン――(サン)プリンシパリティの声はあきらかな落胆を含んでいた。

「元はといえば、私が品川から東京の西側にやってきたのは、彼女を癒やすためでした」

 

「悪魔が取り憑いたって、ほんとう?」

 長い列の最後尾に加わりながら、ミクミクが問いかける。

「はい。そうとしか考えられません。肉体の傷なら、私の力で癒やすことができます。しかし、心の奥底に何かが潜んでいたようなのです。肉体は万全でも、心が乱れてしまっては……」

 プリンの声は沈んでいる。黒と金の二色(ツートン)の髪は、かなり目立つ。彼女の姿に気づいた参拝者たちが、時折声をかけてきた。

 

「その姿は、聖女様では? メシア様に会うのでしたら、お先にどうぞ」

 と、プリンに順番を譲ろうとするのだが、そのたび彼女は、

「メシアの前に人は平等です。でしたら、そのお姿を拝する順番も、平等に並んだ順とすべきです」

 といって、断るのだった。

 

(妙だ)

 と、マッシュは感じていた。

(メシアっていうのがほんとうに世界を導くほど強い存在なら、悪魔なんかにとりつかれるはずがない)

 メシア教の重要人物であるプリンの前で言うことははばかられたが、疑問は尽きない。

(だいいち、メシア教の喧伝ではメシアは完全な存在のはず。悪魔がつけいるような隙が生まれるのは、『渋谷のメシア』の心が不完全だからじゃないか)

 

 マッシュの疑念をよそに、ふたりの会話は続いている。

「そのメシアとプリンは知り合いなの?」

「はい。品川にある修道院でともに過ごしました」

「修道院?」

「メシア教の司祭となるために教育を賜る場所です。いろいろなことをともに学びました」

 プリンが懐かしげに彼方を見上げた。ふだん、あまり見ることのない表情だ。

 

「メシア教が特別な力を持った子供を集めていたっていう施設か」

「マッシュ、そういう言い方ってないでしょ。プリンにとっては故郷みたいなものなんだよ」

「いえ……確かに、戒律に縛られた厳しいところでした。メシアは、私にとっては姉……のようなものでしょうか」

「お姉さん? そんなに親しかったんだ」

 お互い、同年代の友人が少なかったからだろうか。少女らの会話はよく弾むようだ。

 

「はい。とても優れた方で、なにをしても修道院で一番でした。私はいつも二番で……」

「プリンもじゅうぶん、すごいと思うけどな」

「いえ、そんな。あの方とは比べるべくもありません」

 その時、長い列の前方がざわつき始めた。すぐにざわつきは大きくなって、三人のところまでとどく。

 

「本日、あまりにも参拝者の数が多いので、メシアへの拝礼を制限します。メシアの様子を鑑みて、拝礼は女性だけ! 男性は本日、拝礼できません!」

 メシア教のネオファイトたちが声を上げ、列のなかから男を見つけては追い出しているようだ。

「……どうする?」

「ふたりだけで行ってくれ。俺は適当に時間を潰すよ」

 こんなところで無理を通す必要はない。『渋谷のメシア』がメシア教会の言うとおりの存在なのかを確かめたくはあったが、見るだけでそれがわかることもないだろう。

 

「ご無事で」

「平気だよ。仲魔も増えたし」

「じゃあ、後で……待ち合わせは、決めたとおり、あそこでね」

 二人に手を振って、マッシュは列を離れた。

 

 

 ▷

 

 

 かつては、このあたりに「駅」があったらしい。そして、いまマッシュがいる場所は「広場」だった。残念ながら、周囲の建物のほとんどががれきとかして、どこまでが広場だったのかはよくわからない。

「ほんとうに犬の像が立ってるんだな」

 なんてことのない犬の像。マッシュに読める漢字はあまり多くないが、像の台座に書かれている『ハチ公』の字は読み取ることができた。

 

 犬は、この東京でも時折姿を見かけることがある。人間と同じく、しぶとく生き延びている生き物だ。

「あの様子だと、二人が戻ってくるまで何時間もかかりそうだ」

 待ち合わせ場所に先にやって来たのはいいが、いつ彼女らが戻ってくるかわからない。

 

(まあ、いいさ。いつも時間の潰し方は決まってる)

 マッシュはアームターミナルに設置したMDプレイヤーを操作して、イヤホンを耳につけた。

 音楽。新宿地下街では、一人でいる時間はとても長かった。だから、いつもこうして曲を聞いていた。たった36曲だけを、繰り返し。

 

 東京タワーから続いてく道 君は完全にはしゃいでるのさ

 

 遠い時代の誰かの声。おそらくは、男だろう。こんなに澄んだ男の声を、マッシュは聞いたことがない。

(俺たちのことを歌っているみたいだ)

 はるか昔に作られた歌のはずなのに、まるで自分のために作られた歌のように聞こえた。それが流行歌というものだなんて、彼には知りようもない。

 

 ぼくらの住むこの世界では旅に出る理由があり

 誰もみな手をふってはしばし別れる

 

 知らぬ間に口ずさんでいる。何度も何度も繰り返し聞いてきたから、聞かなくても歌えるほどだ。

(新宿を出て旅に出る理由……)

 プリンを品川に連れて行くためだ。だが、それだけではないはずだ。この旅路には、危険がついてまわるはずだ。すでに六本木で死ぬようなめに遭っている。それでも、マッシュは旅を続けたいと思っている。

 

(ここで、プリンをメシア教会に預けるべきだろうか?)

 渋谷のメシアの件で、渋谷は大あらわだ。

 あたりから漏れ聞こえてくる噂によれば、

「メシア様が動けないからって、ガイア教の連中が襲ってきて。教会の再建には何千マッカもかかるらしい」

 事実、センター街ですら荒らされ、こうして野ざらしの広場にはぼろ切れを身にまとった浮浪者があふれている。

 

 渋谷メシア教会に聖女を守り切るほどの力が残っているかはわからない。だが、それでも一介の悪魔使いが護衛をしているよりはよほど安全ではないか。

(時間はかかっても、いつかメシア教会が東京タワーまで届けてくれるだろう。俺なんて、どうやって連れて行くかも決まってない)

 東京の東西を繋ぐ地下道は六本木の赤伯爵のせいで通ることができない。あとは川を超えるしかないが、危険な水棲悪魔が居るなかを悠長に泳いで渡るわけにもいかない。

 そんなことを考えているうちに……

 

「おい、まだこんなところにいたか。いい加減、帰ってこない兄貴なんか待つのはやめてうちに来い!」

 がなり立てる声が、イヤホンの向こうから聞こえた。

 見れば、ボロを身にまとった少女らに男が絡んでいるようだ。

 

「ま……まだ、お兄ちゃんが帰ってくるかも知れない」

 少女のうち、年長のほうが応えた。年長と行っても、十歳にとどくかどうかだろう。痩せた、か細い少女だ。

「お前たち、まだ兄貴を信じてるのか? わかるだろう、あいつはお前たちを見捨てて逃げ出したんだ」

「そんなことないもん! 宝石を見つけて帰ってくるんだもん!」

 少女の金切り声が重なる。あたりの人々は、面倒ごとを避けてさっさと逃げ出したようだ。

 

 あとは、幼い少女らの腕を引っ張る男と、マッシュだけが広場に残っている。

「何見てんだ、てめー」

 お決まりの因縁をつけて、男がすごんだ。

 相手のほうから声をかけてきたのだ。無視するわけにもいかなくなって、マッシュはイヤホンを外した。

 

「その子たちをどうするつもりなんだ?」

「こいつらの兄貴はなあ、俺にたっぷり借金があるんだ」

 刺青された顔からして、このあたりに勢力を持っているヤクザの生き残りだろうか。オザワの手下たちに似た雰囲気がある。

 

「だったら、その兄貴とやらから取り立てるのが筋だろう」

「こいつらを残してどこかへ行っちまったんだ。宝石の鉱脈の噂を聞きつけたらしいが、見つかりやしないぜ、そんなもの」

 宝石は、この荒れ果てた東京でも価値がある。欲しがる悪魔が少なくないのだ。だから、悪魔と取引をするために人間にとっても資産になる。

 

「だから代わりにこいつらを俺のカフェで働かせるのさ!」

「カフェ?」

「そう。若い女に鬼や死神の格好で接客をさせる……名付けて冥土(メイド)カフェだ!」

「それ、客が入るのか?」

「俺の計算ではガイア教徒を中心にかなりの客入りが見込めるはずなんだよ!」

 男がどんな客入りを想定しているのかはともかく……つまり、渋谷周辺にたむろするガイア教徒を狙った商売ということだろう。メシア教の勢力が弱っているところにつけ込むつもりなのだ。

 

「お兄ちゃんは帰ってくるもん!」

 助けてくれると思ったのか、少女らは男の腕を振り払ってマッシュの背に隠れた。

「借りた金はいつまでに返す約束なんだ?」

「次の新月まで……」

 年長の少女がうつむきがちに応える。

「明日の夜か」

 

「うちの冥土カフェは明日オープンの予定だが、今日は特別な客を入れて接待する予定なのさ」

「何も知らない子供にいきなり接待させても仕方ないんじゃないか?」

「気に入らなけりゃ悪魔のイケニエにしてもらっていいことになってるんだ。子供が好きな悪魔は多いからな」

 どんなカフェだ、と思わないでもなかったが、つまり『特別な客』とは悪魔使いなのだろう。

 

「まさか、お前がこいつらの借金を肩代わりしてくれるっつーのか?」

「それはできない」

 借金の額がいくらかはともかく……マッシュにとってマッカは悪魔との交渉に必要な重要資源だ。見ず知らずの子供のために使えるものではない。

「でも、約束の期限までは待つべきだ」

 道理を説くつもりはないが、ただ一方的に強い側の思い通りになるのを見過ごすのはマッシュの心情に反する行いだった。

 

「たった一日だぞ」

「あと一日の間は、彼女らからは何も奪えないってことだ」

 マッシュに引く気がないことがわかると、ヤクザはますますすごみをきかせた。

「じゃあ、うちのカフェのプレオープンイベントはどうしてくれるんだあ?」

「それは経営者が考えることだろ。どうしても彼女らが必要だっていうんなら、あんたがマッカを払って雇うべきだ」

 

「どうせ悪魔に食われるやつらにカネを積むなんて、俺の主義に反する!」

 どうやら、この男は最初から彼女らを悪魔へのイケニエに差し出す算段だったらしい。

「だったら……」

 ふと、マッシュの脳裏にアイデアが浮かんだ。

 

「君たち、名前は?」

「カズミ」

「ノリコ」

「二人に頼みがある。聞いてくれるか?」

 

 

 ▷

 

 

「さっき、メシアはお姉さんみたいなものだって言ってたけど……」

 長蛇の列がようやく建物の中に入った。なぜか迷路のような構造の渋谷センター街の景色を眺めながら、ミクミクが口を開いた。

「あたしにもお姉ちゃんがいるんだ」

 

「そう……なんですか?」

 プリンは大きく驚いたようにその顔を見返した。

「うん。私ね、捨て子だったんだ。新宿地下街の入り口に、赤ん坊が二人いっしょに置かれてたんだって」

 紫の瞳を伏せて、ミクミクは言葉を続けた。

 

「悪魔との子供だって、丁寧に手紙までついてたらしくてさ。それで、引き取り手がなかなか見つからなくて……最終的にあたしはテクラが預かることになったみたい」

 テクラがどういうつもりで赤ん坊を引き取ったのか、なぜミクミクにはプログラムを教えなかったのか、考えないようにしている。今となっては知りようがないことだし、少なくとも父親代わりに接してくれたことに感謝しているからだ。

 

「でも、お姉ちゃんのほうはどこに行ったのかよくわかんない。あ、あたしが勝手にお姉ちゃんだと思ってるだけで、妹かもしれないけど」

 細い肩をすくめる。せめて手紙が残っていれば手がかりになったのかもしれないが、テクラの元にミクミクがまわってくる頃には、残っていなかったらしい。

 

「生きてるかどうかもわからないけど、あたしと同じで夜魔の血が流れてるなら、たぶんガイア教を頼ってるんじゃないかと思う。だから、東京じゅうのガイア教団に聞いてまわれば、見つかるかもしれない」

「それで、一緒に旅をすることにしたんですか?」

「マッシュと一緒に居たかったっていうのもあるけど、ね」

 列はゆっくりと進んでいく。本人たちが急いでいても遅らせようとしても、進む速度は変わらないことはたくさんある。

 

「あたしの名前、ヘンでしょ」

「そんなことは……」

「いいの。目立つように名乗ってるんだから」

 ミクミクが紫の両目を、それぞれの人差し指で指してみせた。

 

「双子だってわかるように名前を二回繰り返してるの。そしたら、どこかでお姉ちゃんがあたしの名前を聞きつけるかもしれないと思って」

「見つかるといいですね」

「ありがとう。プリンのお姉さんも、よくなるといいね」

「もう一度、癒やせないか確かめるつもりですが……」

 プリンはじっと両手を見下ろした。新宿での経験で、以前より力が増しているのを感じる。だが、彼女にあるのは癒やしの力であって、悪魔祓いには使えない。

 

「彼女を救う運命は、誰か別の人が持っているのかも……」

 

 

 ▷

 

 

 夕暮れが近づく頃、渋谷の廃墟にふらりと一人の男が現れた。

 子供のようにちいさな体つきだが、髪は漂白したように白い。長い前髪の間から覗く目には一種のすごみがあった。やるときにはためらいなくやる、そういう目だ。

 

「シゲルさん。よく来てくれました」

 顔に刺青をした男が、精一杯の笑顔で出迎える。引きつった笑みは、シゲルと呼ばれた男を恐れているのがありありと伝わってくるかのようだ。

 体重なら半分もなさそうな相手を恐れる理由は、男が胸と手につけた機械にあることは明らかだった。シゲルは悪魔使いなのだ。

 

「ああ。楽しそうなことは、見逃したくないんだ」

 シゲルの口調は端的で、男に話しかけていてもどこか独り言のようだった。

「いい雰囲気じゃないか」

「ええ、ええ! 冥土ってコンセプトでやってますから。廃墟の雰囲気を利用してます。居抜き物件というやつです」

 

 廃墟のなかにぽつぽつと明かりがともされている。電球ではない。かがり火が吊されて時折風で揺れているのは人魂をイメージしているのだろう。

「冥土カフェか。ほんとうに、地獄に来たみたいだ」

 言葉遣いは無愛想だが、白髪の男はあんがいに調子がいいらしい。

 

「どこ、座ればいい?」

「はい、こっちです、こっち」

 刺青男がひいた椅子に、シゲルが腰を落ち着ける。やや椅子が高かったらしく、足が床にとどいていない。

 

「約束は、確かだろうね」

「はい、ええ、気に入らなかったら、従業員はシゲルさんの好きにしてもらっていいと、はい」

 男は汗を浮かべながら、ぺこぺこと頭を下げた。

(なんで俺が、こんな小男に頭を下げないとならないんだ)

 心の中では不満たらたらだったが、逆らうわけにはいかない。

 

 白髪と老け顔を除けば子供にしか見えないシゲルは、ガイア教団が抱える殺し屋(ヒットマン)なのだ。

 教団は、メシア教会ほど広く手堅い組織を持っていない。上野にある総本山が何かを決めても、各地の支部がそれに従うとは限らない。

 そこで、ガイア教の教えが役に立つわけだ。すなわち、『力こそ正義』である。

 総本山の指示に従わない者や、邪魔をする者には殺し屋が差し向けられる。そのなかでも、シゲルは腕利きとして知られていた。凄腕の悪魔使いなのだ。

 

「ウォッカトニック」

「おーい! ウォッカトニックだ!」

「はぁーい」

 男の呼び声に応えて、若い女の声が帰ってきた。ほどなく、店の奥からトレイを持った女が現れた。

 

「お待たせしましたぁー」

 ウォッカトニックを運んできたのは、長い髪に尖った耳の女悪魔だ。それが、着流しを着せられている。

「悪魔か」

 シゲルがつぶやくのを、刺青男はヒヤヒヤしながら聞いていた。

 

(あの悪魔使いめ。悪魔に接客させるなんて……もしシゲルさんが気を損ねたらあいつのせいだ)

 マッシュはカズミとノリコの代わりに、彼が契約した悪魔に接客するよう提案したのだ。

 気に入らなければ悪魔に食わせてしまってもいい、とシゲルに約束している。なのに悪魔が出てきたら、まるでお前にやるイケニエはいないと言っているようなものではないか。

 とにかく、シゲルの神経を逆なでしないことを祈るしかなかった。

 

「いいな。ディードみたいだ」

 妖精エルフをしばし眺めたあと、シゲルはぼそりと言った。

「服が全然似合ってないけど、雑誌のピンナップっぽくていいよ」

「わぁーい、ありがとー」

 エルフは気楽な様子で返事を返した。褒め言葉として受け取っているらしい。

 

(喜んでいる……のか?)

 刺青男は判断しかねていた。シゲルの表情はまったく変わらない。無表情というか、ポーカーフェイスというか、口をぼそぼそと動かすぐらいしかしないのだ。

 だが、見ている間に悪魔使いはグラスの中身を飲み干した。

「もう一杯、くれ」

「はい、ただいま!」

 すぐさま目配せすると、別の女悪魔が次のグラスを運んできた。

 

「魔獣ネコマタでーす」

 愛想を振りまいて尻尾を振りながら、魔獣がグラスを差し出す。シゲルは今度はゆっくり飲み始めた。

「いいね。語尾に『にょ』って着けてくれ」

「なんでにょ?」

「目からビーム、出るかい?」

「マッカを消滅させるビームかにょ?」

「そんなもの、撃っても誰も得しないよ」

 談笑している……ように見える。笑っていないことを除けば。

 

 かしこまっている男の方へ、シゲルが一瞥をくれた。

「悪魔使い、いるんだろ。挨拶したい」

「は、はい」

 もはやいいなりである。男が店の奥へ引っ込み、別の男が姿を現した。マッシュだ。

 

「若いな」

 シゲルはその姿を見てぽつりとつぶやいた。背は高いが、細い。黒々とした髪を伸ばしている。まるで補色のようだ。

「ぼくはシゲルだ」

 呼びつけた者として、あるいは年上としてだろうか。シゲルは座ったまま目を細めた。

 

「俺はマッシュ」

すりつぶす(MASH)? 変わった名前だ」

「……そう呼ばれてる」

 マッシュの名前の由来は、幼い頃の不衛生な環境で体に生えたキノコ(MUSHROOM)からだ。だが、直接聞かれない限りは言わないことにしている。

 

「きみ、女悪魔ばかり仲魔にしてるの?」

 テーブルのそばでにこにこしているエルフとネコマタを見回す。彼女らはただにこにこしていた。命令されてやっているだけで、接客のことなど悪魔が知っているはずがない。

「まさか。たまたま、仲魔にいただけだ」

「そういう悪魔使いも、いるからね」

 シゲルは口元だけでにやりと笑った。女悪魔ばかりを従えた悪魔使いが何をしているのかは、あまり詮索しないほうがいいだろう。

 

「悪魔なんか使って、何をしてるんだい?」

 じっとマッシュの顔を見て、シゲルは問いかけた。

「使えるものは使う。俺はプログラマーなんだ」

「油断、しないほうがいい。眠っている間に、悪魔に、体を乗っ取られるかもしれないからね」

 シゲルは歯を見せて笑った。悪魔使いの間では定番のジョークだが、マッシュには通じなかった。他の悪魔使いとあまり会ったことがないのだろう。

 

「そういうあんたも、悪魔使いだ」

 マッシュは立ったままシゲルの胸から腕を覆っている装置を示した。小柄なせいで、片腕だけではアームターミナルを装着しきれないのだろう。

 シゲルは頷いて、自分の胸の装置をトントンと指先で叩いた。

「ぼくは、世界がもっと滅茶苦茶になればいいと思ってる」

 ぎょろりとした目をマッシュに向けたまま、シゲルは言った。

 

「滅茶苦茶って、混沌(カオス)ってことか?」

「そうだ。でも、カオスのすべてが好きなわけじゃない。力があるかないかに関わらず、みんな自由にあるべきだ」

「そんなこと……できるわけがない」

「だから、ぼくは力があるものを消す仕事をしている」

「それも、ガイア教のためじゃないのか?」

「時にはね。でも、時にはカオスの要人や悪魔を殺す。力があるから自由に振る舞えるんじゃいけない。東京でも、東京の外でも、なんでも自由にあるべきだ」

「東京の外を見たことがあるのか?」

「もう、ずいぶん前だ。今の世界も、気に入ってるけどね」

「歌を知ってるか?」

「歌?」

「昔の歌だ。俺は歌が好きだ。いつもこれで聞いてる」

 

 マッシュがMDウォークマンを示すと、シゲルは、ああ、と頷いた。

 

「いつも、思い出す歌がある。偉大な悪魔使いの歌だ」

 そして、シゲルはテーブルの端を指で叩いて調子を取り始めた。

 

 エロイムエッサイム

 エロイムエッサイム

 さあ! バランガバランガ呪文を唱えよう

 エロイムエッサイム

 エロイムエッサイム

 ほら! バランガバランガ

 僕らの悪魔くん

 

「いい歌だ」

「いい歌がたくさんあった。歌だけじゃない、アニメやマンガも……」

 シゲルは目を閉じて、ゆっくり首を振った。

 

「昔の思い出を胸にしまって生きてる奴が、たくさんいる」

「うらやましいよ」

「いいことばかりじゃない。ぼくは、折り合いをつけてる。でも、うまくできないやつもいる」

「うまくできなかったら、どうなるんだ?」

 悪魔使い同士が見つめあう。マッシュはシゲルから懐旧を、シゲルはマッシュから羨望を見て取っていた。

 

「そのうち、イヤでもわかるよ」

 そう言って、年かさの悪魔使いは立ち上がった。

「楽しかったよ。カフェ、うまくいくといいね」

 そして、振り向きもせずに去って行った。

 

 男がおそるおそる刺青を入れた顔を覗かせ、シゲルの姿が見えなくなったことを確かめた。

「やるじゃないか! 客を乗せて歌わせるなんて、ホストの才能あるぞ」

「ホストって?」

「わかるわけないよなあ」

 ヤクザものは思い切りよく笑っていた。

 

 

 ▷

 

 

「あ、来た。マッシュ、遅いよ!」

 すでに日が沈んでいた。ジャックランタンを従えてハチ公前に戻ってきた時には、ミクミクとプリンが肩を並べていた。

 

「悪い。取り込んでたんだ」

「事情は聞きました。見ず知らずの人の助けになるなんて、立派なことです」

 プリンがにっこりと微笑んで言った。そばには、カズミとノリコがいた。

 

「そんなにたいしたことじゃない。たった一日だけだ」

「横暴に振る舞ってるやつにばーんと言ってやったんでしょ。かっこいいじゃん」

「話が大げさになってるな」

 幼い少女らに、旅の連れへの伝言を頼んだのは確かだ。だが、マッシュに感謝するあまり、彼女らは伝言にかなり大きめの尾ひれを着けたようだった。

 

「お兄さんが、戻ってくるといいですね」

 プリンは朗らかだが、マッシュはそこまで希望的にはなれなかった。

「俺は、約束を守らせただけだ。でも、いちおう……そう簡単には悪魔に食わせるなって言っておいた」

「うん」

 カズミが小さく頷いた。時限が迫っていることを、わかっているのだろう。

 

「ほんとうは、兄貴のために君たちが自由を奪われるべきじゃない。でも、自分たちの力だけじゃどうしようもないこともある……」

「マッシュ、でも」

 言葉をさえぎろうとしたプリンを、ミクミクが制した。

「聞かせた方がいいよ」

 

「強い奴に逆らうなってことじゃない。自分より強い奴は必ずいる。他人の力を利用して生きることが必要な時もある」

「うん。ありがとう!」

 ノリコは無邪気に頭を下げた。

(いつかわかる時が来るだろう)

 わかる時まで、生きていれば。それを願うよりほかにない。

 

「妹と助け合ってくれ。それができない人もいる」

 カズミに言い含めて、マッシュはハチ公前でけなげに兄を待つ少女たちに別れを告げた。

 

「メシアは……」

「やはり、目を覚ましませんでした。誰かの名前を呼び続けるばかりで……」

「誰かって?」

「聞き覚えのない名前で、誰のことだか」

「残念だ」

 聖女の癒やしの力を持ってしても、メシアを救うことができないのは、メシア教会にとってはスキャンダルだろう。

 

「マッシュ、次の行く先の当てはあるの?」

「ああ。カズミとノリコから聞いたんだ。彼女らの兄貴は、宝石を掘り当てるための掘削機を世田谷で作るつもりだったらしい」

「クッサクキ?」

「岩盤に穴を開けるドリルだよ。ツルハシを使って地道にやるより早く掘れる」

「それが、行く先と関係あるのですか?」

「機械工作に強いやつが、世田谷にいるってことだ。そういうやつは、だいたい悪魔の力を利用して工作をやってる。そいつに頼んで……」

「川を渡る機械を作ってもらう?」

「そうだ」

 

 すでに夜だ。今すぐ出発というわけにはいかないが、行く当ては決まった。

「朝になったら、ここからもっと南に向かおう」

 

 

 ▷

 

 

 上野・ガイア教総本山のふもとには、殺し屋(ヒットマン)たちがたむろする酒場があった。

 その壁には、一面にガイア教から懸賞金をかけられた賞金首の一覧(ヒットリスト)がある。

 ガイア教の高僧がその壁に向かい、ある一枚の手配書を剥がした。

 

「オザワは死んだ。ここに居る誰の手でもなく、ふらっとあらわれた何者かによって殺されたらしい」

 酒場にざわつきが広がった。オザワといえば、リストのいちばん上、東京でもっとも高い懸賞金をかけられた男の名前だ。

「代わりの手配書を持ってきた」

 そして、オザワの手配書があった場所に、別の名を貼り付ける。

 

(サン)プリンシパリシティ』

 

 殺し屋たちが集まり、手配書に書かれていることを読み上げる。

「髪が二色? 見つければすぐにわかるな」

「こんな小娘を殺すだけで三万マッカも? チョロい仕事だ」

「なんでも、メシア教の重要人物らしい」

「ガイア教としては、さっさと消えてほしいわけだ」

「連れの悪魔使いには五千マッカの値がついてる」

「ウェイトレスは二千だ」

「なんでウェイトレスの命を狙うんだ?」

生死不問(デッドオアアライブ)だ。生け捕りでも死体でも、ここに持ってくればカネになる」

 

 そうなれば、考えることは皆同じだ。

「俺が先に殺す」

「いや、拙者が」

「いや、私が」

「こうはしていられない」

 我先にと、殺し屋たちが店を飛び出していく。

 

 白い髪の悪魔使いが、店の奥でその様を眺めていた。シゲルだ。

「さて、どうなるかな……」

 あのとき……渋谷の冥土カフェで、若い悪魔使いに歌った歌の続きが口を突いて出た。

 

 手強い敵は ウジャウジャいるぞ!

 ここにもそこにも あそこにも!!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。