真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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2-03_明日、春が来たら

 東京・世田谷。マッシュたちは、渋谷からさらに南東へと向かった。

 

 目的地は、すぐにわかった。荒野が広がる東京で、その場所はひときわ異彩を放っていた。

 もうもうと上がる黒煙。機械があげるうなり声。金属がぶつかり合う甲高い音。

 そこでは、工業がおこなわれていた。

 

 コンクリート造りの建物には、人と悪魔が行き交っている。

 悪魔の多くは地霊だ。ドワーフの姿をよく見かけたが、ゴブリンやワードッグの姿もあった。

 

「世田谷ギルドへよく来たな。俺がロッコウだ。まわりからは『工場長』って呼ばれてる」

 ねじりはちまきにツナギ姿の老人が、マッシュたちを出迎えた。代表者に会いたい、と話をしたら、すぐに彼の名前が挙がったのだ。

 第一会議室、とプレートがかけられた部屋のなかで、老人は奇妙な三人組を見渡した。

 

「俺はマッシュ。悪魔使いで、プログラマーだ」

「プログラマー! そりゃあいい、俺ぁソフトのことはさっぱりだからね、歓迎するぜ。それに、美人の嬢ちゃんたちもな」

 ロッコウは禿頭に無精ひげを生やしている。長いパイプを口にくわえて、そこからもくもくと白い煙をくゆらせていた。

 本人は普通にしゃべっているつもりなのかもしれないが、威勢のいい怒鳴り声は老人とは思えない声量で、耳が痛くなりそうだ。

 

「美人だって。プリンのことだよ」

「たち、とおっしゃったんですから、ミクミクもでしょう」

 マッシュの後ろで、少女らがささやきあう。外見を褒められてわるい気はしないらしい。

 

「悪いんだが、ギルドに入りたいってわけじゃない。いくつか取引をしたいんだ」

 マッシュは、交渉の段取りを考えていた。まずは確実に聞いてもらえる頼みから持ちかけるのがセオリーだ。

「まずは、弾丸が欲しい。俺にはショットシェル。それから、彼女の9mm弾もだ」

「獲物、見せてみな」

 腰のホルスターからショットガンを抜き、ロッコウに渡した。同じように、ミクミクも腰の拳銃を見せる。どちらも、弾は抜いてある。

 

「イサカM37か。合衆国には昔、こいつが山ほどあったらしいな。こっちはベレッタM92。何度見ても惚れ惚れするねえ。ふーむ」

 ロッコウが銃の動作を確かめる。老人とは思えないあざやかな手つきだ。

 

「さび付きもないし、よく手入れされてる。誰がメンテしてるんだ?」

「俺たちだ、もちろん」

「あたしは、マッシュにやり方を教えてもらってるところだけど」

「銃にも詳しいのか?」

「新宿で警官をやっていた」

「おお、それは……なるほどな」

 新宿の顛末は、いまや東京じゅうに知れ渡っているようだ。なにかを察したように、老人が頷いた。

 

「いいだろう。道具を見りゃあきちんと使ってるのがわかるってもんだ。銃弾はうちの稼ぎ頭だからな、マッカさえくれればいくらでも用意してやる」

「感謝する」

「ありがと!」

 返してもらった銃をホルスターに戻す。ミクミクも頭を下げた。

 

「あの、ここで銃弾を作っているんですか?」

 プリンが疑問を口にすると、ロッコウはにやりと笑った。自慢したくて仕方がないという表情だ。

「ここは昔、工業高校って呼ばれてたんだ。俺はちいさな工場の工員だったけどよ、この施設と、生き残ってる機械を集めればまだものが作れるんじゃないかと思った。それに、悪魔の力も借りてな……なんとかかんとか、昔みたいにエンジニアリングができるようになった。銃弾もそのひとつだ。金属のありかは悪魔が教えてくれるし、火薬の材料を作ってくれる悪魔もいる。となりゃあ、あとは人間様の手でモノを作るだけよ」

 上機嫌にパイプの煙をくゆらせて、『工場長』は背筋をはって見せた。

 

「あんた、メシアンだね?」

「はい。その通りです」

 胸元のロザリオを示して、プリンは頷いた。

 

「メシア教会には世話になってるよ。なんでも大きなものを作るらしくて、建築用の機械まで組み立てたんだ。いやー、あれほどやりがいのある仕事はなかなかないね。何に使ってるんだか知らないけど、これからもどんどん発注してくれ」

「私が発注するわけではないですけど……機会があえば、伝えておきます」

「まあ、ガイアーズも悪いってわけじゃないけどな。あいつら、作るより壊すほうが好きだろ。おかげで修理の仕事はひっきりなしだけど、どうもねえ。道具は大事に使ってもらいたいもんだよ」

 

「次の取引の話をしていいか?」

「おっと! 年をとると話が長くなっていけねえ。おうよ、なんでも言ってくれ」

「アームターミナルに使える部品がないか探してる」

「見上げた心がけだ。でも、俺は電子工作にはとんと疎いもんでな……でも、わかりそうなやつの心当たりはある」

 ロッコウが「どっこいしょ」と声を出しながら立ち上がった。

 

「ついてきな」

 

 

 ▷

 

 

「おうい、ナナはどこだ?」

 ロッコウたちが「工場」と呼んでいる場所では、人と悪魔が入り乱れて作業を続けていた。

 マッシュたちが見ても、そのひとつひとつが何をしているのかはよくわからない。回転盤で何かを削っているものもいれば、魔獣がはく炎で溶接をしているものもいる。また別の一角では、妖精が集めてきた蜜を缶に詰めているようだった。

 

「ああ、工場長。主任ならジャンク倉庫のほうです」

 扇風機の前で休んでいた工員が応えた。その扇風機は、精霊の力で動かしているらしい。コンセントがごちゃごちゃとした変換器をいくつも通して、精霊を封じたケースに繋がっている。

「そりゃちょうどいい」

 ロッコウはあごをしゃくってついてくるように示し、工場から離れた建物へと向かう。

 

「あんな風に働かされて、悪魔はいやじゃないのかな?」

「悪魔は対価さえもらえれば文句はないさ。人間とは機微が違うんだ」

 一度かわした契約を反故にしてサボるようなことはめったにない……というのが悪魔使いとしての意見だが、すべての悪魔がそうだとは一概にはいえない。

「それに、働いてくれる悪魔を使ってるんだろう」

 

 ロッコウの先導で、無機質なコンクリートの建物の前へたどり着いた。扉は開けっぱなしになっている。

「ナナ、いるか?」

 ロッコウのがなり声が倉庫に反響する。しばらくして、返事が返ってきた。

「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ!」

 ごちゃごちゃと積み上げられた機械部品の中をぬって、女が現れた。

 

 背が高い、二十歳そこそこの女だ。

 ロッコウと同じようなツナギを着ているが、上半身に袖は通さず、腰のあたりで袖を結んでいる。おかげで、ランニングシャツ一枚の上半身が日に焼けているのがよくわかる。

 マスク代わりにしていたのだろう、顔に巻き付けていたタオルをほどくと、造作はいいが油汚れのついた顔が見える。すぐに、タオルはざっくり切りそろえられている髪の上に巻かれた。

 

「この兄ちゃんがコンピュータのパーツを探してるんだと」

 と、ロッコウがマッシュを指さした。

「へえ、あんた悪魔使いか」

「ああ。マッシュだ」

「あたしはナナ。機械工(メカニック)だ」

 

 そして、ナナは自分の後ろの倉庫を親指で示した。

「ここは、使い道が決まってない機械を適当に放り込んどく倉庫なんだ。何か使えるものがあるかもしれない。あんたも、自分の機械の面倒ぐらいは見れるだろ」

「ああ。そうだな……改造のために道具を借りられるか?」

「構わないよ、誰も使ってなけりゃね」

「助かる……が、時間がかかりそうだ」

 雑然と積み上げられた機械を前に、マッシュは閉口した。

 

「それじゃあ、俺たちはお茶でも飲んでるか」

「工場長なのに、いいんですか?」

「俺が何もしなくても弟子たちがたいていのことはやってくれる。ま、自分が作りたいものは、まだ弟子には譲らんがな」

 スタスタと、ロッコウが建物……「本校舎」と呼んでいるほうに歩いて行く。

 

 ついていこうとするプリンとミクミクに、ナナが声をかけた。

「お嬢ちゃんたち、気をつけなよ。その爺さん、スケベだから。なにせ、いま三歳の子供がいるんだよ」

「えっ! ……マジ?」

「だははっ! 俺は二人の嫁ひとすじだから大丈夫だよ」

「それは、ひとすじとは言わないんじゃないでしょうか」

 

 遠ざかっていく声を聞きながら、マッシュは装置の山に取りかかった。

 

 

 ▷

 

 

 世田谷ギルドは賑やかだった。こんな場所があるのかと、マッシュは思ったほどだ。

 一方で、納得もしていた。この場所には力があった。悪魔の使い方を知った悪魔使いと、機械に詳しい技師たちが協力している。銃や銃弾を作ることもできるから、悪魔たちや他の勢力もおいそれと手を出せない。

 戦う力以上に、ものを作り出す力は大きい。荒野となった東京で、新しくものを作ることができる場所がどれだけあるだろう。

 

「この基板は使えないか?」

「ダメだね。それじゃ古いよ」

「見ただけでわかるのか?」

「型番が書いてあるだろ。それを読んでるのさ」

 

 職人たちが、どれほどの苦労をしてその技術を身につけたのか、マッシュには想像もつかない。

 マッシュ自身も、テクラからプログラムの手ほどきを受けている。だが、ナナはそれ以上に広い知識と理解を持っていることがうかがい知れた。

 マッシュのCOMPの改造に使えそうな部品を見つけ、それを組み込んだ頃には、もう昼を過ぎていた。

 

「お帰りなさい」

 第一会議室で出迎えたプリンが、顔の汚れを拭ってくれた。

「ふたりとも、無事だったか?」

「平気。あたしたち、同盟を組んでるから」

「SOSのね」

 ミクミクとプリンが顔を見合わせて、クスクスと笑う。

 

「なんのことだ?」

「マッシュは知らなくていいよ。そっちはどう? 改造できた?」

「ああ。悪魔の言語を翻訳する機能を改良した。契約してない悪魔でも、このCOMPの近くなら俺以外にも言葉がわかるようになるはずだ」

「へー……そういえば、ジャックランタンの時なんか、マッシュしか言葉がわかってなかったもんね」

「でも、新宿の中では悪魔と会話できただろ? 新宿全体がサーバーの影響下にあったからだ。一種のフィールドを作る装置があれば、俺のCOMPでも周囲に影響が与えられるはずだ」

「よくわからないけど、うまくいったならよかったです」

 

「この人は筋がいいよ。知識もそうだけど、カンが冴えてる」

 と、ナナがマッシュの肩を叩いた。

「エンジニアでもやってける」

「俺もそう思うぜ。流しの悪魔使いなんてやってるのはもったいない」

 ロッコウも同調して頷いた。

 

「どうだい、ここに腰を据えるのは? プログラミングが必要な仕事はごまんとある」

「悪いけど、まだやることがあるんだ。そのために、力を借りたい」

 ロッコウとナナが顔を見合わせ、互いに肩をすくめた。粘っても仕方ないと思ったのだろう。

 

「俺たちは東京タワーを目指してる。でも、その間にある川を渡らないといけない。手こぎボートじゃ水の中の悪魔や妖鳥に襲われるから、もっと足が速い乗り物がいる」

「だったら、モーターボートだな」

 パイプをくゆらせながら、ロッコウ。

 

「モーターボートって?」

「スクリューを回して高速で動く船だ。原理は簡単だけど、原動機(エンジン)を用意しないといけない。ナナ、使えそうなエンジンはあるか?」

「いや……ちょうど今は切らしてる。イチから作るのには時間がかかるね」

「エンジンから作るってなるとマッカがかかるぞ。用意できるか?」

 聞かれて、マッシュは口をつぐんだ。弾丸も買ったことだし、あまり手持ちに余裕があるとはいえない。冥土カフェの時に悪魔を召喚するために使ったマッカはカフェ側から払わせたが、ロッコウが提示した額は桁が違った。

 

「困ったな。エンジンさえあれば、あとは作れるんだよね」

「ああ。それ以外は簡単さ」

「エンジン……エンジンか」

 マッシュは腕を組んだ。どうにも頭に引っかかるような感じがする。

(どこかで聞いたぞ。確か……)

 その言葉が、頭の片隅に引っかかる感じがした。モヤモヤとした記憶が、徐々に形になっていく。

 

『エンジンが動いただけだ。おとなしく座ってろ』

 

「クロダのカローラだ!」

 間違いない。あのとき……はじめて新宿地下街の外に出たとき。クロダが運転する自動車で聞いたのだ。

「カローラ? 懐かしい名前だな」

「この前、自動車に乗ったんだ。自動車にはエンジンが使われてるだろ」

「生きてる自動車がまだあったのか? そりゃすごい、ほんとうならお宝だぞ」

「分解して使えるパーツを持ってくれば、いくらでも使い道がありそうだ。そりゃどこにあったんだい?」

「オザワが神宮前って呼んでた場所だ。案内できる」

 

 ロッコウとナナが視線を交わす。長い付き合いなのだろう。それだけで、彼らの意思疎通は完了したらしい。

「坊主、その話がほんとうなら、マッカはいらねえ。ナナを連れていけ。分解して、エンジン以外の使えそうなパーツは俺たちが貰う」

「ああ、分解したパーツは悪魔に運ばせるよ」

「決まりだ。日が暮れる前に行って帰ってこられる。あたしも出かける準備をしないとね」

 言うが早いか、ナナは会議室を飛び出していった。

 

「プリン、なんとかなりそうだよ」

「よかった。それでは、いちど神宮前に戻って……」

「いや、二人はここに残ってくれ」

 マッシュとしては、彼女らを思いやってのことだ。カローラがあるのは、私設警察とメシア教とが悪魔に皆殺しにされた現場だ。特に、プリンにとってはつらい思い出の場所だ。

 

「ここには、旅に使えるものが他にあるかもしれない。俺がいない間に、探しておいてくれ」

「でも……」

 ミクミクは、マッシュと離れたくないようだが……

「頼むよ。同盟を組んでるんだろ?」

 そう言われると、諦めたように息をついた。

 

「わかった。プリンのことは任せて」

「私がミクミクを守りますから」

 冗談めかしてプリンが応える。マッシュの気づかいを察してくれたのかもしれない。

 

 アームターミナルを操作して神宮前の位置を確かめる。あのときは何が何だかわからなかったが、今ならマップの位置も正確に読み取ることができる。

 ナナの言うとおり、徒歩でも半日で行って帰ってくることができる距離だ。

「すぐ戻ってくるよ」

 

 

 ▷

 

 

 マッシュとナナを見送って、プリンとミクミクは世田谷ギルドに残された。

 

「……旅に役立つものって言っても、ね」

 マッシュの口実を真に受けるわけではないが、ミクミクはあまりマッカを持っていない。マッカがデータを変換してコンピュータに記録できるから、ほとんどはマッシュが持ち運んでいるのだ。

 

「少し休めると思いましょう。ここはいいところですから」

「プリンのそういう前向きなところ、憧れるよ」

「嬢ちゃんたちは、何か作ったりしないのか?」

 会議室に残ったロッコウが、窓際でパイプを吹かしながら聞いた。

 

「私は、手慰みの手芸ぐらいしか」

「お酒があれば、カクテル作るぐらいはできるよ。あたしは飲めないけど」

「十分だ。ものを作るのは楽しいだろ。壊すよりずっといい」

 開きっぱなしの窓からは、ひっきりなしに作業の音が聞こえてくる。工場では人と悪魔が一緒になってものを作り続けている。

 

「俺もな、昔はろくなものじゃなかった。ケンカとバイクだけが楽しみだったよ。でも幸い、バイクを自分でいじってるうちに気づいたんだ。ケンカよりこっちの方が楽しいってな。それに、たまたま才能もあったみたいだ。それで、必死にない頭で勉強したよ。自動車整備の資格を取ったときにはうれしかったなあ」

「その経験を、今も生かしてるんですね」

「ああ。悪魔の力を使ってもっと複雑なことをしてるけど、基本は変わらねえ」

 遠くを見るように、ロッコウは窓の外のどこかを見ていた。荒れ果てた東京の景色が、老人の目にはどう映っているのだろうか。

 

「でも、俺みたいに気づけなかったやつもたくさんいる」

「……というと?」

「昔は、暴走族って呼ばれてた。俺たちの時代は、社会に反抗するのが若さだと思ってたんだ。いま思えば幸せなことだよ。反抗できる社会がまだあったんだからな」

 今では、東京に社会は残っていなかった。分断された共同体がかろうじてあるだけだ。

 

「今が楽しけりゃいいって、将来のことなんか考えないでむちゃくちゃをやってたやつがたくさんいた……俺が暴走族を抜けるって言ったら、モリって奴がカンカンに怒ってな。半殺しにされたよ」

 パイプの煙が窓の外へ流れていく。ロッコウの顔のしわが、顔に影をつくっていた。

 

「なあ、これから世の中がよくなっていくと思うか?」

「それは……」

 ミクミクには答えられなかった。少なくとも彼女が生まれてから、世界がマシになったと思えるようなことはなかった。

 

 だが、プリンにとっては違った。

「なります、必ず」

 聖女の目はまっすぐにロッコウを見ていた。見据えられたロッコウはまぶしそうに片目をすがめた。

「俺も、そうなればいいと思っちゃいる。でも、よくなるところを俺が見ることはできないだろう。いつか……お前たち若者や、俺の子供たちがもっとマシになった明日を迎えられるようにしたい」

 

「そう……なったらいいね」

 ミクミクは切なげに目を伏せた。明日がどうなるか、誰にもわからないのだ。

「明日のことを諦めないでくれ。今だけでいいって考えに囚われたら、何も作ることができなくなくなる」

 

 

 ▷

 

 

「あんた、どっちとデキてるんだい」

 砂埃が舞う道を歩いている時に、ふとナナが聞いてきた。

「どっちって……何の話だ?」

 妙な質問に、マッシュは思わずその姿を見返した。今は、ナナもケブラーベストを身につけている。ヘッドギアと防塵マスクを着けて顔を隠しているから、長身の体つきは一見すると男のように見える。

 

「決まってるだろ、男女の仲の話だよ」

 ナナは構わず歩き続けている。マッシュは歩を進めて追いつきながら、首を振った。

「そういうんじゃないよ。二人とも、一緒に旅をしてるだけだ」

「男と女が一緒にいて、何もないってことはないだろ。野良猫だって、春になったら子供をこさえてるんだ」

「俺たちは猫じゃない……にょ」

「にょ?」

「なんでもない」

 

 気を取り直すように、マッシュはアームターミナルで座標を確認した。

 そうしながら、プリンのことを考えた。二色の髪の少女。メシア教の聖女。癒やしの力を持つ手。

「プリンのことを東京タワーまで連れて行くんだ。そこで別れるんだから、そんなこと考えられない」

「でも、好きだから助けになってやりたいんだろう?」

「力になりたいとは思うけど、好き嫌いじゃない。俺が招いたことだから――」

「恋愛なんてのは、半分は言い訳の積み重ねさ。どっちも何かと理由を着けて、惚れた弱みを出さないようにするんだ。もう一人の子はどうなんだい?」

 

 ナナに水を向けられて、マッシュは思わず考え込んだ。紫の瞳の少女。ガイア教徒。催眠の魔力に目覚めている。

「ミクミクは――妹みたいなものだ。昔から一緒にいた。今さら、そんな目では見られない」

「ほらあ、言い訳がましい。あんたは知らないかもしれないけど、『妹みたいな』っていうのは、いかにも()()()()だよ。あの子のほうは、あんたのことを兄だとは思ってないんじゃないか?」

「兄は俺じゃない」

「だったら、なおさらだね」

 砂埃が絡む髪を払いながら、ナナが肩をすくめた。

 

「みんなが()()()()関係にならなきゃいけないわけじゃない。師弟だって友人だって大事な人には変わりない」

「確かにね。でも、男には男の、女には女の本能があるじゃないか」

「俺たちは今を生きるので精一杯だ。そんな余裕はないよ」

「明日のことを考えられないなんて悲しいじゃないか」

「子供を作ることだけが未来じゃないだろう。なあ、どうして絡むんだ?」

 問いかけると、ナナはきゅっと唇を結んだ。

 

「あたしには子供ができないんだ。熱にやられてからね……」

「……すまない」

「いいさ。今さら、気にしても仕方ない。あんたの言うとおり、それだけが未来じゃないよ」

「しばらくは北にまっすぐ歩けばいい。あとは……」

 マッシュが道を示した先に、ふと砂煙のようなものが舞っているのが見えた。

 

「あれは……」

 でこぼこの道に、爆音が鳴り響く。悪魔も避けるエンジン音。

「まずい、処刑ライダーだ!」

 改造バイクでところ構わず走り回るガイア教の構成員だ。高い機動力でメシア教のテンプルナイトに比肩する戦力として、東京じゅうで恐れられている。

 

「あいつら、貴重なガソリンを無駄遣いしやがって」

「道を譲って通り過ぎてもらうしか……」

「ヒャッハーァ! 命が惜しけりゃ身ぐるみ脱いで置いていきな!」

「そういうわけにはいかないようだ」

 もとより、走って逃げ切れるわけがない。すぐに、処刑ライダーたちが二人を取り囲んだ。

 

「へっへっへ、こんな昼間に俺たちと出くわすとは、ツイてないな」

「ガイア教のためになりたいだろぉ?」

(3人か……)

 弱者を追いつめるのは得意らしく、処刑ライダー隊は見事にマシンを横にして逃げ道を塞いでいる。いずれも銃を装備しているようだ。

 

「あんたたちは経典を盾にして暴れたいだけだろ」

 ナナが言い返すと、ライダーの一人がぺろっと唇をなめた。

「おっと、こっちは女か。いいねぇ、俺は体と態度がでかい女が好きなんだ」

「あいつはあたしがやる。残り二人を頼む」

 マッシュに聞こえるように小声で言って、ナナが一歩進み出た。

 

(やるしかない)

 マッシュはすでに準備を終えていた。アームターミナルのキーを叩いて、召喚(SUMMON)プログラムを実行する。

「エルフ!」

《ジオンガぁ!》

 空中から踊るように飛び出た妖精が、指先から電光を放つ。マッシュから向かって右手のライダーに直撃した。

 

「ぐぁ!」

 電撃に撃たれた男が、身をしびれさせてマシンごと倒れた。起き上がるだけで一苦労に違いない。

「このやろう、ふざけやがって!」

 激昂した左手のライダーが、銃を抜き放つ。だが、マシンにまたがったままでは身をひねって構えなければ狙いをつけられない。先制攻撃を仕掛けられたならともかく、わざわざ一度止まってくれたのだから、同じ動作ならマッシュの方が早く構えられた。

 

「ふざけてるつもりはない」

 ドンッ。ショットガンが重い音を立てて火を噴いた。激しい衝撃は、バイクの上のライダーの胸を直撃し、アーマーをぶち抜いて穴を開けた。赤黒い血が飛び散る。

(やらなければやられていた)

 警官として訓練した通りに引き金を引いた。銃は見事にその機能を果たしてくれた。

 

「んのヤロっ! アマっ! ざけやがっ!」

 ナナと向かい合ったライダーが、銃を構えた。だが、引き金を引くときに一瞬のためらいがあった。

 そのわずかなためらいの間に、ナナは背中からMP5マシンガンを抜き放ち、引き金を引いていた。

 連射される弾丸が胸から喉へと降り注ぎ、肺の中の空気が血を押し出してはじけた。

「だおらっ!」

「何言ってんだかわかりゃしないよ」

 油断なく銃口を向けたまま、女はつぶやいた。地面に突っ伏した体から赤黒い血だまりが広がっていく。

 

「ひ、ひぃーっ! おたすけぇっ!」

 電撃を受けたライダーがようやく起き上がった。

「仲間に伝えろ。悪魔使いかどうかぐらい、襲う前に見極めろって」

《かわいい悪魔にはトゲがあるんだゾ》

 召喚されたエルフがウィンクを決めながら脅し文句を補強してくれた。

 

「お、俺たちに手を出したら、モリさんが黙ってねえぞ」

「モリ?」

「そ、そうだ。堕天使オセの力を得ている、恐ろしいお方なんだ」

「知ったことかい。調子に乗って世田谷で単車転がすんじゃないって、そいつに伝えな」

「お、覚えてやがれ!」

 定番の捨て台詞を口にしながら、処刑ライダーはその名にふさわしくないへっぴり腰でマシンにまたがり、尻尾(テール)を巻くように揺らしながら逃げていった。

 

「なんとかなってよかった」

「あたしが女だから撃つのを躊躇したんだ。女じゃなけりゃやられてた……」

「あんただから撃ち返せたんだ」

「ああ、わかってるよ。気にしてるわけじゃない」

 つぶやいてから、ナナは二台残されたバイクを見た。

 

「こいつにもエンジンがあるな」

「ああ。せっかくだから貰っていこう。……あんた、乗れるかい?」

「いや、わからない」

「教えてやるよ。こいつに乗っていったほうが早そうだ」

 しばしの間、いきなりの路上教習が始まったのだった。

 

 

 ▷

 

 

 ドラム缶にたいた火の周りに、男たちが円をなして並んでいる。その周囲にはガイア教のシンボルやドクロマークをペイントされたバイクが並んでいる。

 新宿周辺を縄張りとする、処刑ライダーの一群である。

「……で、のこのこ逃げ帰ってきたのか?」

 中央にいるのは、ひときわ体格の大きい偉丈夫だ。呼吸のたびに、荒い鼻息がシュウっと音を立てる。

 

「で、でも二対一で!」

 跪いた男が言い訳がましく叫んだ。マッシュとナナから逃げ延びた処刑ライダーだ。

「いつも言ってるよな。俺たち(ゾク)はナメられたら終わりだ」

「で、でもモリさん……」

「処刑ライダーは死ぬまで戦うって思われてるから恐れられてるんだろうが、なぁ!」

 大声が空気を震わせる。叫ばれた本人だけでなく、周囲の男たちまでが、びくっと身を震わせた。

 

「気合入れてやる。歯ぁ食いしばれ!」

「でも……」

「ライダーパンチ!」

 腰をひねりながら、モリが拳を突き出した。ゴキ、という生々しい音とともに、硬いグローブで覆われた拳が男の頬骨を陥没させる。

 体をひねって倒れるライダーを見下ろしながら、モリはもう一度鼻をシュウっと鳴らした。

 

「世田谷でそんな生意気な女って言えば、ロッコウのところのナナに違いねえ。今から借りを返しに行くぞ。おい、聞いてんのか?」

「……死んでます」

 モリの側近だろう。ピアスだらけの男が頭蓋を砕かれた男の脈を確かめていた。

 

「そうか。そいつのマシンは誰かテキトーなやつにくれてやれ」

 人を殺したばかりの拳を払いながら、モリは叫んだ。

「“殴り込み(カチコミ)”だ、オラァ!?」

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